勢力拡大
「それで、そこの樹木の精さんたちと、どういう関係があるんだ?」
「それはですね。私が月桃を取ろうとしたら、この者らが攻撃してきたので蹴散らしました」
俺はネルビアの説明を聞いて頭を抱える。
森で問題を起こすなと言っておいたのに、大問題を起こしてるじゃないか。
お前の問題の定義はどうなっているんだ? なぁ、頼むから俺の基準に合わせてくれ。
「それで、思念体の彼女たちをどうやって蹴散らしたんだ?」
「それはですね。この者らが復活する際に発する思念の揺らぎを辿って本体を見つけ出しました」
彼女たちが復活する際に一瞬思念の揺らぎが発生するので、何度も倒してその揺らぎの発生源まで辿ったらしい。気の遠くなるような話だ。どうりで時間が掛かったわけだ。
というか、本体を見つけなくていいから、諦めて退けよ。そりゃあ月桃は嬉しいけどさ。そういう話じゃないんだよ。
「その本体は倒してないんだよな?」
彼女たちが此処にいるということは、倒していない筈だが、念のために確認しておく。
もし、倒していたら大変なことになる。
「はい。倒そうとしたら降参してきたので倒してません。倒した方が良かったですか?」
「あ、いや。倒さなくて正解だ」
話を聞く限り、彼女たちは月桃を守っていると思われる。
もし、彼女たちがいなくなれば、月桃が人間の手によって獲り尽くされるかもしれない。
俺個人としては安全に採取できるのであれば、それでも良いのだが、噂が広まれば此処まで大量の人間が入り込んでくる可能性がある。そうなると、居場所を失った大量の魔物が人里に流出してくる可能性だって出てくる。それだけは避けたい。
「それで、樹木の精さんたちに持って来させたというわけか?」
「はい。一番美味しい果実を持ってくるように申し付けました。ですので、お受け取りください」
「ああ、分かった」
俺は一つ溜息をつくと、ネルビアから月桃を受け取って立ち上がり、樹木の精たちに近付いてゆく。
「あの~、あなたが皆さんの代表ということでいいですか?」
俺は彼女たちの先頭で控えている一体に声を掛けた。
先頭に陣取っている者が一番偉いだろうと踏んでのことだ。
「はい。それで問題ございません」
どうやら俺の認識は間違っていなかったようだ。
こういうところは人間も魔物も似ている。
彼女は大樹の精で、樹木の精を取り纏めている存在らしい。
「分かりました。それで、うちのネルビアがご迷惑をかけたようで申し訳ありません。これ本当に受け取ってもいいんですか?」
ネルビアのような魔王級に挑んでまで、この果実を守っている理由があるはずだ。安易には受け取れない。
「いいえ。謝罪の必要はございません。月桃の木も無事ですので、どうぞお受け取りください」
「そうですか。じゃあ、受け取らせてもらいますね」
「はい。是非ともお召し上がりください」
俺はベルファに物質創造で肩掛け鞄を造ってもらうと、その中に月桃を入れた。
ちなみに、俺が元々持っていた鞄は、冒険者登録試験の時に受付嬢に渡したまま返ってきていない。
その後、彼女たちから月桃の木を守る理由を聞いたのだが、月桃の木には彼女たちの王となるべき存在が宿るらしい。ほとんどは人間や魔物たちとの争いによって若いうちに朽ち果てるらしいが、樹齢を重ねると意識が宿り、王が誕生するそうだ。
そんな大切な木の実をもらって良かったのだろうか? なんだかとんでもないものを貰ってしまった気がする。
「あの。それでですが、少しお話をよろしいでしょうか?」
俺としては彼女たちとの話は終わったと思っていたのだが、彼女たちにはまだ話したいことがあるようだ。
「はい。なんでしょう?」
「ありがとうございます。ネルビア様には先にお話しさせていただいたのですが、わたくしたちをフェール様の配下に加えてはいただけないでしょうか?」
俺は彼女たちの申し出を聞いて、咄嗟にネルビアを睨み付ける。
こいつ、そんなこと何も言わなかったよな? こんな重要な話を報告してないとか、あり得ないだろ。
「おい、ネルビア。どういうことだ?」
「あ、あの、申し訳ございません。その…、忘れていたわけではなく、後でお話ししようと…思っていたのです…」
ネルビアの語尾が段々小さくなっていく。
こいつ絶対忘れてたな。あとで説教だ。
「連絡を受けていなかったので、取り乱してすみません。それで、何故、俺の配下になりたいんですか?」
俺は代表者に向き直って、配下になりたい理由を尋ねてみた。
「お気になさらないでください。理由は、わたくしたちに、正確に言うならば月桃の木に、フェール様の庇護をいただきたく存します」
俺は彼女たちの願いを聞いて、首を傾げる。
全く言わんとしていることが分からない。
「あの、俺にそんな力はありませんよ。それに俺はこの森に住んでる訳じゃないですし」
俺は日頃この森にいないので、もしも何かが起きても彼女たちを助けることはできない。
しかも、あと数日もしたら、今のように頻繁に来られなくなる。
まぁ、ガロアたちがいるので偶には来たいと思っているが、何時になるかも約束できないしな。
「フェール様の手を煩わせるようなことは考えておりません。ここに張り巡らされている結界を月桃の木にも施していただきたいのです」
なるほど。そういうことか。月桃の木を結界で守りたいのね。
俺はオルディスに視線を向ける。俺には結界を張る力はないので、オルディス頼りだ。
「ええ。問題ないですよ」
「ありがとうございます」
オルディスは俺に返答してきたのに、何故か大樹の精が感謝の言葉を述べた。
俺は慌ててそれを遮る。
「あ、いや。ちょっと待ってください。俺に仕えた後に、あなたたちの王が誕生したら、どうするんですか?」
俺が死んだ後に王が誕生すれば問題ないだろうが、それまでに誕生したら厄介なことになる。俺は、その王と争うつもりはないからな。
「問題ございません。わたくしたち以外にも同胞がおりますので、その者たちが王に仕えます」
此処には百名近い樹木の精がいるけど、他にも仲間がいるなら大丈夫なのか?
樹木の精たちが唯一仕える存在は、月桃の木に芽生える王のみで、王以外の者は全て同列とのことだ。
う~ん。なんとも判断ができない。
問題が起こるようなら、主従の関係を解いて、その王に鞍替えさせるって手もありそうだけど。
「オルディスとベルファはどう思う?」
「私はフェール様の御心のままでよろしいかと思います」
「俺は配下にしてもいいと思いますよ。ネルビアが降したんなら弱肉強食の掟に則っても問題ありませんしね」
「じゃあ、ネルビアに仕えてもらう方が自然じゃないか?」
「たぶん、こいつらは俺たちの力も当てにしてるんじゃないですか? そうであれば、フェール様の配下にならないと意味がありませんからね」
俺たちの会話を聞いても、彼女たちは無言のまま、俺たちの様子を窺っている。
時に沈黙は肯定を意味するらしいが、今回もそう考えて問題なさそうだ。
「力を当てにされても困らないか?」
「別に俺たちが無理をする必要はありませんよ。助けられるようなら助ければいいし、そうでなければ見捨てればいいだけです。それぐらいこいつらも分かってますよ」
弱肉強食の掟に従えば、オルディスの言うことが正しいんだろうな。
だが、俺は配下の者を可能な限り見捨てたくはない。
とはいえ、ここで見捨てるのも気が引けるし、配下とは思わずに、知り合いなり協力者と思っておけばいいか。
「じゃあ、最後の質問ですが、俺は人間ですけど、それでも良いんですか?」
今更感はあるけど、俺的にはこれが最も重要なのだ。
人間は魔物を敵視している者が多い。当然のことながら、魔物も人間を敵視していると思っている。
冒険者は基本的に魔物を召喚して使役するが、召喚した魔物に対してすら便利な武器程度に考えている者がほとんどだ。斯くいう俺も、オルディスたちが人型で言葉を喋っていなければ同じように思っていたに違いない。
しかし、俺の質問に樹木の精は不思議そうな顔で首を傾げた。
「あの、わたくしの考えが至らず誠に申し訳ございませんが、強さに種族は関係するのでしょうか? 確かにわたくしたちは樹木の精同士で纏まり、他種族とは覇を競うことはございますが、だからといって、庇護を頂く方の種族は関係ないと思うのですが?」
う~ん。この辺はやっぱり人間とは違うんだな。
彼らにとっては、人間であろうと、他種族の魔物であろうと一緒ということなのだろう。そして、自分たちよりも強く、自分たちを庇護してくれる種族に恭順するのは、当然のことと考えているんだろうな。
これも弱肉強食の掟に則って考えると普通のことなのだろうか?
オルディスたちが特別変わっていると思っていたが、そうでもないような気がする。
俺は争いを好まないが、今となっては俺も魔物に忌避感はないので、彼らに近いのかもしれないが。
人間も魔物と喋れれば、他の人たちも考え方が変わるのかもしれない。
「そうですね。変な質問をしてすみません。皆さんの考えは分かりました」
「いえ、滅相もございません。ご理解いただき、感謝いたします」
さて、ここまで来たら腹を括るしかない。拒む理由もないしな。
「それで、配下になりたいという話ですが、結界は問題ないですが、それ以外は俺たちのできる範囲でということになりますけど、それでもいいですか?」
「はい。過分なご配慮をいただき、ありがとうございます」
「分かりました。では、これからよろしくお願いします」
「滅相もございません。それは、わたくしたちの言葉です。ここに控える我ら全ての者の身命を賭して、フェール様に忠誠を誓わせていただきます。どうぞ、これからよろしくお願いいたします」
「「「忠誠を誓わせていただきます。これから、よろしくお願いいたします」」」
う~ん。俺たちは食事をしに森に来ているだけなのに、どうしてこんなことになったんだろ?
原因はネルビアなのは分かっているが、それでも意図した結果でないことは確かだ。
それにしても、白狼たちが四十体くらいに樹木の精が百体ほど、加えてオルディスたちとその配下も冥界にいることを考えると、俺と繋がっている者って、どれくらいの数になるんだろう?
こうなってくると俺も早く念話を使えるようになった方がいいな。連絡手段は多い方がいい。




