念話の習得
フィリエさんと出会った翌日、俺はいつもの如く夕方に目を覚ました。
「フェール様。おはようございます」
「ああ、ネルビア。おはよう」
俺は、覗き込んでいるネルビアの顔を眺める。
「フェール様。どうかなされましたか?」
ネルビアは俺に見つめられて満更でもない様子で、首を傾げながら問い掛けてきた。
「いいや、なんでもない」
俺はネルビアから視線を外すと、上体を起こした。
目覚めた時に、ネルビアの顔が傍にあって不覚にも安心感を覚えてしまったのだ。安心感と言っても、昨日のようにネルビアが問題を起こしていないことが確認できた安心感なのだが、それでも安心感を抱いたのは確かだ。
駄目だな。どうもネルビアに毒されている気がする。
「「フェール様。おはようございます」」
「ああ、オルディスもベルファも、おはよう」
俺はベッドから起き上がると、顔を洗って身なりを整えベッドに腰掛けた。
これも此処に来てからの日課になっている。
「あの、フェール様。念話をお教えする前に、一点お聞きしたいことがあるんですが、よろしいですか?」
「ああ、なんだ?」
珍しくオルディスの方から尋ねたいことがあるみたいだ。
「フェール様が、フィリエに対して『さん』付けで丁寧な態度で接するのは、何故ですか?」
それなら簡単なことだ。
恐らく、俺が『フィリエさん』と呼ぶので、彼らがこれから彼女たちとどう接していくのか、思案してのことだろう。
「フィリエさんは本来、俺とは別に仕える王がいるだろ。だから、俺としては、配下というより仲間みたいな感覚なんだよ」
王が産まれた時に、俺がフィリエさんを王の元に鞍替えさせようと考えていることは黙っておく。
それを言えば、こいつらは完全に一線を引いた態度でフィリエさんに接する気がする。
「なるほど。そういうことでしたか」
「確かに、フィリエはフェール様と王の両方に仕えているように見えますね」
「フェール様はフィリエをどうなさる御積りなんですか?」
俺が黙っておいたのに、ネルビアが鋭い問い掛けをしてくる。
昨日の様子からすると、ネルビアはフィリエさんを気に入っていて、俺の言葉で心配になったのかもしれない。
「うん? どうもしないぞ。フィリエさんは王が産まれた後も俺に忠誠を誓い続けるって言ってるんだから、配下であることは間違いないしな。お前たちも彼女たちを仲間だと思って接してくれ」
「「「分かりました(了解いたしました)」」」
一応念のため、釘を刺しておく。もし、態度を変えられてぎくしゃくするのは避けたい。
「ついでだから、ネルビアに一言言っておくけど、昨日のように戦闘になったり、配下になりたいとか言われたりしたら、先に俺に連絡してくれ」
「すみませんでした…」
ネルビアは俺が苦言を呈したことで、しゅんと項垂れた。
「先に教えといてもらった方が、対処しやすくなるというのもあるけど、何より、ネルビアに何かあった時が困るだろ。お前たちが俺を心配してくれるように、俺もお前たちに何かあったら悲しいんだよ」
「…フェール様。本当に申し訳ありませんでした。これからはちゃんと報告するようにいたします」
俺の想いが通じたのか、ネルビアは心から反省したようだ。深々と頭を下げている。
とはいえ、ネルビアなので、これで全てが一気に直るとは思っていない。
「分かってくれればいいよ。お前が俺を大事に想ってくれてるのは、分かってるから」
「はい。ありがとうございます」
さて、これでネルビアへの説教は終わりだ。
報告さえしてくれれば事前に止めることができるので、問題意識の擦り合わせは、別の機会にでも行えばいい。
時間はかかるが、少しずつ積み上げていくのが現実的だろう。
「じゃあ、オルディス。念話を教えてくれるか?」
「はい。お任せください」
さて、いよいよ念話の特訓だ。昨日同様、頑張って身につけるぞ。俺は気合を入れる。
「しかし、教えると言っても、念は聞き取りできているので、それほど難しいものじゃないですよ」
「そうなのか?」
難しくないと言われても、どうにも信用できない。
オルディスが嘘を吐いているつもりはなくても、俺にとっては難しいということは、充分あり得る。
「はい。では、今から俺がフェール様に念話を送りますので、俺から送られてくることを意識してください」
「意識って、どうするんだ?」
「俺から念話が送られてくると思ってもらうだけでいいですよ」
「え? それでいいのか?」
俺は、オルディスの言葉に拍子抜けする。その程度でいいのか?
「はい。では、今から送りますね」
「ああ、頼む」
『フェール様。聞こえますか?』
俺がオルディスに返答した途端、俺の頭の中に声が響いた。
『え? これってオルディスの声じゃないか?』
『はい。そうです』
『って、これ、もう会話しているのか?』
『はい。会話してます。思考の表層で考えたことは相手に伝わるので、気を付けてください』
『ああ、分かった』
しまった。俺の心で思ったことが、オルディスに伝わってしまったようだ。
確かに言われてみれば、念なので、考えたことが相手に伝わってもおかしくない。
念話の時は気を付けないと駄目だな。
『それで、念話の説明ですが、この俺の声を辿ってもらえると、俺の姿が見えませんか?』
俺は言われた通り、声が聞こえてくる方に意識を向ける。
すると、確かにオルディスの姿が浮かび上がっていた。
でも、これって本人にじゃなくて、俺が思い浮かべた思念のように思える。
『ああ、見えた。けど、これって俺が勝手に思い浮かべてるだけのものじゃないのか?』
『ええ、それはそうなんですけど、それに念を飛ばすと、フェール様からも念話を送れるようになるんですよ』
『そうなのか?』
『はい。その思い浮かんだ姿が、俺とフェール様の繋がりの出入口になっているんです』
この思い浮かんだ姿が繋がりの出入口と言われると、なんだか不思議な気分になる。
たぶんだけど、この姿は、繋がっている者を分かりやすくするために、俺の頭が造り出した偶像みたいなものなんじゃないだろうか? そして逆に、俺がある者の姿を思い浮かべた場合、それにその者への出入口が繋がる気がする。
『ということは、ネルビアを思い浮かべて念を送れば、ネルビアに念が届くということか?』
『はい。さすがフェール様。理解が早いですね』
『それだけ?』
『はい。それだけです』
うん。本当に簡単だった。オルディスの言葉に一切の誇張はなく、俺でも簡単にできてしまった。
『それで、これって、どうやって切るんだ?』
『思い浮かんでいる俺の姿を消してもらえれば切れますよ』
『じゃあ、やってみるな』
俺は、オルディスにそう言うと、思い浮かんでいるオルディスの姿を消し去る。
すると、さっきまで響いていたオルディスの声が聞こえなくなった。
「オルディス。もう切れてるか?」
「ええ、切れてますよ。ご安心ください。それで、どうでした? 簡単だったでしょ?」
「ああ、オルディスの言う通り簡単だったよ」
オルディスは俺の返事に、満足そうにうんうんと頷いている。
「フェール様。おめでとうございます」
「さすがフェール様です。お見事でございます」
「ああ、ありがとう」
ネルビアとベルファがいつものように大袈裟に褒めてくれる。
大袈裟と言っても褒められれば、嬉しいものだ。
「これで、フェール様と、いつでもお話しできますね」
「う~ん。話せるのはいいけど、念話が必要な時だけにしてくれよ」
「はい。分かっております」
ネルビアは理解していると言っているが、ネルビアの嬉しそうな笑顔を見ると不安になる。
頻繁に念話されても困るんだよな。人と話している時とか考え事をしている時に、急ぎでも必要でもないことで繋げられると、正直、苛立ちそうだ。ネルビアなら勢いに任せて頻繁にやりかねない。
「そう言えば、オルディス。念話がかかってきても応対できない時は、どうすればいいんだ?」
「さっきは俺から念話が送られてくることを事前に意識されていたので、すぐに繋がりましたけど、普通はかけてきた相手の姿が頭の中に浮かび上がるんです。ですので、念話を繋げる時はそれに意識を向けて、繋げない時はその姿を消し去れば切れますよ」
「なるほど。それなら大丈夫そうだな」
オルディスは俺の返答で何かを察したのか、横目でネルビアを見ながら苦笑している。
その直後、俺の頭の中にオルディスの姿が浮かび上がった。
俺はその姿に意識を向ける。
『オルディス。どうしたんだ?』
『いえ、大したことではないんですが、繋げずに切るのは、ほどほどにしてやってくださいね。落ち込まれても対処に困るんで』
『ああ、分かった。そうするよ』
『はい。お願いします』
オルディスの言葉を最後に、その姿が頭の中からすっと消えた。
なるほど。相手から切るとこうなるのか。
この念話で、オルディスが俺の意図を理解していることを察して、俺も心の中で苦笑した。
それにしても、こいつらはついこの間まで別々の国の王だったのに、今ではすっかり仲間になっているな。なんだか、こういうのも微笑ましくて和んでしまう。
その後、俺たちは森へ行くまでの時間を、久しぶりにゆっくりした気分で過ごした。
まさか、これほど簡単に習得できるとは思っていなかったので、思いの外時間が余ったのだが、偶にはこういう時間もいいだろう。最近、頭を使い過ぎだしな。
「フェール様。そろそろお時間です」
「ああ、そうだな。行くか」
俺は小窓の外を見て、オルディスに答えた。
すでに外から聞こえる喧騒もなくなっている。
今日も楽しい食事の時間の始まりだ。
俺はいつもの如く、オルディスに掴まって、森へと転移した。
「「「フェール様。お待ちしておりました」」」
「ああ、今日はよろしく頼みます」
俺が転移すると、そこにはフィリエさんとガロアを筆頭に全員が跪いて挨拶をしてきた。
「はい。誠心誠意、歓待させていただきます」
「ありがとうございます。あ、それと、わざわざ集まって跪かなくていいですからね」
俺は主従にあまり拘りがない。寧ろ、堅苦しいのは苦手なので、自然にしていてもらう方が助かる。
それに、畏まられるとなんだか溝があるようで、落ち着かないのだ。
「しかし、それでは配下の者として不敬になるかと存じます」
「いえ、その方が俺も気が楽なので、もっと自然にしてください。頼みますね」
最後に少々命令染みた言葉を付け加えておく。
オルディスたちの時もそうだったが、これを論争しても、いつまでも平行線を辿るだけだ。
現に、昨日ガロアに畏まらなくて良いと告げているのに、今日も跪いている。
それよりも、今は命令染みていても、そのうち慣れてきてくれる方に期待した方がいい。
「はい…。では、そのようにさせていただきます。それでは、お席でお待ちください」
なんとかフィリエさんも了承してくれたので、俺は席に向かって移動する。




