月桃の木
「そういえば、話は変わるけど、何故彼女たちはこの結界の中に入って来れたんだ?」
俺は何気に疑問になったことをオルディスに聞いてみる。
「こいつらが実体ではなく思念体だからですよ。思念を飛ばして、この結界の内側に思念体を造ったんですよ」
オルディスは心底忌々しそうに彼女たちを見ている。
そりゃ、オルディスの機嫌が悪くなる気持ちも分かる。まさかそんな手段で結界を抜けるとは思わないもんな。
「まぁ、結界を強化して、フェール様に連なる者以外の思念も通らないようにしますけどね」
それなら彼女たちが来た時に強化していれば、その時点で彼女たちを無効化できただろうにと思うが、もしかしたら、ネルビアが彼女たちを此処へ呼び込んだので、オルディスなりに気を遣ったのかもしれない。
それにしても倒しても復活するし、魔法や物理攻撃までこなして結界まですり抜けるとか、とんでもない存在だな。敵に回らなくて良かったよ。
「あ、ところで、呼びづらいので、名前があったら教えてもらえませんか?」
俺は樹木の精の代表者に向き直って尋ねてみた。
話をするのに、名前が分からないと話しづらい。
「はい。わたくしの名はフィリエと申します」
彼女に名前があって良かった。これで話しやすくなる。俺は頭の中で何度か反芻して覚えた。
「フィリエさんですね。分かりました。それじゃあ、その月桃の木の場所に行く前に、ここを片付けますので少し待っててもらえますか?」
「それは、今から結界を張っていただけるということですか?」
俺の返答にフィリエさんが驚いている。
そんなに驚くことでもないと思うけどな。転移すれば一瞬で着くだろうし、結界もすぐに張れる。
転移はネルビアが場所を知ってるだろうし、結界もオルディスが此処で張っているのと同じものだ。あっという間に終わる。俺は彼らに頼むだけで、何にもしないけどね。
「ええ。早い方がいいですよね?」
「はい。それはそうですが…。いえ、違いますね。迅速にご対応いただけて心より感謝申し上げます」
フィリエさんはまだ何か言おうとしたが、それを改めて感謝の言葉を述べてきた。
「そんなに堅苦しくなくていいですよ。じゃあ、少し待っててください」
「はい。ありがとうございます」
俺はフィリエさんたちに背を向けると、オルディスたちに向き直る。
「そういうことだから、みんな頼むな」
「はい。分かりました(了解いたしました)」
俺の言葉で全員が動き出した。昨日もした作業なので、オルディスたちならすぐに終わらせてくれるだろう。
ガロアも灰色狼たちに周辺の警戒を指示している。
ただし、相変わらずネルビアは何もせずに俺の横に佇んでいた。
「なぁ、ネルビア。お前は働かずに何をしているんだ?」
「フェール様の護衛です。フェール様の御傍に誰か一柱はいるようにと、皆で話し合いました」
「いつ?」
「昨日、フェール様がお休みになられた後です」
だから、今日、ネルビアは此処へ来てからも俺に張り付いていたのか。
俺が寝た後なら、俺が知らないのも納得だ。
恐らくは、スープに毒が混入されていたのが原因だろう。だから、みんなで話し合ったのだと思うが、その場に俺を交えるか、朝起きた時にでも言って欲しかった。いままで常に傍に誰かいたから俺が知る必要がなかったとしても、言うのと言わないのでは雲泥の差がある。
「これからは、そういう話はもっと早く教えてくれ」
「はい。分かりました」
そうなると、ネルビアも今は働いていることになるのか。ネルビアは牢屋の中でも常に傍にいるので、護衛という感じがしない。牢屋で俺の傍にいるのは、絶対、こいつの趣味だしな。
それにしてもみんな心配性だな。でも、その気遣いが嬉しい。俺もこいつらを大切にしないと。
ネルビアと会話していると、オルディスとベルファが近付いてきた。オルディスの後ろにはガロアがいる。
どうやら後片付けが終わったようだ。
「みんな、ありがとう」
「「「勿体ない御言葉を感謝いたします」」」
「じゃあ、この後、ネルビアは俺とオルディスとベルファを連れて月桃の木まで転移してくれるか? オルディスは向こうに着いたら、此処と同じ結界を張ってくれ」
「はい。分かりました」
「はい。分かりました。フェール様は腰にお掴まりください。オルディスとベルファは腕です」
ネルビアの言う通りに掴まった時を想像してみる。
これ、オルディスとベルファがネルビアの両脇にいるから、俺が掴まるとしたらネルビアの真正面か真後ろから腰を掴むことになるんじゃないか?
う~ん。どっちを選んでも、なんだか気が引けるな。まぁ、どちらかの二者択一となれば、後ろの方がまだいいかな。ネルビアの顔を見ずに済むので、恥ずかしさが幾分ましだろう。
「フェール様。我もお連れください!」
ガロアが尻尾を振りながら、自分も行きたいと申し出てくる。
こいつを連れていくと、俺がネルビアの真正面になりそうなので却下だ。
「悪いがガロアは残ってくれ。月桃の木が何処にあるか分からないんだ。帰れなくなったら困るだろ」
「…分かりました…」
ガロアが耳を倒して寂しそうに項垂れた。
そもそもガロアが月桃の木が何処にあるか知らない時点で、こいつの縄張りの外ということになる。
ガロアも灰色狼たちを纏める長なので、それなりに強いだろうが、それでも見知らぬ場所で一匹は心許ない。
そう。決して俺の我儘ではないのだ。
「それじゃあ、フィリエさんに出発の連絡をしに行くか」
「「「はい。分かりました(了解いたしました)」」」
俺たちはフィリエさんのもとまで行くと、これから月桃の木に向かうことを告げる。
「ありがとうございます。では、わたくしたちも月桃の木に向かいますので、此処では一旦失礼いたします」
そう言うと、フィリエさんたちの姿が霧散した。
此方での思念体を解除して、月桃の木の傍で再度思念体を造り出すのだろう。
「じゃあ、俺たちも向かうか」
俺はネルビアの後方から、片手で腰の脇を掴む。ネルビアが『え?』と驚いているが、すかさずオルディスとベルファがネルビアの両脇を固めてくれたので、俺ももう動けない。
「そんなぁ…」
こいつきっと正面からを期待していたのだろう。もしくは両手で腰に手を回してもらうつもりだったのか?
どっちにしろ、そんなことは絶対に起こらないし、起こさない。諦めろ。
「ネルビア。早く転移してくれ」
「はい。分かりました…」
ネルビアの返事と共に俺たちの視界が変わる。
森の中というのは同じだが、目の前に月桃の実を携えた立派な木が凛々しく立っている。
凄いな。月桃も微かに煌めいていたが、実ほどではないにしても、樹木自体にもそれが感じられる。
俺が月桃の木に見惚れていると、後方にフィリエさんたちが現れた。
さすがに転移の方が速かったか。移動するだけなのと再構築ではそりゃあ移動の方が速いよね。
「遅れてしまい、申し訳ございません」
「いや、俺たちもさっき着いたばかりだから、気にしないでください」
「ありがたき御言葉、感謝いたします」
恐らく、フィリエさんは自分たちの方が遅かったことを謝罪しているのだろうが、気にしないでもらいたい。そんなことを気に病むより、これからのことに目を向けるべきだ。
「じゃあ、オルディス。結界を頼めるか」
「あの、フェール様。お話の途中、申し訳ございませんが、できれば此処の結界は、フェール様に連なる者以外の思念も通るようにしていただけませんでしょうか?」
俺がオルディスに結界を張る指示を出そうとしたら、慌ててフィリエさんが言葉を挟んできた。
理由は考えればすぐに分かる。
オルディスたちはフィリエさんが話を遮ったことに一瞬怪訝な顔を見せたが、彼らも理由を察してすぐにそれをおさめた。どうせなら一回で最適な結界を張る方がいい。これもフィリエさんの気遣いからだと思えば腹も立たないだろう。
「ああ、フィリエさんの同胞の方がおられるんでしたね。でも、大丈夫なんですか?」
「はい。幸いなことに、この森には私たち以外に思念体を造り出せる者はおりませんので、問題ございません」
なるほど。俺の心配は杞憂だったようだ。
それなら何の問題もない。
「オルディス。思念の改良をする前の結界で頼む」
「分かりました」
オルディスは俺の言葉を受けると腕を大きく横に振った。
何度かオルディスが結界を張るところを見ているが、たぶん腕を振る必要はないと思う。
俺たちに結界を張ったということを示すための演出だろう。
「フェール様。ありがとうございます」
「「「ありがとうございます」」」
「いや。礼ならこいつらに言ってくれますか」
俺は横にいるオルディスたちを視線で示す。
全て俺がやったことじゃない。俺は金魚の糞のように付いてきただけだ。
って、これじゃあ、ネルビアと同じじゃないかぁぁぁぁ!
それに気づいてしまった俺は、危うく膝を折って崩れ落ちそうになった。
「あ、そう言えば、此処って森のどの辺りなんだ?」
ネルビアがガロアを服従させる時に見掛けたと言っていたから、そう離れてもいないと思うが、気になったので聞いてみる。
「先程、皆様方が御食事をされていた場所から数十リードほど森を西に入ったところでございます」
俺の呟きにフィリエさんが教えてくれる。
「え? そんなに離れているんですか? ネルビア。良く見つけたな」
「はい。月桃の木は目立ちますので、空からそれらしきものが見えました」
いや。そんなに簡単に言われても俺には見えなかったぞ。
そもそも俺が月桃の木を知らなかったのもあるが、月桃の木自体が微かに煌めいているので、分からないはずはないんだが、ネルビアの視力が良かっただけなのかな? オルディスもベルファも気付いてなかったぽいし、そう思っておいても問題なさそうな気がするな。
「それにしても、フィリエさんたちはこんなに離れた場所に思念体を飛ばせるんですね?」
「はい。同胞たちを伝ってにはなりますが、この森の中であれば何処にでも行けます。それに今は、フェール様とも繋がっておりますので、フェール様の御近くであれば、この森以外の場所でも行けるようになりました」
「それって、繋がってる者がいる場所なら、どこへでも行けるってことですか?」
「はい。そうでございます」
うわぁ、凄い能力だな。恐るべし樹木の精って感じだ。
彼女たち樹木の精は、種族の能力として、樹木の精同士であれば、主従の関係でなくとも繋がりを持てるという特性があるらしい。これを使って思念体を飛ばしているみたいだ。
まぁ、本体は動けないからな。必然的に身につけた能力なのだろう。
でも、そんな樹木の精たちですら、月桃の木に結界を張らないと守りきれないと考えると、この森には他にも強力な魔物が沢山いることが察せられる。
「はい。オルディス様、ネルビア様、ベルファ様。皆様方のお力添えに感謝いたします」
フィリエさんは礼儀正しく彼らにも深々と頭を下げた。
心から感謝していることが伝わってくる。
「気にするな」
「ええ、気にする必要はありません。私たちはフェール様の命に従っただけです」
「そうですよ、フィリエ。良かったですね」
「はい。皆様。本当にありがとうございます。皆様と出会えて、わたくしどもは幸せでございます」
フィリエさんは目に涙を溜めて何度も感謝の言葉を口にする。
他の樹木の精たちも泣きそうになっている。いや。実際に泣いている者たちもいる。
彼らの王を守る結界が張れたのだから心から嬉しいのも理解できる。その上、オルディスたちから優しい言葉を掛けられれば、誰だってこうなる。
それにしても、弱肉強食だとか言ってても、なんだかんだオルディスたちは優しいんだよな。
俺は夜空を見上げながら、感慨に浸ってしまった。
1リード=1.6kmになります。




