月桃の播種
その後、フィリエさんが食事の輪に加わって、俺たちは美味しく楽しい一時を過ごした。
言うまでもなく、スープは、俺が今まで食べていた物はなんだったのかと思うぐらい美味しかった。砂蜥蜴の身もいい仕事をしていた。スープの味わいを壊すことなく、スープの旨味を引き立てていたし、身も適度に噛み応えがあり、噛めばほろほろと解けて肉汁が口の中に広がり、フィリエさんがスープに入れれば美味しいといった言葉通りに、スープのために産まれてきたのではと思えるほどだった。
本当であれば、ガロアも誘ってやりたのだが、あいつは生肉を食すので諦めてもらった。このため、ガロアは他の灰色狼たちと一緒に食事をしており、樹木の精たちも一箇所に集まって楽しそうに歓談していた。
「あ、そういえば…。フィリエさん。これ渡しておきますね」
俺は食事の後、まったりした時を過ごしながら、昨日のことを思い出して、フィリエさんに月桃の種を差し出した。
「これは?」
フィリエさんは月桃の種を見て、不思議そうに尋ねてくる。
フィリエさんが月桃の種を知らないはずはなし、俺が持っている理由も分かっているだろう。このため、別の意味での問い掛けだと推測できる。
「人間の国に植えるわけにもいきませんし、何より、フィリエさんたちの王が宿るかもしれない種を勝手に植えるのもどうかと思って、フィリエさんに返しておこうかなと思ったんですよ」
「そういうことでございましたか。それならお気になさらずとも、フェール様のお好きなところに植えていただいて問題ございません」
フィリエさんは月桃の種を受け取ることなく、俺の好きにしていいと返してくる。
「でも、もし、その種から育った木に王が産まれたら大変なことになりませんか?」
「ご心配には及びません。いずれかの一本で王の意識が芽生え始めると、他の木で意識が芽生えることはございません。ですので、その種が育っても、月桃に実が取れるだけで、王が産まれることはございませんので、御安心して植えてくだされば、その種も喜びます」
なるほど。どういう仕組かは分からないが、王は同時に一体しか産まれないということらしい。
すでに昨日、オルディスが結界を張った月桃の木に意識が芽生えていたので、他の木に宿ることもないだろう。
それなら安心して植えられそうだ。ただ、人間の国には植えられないので、場所は考えなければならないが。
「あの、フェール様。もしよろしければ、此処に一つ植えられては如何ですか? 此処ならオルディス様の結界もございますし、此処はガロア殿の縄張りでもありますので、安心できると思うのですが、如何でしょうか?」
フィリエさんが思わぬ提案をしてくれる。
確かに此処なら問題ない気がする。人間が此処まで入り込んでくることもないし安心できる。寧ろ最適じゃないだろうか?
「フェール様。わたくしも、それが良いと思います!」
「ええ、此処なら俺の結界もガロアもいるので、他より安心ですね」
「ええ、植えるなら早い方がよろしいかと思います」
ネルビアたちが、フィリエさんの提案に賛同してくる。
ネルビアに至っては、身を乗り出すぐらい前のめりになっている。
きっと、昨日の夜の件も絡んでいるのだろう。月桃が手に入る手段が見つかって、飛びついたという感じだ。
木に意識が芽生えないのであれば、その実も自由に取ることができるようになる。
「それなら、我らが此処に棲家を移して、月桃の木をお守りいたします」
「わたくしたちも、ガロア殿たちと協力して守るようにいたしますので、御安心ください」
俺たちの話が聞こえたのか、いつの間にか傍に来ていたガロアまで乗り気だ。
ガロアが此処を棲家としてくれて、フィリエさんたちも協力してくれるなら、安全面からいっても、育てる上でも何の憂いもない気がする。結界もあるのだ、魔王級でも来ない限り大丈夫だろう。
最悪、ガロアたちより強い魔物が結界を包囲しても、此処にいれば安全だし、その間に俺たちを呼んでもらうこともできる。そうなれば、ネルビアたちは何をおいても駆けつけるだろうし、対処に困ることもない。
「そうだな。それじゃあ、此処に植えるか」
「「「はい(ええ)。そういたしましょう(そうしましょう)」」」
全員の賛同を受けて俺が決断をすると、早速、フィリエさんたちが、今いる場所の中心部分を種を植えるのに適切な土壌へと作り変えてくれる。さすが樹木の精たちだ。手際も良くあっという間に肥沃な土壌ができあがった。
「フェール様。此処に種をお植えください」
「ありがとう」
俺は腰を屈めて、土壌の真ん中に開けられている窪みに種を置いた。そして、周りの土を被せる。
「フェール様。お疲れ様でございました。あとは、わたくしたちが責任を持って育てさせていただきます」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
「滅相もございません。これは、わたくしたちに任された大切なお役目として、この身命を賭して全身全霊を以て全うさせていただく所存にございます」
いや。重い。重いから!
自然界において、木が育たないことなど普通にあるのだ。
それなのに、木を育てるだけに命を賭けられたら、たまったものじゃない。
「こんなことに命を賭けるのは止めてください。育たなくても責めたりしませんから、気楽にお願いします」
「お気遣い、感謝いたします」
う~ん。気遣いじゃないんだけどなぁ。
この辺の考え方だけは、どうにも馴染めない。
特にフィリエさんは真面目そうだし、育たなかったら黙って自死しそうな気さえする。
「気遣いじゃなくて本心ですから、お願いなので、くれぐれも早まらないでくださいね」
「それは、ご命令でしょうか?」
あぁ、駄目だ。命令じゃないと絶対自死する。今、確信したわ。
だって、自死する気のない者が、『命令ですか?』なんて聞いてこないし。
それに、フィリエさんの顔が、そんな命令をされても困ると、雄弁に語っている。
「はい。命令です。だから、育たなくても気にしないでください」
「フェール様のご命令とあらば、謹んでお受けいたします」
謹まずに受けてください。
お願いですから、困惑するのは止めてください。
毎回、こんなことをしていては、俺の心労が休まらない。
「俺は基本的に頼み事はしても、それは命令ではないので、今後、命を賭けるのは禁止しておきますね」
「それは頼み事でしょうか? それともご命令でしょうか?」
フィリエさんがさらに困惑したように尋ねてきた。
うん。俺も少しわかりにくかったなと反省する。
「命を賭けるのを禁止するのは命令ですけど、それ以外は基本的に俺の頼み事だと思ってください」
「…承りました。しかし、フェール様は王らしからぬ王でございますね」
フィリエさんも、漸く俺の言葉を理解してくれたようだ。
でも、何故かおかしそうに口に手を当てて、くすくすと微笑んでいる。
「え? 俺は王じゃないですよ。単なる一庶民です」
「フェール様はご謙遜がお上手でございますね。これだけの配下を従える者が王でないなど、ございません」
え? 魔物の王の定義って、どうなってるの?
国の主が王だよね? それとも配下を多く持つ者が王なの?
この認識の差異は理解しておかないと、後々困ることになりそうだ。
「オルディス。魔物の王って、国の頂点でなくてもなれるのか?」
「フェール様は、俺たちを従えている時点で三国を束ねる存在ですしね。それに此処もガロアの縄張りですし、フェール様の土地といっても過言じゃないです。その上、フィリエたちを従えていることを考えると、王と認識されない方が不思議だと思いますよ」
あぁ、そうだった! こいつら冥界の王だったわ。
ガロアの縄張りも国に比べたら狭いけど、それでも、この土地の頂点であることは間違いない。
魔物のことを理解するためにオルディスに尋ねたのに、俺が間違っていることを理解させられてしまった。
あぁぁぁ、なんと言うことだ。知らない間にこんなことになってたよ。いや、オルディスたちに配下がたくさんいることも、此処がガロアの縄張りなのも知ってたよ。でも、だからといって俺が王と認識されるなんて思わないじゃないか。
「俺自体は王ではないので、王とは思わないでください」
「フェール様がそのように仰せられるなら、そのようにご対応させていただきます」
これが、俺にできる精一杯の反抗だった。
みんな心の中では絶対王だと思ってるんだろうから、上辺だけもいいので、そうしてください。
俺は、国の責任とか面倒なことは背負い込みたくない。気ままに楽しく生きていきたいだけなのだ。どんな手を使ってもこれだけは絶対死守してみせる。
「フェール様。時間も頃合いですし、そろそろ戻りましょうか?」
「ああ、そうだな。帰るか。フィリエさん、今日は美味しい御馳走と種を植えるのを手伝ってもらって、ありがとうございました」
「滅相もございません。配下として当然のことをしたまでです。それでは、お気をつけてお戻りください。明日もお食事をご用意してお待ちしております」
俺が少し気落ちしていることを感じ取ったのか、オルディスが助け舟を出してくれる。
俺は二もなくそれに飛び乗った。
フィリエさんも配下であることに間違いはないので、そこまで突っ込むと終わらなさそうだ。俺としては、どちらかというと仲間として気さくに接してほしいのだが、道程は遠そうだ。
こうして牢屋に戻った俺は、早々にベッドに潜り込んだ。
今日も美味しいご飯をみんなと食べられた喜びを思い出しながら横になる。
最後はとんでもない事が発覚したが、俺は、責任は放棄しないが、都合が悪いことを忘却するのが得意なんだ。人間、前向きに生きてこそ楽しいのだ。俺はもう一度、それを心に刻んで眠りに就いた。




