超豪華料理
今日は、フィリエさんたちがスープを作ってくれるので、俺は料理をせずに座って待つだけになっている。
俺たちの挨拶が終わり、俺が移動し始めると、全員が作業に取り掛かり出した。
ベルファは、ちゃんとフィリエさんに鍋など調理器具や食器を造って渡している。フィリエさんからは頼みにくいだろうと思って、こっそりとベルファに頼んでおいて正解だった。
でも、座っているだけなのも、暇だな。俺は生粋の庶民なので、どうにも落ち着かない。
「フェール様。もし、お暇のようなら、星空でも観に行きますか?」
俺の護衛をしているネルビアが、俺が暇そうなのに気付いて、声を掛けてきた。
ネルビアが、俺が暇だと気付いたことに驚く。これでも隠していたつもりだったのだ。さすが俺の寝顔を夜通し見ているだけはあるということか。
「ありがとう。でも、俺は此処でみんなを見ているよ」
「そうですか…」
ネルビアの提案は非常に魅力的なのだが、如何せん、ネルビアにお姫様抱っこされるのは俺の羞恥心が耐えられない。
俺の返答に、ネルビアがしょんぼりと肩を落とした。ごめんね。
そこへ、フィリエさんが駆け足で近付いてきた。遅れてガロアも俺の方に向かってきている。
「フェール様。こちらへ近付いてくる魔物がおります」
「フェール様。大変でございます。此処へ向かってくる魔物がおります」
フィリエさんとガロアが同じ内容の報告をしてきた。
彼女たちの慌てた様子に何事かと思っていたら、魔物が近付いているらしい。
でも、此処には結界があるので、大丈夫じゃないかな?
「どんな、魔物か分かりますか?」
俺は先に報告してきたフィリエさんに聞いてみる。
「はい。近付いてきているのは大型の砂蜥蜴です」
「砂蜥蜴?」
俺から聞いておいてなんだが、俺は魔物のことを知らないので、名前だけでは想像できない。
「砂蜥蜴は、体長が五メートルほどの大きさがあり、四足歩行で地を這うように歩くにも関わらず俊敏で、その体は硬い皮膚に覆われているため魔法にも物理攻撃にも耐性が高く、倒すことが難しい魔物になります。…ただ倒せれば、その身は淡泊でありながら非常に美味しく、スープに入れると味わい深いスープができるのですが…」
え? 何それ? 倒したい。というか、食べてみたい。
でも、フィリエさんとガロアが俺に報告してきたということは、彼女たちでも倒すのが難しいのだろう。
「フェール様。それなら俺が倒してきましょうか?」
ベルファが料理に使った魔物の残骸を積み上げ終わったオルディスが俺の元へ近付いてきた。
「オルディス。頼んでもいいか?」
「ええ、俺の仕事は終わりましたし、あとは最後に残骸を燃やすだけなので、問題ありませんよ。ただ、今から砂蜥蜴を狩ってくるとなると、ベルファの作業が増えるのと、食事の準備が遅れるかもしれませんが」
確かにオルディスの言う通り、砂蜥蜴の解体はベルファに頼むことになるし、スープも解体後に作ることになるので、遅くなってしまう。
「一昨日以前も、此処へ来てから狩って食べてたんだし、今更だろ?」
此処へ来てすぐに食事の準備ができたのは昨日ぐらいだ。そう考えれば何の問題もない。
「まぁ、そうですね。じゃあ、ガロア。砂蜥蜴のいる場所まで案内してくれるか」
「はい。了解いたしました。では、参りましょう」
「では、わたくしは、砂蜥蜴に合うスープの下準備を行わせていただきます。楽しみにお待ちください」
ガロアが先導するように走り出し、その後ろをオルディスが駆けて行く。
フィリエさんは俺に丁寧にお辞儀すると、調理を始めている樹木の精たちのところへ戻っていった。
それから程なくして、オルディスたちが転移で戻ってきた。
そのオルディスの右手に砂蜥蜴が横たわっていて、反対の左手側にはガロアが嬉しそうに尻尾を振っている。
「フェール様。ただいま戻りました」
「ああ、お疲れ様。それにしても大きいな」
フィリエさんが説明してくれたより大きい気がする。
皮膚も硬いを通り越して、鉄鎧を着てるのではと錯覚するぐらいに頑丈に見える。
これでは確かにガロアやフィリエさんでも難しい気がする。
「フェール様。オルディス様が鎌で心臓を一突きにして倒されたのです」
「そうか。道理でこんなに綺麗なんだな」
ガロアの言う通り、外傷らしい外傷が見当たらない。
これを一突きとか、普通あり得ないだろ。この鉄鎧の様な皮膚を良く貫通したな。
ガロアは、オルディスが一突きで倒したことに余程感動したのか、かなり興奮している。
「ほう。これは捌き甲斐がありますね」
いつの間にかベルファが近くに来ていた。
その横にフィリエさんも立っている。
「ベルファ。悪いが捌いてくれるか?」
「はい。お任せください」
ベルファは俺の言葉を受けて砂蜥蜴に近付いていくと、片手でひょいと持ち上げて解体場所まで運んで行った。フィリエさんもベルファの後ろに付き従っている。ベルファの解体が終わったら、その身を受け取るためだろう。なんだか料理長と副料理長って感じがする。
「なぁ、オルディス。砂蜥蜴ってどれぐらい硬いんだ?」
「う~ん。赤髪猪よりは硬いですかね?」
「どれくらい?」
「そうですね…。紙を一枚破くのと、二枚重ねて破くくらいの違いですかね」
「あ、そう…」
うん。オルディスにとっては柔らかいんだな。聞いた俺が間違ってたわ。
オルディスの隣で、ガロアが顎が外れそうなぐらい口を開いて驚いてる。
あの鉄鎧のような皮膚を紙に例えられても、なんて返答したら分からないよな。
オルディスにとってその程度なら、ベルファも解体に困ることはないだろう。
「では、あちらで料理ができるのを待ちましょうか?」
「ああ、そうだな」
「では、我は周辺の警備に戻ります」
俺たちは、オルディスが指差した俺がいつも座っている岩へ向かって歩き出す。
驚きから立ち直ったガロアは警備に戻るようだ。颯爽と結界の外へ向かって走り出していった。
それにしても賑やかになったものだ。それなりの広さがあると思っていた此処も、これだけの人数がいると手狭に感じる。とはいえ、わざわざ開拓しようとは思わないが。
「フェール様。御食事の準備が整いましたので、お持ちしてよろしいでしょうか?」
俺が感慨に耽りながら、みんなのことを眺めていると、フィリエさんが食事ができたことを告げて来た。
「ありがとうございます。お願いします」
「承りました」
フィリエさんは俺の返答で踵を返すと、食事を取りに戻っていく。
「ネルビア。食事の時はみんないるから、護衛は一旦忘れて、一緒に食べればいいからな」
「ありがとうございます」
ネルビアが俺の言葉に従って腰を下ろすと、フィリエさんが料理を携えてやってきた。
フィリエさんの後ろには、二体の樹木の精がオルディスとネルビアの分の料理を持っている。
「フェール様。こちらが本日の御食事になります。どうぞお召し上がりください」
フィリエさんから期待を込めて受け取る。
俺が作っていたスープより絶対に良いものが出来ているに違いない。
そして、その期待を裏切ることなく豪華なスープが俺の目に飛び込んできた。
「具材がたくさん入っていて、見るからに美味しそうですね」
葉物以外にも根菜らしきものが入っていて、スープが琥珀色をしている。
高級料理屋に行くと、スープが琥珀色をしていると聞いたことがある。
「はい。フェール様が食べられていたもの以外にも、千病薯と神楽人参などの根菜も入れております」
「それって薬草ですよね?」
千病薯と神楽人参は薬としても使われる貴重な薬草としても有名だ。孤児院で病気で亡くなった子がいた時に、千病薯や神楽人参の薬があればと孤児院の先生たちが嘆いていたのを覚えている。
幸い俺は重い病気になったことはないが、薬が買えない孤児院では、病気にかかると死を覚悟する必要がある。
「はい。ですが、千病薯も神楽人参も苦味を抜いてやれば、甘みがあって奥行きのある味わいになるのです。ただ、本当であれば、そのスープから一度具材を取り除いて、別の具材を入れて煮込むとさらに美味しいスープができるのですが、今回は時間がないため、そのままでお出しすることになり申し訳ございません」
「いえ、これでも俺には充分すぎるほど、豪華すぎます」
「そう言っていただけると、助かります」
さすが、樹木の精といったところか。植物に詳しい。
だが、少しばかり疑問もある。
「それにしても、フィリエさんたちは、よくスープの作り方を知ってましたね?」
「はい。この森の西の端に隣接する村の人間たちが、わたくしたちに恭順を示しておりまして、その者たちから教えてもらったです」
フィリエさんによると、村の人間が森での薬草の採取に協力する見返りに、村の人間が樹木の精への恭順と、知識や物資の提供を行っているそうだ。そして、その知識や物資を使って、樹木の精たちは日々研究をしているらしい。
フィリエさんたちに人間の俺への忌避感がなかったのは、これも要因の一つだろう。
人間にも魔物と共存している人たちがいるのを聞いて、少し嬉しくなる。
「そうなんですね。いろいろ教えてもらって、ありがとうございます」
「いえ、滅相もございません。それに、わたくしたちは植物が主食で肉はごく少量しか食べないため、スープなどは作れても、肉調理に詳しくはないのです。ですので、これからは肉料理についても学んでいきたいと考えております」
「あの、それってもしかして、俺たちのためですか?」
彼女たちが肉料理を学ぶ理由が思い付かななくて、素直に聞いてみる。
「はい。それもありますが、ベルファ様の調理を見ておりまして、興味が湧いたのです」
「もしかして、フィリエさんたちは学んだりするのが好きなんですか?」
「そうですね。わたくしたちは本体が動けませんので、その分、知識や食生活などで補えればと考えています」
俺はフィリエさんたちの考えを聞いて、大いに共感すると同時に、同胞を得た気分になる。
そうなんだよ。悲観しても仕方ないんだよ。楽しく生きる方が何倍も建設的だと思っている。
「それは、すごく分かります! 俺も同じようなことを思いますから」
「まぁ! そのようにフェール様に共感いただけて、心が満たされる思いです。これからも精一杯、精進させていただく所存にございます」
フィリエさんも俺の言葉が予想外だったのか、嬉しそうにしている。
「ええ、共に頑張りましょう!」
「ありがたき御言葉、感謝いたします。その御言葉を胸に刻み励ませていただきます。…それより、フェール様。料理が冷める前にお召し上がりください」
「ああ、そうですね。では、いただきます。…あ、そうだ。フィリエさんも一緒に食べませんか?」
「え? よろしいのですか?」
「ええ。みんなで食べる方が美味しいですしね」
「ありがとうございます。では、料理を取ってまいりますね」
少しフィリエさんとの話が盛り上がって夢中になってしまったが、フィリエさんが気付いてくれてよかった。まだ料理は仄かに温かさを保っている。熱過ぎても舌が火傷するので、これぐらいが丁度いい。




