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世界の基点にいる平民とは?  作者: 御家 宅
第一章

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毒殺未遂

 あ、そう言えば…

 冷静になって肩の力が抜けたら、昨日気になっていたことが頭を過ぎた。


「そう言えば、お前たちって冥界に帰れるんだろ。だったら、此処にいなくても帰ってもいいんだぞ?」


 彼らを召喚したことから、今回の問題が始まっている。

 だったら、彼らが冥界に帰れば、アゼルの疑いも、俺がここにいる理由もなくなる。

 とはいえ、二日弱と短い期間だが、彼らと生活を共にして、少しばかり情も湧いているので命令ではなく、彼らの選択に任せる聞き方で問い掛けた。


「フェール様。私共に何か至らぬ点がございましたでしょうか?」

「どうしてですか? わたくしたちに問題があるようなら、死んでお詫びいたしますので、どうか、そのようなことは仰らないでください」


 俺の言葉にベルファとネルビアが眼を見開き、慌てて自分たちの不足を問い掛けてきた。

 ネルビアなどは、体の前で手を組んで泣きそうになって訴えてくる。最早、懇願と言ってもいい。

 ただ、オルディスだけは言葉を発せずに、ベルファを鋭い視線で睨みつけている。

 確かにベルファとネルビアの言動は問題だが、それは今はどうでもいい。


「いや、そういうことじゃなくてだな。俺がお前たちを召喚したのは、お前たちにとっても予想外のことだろ。それに、冥界の王なら冥界での仕事もあるだろうし、お前たちの配下の者も困るんじゃないのか?」

「それなら、何の問題もございません。どうか、このまま御傍で控えることをお許しください」

「ネルビアの言う通りでございます。どうか、このまま御傍で控えることをお許しください。必ずや御役に立って見せますので」


 ネルビアとベルファが鬼気迫る感じで詰め寄ってくる。

 恰も死を宣告されたような勢いだ。


「いや、だから、落ち着けって。本当にそういうことじゃなくて…」

「フェール様。差し出口を御許し願えますでしょうか?」


 俺がネルビアとベルファを落ち着かせようとした時、それを遮るように、先程までベルファを睨んでいたオルディスが恭しく頭を下げてきた。


「あ、ああ、なんだ?」


 俺が許可を出すと、オルディスは一度ベルファとネルビアに視線を向けてから、再び俺の方に視線を戻して、口を開いた。

 ベルファとネルビアはオルディスの視線を受けると、オルディスに向かって一つ頷いて静かになった。相変わらずネルビアは不安そうに手を組んだままだが。


「御許可を頂き、ありがとうございます」

「ああ」


 オルディスは俺の許可に頭を下げて礼を述べると、続けて口を開く。

 いつものオルディスと雰囲気が異なっており、そのことがさらに彼の真剣さを際立たせている。


「先日もお話ししました通り、我らは冥界の王でございます。一度、忠誠を誓ったからには、この身が滅びようとも、その誓いを違えることは決してございません。そんな我らに冥界に帰れとお命じになるのは、死ねと言われるのと同義にございます。どうか、御再考を御願いできませんでしょうか?」


 どうして帰るのと死ぬのが同義になるのか全く分からない。

 恐らく、忠誠にそこまでの想いがあるということなのだろうが、それこそが問題なのだ。


「お前たちの忠誠は、召喚時の服従術式によるものだから、そこまで気にする必要なんかないぞ」


 そう。彼らの忠誠は植え付けられたもので、彼らが心から望んだものじゃない。

 そんな忠誠に死を賭けるなど馬鹿げている。

 だが、オルディスは俺の言葉を否定するように首を振る。


「フェール様。その術式でしたら召喚時に無効化しております。我らにそのような術式など効果はありません」


 俺はオルディスの答えに、目をパチパチと瞬かせる。

 え? なんで?

 もし、本当に服従術式を無効化していたとしたら、服従などする必要がないと思える。

 ただ、その場合、ベルファは消滅していたかもしれないが。

 

「じゃあ、何故、お前たちは俺に服従したんだ? もしかして、ベルファを助けるためとかか? もし、そうなら気にしなくていいぞ」


 彼らを召喚したのは俺の都合で、彼らに死なれて困るのは俺の方なのだから、ベルファを助けたことに対する恩義を感じる必要など全くない。

 しかし、これにもオルディスは首を振っている。


「いいえ。そうではありません。昨日もお話ししたように冥界は弱肉強食が掟でございます。そして、我らはこれまで一度たりとも負けたことがございません。この生界を含めてもです。しかし、今回、フェール様に負けました。しかも、我ら冥界の王が三柱揃っていたにも関わらずに、でございます。これは、我らにとって衝撃であると同時に喜びでもあるのです。そんな我らが忠誠を誓うのは当然のことにございます」


 衝撃は分かるが、なんで喜び?

 痛めつけられて喜ぶ嗜好の人がいると聞いたことがあるが、こいつらもそれなのか?

 俺は人を痛めつける趣味はないぞ。それを期待されても困る。


「喜びってなんだよ?」

「それは様々ございますが、敢えて言うなら、出会えた喜び。仕える喜び。真の強さを目の当たりにする喜び。強さを学べる喜び。そして何よりフェール様と共にいられる喜び。でしょうか」


 強さに起因していることは多々あるが、こんなことを言われたら、ぐらっとくる。

 特に最初と最後のは愛の告白みたいだ。そういうのは伴侶になる女性に言ってくれと言いたくなる。


「でも、冥界に帰っても偶に会うこともできるんだし、それじゃあ駄目なのか?」

「はい。我らが冥界にいる間に、もしフェール様に万が一のことがあれば、我らは死してもなお、死にきれません。主を守れなかった後悔、主の盾になれなかった後悔、そして、その最後に御傍にいられなかった後悔などに、我らは永遠に苛まれ続け、決して自分を許すことなどできないでしょう」

「俺も強くなっているんだ。そうそう負けることはないと思うぞ」

「いいえ。いくら強くとも油断すれば負けるかもしれません。寝ている間に襲われるかもしれません。毒を盛られるかもしれません。お一人では限界があるのです」


 死ぬことを前提に話が進んでいるのが、どうかと思うが、かといって、人間はいつかは死ぬものだし、言わんとしていることは間違いでもない気がする。

 それに、寝ている間とか毒とかは、今の状況を考えれば充分あり得そうだ。

 それにしても、人間は大切な人の死を乗り越えられるが、こいつらは長命種で死んでも生まれ変るらしいから、永遠の別れとなる人間の死には慣れていないのかもしれないな。


「俺は人間だし、長くてもあと五十年も生きないぞ。いつかは死ぬんだ」

「はい。頭では理解はしております」


 オルディスは歯を食いしばりながら悲しそうに俯いた。

 横にいるネルビアもベルファも目を瞑って俯いている。


「…しかしだからこそ、フェール様が大往生を遂げられるその日まで、フェール様の御傍にお仕えしたいのです」


 オルディスは必死の形相で、訴えてくる。

 ふぅ、ここまで言われたら、帰れとは言えなくなるよな。

 誰だって大切な人の死を後悔したくなどない。できることならば良い思い出になる様にしたい。

 だからこそ、俺も楽しく笑って過ごせる人生を送りたいのだ。


「ああ、分かったよ。もう言わないから安心しろ」

「「「ありがとうございます。この御恩は一生忘れません」」」


 俺がその言葉を口にした途端、彼らの顔が明るくなる。

 さっきまで喪に付したような顔だったのが嘘のようだ。


「オルディス。あなたならきっとやってくれると思ってました!」

「ええ。オルディスには感謝してもしきれませんね」

「いいや。俺も必死だったさ。もし駄目だったら死ぬ覚悟までしていたからな」


 彼らが涙を流しながら、互いに喜び合っている。

 こいつらに帰れと命じたら本当に自害しそうな気がするな。

 それにしても、仲間っていいな。こうやって喜び合えるんだから、羨ましくなる。


 丁度その時、守衛が食事を運んできた。

 いつの間にかそんな時間になっていたようだ。小窓の外を見ると陽も沈んでいる。


「ほら、飯だ。食え!」


 守衛はいつもの調子で食事を鉄格子の下からこちらに押し込むと、そのまま去っていった。


「フェール様。わたくしが取ってまいりますね」

「ああ、頼む」


 俺が立ち上がろうとするより早くネルビアがそう告げると、鉄格子に向かって嬉しそうに歩いていく。

 しかし、両手に食事の盆を持って、こちらを向いたネルビアの顔には怒りが浮かんでいた。


 そして、ネルビアは片方の盆を俺にではなく、オルディスの方に差し出した。

 怪訝な顔でそれを受け取り、盆に乗った食事を見ると、オルディスも怒りを露わにする。

 彼らの様子に、ただならぬものを感じて俺は口を開いた。


「ネルビア、オルディス。どうしたんだ?」

「毒が入っています」


 オルディスは俺の質問に答えながら、持っている盆をベルファに渡す。

 ベルファもそれを見て、明ら様に眉間に皺を寄せた。


「俺にも見せてくれるか?」

「絶対、口にはされないでください」

「ああ、分かってる」


 ベルファは一言注意を促してから、俺に盆を渡してくれた。

 俺も盆に乗った食事を見てみるが、何処に毒が入っているのか全く分からない。


「どこに毒が入ってるんだ?」

「スープでございます。少しばかり液体が揺らめいている部分が毒になります。それに微量ながら臭いもいたします」


 よく見ると確かに混ざり切っていない液体が揺らめいている部分がある。

 俺には臭いはさっぱり分からないが、こいつら全員が毒というなら間違いないのだろう。

 それにしても、さっきまで話していた事が、こう直ぐに起こると怖気が走る。

 間違いなく俺一人だったら、これを食べて死んでいただろうな。


「はぁ、あり得るとは思ってたけど、まさか此処でとは思わなかったな」

「フェール様。呑気なことを仰っている場合ではございません」

「ああ、悪い」


 でもなぁ。そうは言っても、これ、どうすればいいんだ?

 守衛に騎士団長か魔法師団長への面会は断られているし、誰が毒を盛ったのかも分からないんじゃ、手の打ちようがないんだが。


「私の配下の者を召喚し、調査させますか?」


 ベルファが対処について提案してきてくれる。

 こいつらなら配下の者を召喚できても驚かないが、今はこれ以上、魔物が増えるのは避けたい。


「申し出はありがたいけど、今は却下だ」

「了解いたしました。しかし、どうなされるのですか?」

「このまま様子見するしかないだろう。今は騒ぎを起こしたくないしな」


 牢屋での食事に毒が入っていたということは、ここは敵陣の真っ只中ということだ。

 誰が犯人かも分からない状態で騒いでも、俺の立場が危うくなるだけだろう。

 仮に騒いだとして、例えそれで騎士団長か魔法師団長に面会できたとしても、二人の擁護は期待できなくなる。


「しかし、フェール様。お食事はどうされるのですか?」

「ああ、それなぁ…。数日ぐらいは耐えられるだろうけど…」


 ネルビアの心配も良く分かる。

 毒が盛られるのもきっと今回だけはないだろう。この毒で死ななければ別の毒が盛られるに決まっている。

 俺はネルビアたちとは違って食べないと生きていけない。

 昨日の夜中に肉をたらふく食べたので、しばらくは食べなくても死にはしないだろうが、ここでの生活がいつまで続くのかも分からない以上、絶対に対策が必要だ。


「フェール様。俺に提案があるのですが、よろしいですか?」

「ああ、教えてくれ」


 オルディスの口調がまだ固いように思うが、さっきの今なので仕方ないかと諦める。

 それよりも、今は食事の心配をしたい。


「分かりました。それではご説明しますね―――」


 こうして語られたオルディスの策を全員で検討する。

 話し合いでは、喧々諤々あったが、概ねオルディスの案でいくことになった。


「すばらしいです。オルディス見直しましたよ」

「ええ、そうですね。大いに称賛しましょう」


 いや、ネルビアとベルファももっと考えろよと言いたくなる。

 こいつらは、どちらかというとオルディスの案に我儘だけを言っていた気がする。

 今は自分たちの我儘が通って嬉しそうにしているが、通っていなければ絶対拗ねていたはずである。

 オルディスは褒められても嬉しそうではなく、やれやれと首を横に振っているし。


 さて、作戦決行まで少し時間があるし、少しゆっくりするか。

 今日もそれなりに大変になりそうだ。


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