生存者の回復
「うむ。それでは、円卓に移りましょうか」
「お時間をいただき、申し訳ございませんでした。それでは、皆様、どうぞこちらへ」
王様の声でセリエさんが頭を下げて俺たちを円卓に促してくれた。
俺たちはセリエさんに導かれ円卓の椅子に腰掛ける。
それを確認したセリエさんが、俺たちの前にお茶を置いて、いつもとは異なり、部屋から退室せずに、壁際の扉の横に控えた。
俺はそれを不思議に思いながらも、王様が口を開いたために、視線を王様に戻す。
「まずはガレリック、先にこれを渡しておこう。それと封書の中身と同じ内容の紙も付けておる」
「はい。ありがとうござりますじゃ」
魔法師団長は王様から書類の束を受け取るとそれを一枚一枚確認している。
その中に一通の封書があり、そこに書かれた内容が複写された紙までついていた。
封書を除いてはアゼルたちの手配書で、封書は恐らくレイベド侯爵とかいう貴族に宛てた手紙だと思われる。
「これで先手が打てますじゃ。陛下、ご用意くださり、ありがとうござりましたじゃ」
魔法師団長は一通り確認すると、満足した顔で王様に感謝の言葉を述べている。
襲撃に対して、後手に回るか先手に回るかで、結果に大きな差が出る。しかも、手配書となればその効果も絶大だろう。
「うむ。それと、あの紋章についてもロイランの裏取りが取れた。それに少し前にシリエが目覚めて、アゼルとデルアックの襲撃の証言も取れておる。証拠は充分だ。なんとしてもアゼルたち蒼の龍とデルアックを捕えよ」
「はい。必ずや」
王様と魔法師団長は、アゼルたちを捕えることを誓うかのように頷きあっている。
ヘイズさんたちを襲った盗賊の遺体、ヘイズさんが握っていたアゼルの蒼の龍の紋章、襲われたシリエさんの証言が揃ったということだ。これだけあれば充分なのは俺にも理解できる。
「あの、それじゃあ、俺の方からも渡したのですが、よろしいでしょうか?」
俺はそう言うと、鞄から通信の魔晶石を取り出して、円卓の上に置いた。
「うむ。それはアルノルトが預かればよろしかったかな?」
「はい。そちらで何かあった場合の連絡用なので、それで大丈夫かと思います。他に適任者がおられれば、その方でも良いので、渡してください」
この通信の魔晶石は何かあった場合の連絡用なので、俺たちに連絡ができる方なら誰でもいい。此処にいて、俺や王様が信用できて、俺たちと面識ある人が騎士団長しか思いつかなかっただけだ。
「それでは、お預かりいたします」
「後で、使い方についてはご説明しますね」
「はい。よろしくお願いいたします」
王様から視線を受けた騎士団長が進み出て、円卓の上にある魔晶石を受け取って鎧の中に仕舞い込んだ。
使い方は後ほど説明するとして、今は思い出した情報を共有しようと口を開く。
「それと、昨晩、オルフェスがボエルさんと会った際に、途中の村でアゼルを見たという証言を得ているそうです。これが証拠になるか分かりませんが、お伝えしておきます」
「うむ。それは重要な証言ですな。証拠は多い方が良いですからな。アルノルト、至急、騎士を編兵して、ボエルの立ち寄った街に派兵せよ」
「はい。かしこまりました」
オルフェスが聞いてきた情報は役に立ったようだ。
街へ騎士を派兵するのも、俺の情報の裏取りと、証言者を確保することが目的だろう。
それにしても、今回の事案が、迅速にこれだけの騎士を派兵するほどの出来事なのだと改めて理解する。
「うむ。今日の話は以上ですが、他になければ、シリエに会っていかれますかな?」
「もう、面会して大丈夫なんですか?」
王様が最後に口にした言葉に俺は驚いてしまう。
シリエさんは確か、この部屋の隣に寝かされていたはずだ。不思議に思っていたが、きっとこのために、セリエさんは退室せずに隣の部屋への扉の横に控えていたのだと、今なら分かる。
ただ、昨日は本当に危険な状態だったのだ。今日目覚めたからと言って、面会できるほど回復しているとは思えない。
「ええ、問題ないと医師から聞いております。フェイル殿たちの治療と薬の効果に医師も驚いておりましたぞ。医師など是非とも薬の製法を教えてもらえるように頼んで欲しいと懇願してきたほどです」
「それは受けられない申し出ですね。その傷薬は、人間が立ち入れないような森の奥に生息した薬草を材料にしているので、教えたところで造れませんからね。それに、もしその薬の製法を知った人間が森に入り命を落とせば、フェイル様が悲しまれることになりますからね」
「そうでございますか。それは残念ですな」
王様がさり気なく傷薬の製法を聞いてきたが、それをベルフェが即座に断った。
この時、ベルフェが俺の気持ちを代弁してくれたことに驚いた。だが、それは昨日、王様が俺を諭した内容とは反するので、ここで口にすべきことではないと思える。このため、ベルフェを睨んでみたが、ベルフェは飄々としているだけで、反省する気はないようだ。
俺のことを思ってくれているのは分かるが、王様が引き下がってくれたからいいものの、肝が冷える思いがした。
「それでは、隣の部屋にご案内いたします」
「うむ。では、行きましょうか」
王様と俺の会話が聞こえていたのか、いつの間にか近くまできていたセリエさんが、シリエさんの元まで案内を申し出てきた。
「はい。よろしくお願いいたします」
俺はそれに応じて立ち上がり、セリエさんと王様の後に付いていく。
そして、セリエさんは静かに隣の部屋への扉を開けると、部屋の中に俺たちを促してくれた。
「失礼します」
俺が部屋の中に入ると、俺たちを見遣ったシリエさんがベッドの中から上半身を起こした。
「あ、そのまま寝ていてください。まだ、無理は禁物ですから」
「ありがとうございます。それでは、そうさせていただきます」
俺は慌ててシリエさんが起き上がろうとするのを止める。
シリエさんもそれに大人しく応じてくれたことに、俺はほっと息を吐いた。
昨日は死にかけていたのだ。面会できるようになったとはいえ、そこまで無理をするのは良くない。
「それで、身体の方はどうですか?」
「はい。おかげさまで、このように話せるまで回復しております。これもフェイル様、オルフェス様、ネルフェア様に助けていただいたおかげです。ありがとうございました」
「いえ、感謝には及びません。それより、回復して良かったです。でも、無理はしないでくださいね」
シリエさんの顔色はかなり良くなっていて、話すことも普通にできるようになっていた。
今でも全員助けたかったという思いが強いが、シリエさんだけでもこうして話せるようになったことが嬉しくもある。
「はい。ありがとうございます。それと、陛下から、フェイル様が駆け付けてくださったおかげで、ポルグたちの死も無駄にならずに済み、アゼルたちの犯罪の証拠も掴めたと伺いました。きっとポルグもあの世で喜んでいると思います。本当にありがとうございます。ポルグがいなくなり、これからのことを思い悩むこともありますが、ポルグたちが為したことを誇りに、これからも強く生きていきたいと思います」
俺がポルグさんのことに触れる前に、シリエさんの方から話してくれた。
ここまで言われると、彼女や死者の誇りを傷つける気がして、俺が他の人たちを助けられなかった後悔を口することはできない。
恐らくこの分だと、王様は先回りして、俺が悔やんでいることを含めてシリエさんに語った気がする。
きっと、シリエさんにも思うところは他にも沢山あるにも関わらず、それを口せず、自分たちの職務と誇りを口にできることに、彼女の芯の強さを感じずにはいられなかった。
「はい。そうしてください。アゼルは俺も協力して必ず捕まえますので」
「はい。ありがとうございます」
俺が約束することではないと分かっていても、最後に自然とそんな言葉が口を突いて出た。
これが俺にできる精一杯の励ましでもあったので、今回だけは許してほしい。
「それでは、これ以上は身体に障るでしょうから、俺たちは引き揚げますね」
「はい。フェイル様もお気を付けください」
「はい。ありがとうございます」
最後に俺たちは簡単な言葉を交わして、シリエさんが寝ている部屋を後にした。
この時、セリエさんは退室する俺たちに向かって頭を下げて、部屋に残っている。
「では、フェイル殿、儂らも野営地へ戻りましょうかの。通信の魔晶石の使い方は、儂からアルノルトに説明しておりますので、問題ござりませんじゃ」
「ありがとうございます。では、戻りましょうか。それでは、何かありましたら、ご連絡ください」
「うむ。お心遣い感謝いたします。フェイル殿もお気を付けてくだされ。何かあればいつでも此処へ来てくだされば良いですからな」
「はい。ありがとうございます」
シリエさんが寝ている部屋を退室すると、すぐに魔法師団長が野営地に戻ることを提案してきた。
どうも通信の魔晶石の使い方は、俺がシリエさんと話している間に魔法師団長が騎士団長に説明してくれていたようだ。
必要な物も入手し、シリエさんの顔も見られたので、此処にこれ以上、長居しても仕方ない。
俺は魔法師団長の提案に二つ返事で了承すると、王様と挨拶を交わして野営地へ転移した。
俺たちが天幕に転移すると、天幕の中に控えていたバルアさんが、王様が派兵した騎士たちが合流したことを教えてくれた。
道理で天幕の外の喧騒がいつもより大きいはずだ。
俺は天幕の入り口を少し開いて外を見てみた。すると、騎士の数が昨日までの数倍に膨れ上がっていた。ただ、誰も彼も合流したことへの喜びなどなく、沈痛な面持ちをしている。
この後、俺と同じように外の騎士たちの様子を見た魔法師団長が、現時点の報告と併せて、士気を高めるために全員に喝を入れていた。
こうして俺たちは全ての準備を整え、決戦の街を目指すことになった。
後は、アゼルたちよりも早く街について、防衛を硬め決戦を迎えるだけだと思うと、否応なしに気合いが入った。




