月桃の効果
俺たちはその後、他愛もない話をして、お互いの仲を深めあった。
ちなみに、この会話の中で、明日からフィリエさんたちが食べられる植物の採取を担当してくれることになった。その上、スープの調理までしてくれるらしい。これで、明日からはもっと充実した食事が食べられそうだ。
「それじゃあ、そろそろ俺たちは帰りますね」
「フェール様。少しお待ちくださいますか?」
「はい。なんでしょう?」
俺は話も一段落したので帰ろうかと思ったが、フィリエさんにはまだ何かあるようだ。
フィリエさんは俺の質問に答えることなく、『御前を少し離れることを御許しください』と言って、月桃の木に向かって歩いて行った。
すると、月桃の木から一つの実がフィリエさんの手の中に落ちてきた。
フィリエさんはそれを持って、再び俺に近付いてくる。
「フェール様。これをお持ちください」
「え? いや。既に貰ってますよ?」
「これは月桃の木からの感謝の品でございます」
どうも月桃の木は、完全に意思が芽生えているわけではないが、かすかな意思はあるようだ。
これなら意思を持つのもそう遠くない話かもしれない。
「そうですか…。では、ありがたくいただきます」
すでに実は木から離れているし、月桃の木からと言われれば受け取るのが礼儀だろう。
これで二つになってしまった。下世話な話だが、金貨百枚以上が俺の手の中にあることになる。
そう考えると、なんだか心が落ち着かない。
「はい。数日中にはお召し上がりください」
「はい。分かりました」
数日も持っていたくないので、早々に食べるつもりだ。
こんなもの世の中に出しても碌なことにならないし、食べてしまうのが吉だろう。
「では、これで失礼しますね。…あ、何かあったらネルビアにでも連絡してください」
「はい。御心遣い感謝いたします。それでは、お気をつけてお帰りください。明日、またお会いできることを心より楽しみにしております」
「「「お気をつけてお帰りください」」」
こうして俺たちは、ネルビアから始まった突発的な出来事にも対処を終えて、牢屋に転移した。
もちろん言うまでもなく、帰りはオルディスに掴まっている。
◇ ◆ ◇
今、俺の視界には牢屋の中の風景がある。
うん。落ち着くな。牢屋で何を言っているんだという話だが、森ではいろいろなことがあり過ぎて、牢屋が天国に見えてしまうは仕方のないことだと思う。まぁ、此処でも毒を盛られてはいるのだが。
「ベルファ。帰って早々悪いが、これをそれぞれ半分に切ってくれるか?」
俺はそう言って、ベルファに月桃を二つとも渡した。
「よろしいのですか?」
「ああ、どうせならみんなで食べてしまおう。持ってても碌なことにならないだろうしな」
「了解いたしました」
俺の依頼でベルファが綺麗に半分に切っていく。
そして、切り終わった実を各々に配る。
「ありがとう。じゃあ、食べるか」
「フェール様。月桃は皮が薄いので簡単に剝けますので、皮を剝いて召し上がってください」
「ああ、ありがとう」
ネルビアの言う通り、皮は指で端を摘まんで引っ張ると、すうっと綺麗に剥けた。
中の果肉は薄い乳白色に薄く赤味掛かった色をしている。
俺はそれに噛り付いて、あまりの美味しさに目を見開いた。
「なんだよ、これ? もの凄く美味しいじゃないか。濃厚な甘みなのに口の中でさっと溶けてなくなるんだけど。果肉も瑞々しくて柔らかいし、舌触りもいい。こんなの今まで食べたことないぞ」
「お気に召されて良かったです」
ネルビアが嬉しそうに微笑んでいる。
苦労が報われた気分なのだろう。
「ああ、ありがとう。美味しいからお前たちも食べろ」
「いえ、わたくしはフェール様が美味しそうに召し上がられているのを見ていたいです」
「俺はフェール様がご堪能されてから食べさせてもらいますよ」
「ええ、私もフェール様が召し上がられてからいただきます」
おかしい。いつもなら俺の言葉で食べ始めるのに誰も口を付けようとはしない。
俺が不思議に思いながらも、月桃の美味しさに逆らえず、一気に食べきった。
「さあ、俺は食べたぞ。お前らも食べろ」
俺は再度、彼らに促した。
「いえ、わたくしはフェール様のご満足なお顔が見られただけで、お腹がいっぱいです」
「ええ、俺もですね」
「はい。私も同様でございます」
うん。やっぱりおかしい。彼らがいくら食べなくてもいいとはいえ、お腹がいっぱいで食べられないはずはない。
こいつら何を企んでいるんだ?
俺が彼らの言動を訝しんでいると、俺の身体に異変が訪れた。
「え?」
「フェール様。早速、効果が現れたんですね!」
俺が驚きを拾って、ネルビアが嬉しそうに言葉を発した。今にも踊り出しそうな勢いだ。
効果と言えば一番に毒を思い浮かべるが、それとは違う。寧ろ、逆だ。
「なんだか力が湧き上がってくるんだが、これは何の効果だ?」
「うぅ…。効果があって良かったです…」
俺の質問に触れず、ネルビアは今にも泣き出しそうなほどに目に涙を溜めて、感慨に耽っている。
こいつは駄目だ。こういう説明ごとには向いてない。
俺は早々にネルビアからの回答を諦めて、オルディス先生に視線を向けた。
「月桃には若返りの効果があるんですよ」
俺の視線の意味を理解して、オルディスが説明してくれる。
俺はその返答に驚きふためいてしまう。
「若返りって、俺はまだ十九歳だぞ。これ以上、若返ってどうするんだよ?」
「それなら大丈夫です。月桃の若返りの効果は最盛期までで、それ以上、若返ることはありませんから」
オルディスの説明を聞いて、俺は胸を撫で下ろす。
子供に逆戻りしなくて良かった。
って、あれ? それってなんだか、おかしくないか?
「それじゃあ、効果ってなんだ? 力が湧き出るだけか?」
ネルビアは間違いなく、俺に効果が現れたと言った。
あのネルビアの喜びようから、この程度の効果で終わるはずがないと確信が持てる。
若返りでないなら、なんだと言うんだ?
「最盛期に食べると、生命力が上がるのもありますが、それとは別に寿命が伸びると言われているんです」
「それって、長寿になる………」
俺はオルディスの説明を聞いて言葉を発しようとしたが、途中で言葉を止めた。
今、俺の頭の中には、オルディスたちに冥界に帰るように言った時の情景が浮かんでいる。
あの時、俺が彼らに『俺は長くてもあと五十年も生きない』と言ったら、オルディスは『頭では理解しています』と歯を食いしばりながら悲しそうにしていた。ネルビアとベルファは口には出さなかったが、オルディスと同じ表情をしていたのを思い出す。
「そうか…。ネルビア。お前は俺を長生きさせるために月桃を取りに行ったんだな」
「はい。わたくしは、少しでも長く、フェール様と一緒にいたいのです」
彼女が樹木の精を蹴散らしてでも、月桃を手に入れようとした理由が分かって、胸が熱くなった。
こいつは俺のことを一番に考えている。他のことを考えるのは苦手だが、それだけは自信を持って言える。
「ありがとう」
「勿体ない御言葉です」
とうとうネルビアは、涙を止められずに泣き出してしまった。
俺は幸せ者だな。こんなに俺のことを慕う仲間たちに囲まれているのだから。
「でも、それは、お前たちが食べろよ」
俺は彼らが持っている月桃の実を食すように促した。
「でも、それでは………」
「ネルビア。俺はお前たちにも食べて欲しいんだ。俺は今、物凄く嬉しいんだよ。だから、この嬉しさを分かち合うためにも、お前らと一緒に食べたいんだ」
俺の勧めに何かを言いかけたネルビアの言葉を遮って、俺は心からの言葉を贈った。
「フェール様。そんな言い方をするのはずるいです…」
ネルビアは月桃と俺の顔を交互に見ながら、躊躇いを見せている。きっと、嬉しさと俺に食べて欲しいという望みの狭間で揺れ動いているのだろう。
だが、そのやり取りを見ていたオルディスは、無言で月桃の皮を剥いて噛り付いた。
「フェール様。美味しいですね」
月桃を一口口に入れたオルディスが笑顔で感想を告げてくる。
しかし、その目からは雫が零れ落ちていた。
「ああ、美味しいだろ」
俺はその涙を見て、こいつらの想いを噛み締める。
こいつらと出会えて本当に良かった。こいつらが帰らなくて本当に良かった。
それを見ていた、ネルビアとベルファも月桃の皮を剥いて噛り付く。
彼らの目からも涙が零れ落ちていた。
「本当に美味しいです」
「ええ、今まで食べたものの中で一番美味しいです」
「そうだろ。俺もお前たちと食べられて幸せだよ」
「「「はい。わたくし(俺)(私)も幸せです(幸せでございます)」」」
ああ、いいな。こういう日がずーっと続きますように。俺は心の中でそう願った。
「あ、でも、これからは月桃の実を取るのは禁止で頼むな」
「え? しかし、それではフェール様と永遠に一緒にいることが叶わなくなります…」
ネルビアは俺の指示に驚いて、慌てて言葉を紡いでくる。
しかし、俺はネルビアの願いに静かに首を横に振る。
「俺はまだ若いんだ。俺が歳を取って老い始めた時でも遅くないだろ? その時に月桃が手に入ったら、ちゃんと食べるから心配するな。それにフィリエさんたちの王が宿る木から無理やり取りたくないしな」
「…分かりました。でも、その時は絶対に召し上がってくださるとお約束ください」
ネルビアも俺が保護すると決めた木から無理やり取ることは躊躇われるのだろう。
俺の言葉を受け入れてくれた。
「ああ、分かったよ。約束するから今は禁止で頼む」
「はい。分かりました」
もし、俺が歳を取った時に月桃が手に入れば、おとなしく食べよう。
でも、これからも月桃の木から贈られてくる予感がするので、それほど心配しなくてもいい気がする。
それに、手に入らなければ、その時に別の方法を考えればいい。
「では、フェール様。これをお受け取りください」
「なんだ?」
俺はベルファが差し出してきた手から、二つの淡く輝いた小石大の玉を受け取った。
「先程食べた月桃の種でございます」
半分に切った月桃の中心に窪みがあると思っていたが、そこに種が収まっていたのだろう。
ベルファはそれを綺麗に抜き取っていた。
「ああ、これが種か。ありがとう」
俺はもう一度種を眺めてみるが、この種から王が産まれると言われても納得できる美しさだ。
しかし、こんなものを人間の世界で植えたら大変なことになる。それに別の意味でも問題がありそうだ。
とはいえ、ベルファの心遣いを無碍にするのも躊躇われるので、俺は一旦受けることにした。
「さて、それじゃあ、今日は寝るか」
「ええ、そうですね。今日もいろいろありましたから、お疲れでしょう」
「ああ、そうだな。…って、そうだ、オルディス。明日、念話の仕方を教えてくれるか?」
「念話ですか? 分かりました。お任せください」
「ああ、頼むな。それじゃあ、みんな、お休み」
「ええ、ゆっくりお休みください」
「はい。フェール様。お休みなさいませ」
「フェール様。ごゆるりと、お体の疲れをお取りください」
俺は眠りの挨拶を終えるとベッドに入って横になった。
俺の頭に今日の出来事が映し出される。彼らと出会ってから一日の出来事を思い出しながら寝るのが日課になっている。でもそれは、苦痛ではなく、寧ろ幸せな時間と言っても差し支えない一時だ。
さて、明日はどんな楽しい事が待っているのだろう。




