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魔王たちの主  作者: 御家 宅
第一章

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【フィリエ視点】不思議な主・後

 わたくしが目を覚ますと、辺りには朝靄が立ち込めておりました。

 このような靄が発生している時は、強い魔物、特に不意打ちなどの強襲を受けても防ぎきることが可能な魔物のみが活動を行い、それ以外の魔物は、ひっそりと身を隠して靄が晴れるのを待つのが普通です。

 そのため、通常であれば、思念体のわたくしたちとは違い、ガロア殿たちは活動されておられないはずです。


「ガロア殿、朝靄が立ち込めておりますが、晴れるまで待ちますか?」


 すでに集合場所に来られていた、ガロア殿にお声を掛けます。


「おお、フィリエ殿。いや、予定通り今から砂蜥蜴を狩りたいと思うておる。その方が、砂蜥蜴だけに絞って動けるであろうからな」

「分かりました。それでは、わたくしたちが全身全霊を持ってご支援いたします」

「ああ、感謝する」


 ガロア殿の仰ることにも一理ございます。

 強い魔物しか活動していないということは、逆に言えば、砂蜥蜴以外の魔物に途中で遭遇する可能性も減るということです。

 昨日の作戦でも、ガロア殿たちが動き易いように、わたくしたちが支援することは決まっておりました。ですので、わたくしたちがより注意を払い、ガロア殿たちの盾として動けば良いだけでございます。


「そろそろ、参加する者たちが集まってきたな」

「はい。皆、気合が籠った顔つきをしておりますね」

「ああ、心強いことだ」

「はい。わたくしもそう思います」


 それから時間を置かずに、参加する者が全員集まりました。

 やる気を漲らせた者ばかりです。

 ガロア殿は、一度全員の顔に視線を向けてから、声を発せられました。


「それでは、作戦通り各班に分かれて、探索班以外は此処で待機してくれ。それと、探索班は砂蜥蜴を見つけ次第、こちらまで連絡をすように。決して増援が来るまで、先走るではないぞ」

「探索班の樹木の精たちは、決して灰色狼の皆さんに危害が及ばぬよう、その身を挺してお守りするように」


 探索班の面々がガロア殿とわたくしの話を聞いて、真摯な顔で頷いております。


「それでは、探索班は出発しろ!」

「「「はっ! 了解いたしました」」」


 他の参加者たちが各班に分かれたのを見計らって、ガロア殿が出陣の命を発しました。

 まずは、砂蜥蜴を探すことからです。探索班は五班あり、各方面に分かれて砂蜥蜴の捜索を行います。

 探索班が無事、砂蜥蜴を見つけることができますように。全ての探索班が無事に戻ってきますように。わたくしは心の中で祈りながら報告を待ちます。この待つことしかできない時間は心労に悪いです。


「フィリエ殿。そう心配されなくても、肩の力を抜いて待ちましょう。何しろ、我らとフィリエ殿たちが手を組んで協力しているのです。この辺りで、そんな我らに傷をつけられる者など、そうそうおりませんからな」

「はい。ガロア殿の仰る通りでござますね」


 ガロア殿がお声を掛けてくださったおかげで、わたくしも落ち着くことができました。

 わたくしがこのように緊張していたのでは、皆の士気にも関わります。わたくしはもう一度、気合を入れ直します。

 そんな時、ガロア殿が意思を別の方に向けられたのが分かりました。


「! 探索班から連絡だ」


 ガロア殿はそれだけ言うと、念話に意識を集中されました。

 その後、念話を終えると少しばかり口の端を持ち上げ、嗤いながら皆の方に視線を向けます。


「砂蜥蜴が見つかった。方角は此処より西北西。皆の者は我についてまいれ!」

「「「はっ! 了解いたしました」」」


 全員がガロア殿のお言葉で動き出します。


「では、フィリエ殿は俺の背に」

「はい。ありがとうございます」


 わたくしはガロア殿のお言葉に従いガロア殿の背に座りました。

 わたくしたち樹木の精が走る速度ではガロア殿たちに追いつけません。目的の場所に思念体を作り直すにも、目的地が明確でなければ時間が掛かり過ぎます。このため、わたくしたち樹木の精はガロア殿たちの背をお借りして、共に移動することにしたのです。

 ここからは、砂蜥蜴の方に向かいながら、砂蜥蜴を狩るのに適した場所を探しての移動になります。


「ふむ。この辺りが距離的にも広さ的にも良さそうだな」

「はい。そうでございますね」


 ガロア殿が狩場に適した場所を見つけて、一旦、足を止めます。

 それに倣うように全員が立ち止りました。


「では。此処を狩場とする。誘導班は砂蜥蜴まで向かい、此処まで誘導せよ!」

「「「はっ! 了解いたしました」」」


 ガロア殿の命で、誘導班が砂蜥蜴がいる方角へ向かって駆け出しました。

 誘導班は灰色狼と樹木の精が各一名を一組として、それが八組で構成されています。

 誘導班はこの作戦において最も危険な役割です。砂蜥蜴の鼻先を牙を躱しながら走り続け、此処まで砂蜥蜴を誘導しなければなりません。そのため、不測の事態も考慮に入れて、グレド殿を指揮官に、交代しながら各二組が砂蜥蜴の鼻先を掠めるように走って此処まで誘導することになっています。しかも、この靄の中です。危険度はより一層増していると言えるでしょう。より一層の注意を払うよう申しつけておきます。


 しかし、それだけに気を配っているわけにはいきません。

 その間に、主力体も配置について準備に取り掛かります。

 ガロア殿とわたくしは、不測の事態に備えて狩りには参加せず、状況によって動くことになっております。そのため、今は特にやることもなく、主力体の面々の様子を見守ります。

 こうやって遠目に見ていると、配置について準備を始めた者たちの顔にも緊張感が窺えます。


『緊張せず、落ち着いて事に当たれ』


 砂蜥蜴がいつ来ても良いように、ガロア殿が声を発することなく念話で皆に声を掛けます。

 此処へ来る前にも思いましたが、ガロア殿は、さすが狩猟を生業とする種族の長です。こういう時でも冷静に皆へ適切な指示を出されておらることに感心します。

 本当に仲間がこの方で良かった。わたくしは、隣にいるガロア殿を見つめて、心強さを感じます。


 そして、準備も終わり、皆が姿を隠し息を潜めます。

 すでに立ち込めていた靄も晴れており、これで憂いもなく作戦に集中することができるでしょう。

 あとは砂蜥蜴が此処へ来るのを待つだけです。


 それからしばらくして、『ドスドスドス』という地響きのような足音を響かせながら、砂蜥蜴を引き連れてきた灰色狼たちが姿を現しました。

 砂蜥蜴が狩場に入ったことを確認した誘導班が、一気に速度を増してわたくしたちが隠れている前を走り去ります。

 砂蜥蜴がそれを追うように速度を上げようとしたころで、砂蜥蜴の右の前後の脚に蔦が絡まり、反対の脚の下からは一気に土が競り上がりました。

 樹木の精たちが仕掛けていた罠が発動したのです。

 ここまでは順調です。


「「「なっ!」」」


 しかし、わたくしたちの予想に反して、この作戦は予定通りの結果を得ませんでした。

 本来であれば、蔦を絡めた右脚を軸に、一気に競り上がった土の反動で左足を跳ね上げて、砂蜥蜴を仰向けにする予定だったのです。

 ところが、砂蜥蜴が想定よりも大きく、土が競り上がる勢いだけでは跳ね上げきれなかったのです。

 冷静に大きさを確認すると、昨日、オルディス様が仕留められた砂蜥蜴の一.三倍くらいの大きさがあります。

 作戦が失敗して、皆の顔に焦りが見えます。


「まだだ!」


 その時、掛け声と共にガロア殿が走り出し、競り上がった土に脚を持ち上げられている砂蜥蜴と地面の間にできた隙間に首を差し入れました。

 そして、そのまま体中の力を振り絞って、首を体ごと上へ跳ね上げます。

 これにより、皆がその光景を、目を見開きながら見つめる中、砂蜥蜴の体が浮き上がり、右足を軸に『ズドン』という音を響かせて、その巨体が仰向けに倒れました。


「今だ! 狩猟班は一気に腹を食い破れ!」


 その声で我を取り戻した灰色狼たちが四方八方から飛び出して、砂蜥蜴の腹を目掛けて襲い掛かります。

 しかし、ガロア殿の機転で再び情勢を元に戻せたと思ったのも束の間。


「危ない!」


 誰の声かも分からない叫びが、わたくしの耳を襲い、咄嗟に声のした方へ視線を向けました。

 そこには、一体の灰色狼の腹に砂蜥蜴の前足の爪が刺さっている姿が映ります。

 作戦が失敗と思ったところに、突然、ガロア殿の作戦継続の命がなされたために、冷静さを欠いていたのでしょう。本来ならば、脚の爪が届かぬところから砂蜥蜴の腹を襲うはずが、間合いを見誤ってしまったようです。


「蔓よ!」


 わたくしは咄嗟に近くの木の枝から蔓を伸ばして、その灰色狼の体に絡めると、その体を砂蜥蜴の脚から引き剝がすように引っ張り上げます。

 それが功を奏して、なんとか灰色狼の腹から砂蜥蜴の爪が抜けました。

 それに対して、砂蜥蜴が悔しそうに『グアァァァ!』と唸り声を上げて、体を暴れさせます。


「早く左足にも蔦を絡めないさい! その後、追撃を!」


 わたくしはそれだけ叫ぶと、傷付いた灰色狼の元へと駆け出しました。

 わたくしが到着すると、灰色狼がぐったりしているのが見て取れます。わたくしは急いで傷を確認します。

 そして、その傷を見て少しばかり安堵の心を取り戻しました。

 その傷は皮膚を切り裂いてはいるものの、内臓にまで到達しておらず、致命傷を免れていたのです。

 わたくしは、その傷に薬草から作った薬を塗り、薄い葉を長くしたような蔦で覆うように体を縛り上げます。

 完全に治るまでには時間が掛かるでしょうが、これで安静にしていれば治るはずです。


「ありがとうございます」

「いえ、無事でよかったです」


 傷を負った灰色狼が落ち着きを取り戻して、感謝の言葉を述べてきます。

 わたくしが、もっと早くに気付いていれば、傷はもっと浅かったはずです。それにそもそも、わたくしたちの魔法が砂蜥蜴をひっくり返せていれば、このような自体は起きなかったのです。


 灰色狼を治療したわたくしは、罪悪感に襲われながら、砂蜥蜴の方に視線を向けます。

 そこでは断末魔を上げながら絶命していく砂蜥蜴の姿がありました。

 作戦が終焉を迎えたのを確認して、わたくしはガロア殿に近付いていきました。


「ガロア殿。わたくしたちの不手際により、灰色狼殿に傷を負わせてしまい、申し訳ございませんでした」


 わたくしは、ガロア殿に深々と頭を下げて、謝罪をします。

 しかし、ガロア殿は片眉を上げて、怪訝な表情をされておられます。


「何を言っておられるのだ? それを言うなら、砂蜥蜴の大きさを連絡してこなかった我らの不手際であろう。それに、傷を負ったのも冷静さを欠いてのこと。その灰色狼を助けてくださったフィリエ殿に感謝こそすれ、フィリエ殿たちを責めるものなど誰もおりませんぞ」

「いえ、そんなことはございません。わたくしたちがもっと用心深く準備していればこのような自体にはなりませんでした」


 わたくしが再度、頭を下げると、ガロア殿は眉を下げて困った顔をされます。


「のう、フィリエ殿。我は初陣にしては上々の成果を上げたと思うております。本来なら倒せるはずのない魔物を相手にして、誰も死ななかったのです。これを大成功と言わず、何と言いましょう? それに、失敗したのであれば、この失敗を経験にして次に繋げれば良いのです。我々の協力は始まったばかなのですから。それにほれ。あれをご覧なされよ」


 わたくしは何も言えずに、ガロア殿の示す先に視線を向けます。

 そこには、灰色狼と樹木の精が喜び合っている姿がありました。中には喜びのあまり泣いている者や、抱き合っている者もいます。


「あれを見ても、まだ失敗だったと思われますか?」


 彼らは失敗に対して誰を責めることもなく、お互いを称賛して、倒せたことをただただ喜んでいました。

 わたくしの謝罪は、彼らの想いを踏み躙ることになるのかもしれませんね。


「そうでございますね。失敗は失敗として次に繋げ、今は、わたくしも喜びとうございます」

「ああ、それがよろしかろう。さて、それでは胸を張って凱旋しようではないか」

「はい。そうでございますね。そういたしましょう」


 本当にガロア殿は漢気があり、お心もお強いお方です。

 この方との共闘でなければ、砂蜥蜴を倒すこともできず、次もなかったでしょう。

 この巡り合いには感謝しかありません。


 その後、砂蜥蜴に縄の代わりに蔓を巻きつけ、それを銜えた灰色狼の皆様が、砂蜥蜴を引きずりながら、仲間が待つ始まりの地へと歩みを進め始めました。

 砂蜥蜴を引きずっているのは、探索班の皆様です。彼らが一番体力が残っていたので、この役割をお頼みしました。その周りを他の面々が取り囲みながら、胸を張って行軍しています。

 皆の顔には達成感と喜びが満ち溢れており、さながら英雄の凱旋のようです。


 わたくしたちが始まりの地へ到着すると、わたくしたちの帰りを首を長くして待っていた者たちが集まってきます。

 そして、持って帰ってきた砂蜥蜴を見て、皆が大きく目を見開きました。


「こんな大きな砂蜥蜴を倒したのか…」

「凄いな…。こんなことができるだな…」

「すごい! 俺たちにもこんなことができるんだ!」

「そうですね! わたくしたちにもできるのです!」


 その声は次第に皆に伝播し、大きな波となって辺りに響き渡ります。

 そのうち誰が発したのか、『勝鬨だ!』という声が聞こえたかと思うと、皆が一斉に『うぉぉぉぉ!』という歓喜の声を張り上げました。

 それからは、灰色狼たちと樹木の精たちが入り乱れての大騒ぎが始まりました。そこに種族の壁はありません。種族を問わず皆が喜びを分かち合っています。昨日まで別々に纏まっていたのが嘘のようです。

 賛同しなかった者たちも、わたくしたちの方を見つめて、一様に驚いた顔をしています。


 もう、誰もこの幸せを手放そうとはしないでしょう。

 これを知って、なお、これを捨てる愚か者などいようはずがありません。

 わたくしたちは、ここからさらなる高みに向かって歩みを進めるのです。

 此処から変革が、新しい時代が始まるのです。


「フィリエ殿。良い光景だな」

「はい。このような光景が見られるとは、夢のようでございます」


 この光景を見て、わたくしの中では最早、フェール様は不思議な主ではなく、輝く未来に導く先導者となっています。あの方に出会えて、わたくしたちは幸せでした。一番最初にわたくしたちにこの喜びをお与えくださったフェール様に、心よりの感謝と忠誠を捧げたいと思います。

 そしてどうか、この森が喜びで満ち溢れますように。この光景がこの森の日常になりますように。そう願わずにはいられませんでした。


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