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魔王たちの主  作者: 御家 宅
第一章

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配下たちの強化

 きっと、アイネラも魔法陣を文字のように書こうとしているのだと予想している。

 魔法陣を容易く描ける者は、『書く』のではなく『描く』ことを本能的に理解していると思われるが、そうでない者は、それを知らずに書こうとするのだ。だからこそ、魔法陣を苦手としている。


「まぁ待て。落ち着け!」

「あ、すみません」


 俺がアイネラを窘めると、はっとしたように身を引いて正座すると、手を膝に置いて聞く姿勢を取った。

 その顔には、反省の言葉とは裏腹に、期待の笑顔が満ち溢れている。

 ガロアもその横にひれ伏している。たぶん、正座のつもりだろう。

 フィリエさんもいつの間にか戻ってきていて、期待の眼差して俺を見ていた。


「それじゃあ、今から説明するから、よく聞いておくように」

「「はい。分かりました」」


 ガロアとアイネラが元気いっぱいに返事した。

 まるで孤児院の先生になったような気分だ。


「それじゃあ、まず初めに、自分の中の魔力を意識してみてくれ。魔力を放出する時に自分の魔力を感じるだろ。それを自分の中に向かって辿れば、自分の中の魔力を感じれるはずだ。やりにくかったら目を瞑ってもいいぞ」

「「はい。分かりました」」


 俺はしばらく何も言わずに彼らを眺める。

 最初は眉間に皺を寄せていたガロアとアイネラの顔が、次第に緩んでくる。


「自分の中の魔力を感じられたか?」

「はい。魔力がいっぱいです」

「我も魔力の中に浮いているような感じです」


 それを聞いて、俺は微笑みを浮かべる。第一段階はできたな。


「それじゃあ、今度は頭の中に魔法陣を思い浮かべるように、その魔力の中に魔法陣を思い描いてみてくれ。あ、書くんじゃなくて、思い描くんだぞ」

「分かりました。やってみます」

「我もやってみます」


 その返事にあわせて、彼らの顔が引き締まり、集中したことを感じ取る。


「どうだ?思い浮かべられたか?」


 書くわけではないので、それほど時間は掛からない。

 そう思い、俺は時間を置かずに彼らに問い掛けた。

 逆に、時間が掛かるようだと、書いていることが予想できるので、それを遮って思い描く方に意識を向けさせる必要がある。


「はい。たぶん、できていると思います」

「我も大丈夫だと思います」

「よし。じゃあ、それをそのまま体の外に出してくれ。出す場所は、いつも魔力を放出しているところでいいからな。最初はゆっくりでいいぞ。その魔法陣を維持したまま体の外に押し出せばいいからな」

「分かりました。やってみます」

「我もやってみます」


 第二段階もできたようなので、そのまま続けて最終段階を指示する。

 時間をおいても集中が途切れるだけなので、良いことは何もない。

 そして、ほんの少し待っていると、アイネラとの掌と、ガロアの鼻先に魔法陣が浮かび上がった。

 そもそも魔物は人間より魔力が豊富で、少なからず魔力をどこかに使っているので、それほど難しくはないとは思っていたが、ここまで順調だと魔物の力に戦慄を覚える。


「そのままゆっくり眼を開けてみろ」

「「はい。分かりました」」


 彼らは返事をするとゆっくりと瞼を持ち上げ、そのまま眼を大きく見開いて、自分の前にある魔法陣を見つめ始めた。


「魔法陣があります」

「我の前にもあります」


 彼らが最初に言葉にしたのは、それだけだ。

 驚き過ぎて、それ以上の言葉が出てこないのだろう。

 今まであれほど苦労していた魔法陣が、一回教えられただけで描けたのだから、そりゃあ驚いて当然だ。

 彼女たちを見守っていたフィリエさんも、驚きを露わにしている。

 そして何を思ったのか、アイネラの眼に涙が溜まり始め、雫となって彼女の頬に一筋の道を造って零れ落ちた。


「フェイル様~! ありがとうございます~!」


 彼女は感極まったのか、次の瞬間、俺に飛びついてきた。

 それを見ていたネルフェアが、『なっ!』という呻き声を上げて、咄嗟にアイネラに向かって手を出した。

 しかし、俺はその手がアイネラに届く寸でのところで、その腕を掴んで押し留める。


「ネルフェア。大丈夫だ。嬉し過ぎてこうなってるだけだ」

「分かりました…」


 アイネラは俺に飛びつくと、俺に抱きついたまま、声を上げて堰を切ったみたいに号泣し始めた。

 ネルフェアもそれを見て、渋々といった様子で手を引っ込めてくれる。

 アイネラは感極まって俺に抱き着いてしまうほど、嬉しかったのだろう。彼女は一部の仲間たちと袂を分かってまで此処に来た。それなりに不安や緊張感もあったと思う。それほどまでに覚悟を決めて此処へ来た、その想いの先が少しは実ったのかもしれない。もし、そうなら、俺も受け入れて良かったと思う。

 俺はアイネラを労わるように、優しく頭を撫でてやった。


「アイネラ殿。良かったですね」

「うん。フィリエちゃんも、ありがとう」


 アイネラは俺から離れると一度頭を下げた後、フィリエさんの方を向いて涙を拭いながら嬉しそうに答えた。

 今し方、アイネラと一緒に魔法陣を描くことに成功したガロアも、それを微笑ましそうに見ている。


「これで、私ももっとみんなの役に立てるようになれます。フェイル様。いきなり抱き着いてすみませんでした。本当にありがとうございます」


 アイネラは俺の方に向き直ると、もう一度深々と頭を下げてきた。


「気にするな。お前はもうとっくに俺たちの仲間だし、すでに役に立ってるよ」

「そうでございます。アイネラ殿は、すでにわたくしたちには欠かせない仲間となっております。もっと自信を持ってください」

「ああ、そうですぞ。アイネラ殿を役に立ってないとか、仲間ではないと思っている者など、おりませんぞ」

「うん。みんなもありがとう」


 仲間の努力と想いを称え、自分のことのように喜んでいる者たちを見ると、自然と俺の心も和んでくる。

 こうやって分かり合える仲間と巡り合えるのは、きっと幸運なことなのだろう。そして俺もその内の一人だ。


「フェイル様。名残惜しいですが、そろそろ戻られた方が良いかと」


 オルフェスが彼女たちの方を見ながら、俺に声を掛けてきた。

 オルフェスの眼にも薄っすらと笑みが浮かんでいる。


「ああ、そうだな。でも、その前に一つ聞いておきたいんだけどいいか?」

「はい。何でしょう?」


 俺は戻る前に一つ聞いておきたいことを思いついて、オルフェスに尋ねてみる。

 その声を聞き取ったアイネラたちが、俺たちの方に振り向いた。


「此処の結界って、俺たちの魔法は通すのか?」

「ええ、最初からそうなってます」

「それは、俺たち以外の魔法は通さずにだよな?」

「はい。そうです。以前、フィリアが此処に現れた時に、俺たち以外の魔力も通さないようにしてます」


 此処で結界を張った当初は、急襲さえ防げれば、あとは対処可能と判断して、防御をそこまで固めていなかったが、フィリエさんが抜けてきたことで結界を強化した、と付け加えてくれた。

 俺は、オルフェスの回答に、思いついたことを確認できた安堵と共に、新たな疑問を抱える。


「うん? それって、月桃の木に張った結界は魔力を通すってことか? それだと、結界の外から魔力だけを通して結界の中で魔法を発動できる、ってことじゃないのか?」

「ええ、そうですね。でも、フィリエもそれを知ってると思いますよ」


 俺は、結界の外からでも攻撃する手段があることに気づいて、オルフェスに問うが、オルフェスは淡々と問題なとばかりに答えを返してきた。


「はい。オルフェス様の仰る通り存じております。しかし、この森に、わたくしたち以上に魔法に長けた者はおりませんので、魔力を通されても問題ございません」


 フィリエさんがオルフェスの言葉を肯定して、問題ないことを教えてくれる。

 どうやら魔法だけに限って言えば、樹木の精はこの森で一番のようだ。ただ、その魔法が通じぬ相手も多くいるということだろう。

 まぁ、彼女たちが知っていて、対処可能だと思っているのなら、俺に否はない。


「それなら問題ないですね」

「はい。ご配慮、ありがとうございます」


 疑問も解消して、知りたかったことも知れたので、これで、俺も安心して暫く此処を留守にできる。

 もし、俺たちの不在の間に妖鬼が攻めてきても、ガロアとアイネラたちも魔法を使えるようになったので、結界の中からでも応戦が可能ということだ。

 これで、俺たちが駆けつけるまでの間ぐらいは、問題なく持ち堪えられる。


「それと、フェイル様。これをお持ちください」


 フィリエさんが話の最後に、掌程度の瓶を俺に渡してきた。

 中にはねっとりとした深緑の物体が入っていて、木の栓でしっかりと蓋がしてある。

 瓶を揺らしても中の物が動かないので、液体ではない。これは粘体だろうか?


「これはなんですか?」

「それは、森の薬草で作った傷薬でございます。フェイル様にはご不要かと思いますが、万が一のためにお持ちください」


 傷薬か。それは助かる。

 街で傷薬を買うとかなりの値段がするので、庶民にはおいそれと買える代物ではない。

 何より、俺を案じて用意してくれたことが嬉しい。

 灰色狼が、砂蜥蜴の爪で腹を刺された際に使った物と同じで、効果は問題ないとのことだ。流石樹木の精といったところか。


「それは嬉しいです。ありがたくいただきますね」

「はい。それが、お役に立つ機会がないことを願っております」


 うん。フィリエさんの言う通りだ。

 俺も使う機会がないことを願っている。

 体の傷はこれで治せても、戦いによる心の傷までは治せない。だからこそ、尚更そんなことは起こって欲しくない。


「それじゃあ、戻るか」


 俺は話が一段落したことを受けて、傷薬を鞄に丁寧に入れると、牢屋へ戻ることを口にする。

 すると、いつもとは異なり、ガロアとフィリエさんとアイネラがその場に跪いた。

 それを遠目で見ていた者たちも集まってきて、彼女たちの後ろで思い思いの場所に跪いていく。

 そこには種族の壁はなく、全員が入り混じっていた。


「それじゃあ、みんな、俺たちは暫く此処へは来れないけど、何かあったらすぐに連絡してくれ」

「「「はい。かしこまりました。それではお気をつけて行ってらっしゃいませ」」」


 俺がしばしの別れの挨拶をすると、全員が声を揃えて見送りの言葉をくれる。

 俺はそれに手を振って答えると、オルフェスに掴まり森を後にした。


 いよいよ明日から国外への旅が始まる。

 それは俺にとって、この国との別れと同時に、これからの新たな暮らしへの旅立ちでもある。

 どうか何事もなく無事に国境を越えられますように。そんな想いで、俺は牢屋のベッドで此処での最後の眠りに就いた。


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