緊急対策会議
俺たちが王様の書斎に転移すると、ベルフェが本来の姿に戻っていた。それを見て、俺たちもそれに倣い、オルフェスに幻術を解いてもらう。俺たちが転移してきたのを見た王様、ガレリックさん、ベルフェが円卓から立ち上がり、俺たちの方へと歩み寄ってくる。その後ろには、騎士団長と数名の騎士たちもいる。恐らく此処にいる騎士たちは俺たちの正体を知っていると考えて良さそうだ。
この間に、オルフェスは幻術を解くやいなやヘイズさんの遺体を床に置くと、再び素早く転移してポルグさんを抱えて戻ってくる。
そして、王様たちが俺たちの元まで来ると、口を開いた。
「フェイル殿、この度はお手数をお掛けいたしました。シリエを助けていただいたこと感謝いたします」
「いえ、本来なら皆さんも助けたかったのに、申し訳ございません。それに、シリエさんを助けたのは、オルフェスとネルフェアですので」
他にもフィリエさんもいるが、彼女の存在は内密にしているため、申し訳ないが伏せておく。
「そうでしたか。オルフェス殿、ネルフェア殿、感謝いたします。それとフェイル殿、大方のことはベルフェ殿とガレリックより伺っております。それにすべての元凶はアゼルとデルアックであって、フェイル殿が頭を下げられることではございません」
俺の謝罪に対し、王様はそう言ってくれるが、そもそもの原因は俺がオルフェスたちを召喚したことによるものだ。簡単には納得することはできないが、いつまでも頭を下げたままでも話が進まないため、俺は無理やり顔を上げる。
「うむ。それでは、シリエとヘイズとポルグはこちらでお預かりします。アルノルト、シリエを隣の部屋に寝かせて医者を呼んで看病させてくれ。それと、ヘイズとポルグの遺体は丁重に安置所に運んでやれ」
「は! かしこまりました」
王様の指示を受けた騎士団長が騎士たちに次々と命じていく。
その中の騎士が、オルフェスとネルフェアからシリエさん、ヘイズさんとポルグさんの遺体を受け取るや、足早に退室していった。その時、彼らを抱える騎士たちの顔にも悔しさと怒りが入り混じっていた。
「それでは、円卓の方で話をいたしましょうか」
「分かりました」
王様に促され、俺たちは円卓まで移動すると席に着いた。
それを確認してから王様が大きく息を吐き、口を開いた。
「それで、アゼルとデルアック以外にも盗賊が一緒に襲ってきたと伺いましたが、間違いないでしょうか?」
「はい。ヘイズさんたちが交戦した場にも、それらしき者たちの遺体が転がっていましたので、間違いないと思います」
俺の返答を聞いて、騎士団長と魔法師団長の顔に怒気が走る。王様も冷静ではあるものの、その顔には怒りが見え隠れしている。
「そうですか…。それでは、こちらから送った騎士たちは間に合わなかったのでございますな」
「え? 王都からも騎士を送られていたんですか?」
「ええ。フェイル殿たちが旅立たれてから数日後にアゼルとデルアックが王都から消えたという情報が入りましてな。それを受けて、ヘイズとガレリックの元へそれぞれ騎士を派兵したのですが、間に合わなかったようですな」
そうか。王様の方でも情報を得て動いていたとは知らなかった。
この情報が分かっていれば、もっと動き方が変わっていてヘイズさんたちを死なせずに済んだかもしれない。
俺が一つと言わず、もっと複数の通信の魔晶石を用意していれば良かったのだろうか。
そんなことを考え始めた矢先、俺はあることを思い出した。
「あの、ヘイズさんたちは、街道から外れた小さな迂回路で亡くなっていたので、もしかしたら派兵した騎士の皆さんは分からずに通り過ぎてしまうかもしれません」
「そうですか、…その可能性は高そうですな。ただ、それも気にはなりますが、その前に、先ずはこれからのことを相談した方がよろしいでしょう。何しろ相手側にはアゼルたちだけはなく盗賊も加わっておりますからな」
王様は、次にアゼルが狙ってくるのは俺たちだということを示唆してくる。
正直なところ、アゼルが俺を狙ってくるのが、俺には一番望ましい。そうすれば俺自らが対処できるし、何より他に犠牲者が出なくなる。ただ、俺たちを行方不明にするためには、俺たちが目立てないという実情を考えれば無茶なことはできない。それに、俺を直接狙うとも限っていない以上、こちらとしても対策を練っておくことは必要だと理解できる。
「分かりました」
「うむ。では、ガレリックよ、其方が考えておることを説明してくれるか」
「はい。かしこまりましたですじゃ」
魔法師団長は王様の指示を受け、円卓の上に地図を広げた。
「オルフェス様、申し訳ござりませんが、ヘイズたちが襲われた地点を教えてくださいますかな?」
「それであれば、この辺りだな」
オルフェスは魔法師団長に尋ねられると立ち上がって、魔法師団長が広げた地図の一点を指で指示した。
俺はオルフェスたちに連れていってもらった側なので、その場所が正しいかは分からない。ただ、オルフェスならば、どの程度の距離を転移してどの程度飛んだのか、そして俺たちが転移する前に馬車の中で、魔法師団長が地図上でヘイズさんたちの位置を示した範囲から推察して割り出すことができそうだ。
「ありがとうございますじゃ。ふむ。この辺りだとすると…」
魔法師団長はオルフェスが示した地点と、俺たちが進むであろう辺りを眺めながら、何やら考え始めた。
もしかしたら、アゼルたちの次の襲撃地点でも割り出しているのだろうか。
「うむ。ヘイズたちが襲われた地点が此処だとすると、奴らが我らに追いつくのは、この辺りですかの」
俺の予想は当たっていたようで、魔法師団長はそこから導き出した地点を丸で囲んだ。
「ふむ。これはやっかいだのう?」
魔法師団長が囲んだ範囲を見て、王様が眉間にしわを寄せた。
王様の懸念は俺にも分かる。その範囲には魔法師団長から何度も聞かされた最注意の街が含まれていたからだ。
アゼル、副騎士団長、盗賊だけでも面倒なのに、そこに副騎士団長の父親まで加わる可能性が高い。
「もし良ければ、オルフェスたちにアゼルたちを探させて対処させましょうか? アゼルたちがこの街に向かっているのであれば、探し出すこともできると思いますから」
俺は王様たちに、アゼル討伐の提案をしてみる。
魔法師団長の予想が正しいなら、アゼルたちは、ヘイズさんたちが襲撃された場所から最注意の街へ向かう間の何処かにいるはずだ。それであれば、オルフェスたちなら上空から探し出せると思う。しかも、相手はそれなりの人数がいるはずなので、動いてさえいれば、オルフェスたちの視力なら問題ないだろう。
「フェイル殿。その提案は、ありがたいのですが、今回はご遠慮させていただきたく存じます。これは、我が国の騎士団が襲撃されたという許しがたい事件ですのでな。我が国が自らアゼルを捕えねば我が国の威信に関わります。それに、騎士たちも自分たちの手でアゼルを捕えたいでしょうからな」
確かに王様の言うことは尤もだ。
俺たちは、これからこの国を出ていく身で、アゼルを裁く立場ではない。騎士たちの気持ちも分かる。だが、それは分かるが、俺たちも完全な部外者というわけでもないのだ。
「そもそも俺がオルフェスたちを召喚したことが始まりですし、俺の身代わりとしてヘイズさんが亡くなられているのです。殺しはしませんし、アゼルたちの身柄は引き渡します。ですので、俺たちにも協力させてもらえないでしょうか?」
今回の件では、俺も腸が煮えくり返る思いなのだ。
その上、これ以上の犠牲者が出るのは到底許せることではない。
「ふむ。フェイル殿は、度々そのように仰いますが、それは見当違いというものですぞ。そうですな…。例えば、ある平民が偶然森で魔晶石を発見したとしましょう。それに対し、我が国は魔晶石を平民の所有物と認め保護したとします。しかし、その魔晶石欲しさに、別の者がこの平民を護衛する騎士たちを含めて襲撃した場合、誰に問題があると思われますかな? この例を、フェイル殿の言い分に照らし合わせると、この襲撃の発端は、平民が魔晶石を発見したことです。もしかして、フェイル殿は、この平民に問題があると見做され断罪されるのですかな? 断罪すべきは襲撃者ではございませんか? 無論、確かに平民にも襲撃者を断罪したいという思いはございましょう。ですが、我が国では平民に断罪を行う権利を認めておりません。そのために騎士がいて、我ら王侯貴族がおるのです。まぁ、その貴族が今回の悪事に加担しているのが情けないばかりですがな」
俺は王様の例えを聞いて頭を殴られるような気分になった。
王様が言ったように、魔晶石を発見した平民には何ら問題も過失もない。それを認め保護した国にも称賛こそあれ、非難など微塵もない。単にそれを横取りしようとした者が完全な悪であり犯罪者なのだ。
そして、平民は国に保護される存在であり、襲撃者を断罪するのは騎士や国の役割と明確に定められている。この枠を平民が超えれば、その平民もまた悪となり断罪される立場になる。
それらは、俺も朧気ながらに理解はしていた。ただ、俺が当事者となり、オルフェスたちという絶大な力があるばかりに、俺はその枠を超えることに何の疑問も抱かなかった。俺自身には力がないのに、周りが俺を持ち上げることを忌避しておきながら、俺はオルフェスたちの力を当たり前のように振るおうとしていた。これでは正義を完全に履き違えた狂信者だ。
これが国に保護されていなかったり、森や魔物の世界であれば、話は変わってくるのだろうが、今は人間の国で、俺もそれを望み、その結果保護されている。
当然、彼らもそれだけを目的としてるのではなく、オルフェスたちの脅威を取り除くことも目的としているのだろうが、それでも、王様が言ったように、根底には俺を国民として扱うという意思が存在していることが明確に現れている。
「分かりました。ご教示いただきありがとうございました。俺は履き違えていたようです」
「ふむ。そこまで深刻に考えられなくとも、フェイル殿が我が国や騎士たちのことを思っていただいていることは理解しております。どうぞ、お顔を上げてくだされ。それに、今回のご提案はご遠慮させていただいたが、フェイル殿が冒険者として、我らに協力していただくことまでは止めておりませんからな。そうだな、ガレリックよ」
「ええ、その通りでございますじゃ。何しろフェイル様は儂の護衛として同行していただいておりますからの」
俺が自分の過ちに気付いて頭を下げたというのに、王様は寛容な態度でそれを受け入れ、その上で俺の気持ちも汲んでくれた。
この王様はなんと寛大で心が広く優しい方なのだろう。そして、自分の存在意義をちゃんと理解し、国民を大事に想う気持ちをも持ち合わせている。魔法師団長や騎士団長、俺が出会った騎士の皆さんだってそうだ。
俺は、今更ながらにこの国を出ていくことが無性に寂しく思えた。
もし、自分の我欲を満たすことだけに邁進している貴族や商人、アゼルなどの輩がいなければ、俺はまだこの国にいられたのだろうか。そんな人間がいない国など存在しないと分かっていても、そう思ってしまう。
「ありがとうございます。それじゃあ、俺は俺の許された範囲でご協力させていただきます」
「うむ。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
これでこの話は終了だ。
俺のやるべき範囲が見え、俺が提案を取り下げたことで、今からこの国としての今後の方針を検討することになる。
しかし、俺たちが少し居住まいを正し再び検討に入ろうとした時、書斎の扉が叩かれた。
今、この部屋には王様、魔法師団長、騎士団長と俺たちしかいない。騎士たちもすでにこの部屋から退室している。
王様は仕方なさそうに騎士団長に目配せをすると、騎士団長が扉へ向かって歩き出した。
騎士団長は扉まで行くと、扉越しに外にいる者と何やら会話をし、その後、扉を開いて中へ入ってきた騎士から革袋を受け取り中を確認すると、こちらへ戻ってきた。
「陛下。ヘイズが所持していたものだそうでございます」
騎士団長はそう言うと、騎士から受け取った革袋を王様の前に差し出した。
王様はその革袋を開いて中を見て、その中から金属制の意匠が施された何かを取り出した。
「一つは通信の魔晶石だが、これは紋章のように見えるが、何の紋章だ?」
「!? それは、アゼルたち蒼の龍の紋章ですな」
王様がその紋章を掌の上に乗せて疑問を口にすると、魔法師団長が眉間に皺を寄せて答えてきた。
「ガレリック、それは間違いないのか?」
「はい。以前、アゼルの事情聴取の際に彼が身に付けていた物に間違いございませんじゃ。ロイランにでも確認させれば、裏取りもできるかと」
「そうか、アルノルト、これをヘイズが持っていたということだな?」
「はい。騎士の話によると、ヘイズがそれを握り込んでいたとのことでございます」
王様たちの話から想像するに、ヘイズさんがアゼルとの戦闘の最中に彼からこの紋章を奪ったということだろう。そして、それを奪い返されないように死しても離さなかったということだ。
「うむ。シリエが目覚めるのを待ってからと思っていたが、これがあれば問題ないか…」
王様は魔法師団長たちから話を聞いて、何やら呟きながら考え出した。
「陛下、如何なされたのですじゃ?」
「ああ、そうだな。確証は明日にでもロイランに取るとしてだ。これだけの証拠があれば、充分であろう。この後、アゼルたち蒼の龍、それとデルアックの手配書を至急準備させ、明後日には国中に配布する。今までは確固たる証拠がなく忸怩たる思いをしておったが、これで公然とアゼルを断罪できるであろう?」
「なるほど。それは良いお考えでござりますな」
王様と魔法師団長、それに騎士団長が不敵な笑みを浮かべて嗤いあっている。
彼らもかなり腹が立っていたようだ。
ヘイズさんが亡くなったのに不謹慎な気もするが、彼らなりに報復する術を得られて嬉しいのだろう。
「それで、ガレリックよ。これらを踏まえて、今後の対策についてどう思う?」
「そうでござりますね…」
魔法師団長が王様から意見を求められて思案し出した。
これで、俺が途中で遮った今後の方針の検討に立ち戻ったことを理解する。
現時点で得られる情報は出揃っていると思うので、あとはそこから考えられる対策を検討すればいい。




