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世界の基点にいる平民とは?  作者: 御家 宅
第一章

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消えた観衆

 それにしても、取り除くのはどうしたらいいんだ? 俺は魔力を出したことならあるが、取り除いたことなど一度もない。自分の中に吸い込む感じでいいのか? それとも他に方法があるのだろうか?

 俺は顎に手を当て、しばらく魔力を取り除く方法について思案する。

 しかし、これといった方法が思いつくはずもなく。

 俺は倒れている男性の方に体を向けて歩き出した。それに続くようにネルビアとオルディスが立ち上がり、俺の後ろをついてくる。ここは考えるよりやってみる方が良いだろう。


「あぁ~、これは虫の息というか、消滅しかけてますね」


 俺たちが倒れている男性の元に辿り着いて取り囲むように上から眺めていると、オルディスが顎に手を当てながら淡々と状況を語って聞かせてくれる。

 え? それって、さらっと言うこと? もっと焦りとかないの?

 俺も今はそんなことを言い合っている状況ではないことは分かっているので、その言葉をぐっと飲み込んで、視線を倒れている男性に戻す。


「でも、これどうやって魔力を取り除くんだ?」


 知らないことは人に聞く。

 決して自分で考えることを放棄したわけではないが、先程から俺の知らない単語が彼らの口から続け様に出てくるので、今は一旦考えることを横に置く方が良いと判断した結果だ。


「え~っと、こいつの肩に掌を当ててもらえれば、フェール様の魔力を感じ取れると思います」


 なるほど。確かにそれならできそうな気がする。

 召喚の魔法陣に魔力を流している最中も自分の魔力を感じられたので、大丈夫だろう。

 俺は屈んで倒れている黒い燕尾服を着た男性の肩口に手を当てた。

 そして、掌に神経を集中させて俺の魔力を探る。


「ああ、これか? 魔力とは少し違う気もするけど、俺の魔力みたいなものが体の中にあるな」


 魔力のようなものというのは、なんとも曖昧だが、そうとしか言いようがないものが感じられる。

 もしかして、オルディスは説明を諦めたんじゃなくて、上手く説明できなかっただけなのかもしれない。


「ええ、それを体から吸い出してもらえれば、大丈夫です。魔力を出す時とは反対方向に魔力を動かしていただければ吸い出せますので」


 俺が考えていた通りの答えが返ってきた。しかも、丁寧にやり方まで添えて。

 オルディスは、きっと先程の会話で俺は何も知らないことを察したのだろう。かといって、それを蔑むでもなく、懇切丁寧に説明してくれる。よくできた従者だなと感心する。こんな彼が本当に俺に服従したのかと思うと嬉しくもあり、同時に、信じられない気持ちも湧いてくる。


 俺はオルディスの説明通り、魔力を出す時とは逆方向に動かして自分の中に戻し始めた。


 その最中、魔力を吸い出す以外にやることがない俺は、倒れている男性の肩口に視線向けて、腕がなくなって吹き飛んでいる傷口を眺めた。

 それにしても、これは本当に俺が殴って吹き飛ばしたんだろうか?

 仮に俺よりも弱い人、例えば子供を俺が殴ったとしても、こんな風に腕が千切れて肩が吹き飛ぶなんてことはない。

 これを俺がしたのだとしたら、目の前の男性の体は、あまりにも脆い。脆過ぎる。

 彼らと闘っている最中も思ったが、彼らは動きも速く、魔法も使い、知性もあり、連携までする。そんな者の体がここまで脆いなどということがあるだろうか?

 どうにもバランスが悪過ぎ…、と、ここままで考えてあることに気付き、はっとする。

 召喚される魔物は俺の技量と同程度の筈。

 しかし、彼らの動きも魔法も連携も、全てが俺を上回っていた。これでは決して同程度とは言えない。もし、彼らの体までが頑丈だったのなら、負けていたのは間違いなく俺の方だ。だが、彼らの体が脆いとしたら、総合的に考えて、俺と同程度と言って差支えないのではないだろうか。実際にそれが要因で俺が勝てたのだから、そう考えて間違いない筈だ。

 技量には体の頑丈さも含まれている。動きが単調でも体だが頑丈というだけで、脅威になる魔物はいくらでもいるのだから、それを除いて評するべきではないことも俺の考えを後押しする。

 そこまで考えて、俺の心の中の靄が晴れ渡るのを感じて、爽快な気分になった。


 そんなことを考えながら、魔力を吸い取ることしばし。


「たぶん、魔力を吸い出せたと思うけど、この後どうするんだ?」


 念のため、倒れている男性の体の中に魔力が残っていないかを確認した後、倒れている男性を挟んで向かいに立っているオルディスに顔を向けた。

 オルディスは俺の言葉を受け取ると、ネルビアに視線を向ける。


「フェール様、この腕をフェール様の今おられる場所に置きますので、少し後ろに下がって、その場所を空けてくださいますか」


 俺の問いに答えてきたのは、オルディスではなく、ネルビア。彼女は千切れた腕を抱えながら、告げてきた。

 ここまで移動する途中に千切れた腕を拾ってきていたようだ。

 俺はネルビアの指示に従い、立ち上がって数歩後退した。

 そこにネルビアが割って入る形で跪き、千切れた腕を倒れている男性の肩に合わせるように置く。

 すると、倒れた男性の肩から触手のようなものが出てきて、それが千切れた腕に絡みつき、そのまま吹き飛んでなくなっていた肩と腕の繋ぎ目部分を元通りに形造っていく。

 これが再生能力というやつか。初めて見るが、あまり見たいものではないな。なんというか、食事前に見るのは絶対に避けたい。食事が喉を通らなくなりそうだ。

 もし、人間にも再生能力があれば、見慣れたものになるのかもしれないが、それでもやっぱり食事前は避けたい。


 その後、程なくして再生が落ち着いたのか、むくりと倒れていた男性が上半身を起こした。

 そこで俺は、ふと、そういえば、この男性からは服従の意思を聞いていなかったことを思い出し、とっさに体に緊張感を走らせて、腰を落として身構えた。

 しかし、そこに人影と声が割り込んでくる。


「分かっているとは思うが、フェール様は俺たちの主だ」

「ええ、助けてもらった身で、ないとは思いますけど、フェール様にこれ以上害をなすなら、わたくしたちが相手になりますので、心してください」


 いつのまにかネルビアの隣に移動してきたオルディスが鎌を肩に担いでいる。

 隣で優雅に立っているネルビアも、よく見ると、爪が伸びて鋭い刃物のような形態に変化していた。

 彼らは俺に背を向けているので彼らの表情までは窺えないが、上半身を起こした男性を牽制していることは感じ取れる。


 しかし、そんな俺たちの危惧は、上半身を起こした男性の声によって露と消える。


「フフフ、あなたたちとは長い付き合いなのに、分かってもらえていないとは悲しいですね。…まぁ、いいです。その気持ちは分かりますから。…しかし、そこに立っていられたら邪魔ですね。そこをどいてください。これでは御主人様に名乗りと忠誠の宣誓ができません」


 その言葉を受けて、ネルビアとオルディスは左右に一歩後退する。それでも、ネルビアは爪を伸ばし、オルディスは鎌を抱えたまま完全には警戒を解かずに。

 これによって、俺と上半身を起こした男性の間に道ができた。

 男性はそれを確認すると、徐に脚に力を入れて立ち上がった。ただし、完全に立ち上がるのではなく、低い姿勢のまま俺の方に体を向けて、そのまま片方の膝を折って跪き、頭を垂れるようにして。


「私は冥界の王の一柱。ベルファ・ノクティスと申します。この度は数々のご無礼を働いたにもかかわらず、我が命を救っていただき感謝いたします。この感謝とお詫びは、御主人様への忠誠とともに、この身命を賭して返上させて頂く所存にございます」


 こいつも冥界の王か。ネルビアとオルディスの知り合いみたいなことを言っていたし、もしかしてとは思っていたが、これでいよいよ『冥界の王』が言葉通りの意味でないことに確信が持てた。


「俺は、フェール。これからよろしく頼む」

「「「はい。なんなりとお命じください」」」


 いつの間にかネルビアとオルディスもベルファの両脇に跪いて深々と頭を垂れていた。

 俺の前に跪く彼らを見て、ようやく冒険者登録の試験が終わった実感が込み上げてきた。

 喜びと同時に体の緊張が抜けていく。俺は両腕を上にあげると大きく『はぁ』と伸びをした。


 さて、この後は…、と思い俺は観覧席の方に目を向けて…、首を傾げる。

 その様子を見て、ネルビアが『どうかなさいましたか?』と心配そうに問い掛けてきた。


「あ、いや、観覧席に誰もいないな~、と思って」


 俺の疑問に、彼らは互いに顔を見合わせ、俺と同じように首を傾げた。


「申し訳ございません。他に人がいたとは気付きませんでした」


 彼らは誰も気づいていなかったことを悟り、沈痛な面持ちで、謝罪と共に深く頭を下げた。

 俺の疑問に答えられないことも併せて詫びているのだろうが…、そんなことはどうでもいい。

 俺の中にはそれ以上にさらなる疑問が浮かんでいるのだから。


「え? あんなにたくさんいたのに気が付かなかったのか?」


 彼らが現れた時には、観覧席に大勢の冒険者たちがいた。俺の耳が彼らの騒めきを拾っているのだから間違いない。その後も騒めきが大きくなったことを知っているので、俺が闘いに集中するまでは絶対にいたのだ。

 それなのに気づかなかったこととかあるか?


「いや、そうですね…、う~ん、いたような気もしますが…」

「ええ、目の前にフェール様がおられましたからね。それ以外の塵芥に気づかなかったのかもしれません…」

「そうですね! フェール様以外いないのも同然ですから、気づかなくても仕方ありません!」


 俺の質問に三者三様の答えが返ってくる。

 オルディスは割りとまともな答え。

 ベルファは…、塵芥ってなんだよ! 彼らは俺より強いんだぞ!

 オルディスとベルファは顎に手を当てて考える素振りをしているが…、最後のネルビア、開き直るんじゃない!

 俺はベルファとネルビアを半眼で見つめる。

 商会の主とはいえ、周りには傅く者しかいなかったことを考えると、こいつらの大言壮語も頷けるが、ここは人間の国で、俺が弱いことを早々に理解させる必要がありそうだ。


「とりあえず、しばらくはオルディス以外は、俺の前以外で喋るの禁止な」

「「え! な、何故ですか…」」


 二体は、目を見開いて驚きを露わにしている。

 明らかに自分が口にした言葉の意味を理解していないように思えて、不安しかない。


「言ってることが不穏だからだよ! とりあえず、それが治るまでは禁止! 分かったな!」

「「し、しかし…」」


 二体は、顔の前で両手を組み合わせて、泣きそうな眼で俺を見上げてきた。


「そんな顔をしても駄目なものは駄目だ! いいか、絶対、他の人の前で喋るなよ!」

「「うぅ…、分かりました…」」


 俺の言葉と勢いに、二体はがっくりと肩を落として項垂れた。

 早速こんな命令をするとは思わなかった。しかも最初の命令で。

 少し可哀そうにも思うが、さっきのようなことを他の冒険者の前で言ったら、絶対、諍いが起きる。

 そして間違いなく袋叩きにあう。俺も併せて。

 俺が殴っただけで肩が弾け飛ぶような脆い体で、俺よりも強い冒険者に殴られたら、こいつらは跡形もなく消滅してしまう。そんな未来しか思い浮かんでこない以上、絶対、喋らせてはならない。

 俺は『はぁ』と溜息をついて、頭を左右に振る。


 と、それよりも、だ…。


「受付の方に行ってみるか…」


 俺がこいつらと闘っている最中に、何か緊急事態が発生して冒険者がそちらに駆り出されたのかもしれない。

 それなら受付嬢は冒険者ギルドの方にいて、冒険者に指示を出しているか、待機していると思われる。

 いずれにしても、冒険者ギルドまで空になっていることはないだろう。

 それにしても、冒険者が全員招集されるような緊急事態とはなんだろう?


 俺は彼らのことを一旦脇に置くと、冒険者ギルドと訓練場を繋ぐ渡り廊下の方に向かって歩き出した。

 それを追うように三体も立ち上がって俺の後ろをついてくる。


「しかし、フェール様を置いていなくなるとは、躾がなっていませんね」

「ええ、これはちゃんと言い聞かせる必要がありそうです」


 ネルビアとベルファが俺の後ろで、小声でぶつぶつと呟いている。

 ああ、そうだな。お前らの躾がな! こいつら本当に大丈夫だろうか?


 俺は渡り廊下まで辿り着くと、目の前の扉に手を掛けた。

 来るときは開いていた扉が閉じていたので、それを開けようとしたが、引いても押しても開く様子はない。

 鍵が掛かってるのだろうか? でも、どうして?


「壊しますか?」


 俺がどうしたものかと思案していると、後ろから不穏な言葉が耳に届く。

 後ろを振り向くと、ベルファが漆黒の鉤爪を装着し、目をキラキラとさせながら命じられるのを待っていた。


「却下! 壊してどうすんだよ!」


 俺が思わず大きな声を出すと、ベルファが悲しそうに腕をだらんと降ろして項垂れる。

 その横では、ネルビアが腕をさっと自分の体の後ろに隠すと、素知らぬ顔で俺から視線を外して横を向いた。

 それを横目で見ながら、オルディスが呆れるように肩を萎めている。

 うん、常識人はオルディスだけと。俺の中で早くも彼らへの認識が深まりつつあった。


「仕方ない。正面扉から一旦外に出て冒険者ギルドに行くか…」


 正面扉から出ると、一旦、大通りに出ることになる。そこには冒険者以外の一般市民も歩いているので、できればネルビアとベルファを連れて外に出たくはなかったが、渡り廊下が使えない以上、諦めるしかない。

 冒険者ギルドに行けば、他の冒険者がいる。外に出すより先に、そこで少しでも他の冒険者の強さを感じ取れれば、こいつらの言動も落ち着くのではと思っていたが、それも叶わぬ夢となった。

 とりあえず、俺以外の前で喋らないことを念押しして、俺たちは正面扉の方へ踵を返した。


 俺は正面扉に手を掛けると、その扉を押し開く。この正面扉は鍵が掛かっておらず、素直に開いてくれた。

 そして、俺たちが外に出ると、そこには思いもよらぬ光景が広がっていた…


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