騎士団の包囲網
訓練場の扉を開いて外に出た俺の目に、陽の光と共に異様な光景が飛び込んできた。
俺の目の前では、訓練場を取り囲むように騎士団と冒険者が武器を構えて、臨戦態勢を取っている。
訓練場の正面には主に鎧を纏った騎士団が配置されており、その両側に冒険者が連なっている。
所々に魔物の姿も見えるが数は少ない。この魔物たちを連れた冒険者は、恐らく訓練場にいた冒険者ではなく、急遽、呼び出された冒険者ではないだろうか。
よく見ると、向かいの建物の窓にも弓を構えて、いつでも矢を射られる様に騎士と冒険者が待機しているのも見える。
そこには、禍々しいほどに緊迫した空気が張りつめていて、あたかも一触即発の戦場の真っ只中に放り込まれたような錯覚を覚える。
え? 何? 何が起こってるの?
俺は反射的に訓練場の方を振り返り、異変がないか視線を巡らせる。
俺たちは訓練場から出てきたばかりなので、訓練場の中に問題がないことは知っている。
ならば、訓練場の外側かと目を向けたが、綺麗に手入れされた外壁があるばかりで、これといったものは見当たらない。
これだけの騎士団と冒険者が取り囲んでいるとなると、相応に危険な魔物か犯罪者がいるのではと考えたのだが、魔物も人影もどこにも見つけることはできなかった。
それを確認すると、俺は再度、取り囲んでいる騎士団と冒険者の方に視線を向けた。
「あの、すみませ…」
「動くな!」
俺がこの状況を尋ねようと口を開いた途端、その言葉を遮るように鋭い声が飛んできた。
俺は、声に込められた重圧感に一瞬、ビクッと肩を跳ねさせて硬直する。
訓練場の内と外に異変は見られない。となると、今この場に存在するのは目の前にいる騎士団と冒険者、そして彼らの前にいる俺たちだけだ。
俺はもう一度、状況の整理のために騎士団と冒険者に視線を巡らせる。
改めて彼らを観察すると、その視線は俺たち、いや、正確には俺の後ろにいる三体の魔物に向けられていることに気づいた。
「お前ら、動くな」
「「「はっ」」」
俺は目の前から視線を動かすことなく、小さな声で後ろの三体に命じる。
何故この状況が発生しているのか理解できないが、俺の後ろにいる三体の魔物が関係していると思われるために、万が一を考えての対処だ。
こいつらは、俺が彼らより強いことは身を以て知っているが、俺がこの国でどの程度の強さなのかは知らない。
人間の国と魔物の国では、考え方も、強さや階級など社会を構成する基準も異なる。なんなら、言葉の意味すら変わってくる。その差異も、こいつらは知らない。それは、訓練場の中での彼らの言動でも窺えるだろう。
魔物は好戦的な面が強い。もし、こいつらがこれらの差異を考えず行動したら、即座に交戦となって、一瞬で消滅させられるだろう。それは何としても避けたい。あれだけ苦労して従えたのに、こいつらを失うのは痛手過ぎる。
それに俺はまだ冒険者登録を終えていないのだ。ここで何かあれば登録さえも危うくなるかもしれない。
逆に言えば、だからこそ何故、俺たちが取り囲まれているのかも分からないのだが。
俺は静かに両手を挙げて抵抗の意思がないことを示す。
取り急ぎ、まずは言葉を交わさないと、この状況は改善しないと思うので、その状況を作りたいと考えてのことだ。
しかし、目の前の彼らは言葉を発することもなく、俺の行動に眉を顰めて、警戒を解かずに微動だにしない。
寧ろ、俺が手を挙げたことで、目の前の彼らの警戒度が上がったように思える。
こちらから声を発することも動くこともできず、目の前の彼らは臨戦態勢を解かない。
いわゆる膠着状態という状況が生まれていた。
膠着状態と言っても、こちらが圧倒的に不利な状況。多勢に無勢。胃が痛い。
俺は何とかこの状況を打開しようと頭を巡らせる。
と、その時…
「もしかして…、フェールか?」
俺の横合い、騎士団の左側に陣取っている冒険者の真ん中辺りから声が届いた。
俺は聞き覚えのある声にはっとして、そちらに顔を向ける。
そこには皮鎧を纏い剣を構える、孤児院出身の冒険者がいた。
「あ、ニールさん!」
見知った顔を見て、思わず声が出た。
だが、俺に声を掛けたはずの彼の視線は俺を見ておらず、周りを見廻して焦った表情を浮かべている。
俺もニールさんに釣られて周りに視線を向けると、騎士団や冒険者が険しく鋭い視線でニールさんを睨んでいた。
彼は自分が発した声を咎められていることを悟り、彷徨わせていた視線を騎士団の中央にいる、一際重厚な鎧に身を包んだ男性に固定させた。
この重厚な鎧を身に着けた男性が、この場の指揮官だろう。
恐らくニールさんが指揮官に目を向けたのは、自分がこの場の状況を壊してしまったことに対する指揮官の指示を求めての行為だと察せられる。
時に冒険者は凶悪な魔物とも対峙する。その際、複数人の冒険者で魔物に対峙するが、みんながバラバラに動いては意味がない。このため、連携を取るために必ず指揮官を立て、指揮官が状況を判断し逐次、指示を出す。
こういった連携が大事なのだと、事あるごとにニールさんから聞かされていたので、指揮官の指示を待っていると考えて間違いないと思う。
視線を向けられた指揮官は、鋭い視線のまま俺たちとニールさんの間を往復させた後、ニールさんに頷いた。
それを受けて、ニールさんも指揮官に頷き返す。ニールさんの顔には先程までの焦りはなく、ことさら真剣な表情に切り替わっている。
その頷きが俺には何を意味するのか分からないが、何かの意思疎通が図られたことだけは理解できる。
「フェール、後ろの三体の魔物は、お前に服従してるのか?」
ニールさんは顔を俺の方に向けると、ゆっくりと慎重に問い掛けてきた。
この問い掛けに呼応するかのように、周りから唾を呑み込む音が聞こえる。
ニールさんの顔には、真剣さの中に不安と心配が混ざっているように感じられる。その顔を見て、俺は少しばかりの安堵を覚えた。この人がこの場にいて良かった。
俺はニールさんに向かって、ゆっくりと首を縦に振る。
「お前ら、そこに跪け」
俺は大声を上げるわけでもなく、かといって周りには聞こえるように、後ろに控える魔物たちに命じる。
服従しているかを分かりやすく示すには、これが一番だと考えてのことだ。
この状況下で跪くことは、生殺与奪を相手に委ねることを意味するので、説得力を持たせる意味でも有効な方法であることも加味している。
「「「は!」」」
後ろの魔物たちが反抗することなく俺の命令に従い、『ざっ』っと、その場におとなしく跪く音が後ろから聞こえる。
それを受けて、周りが騒めきだした。
『そんな、馬鹿な…』『ありえない…』といった声が聞こえてくる。
俺としては、この状況と騒めきがありえないのだが、それを口に出すことはない。
「ギルド長! これは、どういうことだ!?」
俺は、その声に驚き、反射的に声を発した主に視線を向ける。
その声には騒めきを切り裂くような、有無を言わせぬ威圧感が含まれていた。
これにより周りから騒めきが消え、静寂が訪れる。
声を発した主、指揮官は俺を視中に収めながらも、視線を左側に向けている。俺もそれに釣られるように、指揮官の視線の先に視線を切り替える。
そこには、冒険者と言うには年配の男性が焦りを顔に滲ませて、俺たちと指揮官の間で忙しそうに視線を動かしていた。剣を構えながらも、小洒落た服を着ており、周りからも少し浮いているので、彼が指揮官に呼ばれたギルド長だと思われる。
彼は幾度か俺たちと指揮官を交互に見た後、自分で説明するのを諦めたのか、ちらりと左隣を見て、『アゼル、これはどういうことだ!?』と問い掛けた。
「そんな筈はありません…。あの魔物たちは…、人間が従えられるような…魔物では…」
アゼルと呼ばれた冒険者は状況を説明しようと口を開くが、徐々にその言葉が小さくなっていく。
俺はこの冒険者を知っている。この王都では名の知れた冒険者で、逆に知らない者を探す方が難しい。
彼がこの国で一番強い冒険者だと言えば分かるだろうか。
冒険者の階級の最高峰が英雄級で、彼はその英雄級に手が届くところにいると言われている。多くの冒険者の憧れであり、国民からの賞賛も厚く、この国の冒険者の象徴と言っても過言ではない。
俺が冒険者ギルドを訪れた際に彼もいた。当然のことながら、訓練場の観覧席にいたことも覚えている。
アゼルの返答を受けて、ギルド長の眉間に皺が寄る。
ギルド長は苛立ちを隠すことなく、ギリっと奥歯を噛み締めた。
「騎士団長、こちらの想定と、現状に齟齬があるようです…」
ギルド長は喉の奥から声を絞りだすように、言葉を紡いだ。
「それでは分からん! お前たちの通報が誤っていたのか!?」
指揮官改め、騎士団長から怒号とも思える叱責が飛ぶ。
騎士団長の顔には明らかに怒りが浮き出ている。
俺もその怒りには共感できる。ギルド長の返答は、報告になっているようで、その実、全く内容がない。
齟齬って何だよ?
「い、いえ…、アゼルは高位の冒険者です。そんなことは…考えられません…」
ギルド長の顔には焦りと悔しさが滲み出ている。
彼も、俺が魔物を従えている現状を考えると、自分の言葉に信憑性がないことを理解しているのだろう。
このやり取りを見て、俺は、この現状が起こっている原因をなんとなく察することができた。
恐らく、俺の召喚を観覧席から見ていたアゼルが、俺の召喚した魔物の強さを見誤り、自分たちだけでは対処が難しい凶悪な魔物と判断して、ギルド長を通して騎士団に応援を求めたと考えられる。




