配下たちの協力
「フィリエさん、何か気になることでもあるんですか?」
「あ、フェイル様。あ、いえ、その…」
俺がフィリエさんに問い掛けると、フィリエさんが『はっ』としたように飛び上がった。
かなり思考に集中していたようだ。
「ご返事が遅れ、申し訳ございません。はい。以前から気になっていたのですが、ガロア殿やアイネラ殿たちが雨に濡れているのを見ていて、何かできないかと考えていたのです。ただ、ガロア殿もアイネラ殿も、今までも雨に濡れながら生活されてきたそうで、このままで問題ないと仰られまして…。それに、このような天幕があっても、地面がむき出しでは地面がぬかるんで濡れてしまうため、他に何か方法がないか思案していたのです」
「フィリエちゃん、それなら問題って言ったじゃん! 私たちは大丈夫だよ」
フィリエさんは一つ大きく息を吐き、気を取り直して、難しい顔の理由を教えてくれた。
それを聞いたアイネラが、驚いてフィリエさんの心遣いに遠慮を示している。
確かにガロアの前の棲家に屋根らしいものはなかったし、アイネラも山脈に縄張りがあったと言っていたので、場所にも拠るが、洞窟などの屋根代わりになるものや、屋根が設置できる場所がなかったのだろう。
ただ、それで慣れているとしても、魔物だって体調を崩すので、雨に直接当たるのは良くない。
フィリエさん思念体だし、本体は樹木なので問題ないとしても、ガロアやアイネラたちは生身なのだ。
「なるほど。それでこの靴があれば、敷物があってもアイネラたちでも入れるということですか?」
「はい。ガロア殿たちは爪が隠せますので拭けば良いのですが、アイネラ殿たちはそうもいかず思案しておりました。しかし、この靴があれば問題ございません。それに、このような靴であればわたくしたちでも作れますので、壊れても作り成すことができます。フェイル様。その、もしご許可をいたたけるのであれば、此処にガロア殿やアイネラ殿たちの天幕を造りたいのですが、よろしいでしょうか?」
「フィリエちゃん…」
アイネラはフィリエさんの申し出に遠慮しているが、その心遣いには嬉しいのか、泣きそうになっている。
俺としては、フィリエさんの提案に否はない。
靴も作り直せるのなら、ベルフェがいなくても問題ないし、彼女たちだけでもやっているということだ。
それなら、俺が口を挟む問題ではないのだろうが、そうすると、アイネラが遠慮したままになる気がする。
「ええ、そうですね。じゃあ、ガロアやアイネラたちの天幕を造ってもらえますか」
「フェイル様。ご許可をいただき、ありがとうございます」
「え? あの…、フェイル様。ありがとうございます! フィリエちゃんも、ありがとう!」
俺が許可を出すと、フィリエさんとアイネラが頭を下げてきた。
アイネラは遠慮していたが、内心ではやはり天幕が欲しかったようだ。嬉しそうにしている。
「ただ、それだと此処も少し狭くなるな…。なぁ、オルフェス。此処の結界を広げられるか?」
「ええ、できますよ。一層、ガロアの縄張り全部を結界で覆うこともできますが、どうされますか?」
オルフェスのいう通り、ガロアの縄張りを全て結界で覆えば、妖鬼の心配はなくなるので安心できる。
ただ、それだと他の魔物も入って来れないので、別の意味で困ることになる。
「いや、それだと、ガロアやアイネラたちの食料に困ることになるだろ。だから、広げるのは、天幕を張る分くらいでいいよ」
「分かりました。では、早速広げておきます」
「ありがとう」
俺の返答を受けて、即座にオルフェスが動いてくれる。
たぶん、オルフェスのことだから、もう広がっている気がする。
「それと、フィリエさん。結界は広げますが、その部分の木の伐採などはみんなで協力してお願いします。あと、天幕はこの開けた場所の中心付近に造ってください。決して広げた部分に造らないようにお願いしますね」
「はい。多大なご配慮をいただき、ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
これで、あとは任せておけば良いかな。
今は妖鬼の件もあるので、こればかりに集中できないだろう。それに、俺たちは明後日の夜までしかいないので、一緒に作業もできない。自分たちで少しずつやってもらうしかないのだ。
「それじゃあ、オルフェス。明日にでもフィリエさんたちに、どこまで結界を広げたか教えてあげてくれ」
「はい。分かりました」
「オルフェス様。お手数をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします」
「オルフェス様、よろしくお願いいたします!」
さっきからアイネラがフィリエさんの言葉を木霊のように復唱しているのが面白い。
許可を求めてきたのも、作業を仕切るのもフィリエさんだが、アイネラは自分たちのためだと、よく理解しているようだ。
「それでは、わたくしは食事に準備をしてまいりますので、どうぞお寛ぎください」
フィリエさんは気になっていたことも解消して、満足気に退室していった。
それを見送るアイネラが、フィリエさんが見えたくなった途端、落ち着かない様子でそわそわし始めた。
「うん? アイネラ、どうしたんだ?」
「あ、いえ、その…」
アイネラが両手を前で組んで指先をもじもじさせながら、言葉に詰まっている。
アイネラも何か気になることがあるのだろうか? これもきっと遠慮しているのだと思える。
「遠慮せずに言ってみろ」
「はい、あの…。フィリエちゃんたちに短剣のような武器があったらいいなって…。その、フィリエちゃんたちは思念体なので武器が所持できないんです。それをフィリエちゃんが気にしていて…。私たちがフィリエちゃんたちの武器を持って一緒に移動すれば、フィリエちゃんたちも武器が使えるようになるので、気にすることはなくなるのかなと…」
そういうことか。
フィリエさんたち樹木の精は、どこにでも顕現できる分、武器などを持ち歩くことができない。
フィリエさんはこいつらのことを心配していたが、こいつらはこいつらで、フィリエさんのことを心配しているというわけだ。
ただ、アイネラたちには短剣を造る技術も術もないから、それをベルフェに造ってもらいたいのだと思うが、遠慮してそこまで言い出せないでいるようだ。
本当に魔物にとって弱肉強食が掟で、種族同士で交わることがないのなら、すでにこいつらを魔物と呼ぶのは相応しくないのかもしれない。ここまでの感情があるなら、人間だの魔物だのという区分け自体が不適切な気がする。
俺はアイネラの言葉の意味を受け取って、ベルフェの方に視線を向けた。
しかし、俺が口を開くより早くベルフェが口を開いた。
「アイネラ。どのような短剣が欲しいのですか?」
「ベルフェ様。いいんですか?」
珍しく俺が頼む前にベルフェが自ら造ることを申し出てきた。
アイネラは、それに驚きと期待が綯交ぜになった顔で聞き返している。
「誤解しないでください。フェイル様なら、造るように指示されるでしょう。それを事前に理解して動くのも臣下の務めということです」
「はい! 分かります!」
いや、違うと思うぞ。それはきっとベルフェの照れ隠しだ。
アイネラよ。騙されるんじゃない。
まぁ、俺が指示しなくても動いてくれることは大歓迎なので、茶々はいれないけど。
その後、ベルフェはアイネラを自分の隣に呼びつけると、短剣を造り始めた。ご丁寧に短剣を収める腰帯まで造っている。それをアイネラが嬉しそうに見守っているのが微笑ましい。
俺はそれに少しばかり助言を加えておいた。
「フェイル様、皆様方…、お食事の準備が整いましたが、ここでお召しになられますか?」
その光景を眺めながら寛いでいると、フィリエさんが食事の準備ができたことを伝えにきた。
その時、ベルフェの横に短剣と腰帯が大量に積み上がっているを見て、一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに最後まで言い切った。この辺りは流石というべきか。
「あ、いえ、外で食べます」
「分かりました。それでは、いつものお席でお待ちください。そちらにお食事をお持ちします」
「じゃあ、俺たちも移動するか」
「「「はい。分かりました(了解いたしました)」」」
フィリエさんは、横目で短剣を気にかけながらも、食事を取りに退室していく。
俺たちも立ち上がり、それに続くように退室した。
この時、アイネラが嬉しそうに短剣と腰帯を抱えて、満面の笑顔を携えてたのは言うまでもない。
「「お待たせいたしました(~)」」
俺たちがいつもの場所に腰を下ろしてしばらくすると、フィリエさんとアイネラが食事を運んできてくれた。
陽も沈んで、お腹も程よく減っている。
それに旅の途中で食べた物は、干し肉と硬いパンばかりだったので、此処での食事が恋しい。
俺は早速とばかりに、届けられた食事に齧りついた。
うん。美味しい。生き返るようだ。
此処へ来る前は、あの干し肉や硬いパンが当然だったのに、これを食べ慣れるともう戻れない気がする。
「あの、フェイル様、ベルフェ様。先程アイネラ殿より、わたくしたちのために、短剣を造っていただいたと伺いました。大変ありがとうございます」
「あ、いや、俺は何も指示してませんし、お礼はベルフェだけで良いですよ」
「いえ、そうは参りません。アイネラ殿より、ベルフェ様が『フェイル様のご指示を事前に理解して動くことも臣下の務め』と仰られたと伺いました。であれば、これはフェイル様のお心の賜物でもあると理解しております」
俺の食事が落ち着いた頃を見計らって、フィリエさんがお礼を述べてきた。
う~ん。ベルフェの照れ隠しが、変に解釈されて広がっている気がする。
俺の横では、ベルフェが『うんうん。分かっていますね』と頷いているが、絶対違うからな。
そもそも俺が全てを指示しなくても、こういうことは本来、自由にしてもらえばいいのだ。
「分かりました。今回はそれで。でも、事前に報告はしてほしいこともありますけど、こういう協力事は自由にしてもらっていいので、次からは俺へのお礼は無しでお願いします。オルフェス、ネルフェア、ベルフェ、お前たちも次からは俺の許可は必要ないから、みんなに協力してやってくれ」
「「「はい。分かりました(了解いたしました)」」」
「このような寛大なご配慮、痛み入ります」
よし、これで次からは自由にやってくれるだろう。
結局、俺が自由にやることを命じた感じにはなったが、これが当たり前になれば俺も助かる。
オルフェスたちは強いし常に俺と一緒にいるので勘違いされがちだが、こいつらも立派な仲間なのだ。
俺たちの話が一段落したところに、ガロアが俺たちの方に向かって駆けてきた。
「お食事が終わられたのなら、我も仲間に入れてください」
「ああ、いいぞ。とその前に、ここで話したことをガロアにも教えとくな」
俺は話に加わりに来たガロアに、ここで話したことを伝えておいた。
こいつも仲間として、遠慮せずに自由にしてほしいと思ったからだ。
ガロアはガロアで、食事の席を別にするなど、俺たちに気を遣っているところがあるので、それ以外のところでは遠慮してほしくない。
それにもし、できないことならオルフェスたちもできないと言うだろうし、言う前から遠慮していては、オルフェスたちも動き辛いだろう。オルフェスたちが意外と優しいのは俺も知っているので、遠慮は不要だ。
「はい。了解いたしました。皆様方、よろしくお願いいたします」
ガロアも理解して、オルフェスたちも頷いているので、これで俺も羽を伸ばせるというものだ。
これで心配なのは妖鬼の件だけだ。
何故、彼らがこっちを偵察しているのかの理由が分かれば、まだ手の打ちようもあるが、そのためには接触しないといけないし、それは難しい。一層、こっちから仕掛けるというのも考えてみたが、争いごとは好きじゃないし、何より俺は国外への旅の途中で頻繁に此処へ来れない。そんな状況で仕掛けるのは悪手だと分かっている。
まぁ、対策は打っているので、今は攻めてくることがないよう祈って、見守るしかないか。
そんなことを考えながら、みんなと楽しい時間を過ごした後、俺はふかふかの敷物の上で心地よく眠りに就いた。




