希望と現実
それから少し間をおいて、王様は再び顔を引き締めると、俺の方に視線を向けた。
「単刀直入にお伺いしたいのですが、フェール殿は今後どのようになさりたいか、お聞かせ願えないでしょうか?」
俺にそれを聞かれても困ってしまう。
俺の希望だけを答えるのなら簡単な話だが、状況的に難しい気がする。
とはいえ、問われている以上、庶民に答えないという選択肢はないのだが。
「俺の希望だけを言えば、冒険者になりたいです」
正確に言えば、冒険者になりたいじゃなくて、冒険者にしかなれないの間違いだが、王様に孤児の事情を話しても意味がない。
王様は、俺の返答を受けて、目を閉じるとしばらく口を閉ざした。
恐らく、ありとあらゆることを考えて、俺にどのように答えるかを検討しているのだろう。
「気を悪くせずに聞いていただきたいのだが、様々なことを考慮すると、正直なところ、それは難しいと考えております。正確には不可能ではないのですが、これを叶えるためには、フェール殿にも多少のご不便が掛かることをご了承いただくことになります」
「どのようなことでしょうか?」
難しいのは、事情聴取の時にもギルド長から聞いているので知っている。
その上で、多少の不便で冒険者になれるなら、聞く価値はあると思える。でなければ、俺は無職になってスラム街で暮らすしかなくなるのだ。まぁ、最悪、森に住むって手もあるけど。
「それをお話する前に、現状の状況からご説明した方がよいでしょう」
「はい。お願いいたします」
俺もそれは聞きたい。昨日、魔法師団長からアゼルさんの件は聞いたが、それだけだ。
牢屋にいた俺には、それ以外の情報がない。これでは、今後の話をする上で致命的だと理解できる。
王様は、俺が聞く姿勢を取ったことで、一度頷くと口を開いた。
「まず、現時点において、市井では、オルディス殿、ネルビア殿、ベルファ殿について大きく二つの噂が立っております。一つは、凶悪な魔王級の魔物というもの。もう一つは、魔王級というのは嘘で、弱い魔物ではないかとうものです。ただし、前者は、魔王級ではあるが人が従えることが可能という憶測も付随しております」
「ありがとうございます。それは概ね予想通りです。それで、どちらの意見が多いのでしょうか?」
問題はこの二つの噂が占める割合だ。前者が多いほど、俺が冒険者になる道が閉ざされる。
「前者ですな。これはアゼルが、オルディス殿、ネルビア殿、ベルファ殿を従えるために、積極的に噂を流していることも大きいようです」
「え? あ、いや、それは昨日、ガレリックさ…、んに、俺の間違いだと説明しましたけど?」
アゼルが疑われていると知って、俺は慌てて昨日説明していることを伝えた。
って、あれ?もしかして、言いそびれてる?
そう言えば、こいつらが魔王級で、アゼルは嘘をついていないことしか説明してないような…
でも、それで分かるよね?
しかし、俺の言葉に王様が首を横に振っている。
「アゼルが嘘をついていなことは確かでしょうが、現状の状況から、アゼルがお三方を従えたいと考えていることも間違いないとのことです。これは、状況証拠に加えて、ギルド長も直接本人から聞かされおります。そうだな、ロイラン」
「はい。間違いなく、本人から聞かされております」
確かに昨日も、魔法師団長がそんなことを言っていた気がする。
でもそれって、こいつらを他に従えられる者がないから、仕方なしにアゼルがそういっているんだと思っていた。
「それって、アゼルさんしか、こいつらを従えられそうな者がいないから、とかじゃなくてですか?」
「それは、私からご説明させていただきますのじゃ。まず、アゼルしか適任者がいないというのも確かですが、召喚の魔法陣が意図的に傷付けらていたこと、噂の広がり方の速さ、新人冒険者らの不自然な帰郷、アゼル本人の言、そして、フェール殿を亡き者としようとした者の存在などを勘案すると、そこには明らかに意図的な作為がござります。完全な証拠こそござりませんが、その作為の元を考えると、アゼルが一番妥当だと考えておりますのじゃ」
「私もガレリックからの話を聞いて、ガレリックの考えが妥当であろうと考えております」
俺の疑問に、魔法師団長がアゼルの策謀と考えらる根拠を教えてくれる。
王様も、魔法師団長の意見を支持しているようだ。
昨日は俺の説明をするのに必死で良く考えていなかったが、改めて並べられると、確かに不自然な気がする。
「そうですか…。分かりました。話を逸らしてしまって、すみません」
「いえ。これも今後のことをご説明する上で、重要なことですのでお気になさらず」
「ありがとうございます」
アゼルが本当にこいつらを狙っているなら、重要な要素であるのは間違いない。
それにしても、どんどん問題が積み上がっていってる気がすんだけど、どうしてこんなことになるんだ?
「さて、これらを踏まえてですが、フェール殿が冒険者になる上で障害となるのが、アゼル、それと商人と貴族の者らになります」
「商人と貴族ですか?」
「左様。我が国の恥をさらすようで心苦しいのだが、我が国の貴族と商人は我欲が強く、愚かな者が多いのです。彼らは市民であるフェール殿を意のままに操り、お三方のお力を利用できると考えておるのです」
王様が説明してくれた内容に俺は頭を抱えてしまう。
アゼルだけでもお腹一杯なのに、また問題が積み上がってしまった。
言われてみれば、その通りだ。庶民の俺が逆らえない者たちばかりだし、意のままに操れると思われて当然だ。
しかも、商人と貴族といえば、冒険者への依頼の大半を占める依頼主でもあるので、どうやったって避けられない。
「それって、なんとかならないのでしょうか?」
俺は駄目元で聞いてみる。
王様の権力でなんとかならないだろうか?
こんなことで王権を使うのも違う気がするが、そうでもしなければ防げない気がする。
「陰で動かれれば、さすがに私の力でも抑えきれません。完全に抑え込むには、フェール殿たちに護衛を付け、さらに私の信用できる従者を傍に置いてもらい、その者に他者との話を全て任せることが可能であれば、防げるでしょう。ただ、それをフェール殿に受け入れて頂くことになりますが」
「それは…、避けたいです…。もう一層のこと、商人や貴族の手の届かない場所とかないでしょうか…」
そこまでの処置をしてもらえるのは、本来ありがたいことなのだろうが、俺としては是非とも避けたい。
これでは完全に鳥籠の中の鳥になってしまう。それに、何より楽しくない。
「我が国内で、そういう場所となると、冒険者ギルドがない僻地の小さな村で、目立たぬように密かに暮らすことになりますな」
「う~ん。冒険者ギルドがないと冒険者として活動できない気がするんですけど、やっぱり無理ですよね?」
「ロイラン、どうなのだ?」
「それは、難しいかと。依頼が受けらない上に、魔物を討伐しても、冒険者ギルドでなければその報酬が支払えませんので、実質的に無理ではないかと思います」
「そうですよね…」
見知らぬ僻地の村で、目立たずに冒険者をするのは俺も難しいと思うので、反論の余地がない。
定期的に冒険者ギルドのある街まで行くか、冒険者ギルドの職員に村まで来てもらえば可能かもしれないが、そんな特別なことをすれば、どうしても噂が立ってしまう。
もうこれ、無理じゃない?
「うむ。確認している限りでは、我が国以外であれば可能な気がしますが…」
王様が困った顔で、案を振り絞ってくれる。
国外かぁ…
孤児の俺は親類縁者がいるわけでもないし、それもありなんだろうけど、でも、オルディスたちがいる以上、結局は同じことになる気がするな。問題は、こいつらが悪魔と幽鬼と死霊なのが問題なんだし…
っと、そこまで考えて、俺はあることに思い至った。
俺は、それを確認するべく、オルディスたちに念話を繋いでみる。
『なあ、お前たちって、人間に擬態できたりするか?』
『ええ、できますよ』
『はい。もちろんです』
『はい。ご用命とあらば、擬態いたします』
『分かった。ありがとう』
俺が思い至ったのは、幻術で眼の色だけでも隠せれば、誰が見ても人間に見えるんじゃないかという点だ。
その上、こいつらが幻術を使えるから、もしかしてと思ったのだ。
これが可能なら、少し希望が持てるかもしれない。
「国外なら、冒険者として活動できるんですか?」
「恐らくは。ガレリック、どうなんだ?」
「冒険者ギルドは国ごとに異なりますので、フェール様の情報も、そこまで詳細には流れていないと思われますがのぅ…、問題は、他国でも冒険者登録のためには魔物を従える必要があることでしょうな」
魔法師団長は、きっと俺が従えている魔物がオルディスたちでは難しいと考えているのだろう。
魔法師団長の懸念は尤もだ。
オルディスたちを人間に擬態させた場合は、他国で冒険者登録するときに、また魔物召喚が必要となる。
でもそれだと、再びオルディスたちような魔王級が召喚されしまう可能性の方が高い気がする。
う~ん。やっぱり無理か…
って、あれ? 待てよ。
「もし、すでに魔物を従えていた場合、冒険者登録の時に魔物召喚する必要ってありますか?」
「ロイラン、どうなんだ?」
「はい。すでに魔物を従えている場合は、再度、魔物召喚する必要はありません。ただし、この場合、我が国の国民であることと、我が国で冒険者登録されていることを、移住先の他国の冒険者ギルドに証明する必要がございますが」
あぁ、なるほど。
移住のためには、この国の国民証が必要で、さらに冒険者になるためには、冒険者登録証が必要になるなら話は変わってくる。そもそもオルディスたちを人間に擬態させても、移住できないんじゃ意味がないしな。
一難去ってまた一難だ。
「うむ。他国に移住する場合、我が国の国民であることの証明は、どの道必要であろう。それであれば、問題は冒険者の登録証と服従した魔物がおれば良いということか」
「はい。その通りでございます」
「しかし、オルディス殿たちは他国でも目立ってしまうのが、問題じゃな…。フェール殿は、もしかして何かお考えがあったのかな?」
いや、考えはあったんですけど、すでに挫折気味です。
とはいえ、他に案があるわけないので、取り合えず、考えたことだけは言ってみても良いかもしれない。
何か俺の知らない裏道みたいなのがあるかもしれないし、駄目なら駄目で、諦めもつくだろう。
「はい、実はですね。オルディスたちは人間に擬態できるんです。それと服従させる魔物にもオルディスたち以外にあてがあるので、国外ならオルディスたちを人間に擬態させて、彼らも冒険者登録できたら、国外に行くこともできるかなと思ったんです」
「それは、お三方を人間としてフェール殿と一緒に移住させるということですかな?」
「はい。そう思ったんですが、国民証と冒険者登録証が必要なら無理ですね…」
「ふむ、なるほど…。それなら、私の力でなんとかなりそうですな…」
「え?」
それって、もしかして何が方法があるってことか? それなら言って良かったってことになるけど…
なんだか、王権を発動するみたいに聞こえるんだが、気のせいかな?
「そもそも今回の一件は、我が国の国民を含めて商人や貴族に問題があるのが原因ですのでな。それくらいなら協力させていただこう。ただし、この場合、我が国内ではフェール殿を国外追放にしたことにして、国外ではフェール殿は別人として移住してもらう必要がありますがな」
「それって、俺が名前を変えて別人として移住するってことですか? でも、それだと、国外追放したはずのフェールという人間が行方不明ってことにならないですか? それに、そもそもそんなことができるんですか?」
「ふむ。万が一に備えて名前を変えてもらうのはその通りですが、国外で行方不明になっても誰も気づきません。もし、気づく者がいたとしても国外では騒ぎにはならんでしょう。それに、他国への入国時に別人として入国してしまえば、フェールという人物が国境を越えることはありませんからな。他国側も行方不明者など気にせんでしょう。それと、最後の質問ですが、普通はできませんな。当然のことながら、このことは、ここだけの秘密ということになります。外に漏れれば、最悪、国家間の問題にもなりかねませんのでな」
え~っと、それは駄目なんじゃないかな?
やることになれば絶対に喋らないが、それ以前の問題な気がする。
「いや、もちろん喋りませんが、さすがに国家間の問題になるようなことは頼めません。ご迷惑が掛かり過ぎます」
俺には利点ばかりで問題は何もないが、いつばれるかと考えると気が休まらない。
これでは、今の問題が解決したとしても、楽しさが半減する。
しかし、王様は俺の辞退の申し出に対して、ゆっくりと首を左右に振った。
「フェール殿。気を悪くされず聞いていただきたいのだが、正直なところ、我が国としてもフェール殿たちに国外へ行ってもらう方が助かるのです。先程も説明しましたが、我が国の商人や貴族のことを考えると、フェール殿を不快にせずにいることは、我が国では不可能ですからな。そうなれば、いずれ我が国は滅んでしまう。それが分からぬ馬鹿ばかりで本当に悲しい限りなのですよ」
「いえ、だからそれは、こいつらにも聞かせましたから」
俺は再度こいつらに説明していることを強調した。




