【フィリエ視点】不思議な主・中
彼女たちの様子を見て、わたくしの想いと、彼女たちを選出したことが正しかったことを確信します。
「しかし、協力していたにも関わらず裏切られた、というような事は起こらないのでしょうか?」
「起こるかもしれませんね。しかし、裏切った種族は、それ以降、他種族と協力し合うことはできなくなります。それに、フェール様がそれをお許しなると思いますか?」
エリュナが少し不安そうに尋ねてきますが、わたくしはそんな心配などしておりません。
何も、フェール様の配下以外の種族と協力しようと言っているわけではないのです。
フェール様の配下の中での裏切りなど、絶対にあのお方たちが許すはずありません。
それに例え、フェール様の配下以外の種族と協力したとしても、もし、フェール様の配下の者たちが裏切りに遭えば、フェール様が黙っておられるとも思えません。フェール様の配下である以上、わたくしたちが協力していく限り、繁栄は約束されているのです。
「ただし、これには同胞たち全員の想いを一つにする必要があります。でなければ、共感できぬ者たちと、最悪袂を分かつ可能性も出てくるでしょう。そうなれば、種族内で諍いが起こり、協力していただいている他種族にまで影響が及ぶ可能性が出てきます。わたくしたちが裏切り者にならぬよう、それだけは避けなければなりません」
「そうですね…。種族内で争いが起こっては本末転倒になりますね。それでは、まずは、わたくしたちがガロア様たちと協力することで、その素晴らしさを示し、実績を持って皆にそれを教えていくということでしょうか…?」
さすがエリュナです。わたくしの説明だけで、わたくしの意図を理解してくれたようです。
「はい。その通りです。はっきりと言って、他種族に忌避感や恨みを持つ者もいるでしょう。しかし、それを断ち切らねば、いつまでもこのままです。繁栄が分かっているのに、今更それを遮る確執は不要です。衰退の道を選んではなりません。これからを考えれば、そんなことに時間を割く余裕はないのです。ただし………」
わたくしは、そこで一旦言葉を切って、強い意志を込めて、ユシェル、エリュナを見つめます。
「ただし、これには強い意志と信念が必要です。ユシェル、エリュナ。わたくしは、あなたたちならやり遂げてくれると思い、あなたたちを選出しました。わたくしと共にやってくれますね?」
「「はい。お任せください! 必ずやその夢のような世界を勝ち取ってみせます!」」
彼女たちが、力強く返事をしてくれます。
わたくしは、少しばかり安堵感を抱き肩の力を抜きました。
これで第一関門突破です。
「それでは、あなたたちには、わたくしと一緒に、ガロア殿たちとの作戦会議に参加してもらいます。くれぐれも自己主張に拘ることなく、協力してより良い作戦を立案することを目指してください」
「「はい。分かりました」」
こうして、わたくしたちは、月桃の種が植えられた場所に向かって歩き出しました。
そこから、わたくしたちの輝かしい未来が始まるのです。フェール様が月桃の種を植えられた場所は、それに最も適している場所と言えるでしょう。
「ガロア殿、お待たせいたしました」
ガロア殿たちは、わたくしたちより少し前にお着きになっておられました。
さすが、わたくしたちよりフェール様を見ている時間が長いだけあります。説得の時間も短かったようです。
「いや。それほど待っていないので、気にされることはない」
「ありがとうございます」
わたくしとガロア様は簡単な挨拶を交わし、円陣を組んで座りました。
「わたくしはフィリエと申します。この度はよろしくお願いいたします。そして、こちらの者たちは、この作戦立案に参加させていただくユシェルとエリュナでございます」
「ユシェルと申します。この度はよろしくお願いいたします」
「エリュナと申します。この度はよろしくお願いいたします」
まずは新参のわたくしたちから自己紹介を行います。
「ふむ。よろしくお願いする。我はガロアと申す。こちらの者たちは、ルガンとグレド。我の信用する腹心たちです」
「ルガンと申します。この度はよろしくお願いいたします」
「グレドと申します。この度はよろしくお願いいたします」
「ご丁寧にありがとうございます」
ルガン殿とグレド殿は、体毛に所々白毛が混ざっているので、まだ白狼になりたての個体だと思われます。
「それでは、まずはお互いの得手不得手から共有して、その後、作戦を立案するという流れで良いかな?」
「はい。それでよろしいかと思います」
自己紹介も終わり、ガロア殿が提示くださった流れに、わたくしも賛同しました。
お互いの得手不得手を共有するというのは、魔物においてお互いの弱点や手の内を曝け出す行為に他なりません。これは、魔物の世界では死に直結する愚行とされています。
しかし、そんなことを言っていては、協力など不可能なのです。お互いに補い合えなければ、協力する意味すらないのですから。
「では、先にわたくしたちからお話しさせていただきます。わたくしたちは、思念体故、武器を扱うことができません。このため魔法か素手、もしくは、木々の力を借りた蔦などで相手を絡めとる戦闘が主となるため、魔法が通じぬ相手には、攻撃力が足りません―――」
わたくしは、自分たちの弱点や奥の手を包み隠さず詳らかにガロア殿たちにお教えしました。それを聞いて、ルガン殿とグレド殿が最初は驚かれておりましたが、わたくしの話を聞くうちに、わたくしの覚悟を理解されたのか、次第に引き締まった表情に変わっていきました。
その後、ガロア殿が自分たちの弱点や奥の手をお教えしてくださいます。このお話を、わたくしを筆頭にユシェルとエリュナが真剣な眼差しでお聞きします。
お互いの得手不得手を曝け出し合ったことで、自然と仲間意識が湧いてきます。これで何があっても、わたくしたちとガロア殿たちは運命を共に歩むことになるのだと、改めて実感します。
そして、お互いがお互いの認識を深め合った後、今回の砂蜥蜴を倒すための立案に入りました。
最初は皆が遠慮がちに意見を述べていたのですが、そのうち誰かの案に対して、それを補いさらに良い方法へと昇華させるための案が出始めました。それを契機に『では、この方法もあるでは』『こうしてみるのは如何でしょう』といった意見が飛び交い始め、皆の熱が高まり次第に白熱化していきます。ただ、白熱といっても言い争いではありません。より良い作戦を目指して、皆が一体となって意見を出し合っているのです。
しかし、これは良いことばかりではございませんでした。皆が話し合いに白熱していたせいでしょう。いつの間にか、わたくしたちの周りに他の者が集まり始めておりました。もう少し早く気付けていれば、元の場所に戻り近付かないように指示を出せたのですが、ここまで集まってしまえば、それもできません。それに既に、わたくしたちの話を一部、聞かれてしまっています。追い払っても今更でしょう。
わたくしは、集まっている者たちの顔を見渡します。
集まっている者たちの表情には、大きく分けて三種類ございます。一つ目は興味深気な表情。二つ目は不思議そうにしている表情。そして最後は、困惑と怪訝な表情をした者たちです。
一つ目と二つ目は問題ありませんが、問題は三つ目です。これを今放置するのは良くない気がいたします。
「フィリエ様。この者たちに、先程、わたくしたちにお話しくださった内容を話されては如何でしょう?」
ユシェルがわたくしたちと同じことを思ったのか、提案をしてくれます。
本来であれば、これは彼女たちを主体に進める予定でしたが、そうも言ってはいられなさそうです。
わたくしは覚悟を決めて、すっと立ち上がりました。
「お前たち、これからフィリエ殿が重要なお話しをされる。お前たちも心して聞け!」
わたくしが立ち上がったのを見て、即座にガロア殿が灰色狼たちにも、わたくしの話を聞くように命じられます。
この場に全員が集まっているのです。各々で話すより、ガロア殿かわたくしのどちらかが代表して話す方が良いでしょう。
今は、既に立ち上がっているわたくしが適任なのは理解するのですが、些か緊張します。
わたくしは、一度、ここに集まっている者たち全てに対して視線を向けました。
それから一呼吸おいて、ユシェルたちに話した内容を真剣な顔つきで話し始めます。
次第に、わたくしの聞いている者たちの顔にも変化が現れました。興味深気か不思議そうにしていた者たちの眼には輝きが、困惑と怪訝な表情をしていた者たちは、より怪訝に変わっていきます。
そして、わたくしが話し終わると、怪訝な顔している者の一体が立ち上がり、声を発しました。
「わたくしは姉妹を他種族に殺されております。とても協力などできません」
この者が声を発したことで、『そうです』『俺もだ』といった声が上がり始めました。
これだけ多くの者が声を上げると、この森でどれだけの争いが行われてきたかを再認識させられます。
「其方らは、フィリエ殿の話を聞いて、この先の未来に希望を感じなかったのか? 思ったのは、それだけか?」
ガロア殿も立ち上がり、その声を発している者たちに問われます。
「そ、それは…」
「しかし…」
彼ら、彼女らの反応を見て、少しは感じ取るところがあったのだと理解して、胸を撫で下ろします。これなら、この者たちが前に進めずとも戻ることはなさそうです。
「では、あなた方に、一つお尋ねます。あなた方は、あなた方が今抱える憎しみや辛さを子孫に残したいですか? あなた方は、子孫にもあなた方と同じ想いをさせたいですか? あなた方が他種族との壁を持ち続ける限り、子々孫々までその想いが、その辛さが続くのです。あなた方はそれを望むのですか?」
わたくしに問い掛けられた者たちが、眼を見開いた後、一様に顔を伏せます。
わたくしが言った事は、歴然とした事実です。幾何の時を重ねても、この森から争いは消えず、憎しみや辛さはより濃さを増してわたしくたちを蝕んでいるのです。これを断ち切らぬ限りこれは永遠と続くのです。
「…子孫には、子供たちには同じ想いはさせたくありません…。し、しかし…」
「わたくしも残したくはありません…。ですが…」
わたくしに問われた者たちが、拳を握り、歯を食い縛りながら、言葉を紡ぎます。
子孫には残したくないが、だからといって恨みを忘れることはできないということでしょう。
「わたくしも他種族との戦いで子を亡くしています。ですので、あなた方の気持ちも痛いほど分かります。無理に協力してくれとは申しません。ですが、何処かで断ち切らねば、永遠にこの想いが引き継がれていくのです。どうか、協力する者たちを遮る言動だけは控えていただきたいのです。そしてどうか、これからの時代を歩む者たちの姿を見てください。見続けてください。それでもし、協力しても良いと思えたのなら、わたくしたちはいつでもそれを歓迎いたします」
「それなら…」
「それでよければ…」
彼らの想いも理解できます。今は進む者の邪魔をしなければ充分です。彼ら彼女らも、きっといつか理解できる日が来るはずです。そして、未来に目を向けられる日もきっと訪れるはずです。
「それでは、これより作戦会議を再開する。賛同する者は此処に残って意見を述べるがいい」
ガロア殿の言葉でわたくしも座り直しました。
今は此処から立ち去って同胞たちだけで集まっている者もいますが、大半が残っています。
それに、立ち去った者たちも、こちらを意識していることを感じます。
それからは、今まで周りで眺めていた者たちも声を発し始めました。
これだけの者が意見を述べるのです。纏まる意見も纏まらないのではと思いましたが、わたくしの考えは杞憂に終わりました。皆が皆、より良い作戦に向けて意見を述べたことにより、意外とすぐに作戦が纏まったのです。
その後、この作戦に参加する者の選出が行われたのですが、寧ろ、そちらの方が混沌としたくらいです。全員が作戦に参加したいようで、逆にその中から選ぶ方が難しかったのです。ですが、これも喜ばしい悲鳴です。
「ふむ。これで、作戦と参加する者が決まったか?」
「はい。問題なさそうですね」
わたくしは、再度、頭の中で作戦と参加者を思い浮かべ、漏れがないかを確認しましたが、漏れはなさそうです。
「では、この作戦は明朝より開始する! 皆の者、それまでに準備と自分の役割をしっかりと復習しておくように」
「「「はっ! かしこまりました」」」
「「「はい、承りました」」」
皆の者がガロア殿の言葉に了承の意を返します。
これではまるで、ガロア殿が皆の主のようです。わたくしはくすりと声を出して笑ってしまいました。
「うん? フィリエ殿。どうされた?」
「いえ、わたくしたちの同胞もガロア殿の言葉に従ったのが、嬉しくなりまして、つい声を出してしまいました」
「ああ、そういうことか。これも協力の成果であると考えれば、嬉しくなるな」
「はい。その通りでございます」
「うむ。これもフィリエ殿が皆に話をしてくださったおかげだ」
「いえ、滅相もございません。それを言うなら、ガロア殿のご支援も大きかったです」
わたくしとガロア殿は、お互いの顔を見つめて微笑み合います。
「では、我らも明日に備えて休もうか」
「はい。そうでございますね。明日はよろしくお願いいたします」
「うむ。ころらこそ、よろしくお願いする」
ここからです。これがわたくしたちの第一歩となるのです。そして、この森の変革の第一歩でもあるのです。
わたくしたちは、それぞれの仲間の元に戻りました。しかし、それも今だけです。この先、そう遠くない未来、わたくしたちが戻る先には、多くの種族が入れ混じっていることでしょう。
わたくしは、そんな未来に胸を馳せ、しばしの休息に入りました。




