待ち望んだ訪問者
森での食事や作業分担も定着してきた翌日、俺はいつものように牢屋のベッドで目覚めた。
「フェール様。おはようございます」
このネルビアの挨拶で俺の一日が始まる。
此処での生活が濃厚過ぎて、もうすでに此処が俺の住まいかのように錯覚してしまう。
「ああ、おはよう」
俺はいつもの如く、起き上がってオルディスとベルファにも挨拶をしてから、顔を洗って身なりを整えてベッドに腰掛けた。
「オルディス。そういえば、念話って複数人でする場合、どうすればいいんだ?」
ふとした疑問をオルディスに尋ねてみる。
差し当たって必要というわけでもないが、できれば便利だと思ったからだ。
それに、オルディスはガロアを従える時に、ベルファたちと念話して時間を調整していたようだし、複数人でもできるのではないかと考えたのだ。
「それでしたら、複数人を重ねるように思い浮かべて、それに念を飛ばせば複数人に同時に繋がりますよ。俺が繋げてみましょうか?」
「ああ、頼めるか」
「ええ、分かりました」
オルディスが了承した途端、俺の頭にオルディスとベルファ、それにネルビアの姿が浮かんだ。
なるほど。誰かが複数人に繋げると、相手の頭の中にも繋がっている相手が浮かび上がるのか。
その中でも、オルディスの姿が一番鮮明に映し出されている。
『オルディス。お前の姿が一番鮮明に映ってるけど、これが念話繋げた者ってことか?』
『ええ、そうです』
『さすが、フェール様。ご理解が速いのですね』
『ネルビア。何を言っているのですか?フェール様なのですから、当然ではありませんか』
うん。念話の中でもネルビアとベルファの馬鹿さ加減は健在だ。
『ありがとう。助かったよ』
『いえ、何かありましたら、いつでも仰ってください』
『ああ、そうさせてもらうよ』
俺はここで念話を切った。切り方も全員の姿を頭の中から消せば簡単にできた。
これで、いつでも必要な時に秘密の会議ができる。
これから何が起きるか分からない今、備えあれば憂いなしである。
ガロアやフィリエさんとも話ができるようになったし、念話もできるようになって、充実感が俺を満たす。
「フェール様。今日は森で何をなさるのですか?」
ネルビアが予定を聞いてくるが、俺には思い当たることは何もない。
ネルビアは何かしたいのだろうか?
「うん? 何も予定はないけど、何かあるのか?」
「それなら、森を探索するのは、どうでしょうか?」
う~ん。こいつの狙いが分からない。
ネルビアは俺の寝顔を一晩中眺めているような変わり者なので、俺の護衛に飽きて暇を持て余しているということはないだろう。
ただ、冒険者を目指している俺としては、魅力的な提案でもある。
「でも、森を探索したら、また配下が増えたりしないか?」
「その可能性はあるでしょうね。全て殺してしまえばそうならないでしょうが、フェール様は降参されたり、話しかけられたりしたら、放っておかれないでしょう?」
「まぁ、そうだな…」
オルディスが、俺のことを理解していることを心強く思う反面、先読みされていることに焦ってしまう。
俺って、そんなに分かりやすいか?
「話を聞いた結果、配下が増えることになると思いますよ」
さすがに俺も、そこまでお人好しではないつもりだ。
とはいえ、オルディスの言うことも当たっている。頼みを拒否することはあっても話だけは聞くと思う。
「う~ん。今回は止めとくか」
オルディスに言われて俺も自信がなくなってきた。
フィリエさんの前例もあるので、ここは探索しない方が安心だろう。
「そうですか…。フェール様の威光を知らしめる良い機会だと思ったのですが…」
俺の決断に、ネルビアが悲しそうに肩を落とした。
まぁ、そんなことだと思ったよ。きっと昨日の話を引きずっているのだと推測できる。
「ネルビア。俺は王になるつもりはないし、お前らもそのつもりでいてくれ」
「はい。分かりました…」
ネルビアがまだ納得していないようなので、俺の想いを知ってもらうために、俺は言葉を重ねるように口を開く。
「俺はみんなと楽しく過ごしていきたいだけで、王とかそんな面倒そうなのは遠慮したいんだよ。その方が自由にいろんなことを楽しめるだろ。もし、王にでもなって忙しくなったら、お前らともたくさん話せなくなるのは嫌だしな」
「フェール様…。わたくしたちのことをそのように想っていてくださったのですね」
ネルビアが上目遣いに嬉しさを溢れ出しながら、見つめてくる。
うん。やっぱりネルビアにはこういう言い方が効果的だな。別に嘘ではないし、本心なので俺の心も痛まない。
オルディスが俺のことを分かっているように、俺もこいつらのことを分かってきているのだ。
「ああ、だから、俺を王にしようなんて思わないでくれよ」
「分かりました!」
ネルビアが俺の最後の駄目押しに、元気に答えてくれた。
これで少しは安心だろう。
その時、コツコツと、こちらに向かって歩いてくる足音が聞こえてきた。
夕飯の時間にはまだ早い。しかも、足音は複数人いるように聞こえる。
俺たちが不審に思って鉄格子の方を見ていると、そこに見知った顔の三人が現れた。その後ろにも二人ほど騎士の方がいる。
俺は慌てて鉄格子まで近付くと、膝を折って跪いた。
オルディスたちは、俺がいた場所の前に座ったままこちらを眺めているだけで動こうとはしない。
彼らは魔法師団長たちに忠誠を誓ったわけではないので仕方ないのだが、少しは俺に倣って一緒に跪いてくれればと思わなくもない。ただ、彼らは一国の王であり、俺の事情に巻き込むのも気が引ける。
「ガレリック様、アルノルト様、ギルド長、お久しぶりです。今日は皆さんで、どうされたのですか?」
「フェールよ。そう畏まらんでも良い」
「ありがとうございます」
魔法師団長の言葉で肩の力を抜く。それでも跪いたままだが。
「今日は現在の状況と、今後のことを相談したくて来たのじゃ」
「何か進展があったのですか?」
「ふむ。ここではなんじゃし、前に話した場所に移動しても良いかの?」
どうやら誰かに聞かれると良くない話のようだ。
そういうことなら移動しても問題ないのだが、ただ、今後のことを相談するなら彼らも同席させてほしい。
「移動するのは良いのですが、こいつらを同席させてもらえませんか?」
俺は後ろでこちらを眺めているオルディスたちの方を視線で示す。
「魔物をか? うむ。どうしたものかの…」
「ガレリック、良いんじゃないか。今後のことを相談するなら、彼らにも関係するだろう。知っておいてもらう方が俺たちとしても都合が良くないか?」
顎を撫でながら思案し始めた魔法師団長に対して騎士団長が俺の言葉を後押ししてくれた。
「そうじゃな…。こやつらは喋れるんじゃったな。それなら知っておく方が良いか。だが、そうなると前に話した場所は手狭じゃな」
「それなら、ここで話せばいいんじゃないか? 他の者がここへ入らなけば、俺たちだけだからな」
「ふむ。そうじゃな。では、アルノルトよ。ここへの出入りを禁じてくれるか?」
「ああ、分かった。バルア、ここに誰も入らぬよう封鎖してくれ。ヘイズは椅子を持ってきてくれるか」
「「はっ! 了解いたしました」」
騎士団長の指示で、バルアとヘイズと呼ばれた騎士がこの場を去っていき、ほどなくして、ヘイズと呼ばれた騎士が何処からか椅子を持ってきた。
「ヘイズ。お前も、バルアと一緒に見張ってくれ」
「はっ。了解いたしました」
騎士団長は、ヘイズにも見張りを命じて、彼が去っていくのを見届けると、椅子に腰掛けた。
魔法師団長とギルド長も騎士団長と同様に、椅子に腰を下ろした。
「フェールよ。お前も脚を崩して座っていいぞ。それと、彼らも集めてくれるか?」
「分かりました。おい、お前ら、こっちに来て話を一緒に聞いてくれ」
俺は脚を崩して座り直すと、上半身だけを後ろに向けて、オルディスたちを呼んだ。
「「「はい、承りました」」」
彼らは一様に丁寧な言葉で返事をすると、俺の後ろに腰を下ろした。
話の場が整ったことを確認して、魔法師団長が口を開いた。
「ふむ。其方の近況も聞きたいところじゃが、時間がのうてのう。先に儂らの方で調査した結果と、今後の方針を話させてもらうが良いか?」
俺の方にも情報もあるが、その前に、俺も魔法師団長たちの情報を先に聞いておきたい。
俺が先に話すと全てが振り出しに戻ってしまい、魔法師団長たちの情報が聞けなくなる可能性がある。それによって情報が不足してしまい、正しい判断ができなくなることは避けた方が良い。
「はい。それで構いません」
「ふむ。では、早速じゃが―――」
そこから語られた内容は、訓練場の魔法陣に何者かによって傷がつけられていたこと。アゼルがオルディスたちを従えようとしていること。アゼルが訓練場から一緒に出てきた冒険者たちとギルドの受付嬢が故郷へ帰ったこと。その帰省にアゼルが関与していることなどが順に語られた。
俺はその話から、アゼルがまだ罪に問われていないことを知って、ほっと胸を撫で下ろした。
「それでだ。お前に毒を盛ろうとした騎士がいたことは謝罪する」
魔法師団長の報告が終わるのを見計らって、騎士団長が頭を下げてきた。
どうやら騎士団長は知っていたようだ。だとすると、その騎士はもう掴まっているのだろうか?
魔法師団長の報告には毒についての話はなかったので、騎士団長が話す予定だったのだろう。
「いえ。それは食べる前に回避できたので、大丈夫です。でも、その騎士は掴まったんですか?」
「うむ。フェールが回避してくれて助かった。それで、その騎士だがまだ捕えてはおらん。今は目的や関与する者を探るために泳がしているところだ」
なるほど。尾行を付けて監視してるってことか。これ以上問題を起こさないのであれば、捕らえて尋問するより有効かもしれない。
その騎士について話を聞いたところ、俺を毒殺しようとした騎士は貴族の息子らしい。しかも、副騎士団長という立場で、名がデルアックということも教えられた。
そういうことなら、猶更捕え難いのも理解できる。
「分かりました。これ以上、害がないなら俺は問題ありません」
「その言葉に感謝する。毒が盛られた翌日以降は、俺の信用できる者に監視させていたので、毒は盛られていないと思うが、大丈夫なようだな」
騎士団長は俺の元気な姿を見て、毒の混入は最初の一回以外は防げていると思っているようだ。
う~ん。これ、何気に返答に困るやつだ。
実際には、翌日以降のここでの食事は確認する前に捨てているので、混入されていたかは分からない。
俺が元気なのも森で食事をしていたからなのだが、それを言うわけにもいかないので、どうしたものか…
「はい。おかげさまで美味しくいただいています」
「それは良かった」
考えた結果、無難な答えを返す。これなら問題ないだろう。
毒を盛られたおかげで、森で美味しく食べられているのだから、嘘ではない。




