【フィリエ視点】主様の御力・後
「それは、ベルフェ様やネルフェア様も同じことができるのでしょうか?」
「集団は無理だが、個にならできるな。ただ、その代わりベルフェは言葉に恐怖を乗せることができるし、ネルフェアは生命力を奪える。集団の魂を揺さぶれなくても、あいつらも同じ結果は得られる」
オルフェス様は、わたくしの質問に丁寧に答えてくれます。
ベルフェ様は究極の恐怖で死を与え、ネルフェアは生命力を奪い切ることで死を与えることができるそうです。
わたくしはそれを聞いて、再び血の気が引くのを感じます。
「それでは、フェイル様はどのような能力をお持ちなのですか?」
「うん、フェイル様か? フェイル様は今はまだ能力は習得されてないな」
「何も、でございますか?」
「ああ、そうだ」
わたくしはそれを聞いて、疑問が浮かんできます。
フェイル様は、わたくしと出会ってから魔法を覚えられました。もし、オルフェス様が仰ることが本当ならば、フェイル様は、魔法も能力も使わず、オルフェス様たちを下したことになります。
「あの、それでは、フェイル様は魔法も能力もなく、オルフェス様たちに勝たれたのでしょうか?」
「ああ、そうだ。武器も使わず、速さと力だけで俺たちに勝たれた」
それを聞いて驚いてしまいます。
速さと力に加え、これほどの能力を持ったお方たちを、速さと力だけで勝ったと言われれば、誰だって驚くでしょう。
「それはもしや、オルフェス様たちも魔法や能力を使われなかったのでしょうか?」
「いや、全て使ったぞ。ただ、どれも通じなかったがな。しかも、フェイル様は俺たちが能力を使わず闘っていたと思われていた」
「え? それはどういう意味でしょうか? 使った能力が分からなかった、ではなくてでしょうか?」
オルフェス様の言葉の意味が理解できず、わたくしは問い返してしまいました。
何の能力を使ったのかが分からなかったと言われれば、想像できるのですが、能力を使ったことすら分からなかったと言われると、埒外過ぎて理解ができないのです。
「ああ、フェイル様は自覚なく、全ての能力を無効化されたからな。俺たちが能力を使ったことすら分からなかったようだ」
オルフェス様たちを相手に、そのようなことがあるのでしょうか?
先程立っていた六体の妖鬼も抵抗はできましたが、それでも抵抗するために力を割いており、消耗はしていたはずです。それを無自覚ということは、その消耗すら感じなかった、ということです。
そのようなお方が、この世におられること自体が信じられません。
「もし、フェイル様が能力を習得されれば、この世の魔王が全員で束になっても勝てないかもしれませんね」
驚きのあまり、わたくしの口からそんな言葉が漏れます。
それにしても、フェイル様がそこまでお強いとは想像だにしませんでした。オルフェス様たちを従えていることから、お強いことは予想しておりましたが、改めてお話を聞いて、フェイル様が慈悲深き方で良かったと心から思います。
「そうだな。フェイル様に敵う可能性があるとすれば、この世に二柱だけだ。しかも、その内の一柱は消息不明で、もう一柱は特殊な世界に隔離されている。そう考えれば、今でも俺たちが付いていれば、魔王たちが束になってもフェイル様には勝てんさ」
「え? フェイル様に敵う者がいるのですか?」
オルフェス様の口から紡がれた言葉にわたくしは戦慄を覚えます。
お話を聞く限り、フェイル様の強さは、既にわたくしの想像を絶するものです。それに敵う者が二柱もいると聞かされれば、この世の終わりを感じる者も多いでしょう。
「ああ。だが、それも可能性の話だ。俺の知る限り今はフェイル様の方が強い。しかも、さっきも言った通り、この世にいない者たちだ」
オルフェス様はそう仰いますが、わたくしたちからすれば、それだけで充分な脅威です。
これはフェイル様に一刻も早く能力を習得いただき、長生きしてもらわねばなりません。わたくしはそう思い、フェイル様に月桃を献上し続けることを強く心に誓いました。結界内に植えた月桃の木が実を付けるのは早くとも二、三年後です。それまでは、フェイル様に温情を受けた、あの月桃の木から得るしかありませんね。
「此処か」
オルフェス様からいろいろなお話をお伺いしならが歩いていると、集落の中心にある木造の家屋に到着しました。
此処へ辿り着く間にも、次から次へと妖鬼たちが駆け付けてきましたが、その妖鬼たちは皆、わたくしたちを視界に収めるなり、胸を抑えて呻きながら崩れ落ちていきました。
おかげで、わたくしたちは有意義な会話に花を咲かせながら此処まで来ることができています。
オルフェス様は家屋の扉の前に立つと、手ではなく、脚を蹴り上げられました。
それと同時に、『バキーン!』という木扉が砕ける音が辺りに響き渡ります。
わたしくしはそれを見て、あまりの驚きに、『扉は蹴る物ではなく、開くものです』という言葉が、もう少しで口を突いて出そうになりました。危なかったです。死ぬかと思いました。わたくしの人生で一番自分を褒めたくなる瞬間を体験した気分になります。
そんなわたくしを置き去りに、オルフェス様は家屋の中に入っていきます。
わたくしも慌てて追いかけようとした瞬間、オルフェス様に向かって複数の剣が振り下ろされるのが見えました。
しかし、オルフェス様はそれを避けようともせず、その剣を我が身で受けられます。その直後、『ガキーン!』という甲高い音が響き、振り下ろされた剣が全て弾かれました。
「いきなりとは礼儀がないな」
剣を弾き返したオルフェス様は、何食わぬ顔で平然とそんなことを仰います。
扉を蹴破るのは正しい礼儀なのでしょうか?
と、危ないです。またもや死地に飛び込むところでした。オルフェス様が正しいのなら、それは正しいのです。
わたくしは、一瞬止めた脚を再び動かし、家屋に入るとオルフェス様の横に並びました。
そして家屋の中を見ると、先程剣を振るった妖鬼たちが、一体を除いてすでに胸を押さえて崩れ落ちていました。
残っている妖鬼が、漏れ出る魔力からして、この集落の長で間違いないでしょう。
「貴様、何者だ!」
この質問を聞くのは、今日何度目でしょうか? ただの一度も、その答えを聞いてませんが。
わたくしが、そんなことを考えていると、オルフェス様が引き摺ってきた妖鬼たちを、その妖鬼の前に軽い動作で投げました。
「なっ、ゾルム! 貴様、ゾルムに何をした!」
「いいか、二度と灰色狼の縄張りに近付くな。もし近付いたら、今度はこの集落ごとお前たちの姿もなくなると思っておけ。分かったか」
オルフェス様は、目の前の妖鬼の言葉を無視して、警告を告げられます。
ただし、今までとは異なり、オルフェス様から凄まじいまでの殺気が放たれています。
その殺気は、妖鬼の長に向けて放たれているのですが、直接受けていないわたくしですら、立っているのがやっという感じです。はっきり言って、人生で一番怖いと思った瞬間です。こんな間近でこの殺気を直接受けたら、わたくしは間違いなく恐怖のあまり狂乱します。弱い者なら死ぬでしょう。
目の前の妖鬼も、オルフェス様の殺気を受けて、ガタガタと体を震わせながら怯えています。これを受けて狂乱しないとは、流石、妖鬼を纏める長といったところでしょう。
「返事は?」
「わ、分かった…、二度と手は出さない」
「手は出さないじゃなくて、近付かない、だ。ちゃんと話を聞け」
「は、はい。分かりました…、二度と近付きません…」
オルフェス様が返答を求めると、妖鬼の長がそれを了承した返答をしました。
妖鬼の長も、遅ればせながら力の差が歴然なのを理解したのでしょう。言葉遣いも丁寧になっています。
結局、オルフェス様は一度も妖鬼の質問に答えられませんでしたが、結果が伴えば会話など不要なのです。
これで、妖鬼の襲撃も無くなるでしょう。わたくしはほっと胸を撫で下ろしました。
「フィリエ、それじゃあ、帰るぞ。フィリエも結界に戻ってくれ」
「はい。かしこまりました」
わたくしがオルフェス様の指示に従い、思念体を解き、結界内に思念体を再構築すると、それに合わせるようにオルフェス様も姿を現わされました。
「「オルフェス様、お帰りなさいませ」」
わたくしたちが結界内に戻ると、ガロア殿とアイネラ殿が出迎えてくれます。
相手がオルフェス様なのか、それとも戦闘中なのかは分かりませんが、アイネラ殿のいつもの軽い感じは見当たりません。
「ああ、それでこちらはどんな状況だ?」
「オルフェス様が此処を発たれてから、妖鬼の襲撃はございません」
「オルフェス様が撃退してくださった妖鬼たちも、先程、縄張りの外に出ました」
オルフェス様の問い掛けに、ガロア殿とアイネラ殿が現状を報告されます。
「そうか、分かった。こっちも灰色狼に傷を負わせた者と、妖鬼の集落の方は片付いた。二度と奴らが縄張りに近付くことはないようにしたから、安心しろ」
「「ありがとうございます。ご尽力感謝いたします」」
オルフェス様も、わたくしたちの方でのことを簡潔にご報告されました。
一連の襲撃事件も片付いたことを確認して、ガロア殿とアイネラ殿も、安堵の表情を浮かべます。
「それと、今後の方針を伝えるから、怪我をした灰色狼を除いて、全員を此処に集めろ」
「「「はい。かしこまりました」」」
わたくしたちは、オルフェス様の指示に従い、迅速に全員を集めます。
集合を掛けられた者たちも急ぎ足でオルフェス様の前に行くと、集まった者から跪いていきます。
こうして全員が揃ったことを確認したオルフェス様が口を開かれました。
「今回の妖鬼の襲撃は片付いた。ただし、怪我を負った者もいる。その者は今後、狩りができなくなるだろうが、これからも仲間として接するように。フィリエたちはこの灰色狼を最善の状態まで回復させろ。それと、今回の襲撃は終わったが、他にも魔物はいる。油断せずこれからも警戒は怠るな。アイネラ、お前は巡回の時間と経路が敵に知られぬように考慮して、巡回に当たらせろ。それと最後にガロア、結界の外に出た際の退避経路の確保を行うように手配しろ。そうすれば突然の襲撃があっても支援を送りやすくなる。以上だ」
「「「はい。かしこまりました。必ずや、ご期待に添えるようにいたします」」」
オルフェス様がわたくしたちのために様々なことを考えてくださっていることが分かる指示に、わたくしは胸が熱くなる思いがします。
これからもより精進し、このお方たちの期待に答えたい、と自然と思えることに幸せすら感じます。
此処にいる者たちも、きっとわたくしと同じ思いでしょう。
「それでは、俺はフェイル様に完了の報告と帰還の相談をしてから戻るので、お前たちはこれより日常に戻れ」
「「「はい。かしこまりました」」」
オルフェス様の最後の言葉で、全員が立ち上がって解散していきます。
その顔には、安堵と喜びが満ち溢れていました。
「あの…、それでオルフェス様」
「うん? アイネラ、なんだ?」
「あの…、フェイル様はいつこられるんでしょうか?」
アイネラ殿は襲撃が一段落したことで、緊張が解けて寂しさを思い出したのか、上目遣いで遠慮がちに問い掛けました。
「ああ、あと二十日程度は旅が続くから、その後だな」
「え? そんなに先になるのですか?」
オルフェス様の回答を聞いて、アイネラ殿は今にも泣き出しそうになっています。
ガロア殿もしょんぼりとして、悲しそうに頭を下げました。
斯く言うわたくしも、今にも崩れ落ちそうなほど、衝撃を受けています。
なんということでしょう。先程まであった安堵と喜びが一気に霧散してしまいました。
「ただ、あと数日もすれば国境を越える。そうすれば来れる時があるかもしれんし、フェイル様には伝えておいてやるから、そう悲しそうにするな」
「オルフェス様、本当ですか!? どうか、よろしくお伝えください!」
アイネラ殿が手を胸の前で組んで、懇願するように祈っています。
「ああ、分かった。それじゃあ、俺はフェイル様に連絡したら帰るから、後は頼むぞ」
「「「はい。かしこまりました」」」
オルフェス様はアイネラ殿の様子に若干引き気味で答えると、フェイル様に連絡された後、お姿を消されました。
これでまた、フェイル様がいない、日常とは程遠い日常が戻ってきます。
フェイル様、どうか一刻も早く、こちらにお姿をお見せくださいませ。わたくしは空に向かって祈るように心の中で、そう呟きました。




