冤罪回避の説得
「ふむ。それでじゃ、今後についてなのじゃが、儂らは明日、陛下とお目通りして現状を報告する予定じゃ。そこで、陛下のご協力を得られれば、その足で、アゼルを法廷に掛けようと思うておる」
俺はそれを聞いて焦りを感じる。
それはまずい。何しろアゼルは嘘をついていないのだから。
ただ、アゼルが法廷に掛けられる前に話を聞けたことに胸を撫で下ろしてもいる。
「あの、その話の前に、俺からの情報を聞いてもらえますか? その話にも関係するんで」
「うむ? なんじゃ? 其方は此処におったのに、情報があるというのか?」
魔法師団長は、俺が情報を持っているということを訝しんでいる。
まぁ、そうなるよね。普通、牢屋の中で情報が得られるはずなんてない。
「はい。情報といっても、外から得たものじゃなくて、こいつらに聞いた情報なんですが」
「魔物たちが、今回に関係する情報を持っておるというのか?」
俺は、後ろで座っているオルディスたちを示しながら情報源を開示する。
しかし、魔法師団長は納得した様子を見せず、訝しさを増した。
「はい。アゼルさんに関したことではなくて、もっとこの一件についての根本的な内容です」
「根本的じゃと?」
魔法師団長は、俺の説明で訝しさが消えて、疑問を浮かべる表情に変わる。
「はい。それで、話をしてもいいですか?」
俺の再度の問いかけに、魔法師団長が騎士団長とギルド長に交互に視線を向ける。
それに答えるように、騎士団長とギルド長が頷いた。
「うむ。それでは、その情報とやらを聞かせてくれるか?」
「はい。分かりました…」
魔法師団長たちから了承を得られたことで、俺は口を開こうとして、今更ながらに話し方が整理できていないことに気がついた。
以前は、勢いのままに魔法師団長たちを呼んでもらうように叫んだが、いざ、話をするとなると、話せない内容や信じてもらえないような内容が多すぎて、何から話すべきか纏まらない。
俺は一つ深呼吸をして、まずは結論から言うことにした。
「え~っとですね。実は俺、魔王級並に強くなっているようなんですよ」
「「「は?」」」
俺の突然の告白に、魔法師団長を筆頭に驚きの顔をする。
これは、内容に対する驚きというよりは、俺の気が狂ったのでは、という驚きのような気がする。
「フェールよ。今は真面目な話をしておるのじゃ。冗談は良いから、本題を話してくれ」
魔法師団長の言葉は穏やかに聞こえるが、内心、怒っているように見受けられる。
「いえ、これは冗談ではなく、本当のことなんです」
「…其方、人間が魔王級並に強くなると思うておるのか?」
俺は殊更真面目な顔で、冗談ではないことを告げる。
それを見て、魔法師団長から怒りこそ感じられなくなったが、俺の正気を問い質してきた。
これまで、魔王級と対等に渡り合えた人間は存在しない。もし、魔王級と対峙することがあっても、それは個人ではなく、国の総力を上げてのことだ。それでも、魔王級に勝てた例はないらしい。
「いえ、俺もそんな話は聞いたことがないです。それに、俺も未だに夢を見ているような気分なんです」
「それを信じろというのか?」
う~ん。まぁ、信じるのは難しいよね。
当事者の俺ですら、森で魔物を狩るまでは信じられなかったのだから、他人が信じられるはずがない。
とはいえ、此処で俺の力を示すわけにはいかないし、どうしたものか…
俺が説明の仕方を思案し始めた時、俺の頭の中にオルディスの姿が浮かび上がった。
『なんだ? 俺は今、説明の仕方を考えるのに忙しいんだけど?』
『それなんですけど、俺が説明しましょうか?』
どうもオルディスは、俺が説明の仕方で悩んでいることを察して念話を繋いできたようだ。
『え? お前が? できるのか?』
『はい。大丈夫だと思いますよ』
俺はオルディスの提案を吟味する。
俺が強いことを理解できたのは、オルディスの説明によるものだ。それに、オルディスはあらゆることを知っているので、魔法師団長たちからの質問にも即座に答えることができそうな気がする。
これは、任せても大丈夫なんじゃないか?
『じゃあ、オルディス、頼めるか?』
『はい。分かりました』
俺は、オルディスとの念話を切ると、顔を上げて魔法師団長に視線を向ける。
「え~っと、この話なんですが、こいつに説明をさせてもいいですか? 俺よりはちゃんと説明できると思いますので」
俺はオルディスを指し示して、選手交代を願い出た。
これを受けて、魔法師団長が再び騎士団長とギルド長に視線を送っている。
「これが彼らからの情報だというのなら、本人に話させても良いんじゃないか?」
「ええ、そうですね。話に誤りがあったらフェールが訂正するでしょうしね」
騎士団長とギルド長が俺の申し出に賛同してくれる。
特に騎士団長は、訓練場の時から俺たちに気を遣ってくれていたから、感謝の気持ちでいっぱいになる。
「ふむ。そうじゃな。良いじゃろう」
魔法師団長の了承も得たので、俺はオルディスに視線を送って説明を促した。
オルディスは俺の視線に頷くと、魔法師団長たちの方を向いて、口を開く。
「それじゃあ、フェール様に代わって俺が説明させてもらおう。それで、最初にだが、俺の名はオルディス。冥界で死霊の国の王をしている。そして、赤い服を着たのがネルビアで、彼女は冥界で幽鬼の国の王だ。最後に黒い服を着たのがベルファ。俺たちと同じく冥界で悪魔の国の王をしている」
オルディスに紹介されたネルビアとベルファは微笑みを浮かべながら、軽くお辞儀をする。
しかし、オルディスの自己紹介を聞いた魔法師団長たちは、大きく目を見開いて固まってしまっている。
「しかし、俺たちが冥界の王だと言っても、それだけは信じられないだろう。そこでだ」
オルディスが『そこでだ』という言葉を発すると同時、俺の頬を爽やかな風が撫でた。
それと同時に魔法師団長たちの方がびくりと跳ねて、小刻みに震え出した。
俺もさすがに三度目となると、俺の頬を撫でた風の正体がなんなのか理解できる。
「なぁ、オルディス。なんで覇気を出してるんだよ。皆さん怯えてるだろうが」
「すみません。これが一番分かりやすいと思いまして。それより、フェール様。覇気が見えるようになったんですか?」
俺がオルディスを注意しているのに、オルディスは説明を放り出して、逆に尋ねてきた。
オルディスも含めてだが、こいつらは、どうにも俺を中心に行動する傾向があるのが残念なところだ。
「見えてないよ。ただ、俺の頬を風が撫でたから、そうじゃないかと思っただけだ。それより覇気を解いて、説明を続けてくれ。今は説明の方が大事なんだから」
「はっ! 申し訳ございませんでした」
俺が再びオルディスを注意すると、彼はおとなしくそれに応じてくれる。
「これで、俺たちが冥界の王だと理解できたか?」
オルディスは再び魔法師団長たちの方に顔を向けると、彼らに問い掛けた。
これに、魔法師団長たちは怯えながら、首を大きく縦に振って答えている。
「では、ここからが本題だが、フェール様が俺たちより強いということを説明させてもらう」
このオルディスの言葉にも魔法師団長たちは無言で首を縦に振り続ける。
どう見ても魔法師団長たちは怯えたままだ。
覇気を見ると人ってこうなるのか、という思いと、何故覇気を発した、という思いが交差する。
ちゃんと魔法師団長たちは話を聞けているのだろうか?
俺なら頭に入って来ない自信があるので、申し訳ない気分になる。
「さて、お前たちはフェール様がベルファの体を殴って弾き飛ばしたのを聞いていると思うが、俺たちの命を賭けて、それが真実だと証言しておく。だが、本来、人間が俺たちの体を弾き飛ばすなど不可能だ。しかし、実際に弾き飛ばした事実がある以上、それが人間の力では不可能であることも証明しておいた方が良いだろう。本当であればフェール様に再度殴ってもらうのが良いのだが、それではベルファが消滅してしまう恐れがあるので、勘弁してくれ」
オルディスが矢継ぎ早に言葉を紡いでいく。
しかし、それに言葉を差し挟むことなく、変わらず魔法師団長たちは終始無言で首を縦に振り続けていた。
「ガレリック様。もし何か分からないことがあったら、質問してくださいね」
俺は、このままでは一方的にオルディスが話して終わってしまう予感がして、魔法師団長に声を掛けた。
「…あ、ああ…。フェールよ。大丈夫じゃ」
魔法師団長は、俺の声を聴いて我を取り戻したのか、一呼吸おいて声を発した。
「オルディスも、一方的に話すんじゃなくて、ちゃんと皆さんの意見も聞いてくれ」
「はい。了解いたしました」
ちゃんとオルディスにも釘を刺しておく。
これで、少しは真面な話し合いになってくれたら助かる。あくまで必要なのは魔法師団長たちの納得なのだから。
「ガレリック様。話を続けさせても良いですか?」
「ああ、頼めるか」
俺の言葉で、魔法師団長たちが背筋を伸ばして襟を正した。
心の中までは分からないが、見る限り魔法師団長たちは平静を取り戻しているように見える。
俺は視線でオルディスに続きを促した。
「それでは、ベルファ。すまないが、鉄格子に背中を預けてくれるか」
「ええ、分かりましたよ」
ベルファは、オルディスの依頼を了承すると、立ち上がって腕を組み、鉄格子に凭れ掛かった。
それを確認して、オルディスが騎士団長に視線を向ける。
「アルノルトだったか…。腰に備えている剣でも拳でも良いので、ベルファを全力で攻撃してみろ。ああ、何かあっても俺たちは手を出さないので、心配しなくても大丈夫だ」
騎士団長は、それを予想していなかったようで、目を見開いて魔法師団長たちに視線を向けた。
魔法師団長たちも、それに力強く頷いて答えている。
「では、そうさせてもらおう」
騎士団長は椅子から立ち上がると、腰から剣を抜いて腰を落として構えた。
全力でと言われたことに応じるように、全身から気合が感じられる。
騎士団長は、大きく息を吸うと、気合と共に充分に溜めた筋力を一気に解き放って剣を突き出した。
「はぁぁぁぁ!」
しかし、その剣先がベルファに当たると同時に、『ガキンッ!』という甲高い音を立てて、弾き返された。
全力で剣を突き出したせいか、その剣は騎士団長の手から離れ、カランカランと床を転がっていく。
騎士団長が腕を抑えているので、きっと腕が痺れて手放してしまったのだろう。
もちろん、ベルファは微動だにしていないし、体に傷もついていない。
「これで、フェール様がベルファを弾き飛ばした力が、どれ程のものか理解してもらえたかな?」
「…ああ、理解した」
この問いに、騎士団長は悔しそうに頷いている。
一方、魔法師団長とギルド長は、目を見開いてそれを見つめていた。
俺がベルファを弾き飛ばしているので、もしかして騎士団長でも可能かもと思っていたのかもしれない。
「では、もう一つ。これが何かわかるか?」
オルディスは掌の上に魔法陣を構築すると、今度は魔法師団長の方に視線を送る。
その魔法陣は俺も知っている。訓練場でオルディスたちと闘った際に見たものだ。




