最後の訪問者
今し方、襲撃を撃退し門が閉ざされた街の中。外壁の裏側で、魔法師団長とバルアさんが騎士たちの動きを眺めている。
そこでは、騎士たちが捕らえたアゼルたちや盗賊を、この街の騎士に受け渡している最中だ。
そして、俺たちのいる場所から扉を隔てた場所には、盗賊の亡骸が積み上がっている。
最終的に生きたまま捕らえられたのは、北門南門合わせて盗賊が三十名弱、それにアゼルたち六名だった。
その受け渡し作業が終わり、一人の騎士がこちらに向かって駆け寄って報告に来た。
「捕らえた者全ての受け渡しが完了いたしました」
「うむ。ご苦労であった。騎士たちには暫く此処に待機させよ」
「はい。かしこまりました」
魔法師団長が騎士たちを待機させたのは、デルアックの襲撃に備えてだ。
魔法師団長の予想では、あと二、三刻は此処で待機し、それまでにデルアックが現れなかったら、一旦、騎士たちには仮眠を取らせる予定になっている。
と、その時、オルフェスの姿が頭の中に浮かび上がった。俺はオルフェスの姿にネルフェアとベルフェの姿を被せてから念話を繋いだ。
『フェイル様、こちらは全て終了しました。今からそちらに戻りますが、何処に転移すれば良いですか?』
『オルフェス、お疲れ様。北門の外壁の裏側だ。ちなみに、幻術で姿を消してから転移してきてくれ。俺が魔法師団長にお前たちが現れることを告げたら右手を軽く上げるから、それに合わせて、皆姿を現してくれるか』
『『『はい。かしこまりました』』』
オルフェスからの詳細な報告は、後ほど聞けばいい。オルフェスが終わったというなら、問題ないと思える。それくらいにはオルフェスのことを、俺は信頼している。
俺は簡潔にオルフェスたちに指示を出して念話を切った。
すでに見える範囲にいるのは王国騎士団のみで、この街の騎士の姿は見当たらない。
俺はそれを確認すると、魔法師団長にオルフェスが戻ってきたことと、ネルフェアとベルフェが幻術を解くことを伝える。俺は特に大きな声は発していないが、それでも、周りにいる騎士たちには聞こえているだろう。
これは、オルフェスたちが突然現れて驚かせるのを避けるためで、それ以外の意図はない。
その後、俺が軽く右手を上げると、オルフェス、ネルフェア、ベルフェが姿を現した。
「うむ。ネルフェア殿、ベルフェ殿、オルフェス殿、お疲れ様でございましたじゃ。おかげさまで、こちらの被害もなく、アゼルたちと盗賊を捕らえることができましたじゃ」
「わたくしはフェイル様の指示に従っただけです。ただ、あなたたちもよく頑張りました」
「ええ、私もフェイル様のご指示通り動いただけです。それでも、被害がなかったのは重畳でしたね」
「俺は此処にはいなかったが、無事作戦が成功したようで何よりだ」
魔法師団長は、姿を現したネルフェアたちに感謝の言葉を述べた。
それに対し、ネルフェアたちが口々に労いの言葉を返している。
その中でも、ネルフェアとベルフェは、相変わらず、俺を持ち上げる発言をしているが、俺からしたら、それを成すこいつらが凄いのであって、俺はただその使い時を指示しただけに過ぎない。にも関わらず、どうしても俺を称賛したいらしい。
しかし、このやり取りに付いていけていない人物もいる。俺の隣では、事前に教えておいたにも関わらず、オルフェスたちが湧き出たように姿を現したことに、驚き固まっているティルセア様がいた。
いや、あなた、こいつらが姿を消したところも見てるでしょ? そんなに驚く必要ある?
まぁ、そうは言っても、慣れていないとこうなることもあるのだろう。早く戻ってきてください。
俺は心の中で、ティルセア様に応援を送っておく。だって、言葉にすると不敬になりそうだし。
そんな彼女を置き去りに、更に二刻ほど経っても、デルアックは現れなかった。
このため、一旦、騎士たちに仮眠を取らせることになった。
「うむ。この時間にデルアックも来んじゃろう。儂らも領主館へ戻るとするかの」
「はい。かしこまりました」
本来なら、もうすでに街は完全に眠っている時間帯だ。
襲撃があったために、騎士が慌ただしく動いたことで、まだ起きている住民もいるだろうが、それでもほとんどが眠りに就いている。
襲撃から数刻が経ち、アゼルが応援に駆け付けたことを知っているデルアックが、こんな時間に来るとすれば、それは襲撃が目的ではなく、アゼルとの合流が目的だと推測される。
魔法師団長と街の住民のアゼルに対する評価を上げて、その後、デルアックが副騎士団長として現れ、更にアゼルを支援するという筋書ならば、襲撃から数刻経ったこんな夜中よりも、住民の眼に触れる時間帯を狙うはずだ。
「ガレリック様、お疲れ様でございました。ティルセアも良く無事に戻った」
「うむ。エスワール殿、出迎え感謝する」
「お父様、只今、戻りました」
俺たちが領主館に着くと、玄関前にはウィアズ伯爵が出迎えに来ていた。
これは魔法師団長への礼儀もあるだろうが、ティルセア様への心配の方が優っている気がする。
「うむ。エスワール殿、出迎えはありがたいのじゃが、デルアックがまだ現れておらんでな。報告は明日として、今は仮眠させてもらいたいのじゃが、構わぬかの?」
「はい。勿論でございます。捕らえた者たちは、すでに騎士舎にある牢に収容したと騎士から報告を受けておりますので、詳細は明日にいたしましょう」
「うむ。そうしてくれると、助かる。では、儂らは此処で失礼して、部屋に向かわせてもらおう」
「はい、かしこまりました」
玄関前で、魔法師団長とウィアズ伯爵の合意が取られ、俺たちは部屋へ直接移動することになった。
俺たちが魔法師団長の部屋の前に到着すると、そこには既に数名に騎士が配置に就いていた。
「うむ。では、フェイル、其方も仮眠すると良い」
「ありがとうございます。それでは、そうさせていただきます」
魔法師団長の部屋を守っている騎士たちも王国騎士団の方たちだ。だが、此処は部屋の中ではなく廊下なので、念のために言葉遣いは外向けを使っている。
今、目の前で配置に就いている騎士たちも、先程まで戦闘に加わっていたはずなので、俺たちだけ仮眠するのは気が引けるが、ここは魔法師団長の言葉に甘えさせてもらうことにする。魔法師団長がこう言っている以上、どの道彼らに仮眠を勧めても、断られるだけだと理解しているからだ。
俺は丁寧に魔法師団長に一礼してから隣の部屋に入った。
そして、軽く仮眠を取って、日が昇ると同時に起き出して、魔法師団長の部屋に向かった。
「ふむ。フェイル殿、お早いお目覚めですな」
「いえ、ガレリックさんこそ、すでに起きておられるじゃないですか」
俺が魔法師団長の部屋に入ると、既に魔法師団長は起きていた。
それなのに、早いと言われても困ってしまう。
「うむ。デルアックがいつ来るか分かりませんからの」
「そうですね。俺もそう思って起きてきました」
早く起きた目的は、魔法師団長も俺も同じだ。
デルアックは、アゼルが盗賊を追い払うことを疑っていないと考えると、デルアックは必ず此処に来る。いや、此処以外に合流する場所がないという方が正しいだろう。
こうして俺たちが魔法師団長の部屋で待機していると、侍女が朝食を持って部屋を訪れた。
そして、侍女が食事の乗った皿を魔法師団長の前に置いた時、部屋の扉が二度叩かれ、騎士が飛び込んできた。
「デルアックが、レイベド侯爵と共に騎士を百名ほど引き連れ、北門に現れました。今は、ウィアズ伯爵への取次ぎをすると伝え、街の門の前で待たせております」
「うむ。分かった。すぐに向かう。すまぬが、この朝食は戻って来てからいただくとしよう」
魔法師団長が大きく息を吐いて、顔を引き締めると、席を立った。
「お気遣い、ありがとうございます。食事は戻りになられましたら、その際に別の物をお持ちいたします」
「うむ。忝い」
魔法師団長の言葉とは裏腹に、侍女が食事を回収し始めた。
レイベド侯爵は、食べ物の恨みは大きいというのを知らないのだろうか?
俺なら絶対許さない。というか、俺も台車に乗せられている食事を食べ損ねてしまった。
俺たちが領主館の玄関まで行くと、そこにはウィアズ伯爵とティルセア様が待っていた。
彼らと合流した俺たちが北門まで辿り着くと、そこには馬に乗った一際豪華な鎧を身に纏った人物と、その隣のデルアックを筆頭に百名の騎士を乗せた馬群が所狭しと待機していた。
「ふむ。レイベド侯爵、このようなところへ如何様ですかな?」
レイベド侯爵と呼ばれた豪華な鎧を着た人物が、不敵な顔をして魔法師団長に視線を向ける。
「これはこれは、ガレリック殿、こんなところでお会いするとは奇遇ですな。何、儂のところに、この街が盗賊に狙われているという情報が入りましたのでな。このように騎士を引き連れ応援に参ったのですよ」
「そうでござったか。しかし、残念でしたの。既に盗賊は全て捕らえましたでな」
それを聞いたレイベド侯爵が、訝しむように、魔法師団長を見た。
「捕らえたですと?」
「うむ。その通りですじゃ。主犯のアゼルも、当然捕らえましぞ」
魔法師団長の言葉で、レイベド侯爵が眉間に皺を寄せた。
「アゼルとは、英雄級にも及ぶと言われる、あのアゼルですかな?」
「うむ。流石、レイベド侯爵ですな。良くご存じじゃ」
「そうでしたか、あのアゼルが。それでは、儂らは無駄足だったということですの。それなら此処に長居も無用。このまま我が領地に返るとしましょう」
レイベド侯爵は、魔法師団長との対話で分が悪いと悟ったのか、そのまま此処を立ち去ろうとする。
「レイベド侯爵、お待ちなされよ。そう言えば貴殿に陛下から書状を預かっておるのですじゃ。それを今、お渡ししたいのじゃがの」
「陛下からの書状ですと?」
「うむ。そうですじゃ」
魔法師団長はそう言うと、隣にいるバルアさんに視線を送る。
それを受けたバルアさんが、抱えていた文箱から書状を取り出すと、それをレイベド侯爵に持って行った。




