魔物との会話
「オルフェス、指南の最中に声を掛けて悪かったな。ガレリックさんもすみませんでした」
「いえ、いつでも声を掛けてください。指南の時間はいくらでもありますからね」
「ええ、お気になさらずですじゃ。それより、今の話はテオ殿たちについてですかの? テオ殿たちが紅牙狼より強いと聞こえましたが?」
俺はガレリックさんの修練の邪魔をしたことを謝罪した。
だが、ガレリックさんは謝罪よりもテオたちの話が気になるようだ。
「ああ、はい。そうみたいですね」
「左様ですか。では、テオ殿たちは強い個体なのですな。ですが、紅牙狼にも強い個体はおりますでの。そうですの、例えばアゼルの従えている紅牙狼も強い個体と聞いておりますで、油断なされぬようにでござりますじゃ」
俺たちがテオと紅牙狼の強さを比較していたことで、アゼルの従えている魔物を導き出したのだろう。魔法師団長が注意をくれる。
いや、テオたちは強い個体じゃないんですけどね。
俺はそんなことは言わずに魔法師団長の忠告に耳を傾ける。
確かに魔法師団長の言う通りだ。テオたちは素の力では弱い。そして、アゼルの従えている紅牙狼が強いとなると、そこには大きな開きがあるはずだ。多少、テオたちが強くなっているとしても、勝てるとは限らない。あくまでテオたちが紅牙狼より強いのは、平均的な紅牙狼に対してなのだ。
「ガレリックさん、ありがとうございます。その通りですね。注意するようにします」
「ほっほっほっ。お役に立てたようで、何よりでござりますじゃ」
俺は心から魔法師団長に感謝する。
危うくオルフェスたちの言葉を真に受けて、油断するところだった。
闘いにおいて油断は禁物。命は一つしかないのだから、確実に勝てる手段を考えるのが重要だ。
俺たちの反応に、オルフェスたちは、心配し過ぎだとばかりに呆れたような表情をしているが、きっと、強いこいつらには、弱い者が慎重になる理由が分からないに決まっている。
「いえいえ、助かりました。ガレリックさんの修練を邪魔してすみませんでした」
「いえいえ、お気になさらずですじゃ。それでは、オルフェス殿、ベルフェ殿、お待たせして申し訳ござりませんでした。それでは、再開をお願いいたしますじゃ」
俺はもう一度、ガレリックさんにお礼と謝罪をする。
これを受けて、ガレリックさんも修練に戻っていく。
俺もガレリックさんとオルフェスたちが再開したのを見届けて、再び本に向き直った。
こうして、時折休憩を挟みながら、俺たちの旅が続く。そして、数日目の夜。
野営の天幕の中で、魔法師団長がテオたちに話し掛けた。
「テオ殿、儂の念が受け取れているようなら、ご返事をお願いできませんでしょうかの?」
「うむ? ガレリック殿も話せるようになられたのか?」
テオが魔法師団長に話しかけられて、戸惑いながらも返事をする。
今まで俺以外の人間から話し掛けられたことなどないだろうから、それも無理はない反応だ。
「おぅ、おお! なんと、素晴らしい。はい。テオ殿、儂も話せるようになりましたじゃ!」
魔法師団長はテオの言葉が聞き取れたのか、歓喜のあまり興奮している。
傍で見ている俺からしても、魔法師団長とテオの会話は成立しているように見えた。
「そうでしたか。しかし、我らと話せるようになったところで、ガレリック殿の役に立つとは思えませんがな?」
「いいえ。そんなことはございりませんぞ。魔物と話せれば、遭遇しても争いを避けることもできるようになるかもしれませんしの。それに、森には多くの資源が眠っておりますのじゃ。魔物と交渉できれば、それを入手できる可能性もござります」
魔法師団長の考えには一理ある。今まで人間と魔物は意思疎通ができないことで、争いしか道はなかった。だが、話せるようになれば、会話での交渉が成立する。
この良い例としては、フィリエさんたち樹木の精と人間との交流だろう。樹木の精と交流している人間たちは、森での薬草採取を協力してもらう代わりに、自分たちの知識や物資を提供して、協力関係を築いている。
フィリエさんは人間の言葉を話せるので、念を使えなくても意思疎通はできるが、普通はできない魔物の方が多い。しかし、念による会話ができるようになれば、樹木の精と人間たちのような協力関係が増えるということだ。
そしてこれは、森と人間の双方にとっても、新たな知識や資源を手に入れ、互いに富むことができる機会となるのだ。
「なるほどの。それは面白い。我にそれを叶える力はござらんが、その考えには大いに賛同しますぞ。きっと我らが長もご賛同なされるであろう」
「うむ。テオ殿にもそう言っていただけると、心強いでございますの」
テオと魔法師団長が会話ができるようになったことで、すっかり意気投合している。
うんうん。これは良いことだ。
そもそもガロアたちも種族を越えて協力しているので、テオたちからも忌避感がなくなっているのだろう。それに、テオの言う通り、ガロアたちも賛同してくれると思える。
この良い傾向に、俺は大満足な気分になった。これを契機に少しずつでも良いので、魔物と人間の壁が無くなればいい。
「魔法師団長、それはもしかして、魔法師団長も本当に念で会話ができるようになったということでございますか?」
バルアさんが、テオと魔法師団長の会話が一段落したところで、魔法師団長に尋ねている。
バルアさんは、魔法師団長がテオに話し掛けた時から、眉間に皺を寄せて見ていたのだが、テオと魔法師団長が会話しているように感じて、問い掛けたのだろう。
まぁ、何も知らずに一見すると、魔法師団長が気が狂ったように見えるからな。
「ふむ。バルア、その通りじゃ」
バルアさんの問に、魔法師団長が嬉しそうに胸を張って答えている。
俺はそれを見て、魔法師団長でもこうなるんだ、と少しおかしくなった。ただ、その気持ちは良く分かる。
その答えを聞いたバルアさんはというと、大きく目を見開いて驚いている。
「あの…、その、それは魔法師団長の妄想とかではなくて、ですよね…?」
「うむ? 其方は儂を馬鹿にしとるのか? ちゃんと話せておるわ!」
バルアさんが驚き過ぎて、かなり失礼なことを言い出したため、魔法師団長がムッとしている。
バルアさんの気持ちも分かるけどね。でも、それは流石に問題発言な気がする。
「バルアさん、ガレリックさんはちゃんと話せてましたよ。俺が聞いてたんで保証します」
「なんと! では、本当に魔法師団長は魔物と話せるようになられたんですね。これは失礼いたしました」
「うむ。分かれば良いのじゃ」
俺が魔法師団長を支援したことで、バルアさんも納得してくれたようだ。
正直なところ、俺の保証の効果は分からなかったが、俺にはこの件について一日の長がある。
黙って眺めているのも気が引けたので、少しばかりお節介を焼いてみた。
「それで、その…。それは、私たちにもできるものなのでしょうか?」
「うむ。儂もオルフェス殿とベルフェ殿に協力してもらって数日掛かったからの。それに、念を習得するためには、儂らだけでできるような修練方法を考えねばならん。もう少し待っておれ」
魔法師団長が懸念していることは理解できる。人間の言葉で話されても、同じ内容の念を聞き取るのは難しい。
昔、通信の魔晶石を作っていた人は、どうやって念を習得していたのだろう?
ただ、やはり難しいからこそ、できる人が少なく衰退したのだと思うと、一筋縄ではいかなそうだ。
「そうですか。分かりました。本当は今すぐにでも習得したいところですが、仕方ありませんね。その際は是非、私も加えてください」
「うむ。その辺りは、国王陛下と相談して決めることになるじゃろうが、考慮しておこう」
う~ん。こんなことまで王様の許可が必要なのか。
これもきっと、念を悪用する輩がいるためだと思うが、それでも、こんなことまで関わらないといけない王様も大変だと思う。
俺は絶対に王様とかにはなりたくないな。まぁ、なりたいと思ってなれるものでもないけど、それでも遠慮したい。
「ありがとうございます」
「しかし、今すぐに習得したいとは、また性急なことよな。何か急ぐ理由でもあるのか?」
「あ、いえ、ベルフェ様とテオ殿たちの訓練を時々お見掛けするのですが、それに、私も参加できないかと思いまして」
「なるほどの。訓練に会話が出来ぬものが参加すれば、邪魔になりかねんからの」
教える側の言葉が聞き取れても、教わる側の誰かが質問した内容が分からなければ、当然、その回答の意味も分からなくなる。それでは、教える側の負担が増すばかりか、他の教わる者たちの迷惑にすらなりかねない。
このためバルアさんは、訓練に加われずに見ていることしかできないみたいだ。
「はい。ですので、会話ができるようになりたかったのですが、仕方ありませんね」
「うむ。そうじゃな。理由は分かったが今は難しいの」
魔法師団長とバルアさんは諦めきれない顔をしながらも納得している。
実際には、オルフェスとベルフェがバルアさんに指南すれば、念の習得は可能だと思う。
しかし、馬車にバルアさんが同乗していないため、それができるのは野営の時間のみとなる。そうなると、バルアさんの指南か、テオたちの訓練のどちらかを選択しなけばならなくなる。
俺は魔法師団長とバルアさんの会話を聞いて、ベルフェの方に視線を向ける。
バルアさんが念を習得したい理由は分かったが、その原因となるものについて、俺が知らなかったからだ。
「ベルフェ、いつ訓練なんてしていたんだ?」
「フェイル様がお休みになられた後でございます」
「はい。フェイル様のご迷惑にならぬよう、お休みの後に訓練をしていただいております」
俺の質問にベルフェとテオが教えてくれた。
なるほど。俺が寝てからしていたのなら、俺が知るわけもない。
ただ、俺に何も言ってこないのは珍しいとは思うが、これも自由に協力しろと言った結果だと考えれば、歓迎すべきだと思える。
「そうなのか。でも、あまり派手にするなよ。お前たちは今、人間の冒険者なんだからその範囲は越えないように頼むな」
「はい。その辺りは心得ております。必要であれば幻術で姿を消して森へ転移してから訓練を行いますので、ご安心ください」
人間に擬態していることを忘れて、いつものように実力を出されては目立ち過ぎてしまう。
人目のつくところで訓練する以上、人間のできる範囲を越えないようにだけはしてもらいたい。
それはベルフェも心得ていたようで、加減はしてくれているようだ。バルアさんが訓練に参加したいと言っていることから、多少なりとも目立っている気はするが、それでもバルアさんが参加できる程度には抑えているとも思える。
「そうか。なら大丈夫だな。ちなみに、テオとの訓練までの時間を使って、天幕の中でバルアさんの念の指南はできたりしないか?」
テオとの訓練が俺が寝てからというなら、それまでの時間に指南できないか尋ねてみる。
時間が限られるので、魔法師団長の時より時間は掛かるだろうが、できなくはない気がする。
ベルフェとオルフェスには負担を掛けることになるが、こいつらがいる間に少しでも魔物と話せる人が増えて欲しい。
「天幕の中ではフェイル様のお世話がございますが、そうですね…。オルフェス、手間と時間は掛かりますが、交代でどうですか?」
「ああ、そうだな。俺は構わないぞ」
ベルフェが俺の意を汲んで、可能な方法を提案してくれる。
オルフェスもそれに異存はないようなので、これで指南はできそうだ。
「ベルフェもオルフェスもありがとう」
「「いえ、フェイル様のお役に立てて、光栄です(光栄でございます)」」
「そういうことなのですが、ガレリックさん、バルアさんにも習得してもらっても大丈夫ですか?」
指南の方法は確保したが、王様の許可がない状態で教えていいのか俺には判断できない。このため、魔法師団長に尋ねてみた。これで駄目と言われれば、バルアさんには諦めてもらうしかない。
「うむ。そういうことでしたら、問題ございませんじゃ。儂が教えるわけではございませんからな。それに、儂としても念を分かる者が増えるのは、今後教えていく上でも助かりますしの」
「そうですか。では、バルアさん、天幕の中での限られた時間ですけど、こいつらに教えてもらってください」
魔法師団長の話だと、彼が勝手に教えるわけにはいかないが、俺たちが教える分には問題ようだ。
まぁ、魔法師団長への指南も王様の許可をもらったわけじゃないので、それと同じということだろう。
俺は、魔法師団長の了解も得られたので、バルアさんに声を掛けた。
「あの、フェイル様、本当によろしいのですか?」
俺がにこやかにバルアさんに告げると、ことの経緯を見ていたバルアさんが驚いて尋ねてきた。
良いも悪いも、俺としては魔物と話せる人が増えて欲しいのだ。
「はい。時間が限られるので、バルアさんにはかなり集中して臨んでもらう必要があるかもしれませんが」
「その程度のことであれば、何の問題もございません。ありがとうございます」
バルアさんは、気合が籠った顔で答えると、俺たちに深々と頭を下げてきた。
「ふむ。バルアよ。フェイル殿や皆様方のご意向を無駄にせぬよう、必ず習得するのじゃぞ」
「はい。必ずや習得してみせます」
魔法師団長が発破を掛けているが、バルアさんはそれにも怯むことなく返答している。
うん。これなら大丈夫だろう。きっと習得してくれるに違いない。
最初は淡い希望だったが、こうして希望者が増えてくると、魔物と人間の交流も現実味を帯びてくる。
こうして、俺たちの旅に、新たにバルアさんの修練が加わった。その幸先の良い滑り出しに俺は満足しながら、充実した旅を続けることになった。




