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魔王たちの主  作者: 御家 宅
第二章

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【フィリエ視点】主様の御力・前

 フェイル様が此処へ来られなくなって、すでに十日以上が経ちました。

 ガロア殿やアイネラ殿と楽しくも、寂しい日々を送っております。


「う~ん。フェイル様たち、どうしてるかなぁ。ねぇ、ガロアさん、テオ君たちは何か言ってきた?」

「うむ。連絡はないな。旅の途中で忙しいのであろう。だが、連絡くらいは欲しいものだな」

「でしょう。本当にテオ君たち、水臭いよね?」

「アイネラ殿、無理を言ってはいけませんよ」

「うん。それは分かってるんだけどさ。でも、フェイル様たちが来ないと寂しいでしょ。フィリエちゃんはフェイル様に呼ばれて一度会ってるから、そうでもないかもしれないけどさ…」

「それはそうですが、フェイル様たちも旅の途中ですし…」


 最近では、このような会話が日常茶飯事になっております。

 わたくしはつい先日、フェイル様に呼ばれ、人間の女を治療するよう指示を受けました。

 確かにその時、わたくしは一度お会いできましたが、あの時は緊急事態で緊迫した雰囲気の中、治療に全力を尽くしていたこともあり、楽しむ余裕はございませんでした。

 アイネラ殿もそれを分かっておられるので、責められてるわけではないのですが、それでもお会いできたことの羨ましさに、頬を膨らませて拗ねるような仕草をされます。

 そういったアイネラ殿のお気持ちも痛いほど良く分かるため、強く窘められずにおります。

 本当に早く、いらっしゃってくださらないでしょうか。

 フェイル様たちと出会う前は、このような感情を抱いたことはないだけに、猶更そう思うのかもしれません。更に、この寂しさを共有できる方がいることも、拍車を掛けている原因のような気がいたします。


 それからも寂しい思いを抱えながら十数日が経ったある日のこと、それが起こりました。


「フィリエちゃん、ガロアさん、複数の妖鬼がかなり縄張りの内側まで入ってるみたい。すぐに撤退させて!」


 アイネラ殿が意識を集中させたかと思うと、突然慌てたように叫びました。恐らく巡回中の飛妖女(ひようめ)から緊急の念話が入ったのでしょう。


「あなたたち、至急、結界の外にいる者たちに連絡を!」

「此処にいる者全員で手分けしろ!」


 わたくしとガロア殿は、アイネラ殿の報告を聞いて、この場にいる者たちに、結界の外にいる者たちへ連絡を入れるよう大きな声で指示します。


「それにしても、どうやってそこまで内側まで入り込まれたのでしょう?」


 わたくしたちは急いで指示を出しましたが、それよりも気掛かりなのは、この点です。

 わたくしたちの仲間の誰かが手引きしたということは一切考えておりませんが、入り込んだ方法が分からなければ、何処にどれだけ潜んでいるのかわからないため、非常に危険です。


「たぶん、今までの偵察はこのためだったんだと思う。私たちの巡回の時間とか経路とかを把握されたのかも」

「なるほど。そういうことでございますか」


 アイネラさんの意見を聞いて納得します。

 ガロア殿の縄張りは、それなりの広さがございます。それを此処にいる飛妖女だけ巡回するには限界があります。それを丁寧に観察し、その隙を突かれてしまったようです。


「うん。そういうことだから、私も応援に行ってくるから、此処はお願い!」

「アイネラ殿もお気を付けて!」

「無理はされぬな!」

「うん。分かってる!」


 アイネラ殿はそう言うと、凄い勢いで空へ飛び立ちました。

 アイネラ殿なら大丈夫だと思いますが、それでも心配になります。

 急ぎ、フェイル様たちにも連絡を入れたいのですが、今の状況では、どこからいつ連絡が入るか分からないため、フェイル様たちに連絡している余裕がないのが、更に焦りを増幅させます。


『フィリエちゃん、ガロアさん、大変! 灰色狼が一体、妖鬼に遭遇したみたい!』

『え? それは、どの辺りですか?』


 アイネラ殿が飛び立ってから少しして、アイネラ殿から連絡が入りました。

 アイネラ殿の酷く焦った声に、背筋に嫌なものが走ります。


『そこから二リードほど南西の辺り。わたしもそっちに向かってる』


 この森の中で二リードと言えば、それなりの距離がございます。

 灰色狼が森の中を全力で走っても、一刻で十リードも走れません。しかも、敵の攻撃を回避しながらでは猶更です。


「二リードほど南西の辺りで灰色狼が妖鬼に遭遇しました。樹木の精も一緒にいるはずです。至急、あなたたちも支援に行ってください」

「「はい。かしこまりました」」


 わたくしは近くにいた樹木の精たちに支援に向かうよう呼び掛けます。

 灰色狼と樹木の精はそれぞれ一体ずつで組みを成して行動しています。その彼らから、わたくしやガロア殿に連絡が来ないということは、連絡する余裕もない、かなり切迫した状況が考えられます。

 わたくしたち樹木の精は思念体なので、傷を負ってもすぐに復活することができるのですが、共にいる一体だけでは盾としても心許ないため、追加で彼女たちを支援に向かわせます。彼女たちなら、その一体の思念を辿り、すぐに到着するでしょう。


「フィリエ殿、すまんな」

「いえ、わたくしたちは、既に仲間なのです。ガロア殿が頭を下げる必要は全くございません。寧ろ、頭を下げないでくださいませ」

「うむ。そうであったな。気が急いていたようだ。すまぬ」

「いえ、わたくしの方こそ、苦言を述べてしまって、申し訳ありません」

「いや、フィリエ殿の言が正しい」


 灰色狼を逃すための支援ということもあり、その長であるガロア殿が頭を下げてこられました。

 しかし、わたくしたちには既に種族という概念は存在しません。このため、頭を下げる必要はないことを伝えます。ただ、わたくしも焦りで気が立っていた所為で、少し強い言葉で苦言を呈してしまいました。それに対して、ガロア殿も素直に応じてくださいます。

 それから程なくして、アイネラ殿から念話が入りました。


『フィリエちゃん、ガロアさん、灰色狼と遭遇した妖鬼を何とか追い返せたよ! ただ、怪我を負ってるようだから、戻ってきたら傷の手当をお願い。それと、他の残ってる灰色狼たちも、もうすぐ結界に辿り着けそうだから、そっちでも支援してあげて』

『アイネラ殿、了解いたしました』


 わたくしはこの報告を聞いて、安堵と不安が同時に襲ってくるのを感じました。

 怪我とはどの程度なのでしょう。妖鬼は片刃の剣を武器に使います。それによって負傷したなら、かなりの傷を追った可能性もございます。


「灰色狼が一体、負傷を負っています! 戻り次第、天幕に運んで治療を行えるよう準備をお願います!」


 わたくしは、アイネラ殿との念話を繋げたまま、大きな声で指示を出します。

 こうしている間にも戻ってくる可能性もあるので、準備を急がなければなりません。


『それで、他の妖鬼たちはどのような状況でございますか?』


 指示を出し終わり、わたくしは再び念話に意識を向けました。


『こっちで確認できたのは、五十体ぐらい。結界に近い者で三リードの辺りにいて、結界を目指してる』

『了解いたしました。それでは、こちらも迎撃の準備に取り掛かります。アイネラ殿たちも、急ぎお戻りください』

『うん、ありがとう。でも、他にも潜んでるかもしれないしね。灰色狼が全て結界内に退避したら、私たちも急いで戻る』

『はい。了解いたしました』


 わたくしは、アイネラ殿の報告を聞いて、今のところ他の灰色狼が妖鬼に遭遇せずに戻ってこれそうなことに安堵しました。


「フィリエ殿、妖鬼の迎撃準備については、既に指示を出した」

「ガロア殿、了解いたしました」


 わたくしがアイネラ殿と念話で会話している間にガロア殿が迎撃の指示を出されていたようです。

 通常、単体種族の場合、全体に指示を出せるのは長たる一体のみです。しかし、わたくしたちは三種族の共同体であるため、ガロア殿、アイネラ殿、そしてわたくしが全体に指示を出せるようになっております。こういうところも、わたくしたちの強味でしょう。共に指揮ができる仲間がいることに心強く思います。


 こうしている間にも、次々と灰色狼たちが結界内に飛び込んできます。

 そして、怪我を負った灰色狼も戻ってきて、天幕に運び込まれました。


「ガロア殿、わたくしはベルフェ様に連絡を入れて、灰色狼の傷の手当てに向かいます」

「うむ。分かった 。では、アイネラ殿に帰還の連絡と、此処の指揮は我がしよう」

「お願いいたします」


 わたくしは、ガロア殿に指揮を任せると、急いでベルフェ様に念話を繋ぎます。


『フィリエですか。どうしました?』

『はい。此処に妖鬼が攻め込んで参りました』

『このような時にですか。全く困ったものですね。分かりました。至急、フェイル様に指示を仰ぎますので、暫く待っていなさい』

『かしこまいました。感謝いたします』


 ベルフェ様のご様子から、フェイル様の方でも何かが起こっていることが察せられます。

 それでも、ベルフェ様はフェイル様に指示を仰いでくださるとのことで、わたくしは感謝の思いで胸が溢れそうになります。また、それと同時に自分たちの不甲斐なさも襲ってきます。

 これがフェイル様でなければ、間違いなくわたくしは切り捨てられたでしょう。本来であれば自分たちの身は自分たちで守らなければならないのです。


「ガロア殿、フェイル様の方でも何か起こっているようで、暫く待てとのことでございます」

「うむ。分かった。既に外に出ていた灰色狼たちも戻ってきたゆえ、問題なかろう。アイネラ殿たちもこちらに向かっているはずだ」

「了解いたしました。それでは、わたくしは治療に向かいます」

「うむ。指揮は引き続き我の方でやるので、そちらは頼む」


 わたくしが天幕の中に入ると、怪我を負った灰色狼が横たわっておりました。

 既に止血は済んでいて、これから患部の治療に当たるところでした。わたくしは急ぎ灰色狼に近付くと、患部を丁寧に診察します。


「フィリエ様、我はもう狩りはできそうにございません。どうか、今すぐこの首を刎ねていただけないでしょうか」


 わたくしが患部を診察していると、灰色狼が命を断つことを願い出てきます。

 それを聞いて、わたくしの眉間に皺が寄ります。

 この灰色狼の傷は右後ろ脚の足首にあり、傷跡を診る限り刀傷だということが分かります。確かにこの傷では完治は難しいと思われます。それをこの灰色狼が一番分かっているのでしょう。

 灰色狼にとって後ろ脚は、速度を出すための重要な機関です。その機能に障害が残れば、確かに狩りをすることはできなくなります。


「そのようなことを、フェイル様が許されるわけがないでしょう。大丈夫です。この傷であれば、狩りはできなくとも力仕事程度はできるようになります。いえ、してみせますので、あなたは生きることを考えてください。それがフェイル様への何よりもの恩返しです」

「…、分かりました。どうかよろしくお願いいたします」


 わたくしは大きく息を吐くと、患部に傷薬を塗りながら消毒し、蔦の繊維を使い、患部を丁寧に縫合していきます。失敗は許されません。血管や神経節の縫合に全神経を集中します。

 わたくしは、先日もフェイル様に呼ばれて人間の女の治療を行ったばかりです。魔物と人間では構造上の違いはありますが、それでも役に立つことは間違いありません。わたくしはあの時のことを思い出し、丁寧に治療を進めました。

 それから暫くして、縫合も終わり、わたくしは息を吐くと立ち上がりました。


1リード=1.6kmになります。

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