通信の魔晶石完成
そして、その翌日も特筆することもなく、大きな進展もないまま時間だけが過ぎていった。
こうして、いよいよ明日の早朝にはここを出発するという日になっても、俺はまだ、魔晶石に魔法陣を刻めずにいる。
「う~ん。何が問題なんだ?」
俺は夕刻前に起きてからも魔法陣の練習をしていたのだが、目立った成果も出ずに悩んでいた。
「俺もあれから考えてたんですが、魔法陣を描くって意識が分からないんですよね」
「ありがとう。考えてくれてるだけでも嬉しいよ」
たぶん、オルフェスは天才肌なのだと思う。
それに、そもそもこいつらは体自体が魔素で構成されているので、魔力の操作に長けているのだろう。
俺も頭の中で描く分には思い浮かべるだけで良いので問題ないのだ。
ただ、それを魔力を使って描くことに苦労しているので、魔力制御の問題なのは理解している。
最悪、俺じゃなくてオルフェスに魔法陣を魔法陣に刻んでもらうことも考えた方がいいかな。
「フェイル様。思い浮かべた魔法陣をそのまま描けばいいと思います!」
俺がオルフェスにお礼をいったことで、ネルフェアが触発されたのか、手を挙げて意見を述べてきた。
ネルフェアは簡単に言うが、それができれば苦労しない。
「それが難しいんだよ。大体、そのままって………、って、あれ?」
俺は頭の中に引っ掛かったものを、紐解いて考えてみる。
ネルフェアはそのままって言ったよな。魔法陣を端から順に描いていくんじゃなくて、そのままって。
うん? それって一気に描くってことか? でも、どうやって?
頭の中に思い浮かべる時は、確かに一気に思い浮かべるけど、それを掌の上でしろってことか?
って、もしかして…
俺は思ったことを試しにやってみる。
「あ、できた…」
「フェイル様。おめでとうございます!」
俺の手の中には小さな魔法陣が浮かんでいた。紛れもなく魔晶石より小さな魔法陣が。
ネルフェアは俺の掌の魔法陣を見て、嬉しそうに拍手している。
「ああ、ネルフェア。お前のおかげだ」
「えへへ。わたくしもオルフェスより役に立つ時が来ましたね!」
俺がネルフェアを褒めたことで、ネルフェアが調子に乗り始めた。
胸を張って踏ん反り返っているネルフェアをオルフェスが半眼で睨みつけている。
まぁ、オルフェスの気持ちも分かるが、今回だけはネルフェアの言葉が役に立ったので大目に見てやって欲しい。
「フェイル様。それにしても、急にどうやってできるようになったんですか?」
「ああ、それは、自分の中にある魔力に魔法陣を思い描いて、それをそのまま押し出してみたんだよ。今までは、魔力を使って魔法陣を文字のように書いてたんだけど、ネルフェアの『そのまま』って言葉で閃いて、頭の中に思い描くように魔力の中に描いて押し出してみたら、できたって感じだな」
そう。書くんじゃなくて描けば良かったんだ。
どおりで、オルフェスたちと俺で、魔法陣を描く速度にこれだけの違いがあるはずだ。
文字を書き写すのと、文字を印鑑のように刻印するのでは、後者の方が圧倒的に早いに決まっている。
「なるほど。そういうことですか。俺はフェイル様が文字のように魔法陣を書かれてるとは思いませんでした。ネルフェアはそれに気づいたのか?」
「え? あ、いや、…そうです! わたくしは常にフェイル様を見てますからね!」
うん。こいつ気づいてなかったな。
オルフェスに尋ねられて眼が泳いでいる。
オルフェスより役に立つと言った手前、気づいてなかったとは言えないのだろう。
「オルフェス。その辺にしてやってくれ。今回はネルフェアの言葉で、できるようになったのは確かなんだから」
「まぁ、そうですね」
「そうです。オルフェスは細かいことを気にし過ぎです」
いや、そこはお前も気にしろ。開き直るんじゃない。
まぁ、こいつの場合、直感で生きているような気がするので難しいだろうけど。
ただ、その直感も、時折こういう風に役に立つと思えば、このままでもいい気がする。
◇ ◆ ◇
魔法石より小さい魔法陣が描けるようになった夜、いつもより早い時間に森へやってきた。
明日の早朝に国外への旅路に出るため、可能な限り早めに眠っておきたいと考えてのことだ。
もちろん、これはガロアたちにも伝えている。いつもり少し早くなることで、いろいろ準備の段取りが狂うとは思うが、快く了承してくれた。
あと気になるのは、俺に毒を盛った騎士だが、騎士団長が監視しているらしいし、もし万が一、牢屋に張った結界が見つかって騒がれても、騎士団長がなんとかしてくれるだろう。それに明日の朝には王都を離れるので、騒がれたところで今更だ。
「「「フェイル様、お待ちしておりました(~)」」」
「ああ、今日もよろしく頼みますね。それで、アイネラ。妖鬼に何か動きはあるか?」
「今日も今のところはありません!」
「そうか。なら良かった。でも、油断せずにな」
「はい! 了解しております!」
「それでは、フェイル様。食事をお持ちしますので、お席の方でお待ちくださいませ。皆様方もご一緒にお席の方でお待ちください」
昨日と同じように敬礼するアイネラから報告を受けて、フィリエさんから勧められるがままに席に着く。
その後、運ばれてきた料理を堪能し、食後のまったりとした時間が流れ始めた。
今日は、あまり時間がないため、この後、要件を手早く済ませて牢屋に戻らねばならない。
「フィリエさん。預けておいた魔法石を持ってきてもらえますか?」
「! それはもしかして…。かしこまりました。至急お持ちいたします」
フィリエさんは一瞬、眼を見開いた後、微笑みを携えて足早に席を立った。
フィリエさんを視線で追っていると、結界内の中心部分に植えた月桃の木の方に向かって歩みを進めているのが分かった。その先には、月桃の種が植えてあるところより二歩ほど離れた場所に、蔦で編まれたフィリエさんの腰程の高さがある円柱が見えた。
祠か?
フィリエさんがその祠の前に立つと、編まれていた蔦が解けて、祠の前が開いていく。
フィリエさんは屈んで、祠の開いた部分から両手を慎重に中に入れると、そこから預けておいた箱を取り出した。
あんな物を造って、その中に保管していたのか。
「フェイル様。お預かりしていた箱でございます」
フィリエさんは、箱を大事そうに抱えて戻ってくると、その箱を俺に差し出してくれた。
「ありがとうございます」
俺はその箱を受け取ると、その中から小袋を取り出して、そこから魔晶石を一つ摘まみ出した。
それを、もう片方の掌に乗せる。
すると、フィリエさんとガロアとアイネラが少し身を乗り出して、覗き込んできた。
「オルフェス。この中に魔法陣を描けば、それだけでいいんだよな?」
「ええ、そうです。普通の人間の魔力なら魔晶石の抵抗に遭いますが、フェイル様の場合は、気にせずに魔法陣を描いて大丈夫ですよ」
「ああ、分かった。ありがとう」
魔力が弱いと魔晶石の抵抗を受けて、魔晶石の中に魔法陣を描くのが難しいようだけど、俺の場合はそういった問題はなさそうだ。
俺はそれだけを確認すると、掌の魔晶石に向かって、魔法陣が魔晶石の中心に来るように、一気に魔法陣を押し出した。
「フェイル様。凄いです!」
「おぉ、さすがフェイル様です」
「フェイル様。さすが、お見事でございます」
うん。無事に魔晶石の中心に魔法陣が浮かんでいる。一度で成功したようだ。
それを覗き込んでいたアイネラとガロアとフィリエさんが眼を大きく開いて感嘆の言葉を漏らした。
俺はみんなの言葉を聞いて嬉しくなる。こういう言葉が聞けると、頑張った甲斐があるというものだ。
「それじゃあ、フィリエさん。これに魔力を込めて俺に通信を繋いでみてもらえますか?」
「はい。かしこまりました」
アイネラに頼むと興奮して煩そうだし、ガロアは口に銜えられるのも困ると考えて、フィリエさんに頼んだ。
俺から魔晶石を受け取ったフィリエさんが、それを握り込んだ。
それに合わせて、俺の頭の中に魔法陣が浮かび上がる。先程、俺が魔晶石に刻んだ魔法陣だ。
念話とは異なり通話だと、相手の姿じゃなく魔法陣が浮かぶようだ。
それもそうか。魔法陣を介しているので、繋がっているのは魔法陣ということだしな。
『フェイル様。聞こえますでしょうか?』
『はい。聞こえてます。そっちは聞こえますか?』
『はい。わたくしの方も聞こえております』
『ありがとうございます。じゃあ、切りますね』
『はい。かしこまりました』
俺はフィリエさんと簡単な会話のみを行って通信を切る。
繋ぐときは浮かんだ魔法陣に意識を向けて、切る時は魔法陣を消せば切れるというところは念話と同じだ。
きっと、通信の魔法陣を刻むことができた人は、念話も使えたのだろう。
「フィリエさん、ありがとうございました。問題ないようですね」
「いえ、お役に立てたようで何よりでございます」
俺はフィリエさんから魔晶石を回収すると、それを上着の隠しポケットに入れた。
鞄に入れると、一時的とはいえ、騎士の方に回収される可能性もあるので、身につけておいた方が良いと思ってのことだ。
とはいえ、冒険者の服には隠しポケットがあるのは常識なので調べられたら終わりだろうが、その辺は、鞄のように目立つ物じゃなければ、ガレリックさんがなんとかしてくれるだろう。
俺は、使わなかった魔晶石が入った小袋を箱に戻すと、フィリエさんに再度預けた。
フィリエさんはそれを受け取ると、先程の祠に仕舞いにいった。
「うぅ~。フェイル様に負けてしまったです~」
通話の確認を終えると、先程まで感嘆していたアイネラが肩を落として、いじけるように呟いた。
「アイネラ、そう落ち込むな。その代わり俺が魔法陣を描く秘訣を教えてやるから」
「え? フェイル様が教えてくださるんですか!?」
アイネラはさっきまでの落ち込みとは一転、驚きと期待が綯い交ぜにような顔をしている。
「ああ、たぶん、アイネラも魔法陣を描けるようになると思うぞ」
「本当ですか!? じゃあ、早く教えてください!」
俺が描けるようになると言った途端、アイネラが興奮して身を乗り出してきた。




