追放の旅立ち
いよいよ今日、俺はこの街を後にする。
早朝に起き出して、すでに、顔を洗い身を清めて身支度も整っている。
此処へ来て昼夜が逆転した生活を送っていたため、若干眠気が残っているが、この程度なら大丈夫だ。
「フェール、待たせたの」
俺がベッドに腰掛けて待っていると、魔法師団長が迎えに来てくれた。
その後ろには数人の騎士が控えている。
「いえ、さっき起きて準備が終わったところですので、お気になさらないでください」
「ふむ。では、行こうか」
魔法師団長が後ろにいる騎士に目で合図を送ると、騎士の一人が牢屋の施錠を解除する。
俺たちは開けられた牢屋から出ると、その騎士に両手を手枷で拘束された。
ただ、拘束と言っても、この手枷は施錠もされず、いざという時は自分で外すこともできる状態になっている。
このことからも分かる通り、ここにいる騎士たちは全員、事情を知らされている共犯者ということだ。
「それで荷物はその鞄だけかの? 他にあるなら、ここで預かっておくが?」
魔法師団長は、俺が手に持っている鞄を見ながら尋ねてきた。
全て鞄の中に入っているので、他に所持品はない。その入っている全ても今は傷薬だけなのだが。
ちなみに、鞄はベルフェに造ってもらった物なので、傷薬がなければ、ベルフェに消し去ってもらうこともできたが、最後に傷薬が増えたのでそのまま持っている。
「ありがとうございます。荷物はこの鞄だけです。あと、例の物はどうしましょう?」
俺は後半の言葉だけは、魔法師団長にだけ聞こえるように小さな声で尋ねた。
通信の魔晶石は、国家秘密に該当するため、共犯者と言えど全員に教えられているわけではない。
「うむ。では、その鞄を預かろう」
魔法師団長は俺から鞄のみを受け取ると、騎士にそれを手渡した。
これは、通信の魔晶石は俺が持っていろということだろう。
何処か別ところで誰かに渡すのかな?
この通信の魔晶石は昨日の話し合いの後に所持する者が選定されているはずなので、俺にも分からない。
まぁ、この中の誰かが声を掛けてくれるだろう。
それから俺たちは、魔法師団長に取り囲まれながら建屋の外に出た。
そこには、そこそこ大きい幌馬車が二台待機していて、その馬車の周りには二十人ほどの騎士、数人の魔法師、それに人数分の馬がいる。この馬車の馭者も騎士が務めるらしい。
「フェール。この馬車に乗れ」
俺は幌馬車の前に立っている騎士から、そのうちの一台の馬車に乗るように命じられ、それに従い乗り込んだ。
幌馬車の中は、半分程度が荷物で埋まっている。これはきっと移動に必要な物資に違いない。
『それでは魔法師団長、これより護送の任に就きます』
『うむ。くれぐれも警戒を怠るでないぞ』
『は! 了解いたしました。それでは、これより出発する!』
俺たちがその馬車に乗り込み腰を下ろして待っていると、外から出発の声が聞こえてきた。
その直後に、もう一人騎士が馬車に乗り込んで来た。それを合図に馬車が走り出す。
これだけの物資と大人五人と考えると、この馬車の大きさとそれを引く馬が四頭なのも頷けた。
本来であれば乗り込んで来た騎士は監視役なのだろうが、今回は伝達役という側面が大きい。
俺はこの騎士を一度見ている。騎士団長と魔法師団長、ギルド長が牢屋に訪れた際に一緒にいた騎士の方だ。
だが、その騎士は一言も声を発せず、険しい顔で馬車の両側に設置された長椅子の出口側に座っている。
その後、馬車は王都の外壁を抜けると振動が酷くなった。
王都の中は石畳が敷かれているので比較的快適だったが、王都を出るとどうしても振動が激しくなる。
俺がそんな振動に慣れ始めた頃、幌馬車の骨組みを『コンコン』と二度叩く音が聞こえてきた。
「フェイル様、オルフェス様、ネルフェア様、ベルフェ様、先程は大変失礼をいたしました。私は騎士団第三部隊を預かるヘイズと申します。暫くご不快な旅となりますがご容赦ください」
骨組みを二度叩くのが、合図だったのだろう。
出口側に座っていたヘイズと名乗る騎士が、先程までの険しい表情から一転、穏やかな顔で挨拶してきた。
恐らく、俺たちが話しても、他に誰も聞く者がいない場所まで移動しているはずだ。
「いえ、こちらこそ、こんな危険な任務に巻き込んでしまい申し訳ありません」
「あはは。フェイル様は騎士団長からお聞きしている通りのお方ですね。これも私の仕事ですので、お気になさらないでください。それと、このような名誉ある任務に就けるのは、騎士の誉れですから」
ヘイズさんは気持ちがいいくらい爽やかな笑い声を上げると、今回の任務に就けたことを誇りにしていた。
なんとも漢気溢れる人だ。
正直、俺にはこの任務が誉と言われても分からないが、ただ、こんな任務に就かされても誰かの所為にするのではなく、自分の仕事ととして誇りを持っているところは尊敬に値する。
それに、オルフェスたちにも臆さずにいてくれることが、何よりも嬉しい。
「そう言ってもらえると、助かります」
「いえ。それで、例の物ですが、ここでお受け取りをさせていただいてもよろしいでしょうか?」
俺はその言葉で、この人が通信の魔晶石を任された人だということを理解した。
この任務に就くだけでも危険なのに、その上、国家秘密まで任せられるとは、俺なら絶対に拒否したいところだ。
「はい、分かりました」
俺はここで手枷を外して、服の隠しポケットから魔晶石を取り出すと、それをヘイズさんに差し出した。
俺に倣い、オルフェスたちも手枷を外している。
「これが、そうですか…。こんなに小さい魔法陣など初めて見ました。しかもこれほど多くの魔法陣が刻まれているとは」
ヘイズさんは、俺から受け取った魔晶石を繁々と眺めている。
基本的に魔法は大きいほど威力が増すと言われている。実際にはオルフェスたちが使う魔法は、魔法陣が小さくても国を消滅すことができる威力があるが、そんな魔法を使える者など人間にはいない。
ヘイズさんが言った多くの魔法陣とは、実は通信の魔法陣を隠蔽するために、その上下に何の効果もない魔法陣を重ねて刻んだだけのものだ。これによって、挟み込まれた魔法陣の文様が分からないようになっている。この隠蔽工作は、俺が魔法陣を刻んだ後に、通信の魔晶石の重要性を加味してオルフェスが提案してくれたことで追加で施した結果でもある。
「少し苦労しましたが、間に合って良かったです」
「いや、このような物を私たちのためにご準備くださり、感謝いたします」
俺は一言余分なことを口にしてしまったようだ。
それによって、ヘイズさんが深々と頭を下げてきてしまった。
「あ、いえ、そういうのは止めてください。そういう意味で言ったわけではないので」
「あはは。分かりました。ですが、私の感謝も本心からですので、お受け取りください」
「分かりました」
俺は慌てて自分の発した言葉を訂正した。
ヘイズさんもそれを快く受け入れてくれる。うん。やっぱり爽快で漢気に溢れた人だ。
俺も笑顔でヘイズさんの感謝を受け入れる。これ以上遠慮するのは無粋だろう。
「…それで、試しに使ってみても良いでしょうか?」
お互い認め合ったところで、ヘイズさんが試用を申し出てきた。
使う段になって、『使えませんでした』となるよりは、事前に試しておきたい気持ちも分かる。
「はい。構いませんよ。ただ、相当魔力を使うようなので、今は一言ずつにした方が良いでしょうが」
「そうですか。それなら尚更、どれくらい魔力を使うか知っておきたいですね」
俺がフィリエさんと試した時は、フィリエさんに疲れた様子はなかったけど、彼女の種族は森一番の魔法の使い手なので、参考にならないだろう。
それより、オルフェスが言っていた『人間の魔力だと一言二言しか話せない欠陥品』と言っていた言葉の方が気になる。それに、ヘイズさんの魔力量もだ。
「ええ、分かりました。それでは使い方ですが、その魔晶石に魔力を込めると、頭の中に魔晶石に刻まれている魔法陣が浮かびますので、それに意識を向けてください。相手、この場合俺ですが、通話が繋がれば相手と話すことができます。ただ、話すと言っても口で話すのではなく、頭の中でその魔法陣に語りかける感じですね」
「なるほど。頭の中に浮かんだ魔法陣に頭の中で語りかければいいんですね」
「はい。そうです。それじゃあ、早速やってみますか」
「そうですね」
そう言うと、ヘイズさんは魔晶石を握り、目を閉じて意識を集中し始めた。
間もなくすると、俺の頭に魔法陣が浮かび上がった。
発動には成功したようだが、やはりフィリエさんに比べると発動までの速度が段違いに遅い。
『フェイル様。聞こえてますでしょうか?』
『はい。聞こえてます。それじゃあ、切りますね』
俺は返事だけすると通話を切った。ここで魔力を使い切ってヘイズさんが倒れても困る。
ヘイズさんは通話を終えると、『ふぅ』と肩で大きく息をした。
使えることは確認できたが、相当疲れているように見える。
「言われたように、かなり魔力を消費しますね。今のだけで俺の魔力の半分近くを持っていかれました」
「通話だけじゃなくて、最初に魔法陣の発動にも魔力が要りますからね。それでも、話せてもあと一言二言にした方がいいですね」
オルフェスの言っていたことはまさに正解だったようだ。
やっぱり人間の魔力ではそれほど会話はできそうにない。それでも無いよりは遥かにいいのだが。
「そうですね。通話した後のことも考えると、使い時も考慮した方が良いかもしれません」
「ええ。ただ、くれぐれも何かある前に連絡してくださいね」
「はい。そうさせていただきます」
確かに通話で魔力を使ってしまうと、その後の対処が難しくなる。特に襲撃に備えて可能な限り魔力の消費を抑えておくのは戦闘をする上での鉄則だ。
ただ、通話が遅ければ遅いほど、助けに来るのも遅くなる。これでは折角の通話が役に立たない。
俺はそれをヘイズさんに念押しした。
ヘイズさんもそれを了承して、魔晶石を鎧に内側に仕舞い込んだ。
「それでは改めて今暫くの間、私たちにお付き合いください」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
こうして俺たちは、短い間だが、共に旅をすることになった。
王様との話し合いで魔法師団長が説明してくれた作戦では、王都から近い場所での襲撃はないと言っていた。
王都の騎士団が駆けつけられる距離で、そのような愚行を犯すことはないという予測の元での発言だ。
その言葉通り、襲撃もなく、殆ど何もすることがないまま数日が過ぎた。
その間、ヘイズさんから様々な質問、主に森で俺が食べている物などの質問を受けた。どうも王様たちに話した内容が伝わっているようだ。これによって俺が森で食べている物がどれだけ高級なのかを実感させられた。特に旅路での食事は、乾燥させた干し肉や硬いパンなどの日持ちを優先させた食事になるので、必然的に食事の話題が多くなる。
これ以外にも、オルフェスたちについての質問があったが、ネルフェアとベルフェにしたはずの質問が、何故か途中から俺の自慢話になってしまうので、ヘイズさんが途中から彼らに質問しなくなった。しかも、ネルフェアとベルフェの饒舌なことときたら、聞いてて恥ずかしくなる。質問しなくなったヘイズさんの賢明な判断に拍手を送りたい。
「フェイル様。そろそろ野営地が見えてきます」
「そうですか。分かりました」
俺たちはヘイズさんの言葉で手枷を嵌める。
この野営地では馬車の外に出るので、万が一誰かに見られても不審に思われないようにとの配慮からだ。
程なくして、馬車が止まり、同行している騎士立たちが慌ただしく動く音と声が聞こえ始める。野営地での寝泊りの準備をしているのだろう。
ここでの野営は今までと少し異なる。そのため、野営の準備にも時間が掛かっているようだ。




