無実の訴え
森での検証を終えた翌日、ぐっすりと寝た俺が目覚めたのは、夕方近くになってからだ。
さすがに、疲れていたようだ。一日で数日分は働いた気がするので、当然と言えば当然だが。
「フェール様。おはようございます」
「ああ、ネルビア。おはよう」
ネルビアは相も変わらず、俺の寝顔を眺めていたようだ。
本当に寝ないで丈夫なのだろうか?
俺は上体を起こして大きく伸びをする。
「「フェール様。おはようございます」」
「ああ、オルディスもベルファも、おはよう」
ネルビアに一拍遅れて、 オルディスとベルファも挨拶をくれた。
俺は手早く顔を洗うと、ベッドに腰掛けた。
「フェール様。今日は如何致しますか?」
オルディスが今日の予定を聞いてくる。
俺は少しばかり思案して、オルディスに今日の予定を告げた。
「そうだな…。今日は昨日までの情報を整理したいかな。俺にもいろいろ勘違いがあったみたいだし」
情報の整理もそうなのだが、何より今後に向けた方針を練りたい。
そのためにも、先ずは、得られた情報を整理する必要がある。
「承知いたしました。何かありましたら、すぐにお声がけください」
「ああ、分かった」
俺はそう答えると、思考の海に沈んだ。
まずは、重要事項の整理だ。
今の現状至っているのは、アゼルがこいつらの覇気を見たというところから始まっている。
そしてこれについては、アゼルの言い分が正しいと考えて間違いないだろう。
そもそも俺の考えは、俺が弱く覇気を見ていないという主張によるものだ。しかし、これは昨日の検証で覆ってしまった。昨日の森での出来事が夢ではない限り、俺は強くなっている。しかも、こいつらの三倍以上の強さになっているために、こいつらが発した覇気が見えなくなっているようだ。
「なぁ、もう一度確認だが、お前ら俺と闘った時に覇気を発していたんだよな?」
俺の質問に彼らが互いの顔を見合わせ、代表してオルディスが口を開いた。
「はい。発してましたね」
「そうか。ありがとう」
俺は聞きたいことが聞けたので、礼だけ伝えると、再び思考に集中する。
今更、オルディスが嘘を吐くとも考えられないので、発していたと考えておく方が良いだろう。
ということは、こいつらは冥界の王と名乗った通り、魔王級で間違いないことになる。
それなら、アゼルがこいつらを見て、騎士団を招集したのも当然の流れになっていくのか。
って、あれ?
俺は重要なことを思い出して、背筋が冷たくなってくる。
あ、これは少し困ったことになったかもしれない…
俺はベッドから慌てて立ち上がると、鉄格子まで走っていき、外に向けて大きな声を上げた。
「あの~。すみません。誰かいませんかーーー!」
俺の慌てた様子を見て、さっとオルディスたちが俺に近付いてきた。
「「フェール様。どうされたのですか?」」
「フェール様。何かございましたか?」
「あ、ああ、そうだな…。説明は後でいいか? それより今は騎士団長か魔法師団長と話をする方が先だから」
俺は、心配して寄ってきた彼らに断りを入れると、再び牢屋の外に向かって叫んだ。
「すみませーん! 誰かいませんかーーー!」
俺の叫び声を聞いて、守衛がこちらに向かって駆け寄ってきた。
「なんだ。大きな声を出すんじゃない!」
突然呼ばれた守衛は、少しばかり機嫌が悪そうに注意してくる。
今はそれどころじゃないんだ。許してほしい。
「すみません。至急、騎士団長か魔法師団長に伝えたい件があるんですが、会えませんか?」
「騎士団長様か魔法師団長様だと?」
「はい」
俺は守衛に軽く謝罪すると、本来の要件を伝える。
しかし、俺の言葉を聞いて、守衛が怪訝な顔になった。
「会えるわけなかろう! 騎士団長様と魔法師団長様はお忙しいのだ。必要なら騎士団長様か魔法師団長様が自ら御越しになる。それまで待っていろ!」
「それでは間に合わないかもしれないんです」
「しつこい! 何度も言わせるな!」
守衛は、俺の頼みを聞く耳など持っておらず、最後は怒り心頭になりながら立ち去って行った。
くそっ! これでは騎士団長か魔法師団長に会えるのがいつになるのか分からない。
「フェール様。大丈夫ですか?」
「あの者には罰を与える必要がありますね」
「ええ、フェール様の願いを断るなど、万死に値します」
オルディスが心配そうに声を掛けてくれる。
ベルファとネルビアは不穏なことを言っているが、これも俺を思ってのことだろう。今ならそう思える。
「お前ら、あの守衛に何もするなよ。これも、彼の仕事なんだから」
俺はベルファとネルビアに注意すると、再び、ベッドに腰掛けた。
守衛としては正しい対応だといえる。
組織の長に会わせろと言っている囚人に、いちいち対応していたのでは身が持たない。
それは分かるのだが、とはいえ、この状況では一番の望ましくない結末になってしまう可能性がある。
何しろこの情報を持っているのは、俺だけなのだから。
「フェール様。俺たちでお役に立てることがあれば、なんなりと仰ってください」
俺の焦燥感が顔に出ていたのか、それを勘違いしたオルディスが、恐る恐る尋ねてくる。
「あ、いや。できることはないな…。ありがとう。…でもそうだな。説明だけはしておくよ」
「はい。お聞きいたします」
特に彼らに教える必要もないのだが、後で説明すると言った以上、説明だけはしておこうと思ったのだ。
それに、この焦りを少しでも共有できる者がいれば、少しは心も軽くなるかもしれない。
「昨日話したと思うが、アゼルという冒険者が、お前たちを従えたいと考えているかもしれないという話をしただろう」
「ええ、冒険者の勲章でしたか?」
「ああ、そうだ」
「わたくしたちを従えようとは、愚かなことですね」
「ええ、その人間は自殺願望でもあるのかもしれませんね」
流石、オルディスだ。しっかりと覚えていたようだ。
一方俺は、不快感を露にするベルファとネルビアに冷ややかな視線を送る。
俺の視線を受けたベルファとネルビアは、はっとしたように口を閉じた。ネルビアなんて、自分の口を手で覆っている。分かれば宜しい。
「で、その話の発端は、俺が弱くて覇気を見ていないってことなんだよ」
「え? どういうことでしょうか?」
俺は、何故そんな結論に至ったのか、根本的な原因を説明し始めた。
それこそが、この冤罪の引き金なのだが、オルディスには突飛な内容だったようだ。
「簡単に言えば、俺のような弱い者が倒せる魔物が、覇気を発するはずがない。だから、アゼルさんが覇気を見たというのは嘘だろう、という話になったんだ。じゃあ、何故、嘘をついたのかって話だが、その理由として考えられるのが、俺を貶めて、お前たちを俺から引き離し、自分に服従させるのが目的じゃないか、となったんだよ」
このため、俺は詳細に説明することにした。
「ああ、なるほど。そのアゼルが嘘をついているって話になったわけですか」
「ああ、そうだ。あの時点では、俺が強くなってるなんて誰も考えなかったしな。で、その結果、今まさに騎士団長と魔法師団長とギルド長がアゼルさんを調べていることなんだよ。だから、一刻も早く知らせて止めないと、アゼルさんが無実の罪に問われるかもしれないだろ」
オルディスが事情を理解した様子を見せたため、俺は、この冤罪に終止符を打つ必要があることを強調する。
「…どうしてですか?」
しかし、オルディスは、俺の説明を聞いて不思議そうに首を傾げた。
俺は彼が何を不思議に思っているのか分からず、思ったことを口にする。
「どうしても何も、無罪なのに罪に問われたら理不尽だろ?」
「いえ、そういうことではなくてですね。アゼルは嘘をついていないんですよね? だったら、調べられても問題ないんじゃないですか? 彼が無実なら罪に問われることもないと思うんですが…?」
確かに普通ならオルディスの言う通りだ。
だが、権力というのは往々にして真実を歪めてしまう。証拠をでっちあげることすらあるのだ。
「無実だから問題ないってわけでもないだろ」
「まぁ、そうですね。俺はアゼルという者のことを知らないので分かりませんが、でも、フェール様の話を聞く限り、その騎士団長と魔法師団長とギルド長が証拠もなしに罪に問うとも思えないんですけどね」
あれ? 確かにそうだな。
理不尽な権力ばかりを眼にしてきたから焦っていたが、騎士団長と魔法師団長とギルド長がそんなことをするとも思えない。もし、そんな人物なら、俺の話に耳を傾けてはいないだろう。
それに、アゼルは民衆からの人気も高い冒険者だし、彼をわざわざ罪に問う理由もないしな。
アゼルを無実の罪に問えば、民衆が黙ってはいないだろう。そんな危険を冒すとも思えない。
「確かに…、そう言われれば、そうだな」
オルディスの言葉で、少し冷静になれた気がする。
そう思った途端、俺の肩の力が抜けてくる。
「まぁ、ただ、その騎士団長と魔法師団長とギルド長というのも、フェール様をここに閉じ込めてる時点で、俺には信用ならないんですがね」
オルディスは先程とは一転、不満を口にする。
「それは、昨日も説明しただろ。それに今も言った通りだ」
「ええ、それは分かってますよ。アゼルの調査のためなんですよね。ですが、頭で理解はしても感情は別ですよ。それに、だからといって罪を犯していないフェール様がここに留まる理由にはならないと思いますし」
オルディスの言う通りだ。
正確に言えば、俺がここにいた方が良いだけで、いる必要はない。
ただ、俺がここから出た場合、間違いなく俺は人々から忌避の目で見られることになるので、俺もできればそれを避けたい。
「まぁ、そう言うな。これはこれでお前たちとも話せたんだし、悪いことばかりじゃないしな」
「ええ、フェール様がそう仰るんなら、今は黙っておきますよ」
オルディスはまだ不満があるようだが、一旦は納得してくれた。
彼らが暴走したら、それこそ、この国が無くなってしまう可能性もあるので、気を付けないとだな。
こういう感情はできる限り、その都度、解消した方が良さそうだ。




