無残なお土産
俺は砂蜥蜴を頭に思い浮かべてみる。
砂蜥蜴って、あのスープに入れると美味しいやつだよな。沼蜥蜴もスープに入れると美味しいのだろうか?
「ああ、それなら問題ないので大丈夫です。その沼地の場所を教えてもらえますか?」
「………。そ、それなら、この者を道案内に就けさせます」
小郎鬼たちは俺の返答に目を見開いている。
その中でも一早く立ち直った老いた小郎鬼が、隣にいる小郎鬼を横目で見ながら協力を申し出てきた。
「え? いや、場所さえ教えてもらえればいいんですけど?」
俺は小郎鬼の提案を辞退してみるが、小郎鬼が緩く首を振っている。
「沼地は此処より南に行ったところにございますが、道が入り組んでおり、上手く説明ができないのでございます」
あぁ、俺たちはやっぱり沼地を通り過ぎていたようだ。
そういう意味では、此処に小郎鬼の集落があって良かったとも言える。もし、この集落がなければ、俺たちはもっと北に行ってしまっていたに違いない。まぁ、それはそれで楽しそうだけど。
それよりもだ。確かに此処へ来る途中に沼地に思える場所は見掛けなかった。そのことを考えても、小郎鬼の言うことは正しいのかもしれない。
「じゃあ、お願いできますか? 沼地まで案内してもらえればいいので」
「はい。了解いたしました」
こうして俺たちは予想外の冒険の後に道案内を得て、沼地を目指すことになった。
ただ、この道案内が煩いのなんの。魔物を見掛ける度に悲鳴を上げるので、沼地に辿り着くまでにかなりの時間が掛かってしまった。当然、遭遇した魔物は殺してしまうと後処理が面倒なので、全て気絶させていたのだが、生きていることに更に小郎鬼が怯えてしまって、一向に進まなかったのだ。
しかし、道案内をしてもらった成果もあった。
沼地へ行く道だが、完全に木々と背丈の高い草に覆われており、道という道がなかったのだ。寧ろ、ひたすら草の中を掻き分けて漸くたどり着けたくらいだ。これは絶対に俺たちだけでは辿り着けなかっただろう。
そして、苦労の末、沼地に辿り着いた現在だが…
「なぁ、ネルフェア。これ沼蜥蜴だよな? どうしたらいいと思う?」
「此処で焼いてしまいますか?」
「う~ん。それもありだけど、勿体なくないか?」
「そうですね。半分以上は残っていますので、持って帰りますか?」
俺とネルフェアは、亡骸となった沼蜥蜴の前に屈んで突きながら、これをどうするか思案していた。
転移で持って帰っても良いのだが、前足より先が丸ごと無くなってしまっているので、なんとも見た目が酷くて食欲が唆られない。というか、無残な姿をして中の物が見えている時点で気持ち悪い。
それより何より、俺はまだ浮遊草に乗ってもいないし、遊んでもいないっていうのに、この事態だ。
では何故、こんなことになっているかというと、俺たちが沼地に着いて、まずどんな沼か見てみるために、俺が沼に近づいた直後、沼の中から沼蜥蜴が飛び出してきた。
当然、突然魔物が飛び出して来たら誰だって殴るよね。で、その際に俺の先入観が邪魔をした。硬い外皮に覆われていると聞いていたから、少しばかり力を入れて殴ったら、前足から先が見事に吹き飛んでしまったというわけだ。
「ねぇ、小郎鬼さん、この沼蜥蜴いりますか?」
俺が振り返って、道案内の仮称小郎鬼さんに尋ねると、小郎鬼さんは蒼白な顔で全力で首を振っている。
ですよね~。こんな気持ち悪い物いりませんよね~。
この小郎鬼さん、名前がないとのことで、仕方がないので小郎鬼さんと呼ぶことにした。
「はぁ、仕方ない。持って帰るか」
「よろしいのですか?」
ネルフェアは俺の決断に、浮遊草の方に視線を向けながら答えてきた。
いや、良くないよ。
でも、俺も遊びたいのはやまやまだが、折角狩った物を放置して食べ物を無駄にするのも気が引ける。
これも貧乏性故の判断だが、でも、勿体ないと思ってしまった以上、食べるしかない。
小郎鬼さんがいなければ、遊んでから持って帰るという方法も取れたのだろうが、その間これを放置しておくと、魔物が寄ってきて小郎鬼さんが怯えてしまう。そうなれば、どの道遊びどころではなくなりそうだ。
「まぁ、場所は分かったし、浮遊草で遊ぶのはまた今度だな」
「分かりました」
それに、迷子になってしまったので、結界を出てから時間もそれなりに経っている。
俺が空を見上げると、少し赤味が射していた。俺は最後に浮遊草に視線を向けて、別れを告げることにした。
もうそろそろ帰らないと、みんなが心配してしまいそうな気がする。
この後、小郎鬼さんを送り届ける際に、突然転移して現れた俺たちと、頭の無くなった沼蜥蜴を見て、小郎鬼たちが怯えてしまったのは言うまでもない。念のため、老いた小郎鬼に沼蜥蜴がいるか聞いてみたのだが、小郎鬼さん同様、蒼白な顔で首を横に振って拒否されている。きっと食べれば美味しいとは思うのだが、見た目が酷過ぎたようだ。
こうして俺の自由時間は、終始、思わぬ出来事に見舞われて終わってしまい、遊ぶこともできずに俺たちは結界の中へと転移した。
ちなみに、この小郎鬼との出会いが後に思わぬことに発展するのだが、それはまた別のお話で。
「「フェイル様。お帰りなさいませ」」
「「「フェイル様、ネルフェア様。お帰りなさいませ(~)」」」
俺とネルフェアが森へ転移して帰ってくると、オルフェス、ベルフェ、ガロア、フィリエさん、アイネラが俺たちを出迎えてくれた。
しかし、それも束の間。ガロアとフィリエさんとアイネラがぎょっとしたように目を見開いて、ネルフェアの隣に横たわっている沼蜥蜴を凝視した。
「フェイル様。これは沼蜥蜴でございましょうか?」
「ええ、そうですね」
ガロアとアイネラがまだ硬まっている中、一早く立ち直ったフィリエさんが、俺に問い掛けてきた。
頭があればこんな質問もしなかったのだろうが、その状態で判別できたフィリエさんは流石だと言える。
「それで、何故、前足より先が無いのでございましょうか?」
「ああ、それは飛び出してきたので、殴ったら無くなってしまったんですよ」
「??? 殴ったら無くなるのでございますか?」
フィリエさんは、俺の回答が心底分からないといった様子で、困惑の表情で首を傾げた。
それを見たオルフェスとベルフェが笑いを堪えている。
「フェイル様は力が強過ぎて、フェイル様が殴ったら、このように吹き飛んで無くなってしまうのです」
そんな中、ネルフェアだけは俺の味方をして、俺の説明を補足してくれた。
ただ、ネルフェアの言い方だと、俺が力加減ができない馬鹿のように聞こえるので、もう少し言葉を選んで欲しかったのだが。
「「「………」」」
ネルフェアの補足を聞いて、案の定、フィリエさんとガロアとアイネラが絶句してしまっている。
その反応に、オルフェスたちに出会う前の俺でも同じ反応をしただろうと思い、俺は何も言えずに頭を掻きながら、苦笑いするしかなかった。
「え~っと、ところで、この沼蜥蜴って食べられますか?」
こういう時は話題を変えてしまうのが一番だ。
それに、わざわざ持って帰ってきた理由もそれなので、この選択は間違っていないはずだ。
「あ、はい。味は砂蜥蜴と同じく淡白ですが、スープに入れると美味しくいただけます」
「じゃあ、もし、夕食の準備がまだなら、それでお願いできますか?」
「はい。かしこまりました」
フィリエさんもこれ以上、首無し事件を掘り下げてもと思ったのか、俺の話に乗っかってくれる。
話も逸れたし、沼蜥蜴も食べられるようなので、俺にはこれ以上言うことはない。
ガロアもアイネラも立ち直って、沼蜥蜴を繁々と見ている。
「それで、こっちの訓練はどうだったんだ?」
「あ、はい。ベルフェ様とオルフェス様にいろいろと教えていただきました」
俺が訓練の様子を聞くと、真っ先にアイネラが嬉しそうに報告してくれる。
ガロアとフィリエさんも『うんうん』と頷いている。
「そうですね。彼らは聞く姿勢もできていましたし、筋も良く、教え甲斐がありました」
「ああ、そうだな。魔法の方も、先日魔法陣を出せるようになったばかりだというのに、応用までできるようになってますね」
「ええ、このまま精進すれば、フェイル様のお役に立てるでしょう」
俺の役に立つ必要はないが、ベルフェとオルフェスが称賛していることからも、彼らの伸びは凄いようだ。
そもそもの素養もあったのだろうが、余程真剣に訓練に身を投じていることが窺える。
「へぇ、凄いじゃないか。それじゃあ、暫く俺たちが留守にしても大丈夫そうだな」
「はい。わたくしどもも、そのつもりで精進させていただいております」
「はい。フェイル様たちがおられないのは寂しいですが、その間は必ず守れるように頑張ります!」
「フィリエ殿とアイネラ殿の言う通りでございます。我ら一丸となって守り通してみせます」
俺が感心していると、フィリエさんとアイネラとガロアが頼もしいことを言ってくれる。
「ああ。でも、無理は禁物だからな。妖鬼に限らず攻めてくる者がいたら、予定通り俺たちに連絡してくれ」
「「「はい。かしこまりました」」」
彼らの頑張りは認めるが、だからと言って無理をしても良いというものではない。
ここはきっちりと線引きしておかないと、元が弱肉強食が掟の魔物なので、俺の方が油断できない。
「それでは、わたくしは食事の準備に入らせていただきます」
「ありがとうございます。それじゃあ、これを運びますね」
一通り話が落ち着いたところで、フィリエさんが食事の準備を申し出てきた。
いつも頼ってばかりで申し訳ないので、せめて沼蜥蜴だけでも運ばせてもらおう。
そう思い、俺は沼蜥蜴の尻尾に手を伸ばす。
「フェイル様。それは私がお運びします」
ところが、俺が沼蜥蜴の尻尾を掴もうとしたところで、ベルフェに奪われてしまった。
そして、そのまま沼蜥蜴を引っ張り、さっさとフィリエさんと調理に向かってしまう。
「フェイル様。ここはベルフェに任せて、俺たちは席で待ちましょう」
「あ、ああ、そうだな」
ベルフェの気持ちはありがたいのだが、なんだか仕事を奪われた気分で、釈然としない。
結局俺って、ここでは何の役にも立っていないのではないだろうか?




