騎士団の連行
ここまでくれば俺にできることはなにもない。そもそも最初からできることはなかったのだが、最初とは大きく状況が変わっているので、できないことの意味合いも大きく異なっている。
なんとなく状況が終息に向かっていることを感じ取って、俺は胸を撫で下ろした。
しばらく怒りを称えたままギルド長を睨んでいた騎士団長は、大きく一つ息を突くと、目を閉じて一旦俯いた後、ゆっくりと顔を上げた。その顔からは怒りが消えている。
「フェール」
騎士団長に突然名前を呼ばれて、俺の肩が一瞬跳ねる。
特に大きな声や怒声が混じっているわけでもなかったが、自分の名が呼ばれることを予想していなかったために不意を突かれて驚いてしまった。
冷静に考えれば、先程、ニールさんが俺の名前を呼んでいるので、それを覚えていたのだと分かるのだが。
「はい」
騎士団長の声音は平坦で落ち着いていたが、他者を従える重みを感じて、俺は背筋を伸ばした。
騎士団長は俺の反応に満足したのか、一つ小さく頷いた。
「其方には、これから我らと共に騎士団庁舎に赴いてもらうが、問題ないか?」
言葉自体は俺の意思を問うものだが、実質的にはこちらに選択権はない。
冒険者ギルドからの通報と現状の実態に乖離があること、冒険者ギルドからの回答が曖昧であること、俺が魔物を従えていることなどを勘案して、俺の責を問わないことを見せるために選んだ言葉にすぎないだろう。
この状況を早く落ち着かせるためにも、場所を変えて話す方が適切だということは俺にも理解できる。
俺が抵抗の意思がないことを示している以上、ここで話を続ける必要はないのだから。
「はい。分かりました」
騎士団長は再度、俺の反応に満足して頷いた。
「その際、念のため其方らを拘束させてもらうが、それも問題ないか?」
この状況を考えれば、拘束も仕方ないだろう。
俺の責を問わないにしても、俺たちが無害であることが完全に証明されたわけでないし、事の発端は俺が召喚した魔物たちにもある以上、騎士団からすれば拘束は避けられないということにも頷ける。
それに、もし、俺を拘束せずに連れて行った場合、通報した冒険者ギルド側からすれば、自分たちの通報が全面的に誤りだったと判断されたと受け取るだろうし、それは今後の騎士団と冒険者ギルドの関係を考えれば好ましくない。有事の際は、今のように騎士団と冒険者が共闘することを考えれば、関係悪化は防ぎたいだろう。
「はい。お前たち聞いたか、大人しく騎士団に従え」
「「「は!」」」
俺は騎士団長に了承を伝えると同時に、後ろにいる魔物たちに命じた。
魔物たちも俺の命令に頭を深く下げ素直に応じてくれる。
ああ、訓練場の中で釘を刺しておいて良かった。こいつらが終始、黙っていたことに安堵する。
もし、こいつらが訓練場で語っていたような言葉を吐いていたら、今頃俺たちは確実に此の世にいないだろう。
考えただけで泣きたくなる。
騎士団長は俺の返事を受け取ると、ゆっくりと剣を構えていた姿勢を解いて剣を鞘に収めた。
そして、一つ小さく息を吐きだすと、脚を一歩前に進める。
「き、騎士団長…、あぶな…」
騎士団長が歩みを進めた途端、隣にいた騎士が慌てて焦ったように騎士団長に声を掛ける。
しかし、その声は、騎士に向けられた騎士団長の鋭い視線によって遮られた。
騎士団長の視線には有無を言わせぬ圧力とともに、多分に侮蔑の意思が含まれている。
隣にいた騎士は、騎士団長を心配して言葉を発しようとしたのだろうが、騎士が紡ごうとしていた言葉は、冒険者ギルドの通報を全面的に認めるものであり、その言葉に従った場合、現状の膠着状態が継続することを意味する。
そうなれば、最終的に騎士団は、俺と俺の召喚した魔物たちを討伐する以外に選択肢がなくなるが、その場合、凶悪な魔物を討伐した賞賛と、無抵抗で何ら罪を犯していない者を殺めたという、二つの相反した評価を得ることになる。
しかも、前者にはアゼルが凶悪な魔物と証言した以外は、何の根拠もない。片や後者は、ここにいる全ての者がその目で確認している。アゼルの実績から彼の言葉だけでも多くの国民に受け入れられるだろうが、これだけの者に目撃されている以上、後者の噂を完全に消すことは不可能であり、それは騎士団への不信感を募らせ、騎士団の威信をも失墜させる可能性がある。
恐らくだが、声を掛けようとした騎士には、そこまでの考えはないように見える。騎士団長からの視線に困惑の表情を浮かべていることからも明白だ。
とはいえ、俺も当事者であり、日頃から市井の噂話を耳にするから気付けるのであって、あの騎士の立場だったらここまで考えられていない気がする。
騎士団長は、目を瞑り悲しそうに首を左右に振ると、再び俺の方に向かって一歩踏み出した。
今度は誰もそれを止めようとする者はいない。
周りの騎士や冒険者たちも息を殺して、騎士団長が歩みを進めるのを目で追っている。
騎士団長が俺の前まで辿り着くと、俺は静かに両手首を揃えて騎士団長に差し出した。
騎士団長はそれを見て静かに頷くと、騎士団の方に体を向け、掌を上に向けて手を突き出し、『縄を持ってこい』と命じる。
その仕草から、騎士団長は手ずから俺を拘束するつもりなのだと理解する。
この状況において、騎士団長が自ら拘束することの意味は大きい。自分の判断を周りの者に周知する意味合いもあるが、何より先程、騎士団長を止めようとした騎士のことを考えれば、俺を安心させるための行為だということが言外に伝わってくる。
騎士団長の命令に応えるように、数人の騎士が騎士団長に走り寄ってきて、その内の一人が腰紐から拘束縄を取り外し、それを騎士団長に手渡した。
騎士団長は、俺の方に体を向けなおすと、纏められていた拘束紐を解いて、俺の腕を拘束し始める。
その際、騎士団長が誰にも悟られぬように、俺にだけ聞こえるように『不本意だろうが、我慢してくれ』と小さく口を動かした。それに対して、俺も『はい。分かっています』と小さな声で返答する。
その後も騎士団長は、俺の従えた三体の魔物を自ら拘束していき、全ての魔物を拘束し終えた騎士団長が、『フェールと魔物たちにローブを被せろ』と騎士たちに命じた。
その命令を聞いた冒険者たちが、大きく目を見開いているのが目に入る。
この国では、騎士団が連行する者に対してローブを被せるという行為は、その連行者が犯罪者、あるいは、容疑者ではないことを示している。
聞いた話によると、数十年前まではローブを被せるという風習はなかったらしい。
では何故、このような風習が生まれたかというと、当時、この国を大規模な飢饉が襲い、国民の心が荒んでいたことで、至るところで揉め事が発生した。これにより騎士団が鎮圧に動員されることが増える。たが、その中には、揉め事というには身内的な事案も含まれていたらしい。しかし、荒廃した世において、騎士団にも、身内的なことかそうでないかをその場で判断する余裕もなく、一旦、全ての者を連行するという手段を講じることとなる。
しかし、連行された者には一様に犯罪者としての目が向けられる。これは身内的な些細な揉め事で連行された者には堪ったものではない。そういった者は声を上げ無実を叫ぶ。これが少数であればそう大きな問題にもならなかっただろうが、その数が増えるに従って、その声も大きくなり、次第にそれは騎士団への反感へと繋がった。
これにより国民と騎士団の対立が激化し始めたため、当時の騎士団長がこれを回避するための策として、明らかに犯罪者と分かる者以外は連行する者の身元が分からぬように、顔を隠す大きなフードが付いたローブを被せる策を講じたことから、この風習が始まったとされている。
俺を拘束することで冒険者の体面を保ち、俺たちにローブを被せることで俺たちの無実を知らしめる。
一方に肩入れすることのない、見事な采配に感心する。
冒険者たちの顔を見る限り、冒険者たちの心情は複雑なようだが、かといって、反論の言葉を発することもない。誰しもが、現状の打開策としてはこれが一番最適だと理解してはいるのだろう。
今、目の前にいる騎士団長がこの人で良かったと心底思える。
俺たちにローブが被せられたことを確認し、騎士団長が以降の流れについて言及する。
「ギルド長、アゼル、ニールは我々に同行してもらう。それ以外の冒険者は解散しろ」
ギルド長とアゼルは呼ばれることを予想していたのか、慌てることなく騎士団長のもとまでやってくる。
ニールは、自分の名前を呼ばれたことに、体を硬直させてきょろきょろと視線を彷徨わせていた。
俺だけではなく、彼らからも事情を聴取することが目的だろうが、ニールはたぶん俺のことを聞かれる程度だろう。
そんなに緊張しなくても大丈夫だと思いますよ。俺は心の中でそっと彼を宥める。
本来なら緊張するのは俺の方だろうが、先程までの状況が異常過ぎて、改善した今は程よく肩の力が抜けている。
他の冒険者たちは、騎士団長の命令に応じて、時折こちらに視線を向けながら、思い思いに散会していった。
この場から足早に去っていくもの、冒険者ギルドの中に入っていく者と様々だが、皆一様にその顔には不安を浮かべていたので、今晩の酒場での話題はこの件一色になる予感がする。
できれば口を閉ざしておいて欲しいが、きっと明日には王都中に噂が広がっているのだろうと思うと、少しばかり憂鬱な気分になり肩が落ちる。俺は被害者なんだけどな…大丈夫だろうか?
そうして先頭に騎士団長、続いてギルド長とその両脇にアゼルとニール、その後ろを騎士たちに囲まれた俺たちが騎士団庁舎に向けて歩き出した。
騎士団庁舎へ向かう途中、建物の陰からこちらを窺っている受付嬢を見掛けたが、俺がそちらに首を向けた途端、怯えた顔でびくっと体を跳ねさせて建物の陰に走り去ってしまった。
あの怯えはいったい何だろう? その疑問が強く印象に残り、しばらく俺の頭から離れなかったことは言うまでもない。




