新しい食材
少し前まで王様と話をしていたせいか、体が重い。
騎士団長や魔法師団長とすら話す庶民は少ないというのに、王様と話す庶民なんているのか疑問になるくらいだ。
こういう時は、美味しいものを食べてみんなで楽しく笑うのが、一番の特効薬と決まっている。決して異論は認めない。人それぞれ感じ方が異なるので、異論を述べられても困るだけだし。
ということで、牢屋に戻って少し落ち着いた頃に、いつも通りに森へやってきた。
「「フェール様。お待ちしておりました」」
俺が転移してきたのを見て、ガロアとフィリエさんが駆け寄ってきた。
「フィリエ、ガロア。フェール様は、フェイル様とお名前を変えられました。そして、わたくしとオルディスとベルファも、ネルフェア、オルフェス、ベルフェに変わっています。これからはそう呼びなさい」
「まぁ!? それは、おめでとうございます」
「おめでとうございます」
何故か、ネルフェアが一歩前に出て腰に手を当てながら胸を張っている。
そして、何故、フィリエさんとガロアが、『おめでとうございます』と言っているのかも分からない。
そこには、俺には到底理解不能な不思議な世界が展開されていた。
「さすがフィリエですね。分かっているではありませんか」
何が? ねえ、何が分かってるの?
誰か俺にも教えて!
「フェイル様。この度はご改名、おめでとうございます。オルフェス様もベルフェ様も、おめでとうございます。ただ…」
何故か俺までフィリエさんにお祝いの言葉を掛けられた。
う~ん。これは、俺たちが行方不明になるための改名なんだけど、言ってもいいのかな? やっぱり言えないよね?
「ただ、どうしたんですか?」
フィリエさんがお祝いの言葉とは裏腹に頬に手を当てて困った表情を浮かべたので、疑問に思って聞いてみた。
「はい。実はすでに食事の準備が整っておりまして…、このような祭事には少々相応しくないかと。事前に何があっても対応できるよう準備してくべきでしたのに、わたくしたちの配慮が足らず申し訳ございません」
「フィリエ殿。今からでも最善のものをご準備するべきではないか?」
「しかし…、フェイル様をお待たせすることになるではございませんか?」
「うむ。それもそうですな。どうしたものか…」
俺がフィリエさんの言葉の理解が追いつかないうちに、ガロアとフィリエさんが悩みだした。
こいつら何を言っているんだ?
そもそも、こっちは『おめでとう』というお祝いの時点で盛大に躓いているのだ。祭事とか、食事の質が相応しくないとか言われても、なんで?としかならないのである。
「え~っと、気にしなくてもいいです、よ?」
最後が疑問形になってしまったが、それは許してほしい。いまいち自信が持てなかったのだ。だって、どう見ても疑問に思っているのは俺だけみたいだし、俺が間違っている気がしても仕方ないよね。
「フィリエ。今日はフェイル様もお疲れのご様子だ。祝いの場は改めてということにして、今日はフィリエたちが準備したもので我慢していただくのが良いだろう。フェイル様、それでよろしいでしょうか?」
「うんうん。フィリエさん、それでいいですよ」
俺はオルフェスの提案に全力疾走で飛び乗った。
オルフェス先生! 君だけが俺の心の友だ!
改めてとか、我慢とか知らんけど、今はオルフェスに感謝しておく。
取り合えず今は、この場を収められれば、なんでもいい!
「フェイル様、この上ないご配慮、ありがとうございます。祭事は改めてわたくしどもの全身全霊を持ってご準備させていただきます」
フィリエさんが深々と頭を下げてくる。
うん。いらないけどね。何の祭事か分からなし。
「うん。それでお願いします」
「かしこまりました」
長いものには巻かれておくのが処世術というものである。
なんの祭事か分からないが、『祭事はいらない』とか言ったら、絶対面倒臭いことになる。絶対自信がある。俺もそれぐらいは学んでいるのだ。こういうものは延期を繰り返して、自然消滅を待つのが最善の一手であるのは言うまでもない。
「それでは、フェイル様。食事をお持ちしますので、お席の方でお待ちくださいませ。皆様方もご一緒にお席の方でお待ちください」
森に来て早々予想外のことが起こったが、無事食事にありつける。
俺たちがいつもの場所に腰を下ろすとすぐに、フィリエさんたちが食事を運んできてくれた。
俺はそれを見て、ふと気になったことを聞いてみた。
「フィリエさん、肉料理ってできなかったんじゃなかったですか? それに、この肉も初めて見るものですよね?」
「はい。肉料理は知っている者に教わりました。その肉は黒翼鷲でございます。肉には弾力があり、癖もなく油も適度にのっているため、塩焼きが一番適しているということで、塩焼きにしております」
なるほど。黒翼鷲っていう鳥の肉か。
でも、鳥って空を飛ぶのに、どうやって仕留めたんだろ?
まぁ、常に空を飛んでいるわけでもないし、木に停まっている時を狙ったのかな?
肉料理については、これから学ぶと言っていたし、人間とも交流があるから、きっとそこから教わったのだろう。
いずれにしても、こういう時は、疑問を尋ねるより褒める方が大事だな。
「凄いですね。これほど早く肉料理ができるようになったり、こんな鳥まで狩るなんて感心しますよ」
「お褒めにいただき、恐悦至極にございます。冷めないうちに、どうぞお召し上がりください」
俺は、フィリエさんの勧めるままにその肉に一口噛りついた。
うん。美味しい。噛み応えがあって、噛む度に肉汁が溢れ出てくる。しかも、筋っぽくないので、噛み切れないということもなく、後味もしつこくない。
そこにスープを流し込むと、口の中をさっぱりさせて、また齧り付きたくなる。
これ、いくらでも食べられるな。肉とスープがなんとも素晴らしい絶妙な調和を奏でている。
「今まで食べたのも美味しかったけど、これも負けず劣らず、美味しいですね」
「そういっていただけると、皆も喜びます」
うんうん。昨日もガロアたちと協力して砂蜥蜴を狩ったようなので、黒翼鷲もみんなで協力して狩ったのだろう。
「みんなで協力すると、達成感も一入ですしね。みんなにもお礼を伝えておいてください」
「はい。かしこまりました」
フィリエさんがいつも以上に、にこやかに微笑んでいる。
今は少し離れたところで食事をしているガロアにも、後でお礼を言っておかないとだな。
こうして俺は、充足感に満たされながら食事を終えた。
すでにガロアも食事を終えて、こちらに合流している。
今日消費した分の栄養も補充できたし、ガロアにもお礼を言ったし、もう言うことはないな。
「フェイル様。例の件をこいつらにも伝えておいた方が良くないですか?」
って、そうだった。
あまりに美味しい食事にすっかり忘れることろだった。
俺が寛ぎだしたのを見たオルフェスが気付いてくれて助かった。
「ああ、そうだったな。ガロア、フィリエさん、実は俺たち旅に出ることになって、しばらく此処に来れないかもしれないんですよ」
「え? それは急なお話でございますね。旅へのご出立は明日からなのでしょうか?」
さすがに今日の明日ということはないだろう。
それに明日の夕刻に詳細を詰める予定になっているので、その直後の夜からの出発はないと思う。
「う~ん。明日はまだ準備があるから、早くても明後日以降になると思いますけど、まだ決まってないです。決まったら念話ででも伝えますね」
「お気遣い感謝いたします。それでは、明日はこちらでお食事をされるということで、よろしいでしょうか?」
「ええ、そうですね。明日はお願いします」
「はい。では明日は、腕によりをかけてお作りいたします」
「いや。いつも通りでいいですよ。それでも充分過ぎるほど美味しいですから」
「そう言っていただけると、精進し甲斐がございます」
さて、これで今日の予定は全て終えたかな。これほど早くに終わるのは初めてではないだろうか?
俺がそう思った時、ガロアとフィリエさんが俺の前に来て跪いた。
「フェイル様にお願いの議があるのですが、よろしいでしょうか?」
「え? なんですか?」
不意に改まって聞かれたことで、無防備で返事をしてしまった。
「ありがとうございます。此処ではお話しが難しいため、場所を変えさせていただきたく存じます」
「はぁ?」
問い返したことを了承と受け取ったフィリエさんが、場所を移動する旨を告げてくる。
こうなってしまっては、今更駄目とも言えず、間抜けな声が出てしまった。
人間、油断するものではない。問題は常に油断を狙って襲ってくるのである。
って、なんでやねん! 気が休まらんわ!
横では、やれやれとオルフェスが首を横に振っているが、これって俺のせい?
そんな俺のことなど気にも留めず、フィリエさんが立ち上がると、『では、お手数をお掛けいたしますが、わたくしの後を付いてきてくださいますよう、よろしくお願いいたします』という言葉を置いて歩き出した。
俺も立ち上がってフィリエさんの後についていく。
先頭にフィリエさんとガロア、その後ろに俺、オルフェス、ネルフェア、ベルフェが続き、最後尾には白毛が混ざり始めた白狼が二体と、樹木の精が二体いる。
俺は誰もいない結界内の端で話をするのかと思っていたが、俺たちを引き連れたフィリエさんは、結界を抜けて森へ入っていった。
此処じゃないのか? 何処へ行くんだろ?
移動して話すと言われているので、俺は不思議に思いながらも黙ってついていくことにした。
それから歩くことしばし。向かっている方向から、ガロアが結界内に棲家を移す前に使っていた場所だと推測できた。俺は推測を確認しようと、オルフェスたちの方に視線を向ける。すると、オルフェス、ネルフェア、ベルフェの三柱は、互いの目を見合わせて口角を少しばかり下げると、どこか生温かい眼でガロアとフィリエを見ている。
うん? こいつら何かに気づいたのかな? 何だろ?
先程までと彼らの雰囲気が違うので、そんな気がするが、ここでそれを聞くほど野暮でもないつもりだ。
それに、彼らは特段何も言わずについていっているので、俺に事前に知らせるような内容でもない気がするしな。
そんなことを考えながら歩いていると、俺の予想通り、ガロアの以前の棲家が見えてきた。
そして、森を抜けて少し開けた場所に足を踏み出した瞬間、俺はそこに広がる光景に一瞬足が止まる。
「フェイル様。警戒しなくとも先に進んでも問題ないと思いますますよ。あいつら全員跪いてますし、それに何より、フェイル様への反意は感じられませんから」
「あ、ああ、そうだな」
俺の目の前には、四十~五十体の魔物が跪いていた。
それを見て足を止めた俺が、警戒したと思ったオルフェスが問題ないと助言をくれた。
別に警戒したわけではなく、驚いただけなのが、その助言にはありがたく感謝する。




