難しい力加減
オルディスが飛翔すると、それに続くようにベルファも赤髪猪の尾を持って付いてくる。
ベルファを良く見ると、ベルファが持っている赤髪猪の首からまだ血が滴り落ちている。これはこれで、血抜きになって良いのだが、下にいる者からしたら、正に血の雨が降ってきてるんじゃなかろうか?
やだな~。本当に血の雨とか降ることがあるんだ。
少し想像しただけで背筋が冷たくなってきた。絶対、王都の上を飛ぶのは止めよう。
「フェール様。では、解体を始めますね」
「ああ、頼む」
最初の場所に戻ると、ベルファが早速解体に取り掛かる。
「では、俺は結界を張りましょう」
「結界ってなんだ?」
また、オルディスの口から知らない言葉が出てきた。
もう慣れたもので、多少のことでは驚かなくなった。
いちいち驚いていたら、身が持たない。素直に受け入れた方が断然楽なのだ。
とはいえ、脳は疲れるので、軽減されるのは精神的負担だけなんだが。また、今日も許容範囲を越えそうだ。
「この辺り一帯に、俺たち以外は何者も出入りできないようにするための境界みたいなものですね」
「王都の城壁みたいなものか?」
俺は自分の知識にある似たようなものに例えてみた。
王都も承認された者しか出入りできない。
「ええ、そのようなものだと考えて頂ければ問題ないかと。ただ、結界は目に見えませんし、効果的にも城壁よりも強固で、上空にも展開されるという違いはありますが」
「強固ってどれぐらいなんだ?」
「破れるとしたら、魔法に長けた魔王級ぐらいじゃないですか」
いやいや、それは無敵じゃないか。最早、守りとしては無敵と言っても過言じゃない。
ただ、俺の場合、食料や水、あとは汚物処理などの問題があるから、長くは結界の中にいられないが、今みたいに動くことができない状況で、一時的になら非常に有効だ。
「凄いな。じゃあ…、て、いや、待ってくれ。できればもう少し結界は張らずにいてくれるか」
「え? どうされました」
解体に薪集めや火起こしなど肉を焼く準備のために無防備になる。それに、血の匂いに誘われて魔物が集まってくることも予想できる。それでも、こいつらなら突然襲われても傷一つ負わないだろうが、煩わしさを避けるという意味では結界を張っておいた方が良い。
「ああ、できれば力の制御に慣れたいから、集まってくる魔物で試したんだよ」
「なるほど。そういうことですか。分かりました。では、その間、俺は薪集めでもしてますね」
「ああ、もし魔物を見たら、俺に教えてくれ」
「はい。分かりました」
それから、ベルファは解体、オルディスは薪集め、俺は魔物狩りと作業を分担して行う。
と、早速、魔物が現れた。魔物は猿のような容姿で木の上に数体いる。
「ギャギャーーー」
俺がベルファと魔物の間に体を滑り込ませると、魔物が唸りを上げて、俺に飛び掛かってきた。
俺は、赤髪猪を倒した時よりも力を抜いて殴り飛ばす。
一体目、二体目、三体目と、少しずつ力を抜いて試していく。
猿のような魔物は赤髪猪ほど体が頑丈ではないのか、一体目は大きく弾け飛んでしまった。
それを見て俺はさらに力を抑えて、二体目は胴体だけ、三体目は胸部だけと少しずつ穴が空いて弾け飛ぶ範囲を絞っていく。
それからも俺は、襲ってきた様々な魔物で力の制御を試みた。
その後、何度かそれを繰り返し、数十体目で漸く穴を開けずに狩ることに成功した。
魔物ごとに頑丈さが異なるので、完全に力加減が掴めたわけではないが、大体の感じは掴めたと思う。
「「フェール様。お見事でございます」」
「ああ、ありがとう」
いつしか解体と薪集めを終えたベルファとオルディスが、手を叩きながら褒めてくれる。
俺も自然と笑みで返した。
よく見ると、既に薪には火がついており、その火の周りには串に刺した肉が並べられていた。
ベルファって、意外と器用なんだな。赤髪猪が綺麗に解体されている。
「既に焼き上がった肉もございます。お早くお召し上がりください」
「ああ、じゃあ、オルディス。結界を頼めるか?」
「はい、承りました」
俺の頼みにオルディスがさっと腕を横に振る。
恐らく、今の動作で結界を張ったのだろうが、結界自体が見えないそうなので俺には分からない。
「では、フェール様。こちらに御越しください」
「じゃあ、俺はフェール様が倒された魔物の死骸を処分しておきますね」
「処分て、どうするんだ?」
「そんなに大したことはしません。一箇所に集めて燃やすだけですよ」
「そうか。じゃあ、二人とも頼む」
「「はい。分かりました(了解いたしました)」」
俺はベルファに先導されて、焚き火の近くの岩に腰を下ろした。
先程までこんな岩はなかったので、いつの間にか、ベルファが何処かから持ってきたのだろう。
オルディスは素早く移動すると、俺が倒した魔物を一箇所に放り投げている。
「では、フェール様。お召し上がりください」
俺はベルファが差し出してきた皿を受け取る。
が、俺は受け取った皿をまじまじと眺めて、首を傾げる。
「なあ? この皿、どうしたんだ?」
「皿ですか? 造りましたが、それが、どうかされましたか?」
「え? 造ったって、どう見ても金属製な気がするけど、どうやって?」
辺りを見回しても、鉄を加工するための鎌や台座などは見当たらない。
いや、そもそも鉄鉱石がないんだから、加工のしようもない。
「それは、物質創造で造った物ですよ」
いつしか魔物に火をつけたオルディスが近付きながら説明してくれる。
知りたい時のオルディス先生、登場である。
ベルファとネルビアは、俺がなんでも知っていると思っているのか、話の要領を得ないんだよな。
オルディスの後方には、積み上げられた魔物たちから業火が上がっている。
「物質創造?」
「はい。先日、ご説明したかと思いますが、俺たちの体は魔素から造られてるんですが、それと同じです」
そういえば、こいつらの体は魔素からできていると言っていたな。
じゃあ、これも魔素を集めて物質化したということか。
「そういえば、俺がベルファを弾き飛ばした時の服も直ってるな。これも物質創造というやつか?」
「はい。そうです」
ベルファを腕が治った時にも気になっていたのだが、その時は早く冒険者登録がしたかったのと、その後、あんな事件があったので、聞くのをすっかり忘れていた。
それにしても、魔力知覚に幻術に転移に飛翔に結界に物質創造とか、もうなんでもありだな。
これ以外にも魔法が使えるとか、最早、出来ないことなどないんじゃないかと思える。
「その物質創造って、どれぐらいのものが造れるんだ?」
「魔素さえ足りれば、物質であれば大概のものが造れますが、現実的に可能なのは武器とか服とかですね」
限界はあるってことか。
確かに魔素も無限にあるわけじゃなくて有限だろうな。
魔素のように目に見えないものを集積して物質を造るんだから、相当の魔素を必要とすることは想像できる。
それにしても、やっぱり凄い能力だと思える。鍛冶屋なんて商売上がったりだしな。
「それでも凄い能力だな」
「ええ、俺たちには慣れ親しんだ能力ですが、そうなんでしょうね」
そうだろうな。俺たちと金持ちでお金の価値が違うのとよく似たものだ。
持つ者と持たざる者の差ともいう。俺も持つ側になれるだろうか。
「それより、肉を食べましょう。せっかくベルファが用意してくれましたからね」
「ああ、そうだな。腹も減ったしな」
「はい。たくさん焼いておりますので、お好きなだけお召し上がりください」
俺は、オルディスとベルファに勧められるまま、肉に齧り付いた。
「旨いな」
「お気に召していただけて良かったです」
ベルファが嬉しそうに微笑んでいる。
ベルファは一番美味しい部分を選んでくれたのか、口に入れた途端、肉汁が口の中に広がり、肉の旨味が口の中を駆け巡る。
肉もそれなりに噛み応えがあり、かといって固くもなく、歯切れも悪くない。
「お前たちも食べたらどうだ?」
「ええ、それでは俺もいただきますね」
「はい。では、御言葉に甘えて私もいただきますね」
「ああ」
赤髪猪の大きさを考えれば、三人で食べても食べきれない量がある。
捨てるのは勿体ないし、留守番をしているネルビアにも持って帰ってやろう。
「なぁ、ベルファ。ネルビアにもお土産に持って帰ってやりたいんだけど、できるか?」
「ええ、もちろんでございます。では、後ほど箱にでも詰めて持って帰りましょう」
「ああ、悪いけど頼む」
俺たちは、その後三人でお腹いっぱいになるまで肉を食べた。
俺は久しぶりの肉を堪能し満足感まで得ることができた。
こういうのもいいな。次があれば、ネルビアも連れてきてやりたい。
「そろそろ帰るか」
「ええ、そうですね」
「はい。ネルビアのための肉も箱に詰めましたので、いつでも問題ございません」
俺は辺りを見廻してみる。
オルディスが積み上げた魔物の死骸も綺麗に灰になっている。
ついでに赤髪猪の残骸も放り込んでおいたので、魔物の死骸は残っていない。
焚き火も消したし、火の心配もない。
「フェール様。帰りも飛びますか? それとも牢屋にそのまま転移することでもできますが、どちらにしますか?」
まだ陽は昇っていないが、もうすぐ昇り始める。
そろそろ王都の街に人が出てきてもおかしくない。万が一でも見つかるのは避けた方が良いだろう。
「じゃあ、転移で頼めるか」
「はい。分かりました。では、俺に掴まってください」
飛ばないなら抱きかかえられる必要もないので、少し心が安らぐ。慣れたとはいえ、お姫様抱っこを避けられるなら避けたいしな。
俺はオルディスの横に立って、オルディスの腰を掴んだ。
「では、転移しますね」
「ああ」
オルディスは、俺が彼の腰を掴んだのを確認すると一言告げてきた。
そのオルディスの言葉と共に俺の視界が切り替わった。ここ数日間で見慣れた光景が視界に入る。
「フェール様。お帰りなさいませ」
ネルビアは俺たちを視界に収めると、さっと幻術を解いて、嬉しそうに俺に近付いてきた。
「何もなかったか?」
「はい。何もございませんでした」
「そうか、それは良かった。で、お前は何をしていたんだ?」
俺がここに到着した際、ネルビアはベッドに入っていなかったので、ふと気になった。
これが間違いだったことに直ぐに気づくことになるのだが。
「フェール様の寝顔を見ておりました」
ネルビアは爽やかな顔で嬉しそうに教えてくれる。
俺はその回答に首を傾げる。
「それって、幻術で作り出した俺の顔か?」
「はい。案外良くできておりましたので、眺めておりました。ただ…、フェール様御本人でないのと、動かないので少々物寂しくもありましたが」
「そ、そうか…」
ネルビアは話しながら悲しくなったのか、目尻を下げて俯いた。
そりゃ幻術だから動かないよね。というか、幻術を見て楽しいと思える心境が俺には良く分からない。
肖像画を描かせて、それを観賞するのと同じ心境なのだろうか?
まぁ、趣味は人それぞれだしな。俺がとやかく言うことでないか。
こんなことなら最初から聞かなきゃ良かった。
俺は話題を変えるべく、ベルファに目配せをする。
「フェール様、どうぞ」
ベルファは俺の意図を汲み取って、肉の入った箱を俺に手渡してくれる。
俺はそれを受け取ると、ネルビアに向けて差し出した。
「これ、お土産だ」
「フェール様がわたくしにですか!? ありがとうございます! 一生宝物として大事にします!」
ネルビアはキラキラした眼差しで箱を受け取ると、大事そうに胸に抱え込んだ。
え? いや? 一生大事に保管などしたら腐ってしまうだろ。臭いが酷過ぎて二度と開けられなくなるぞ。
俺なら絶対に後悔する。
「いや、中身は肉だし直ぐに食べろ。それに、その箱はベルファが物質創造で造ったものだしな」
「お肉、ですか?」
ネルビアが中身を聞いて、目を瞬かせている。
「ああ、森でお腹が減って、狩った魔物の肉を焼いて皆で食べたんだよ」
「ええ、そうです。一緒にいないネルビアにと、わざわざフェール様がご準備されたのですよ」
皆で食べたと言った瞬間に、ネルビアは一瞬で眼に剣を帯びたが、それを即座に感じ取ったベルファが、すかさず俺の支援に入ってくれる。
今のはベルファがいなかったら危なかった気がする。俺でも感じ取れたぐらいだしな。
少しベルファへの認識を上方修正した方が良いかもしれない。
「ああ、フェールざま、あじがどうございばず。あじがだぐ、いだだぎばず」
ベルファの言葉を聞いたネルビアが、今度は感慨のあまり一瞬で目に涙を溜めて泣き出した。
あ、いや、俺が準備したわけじゃないんだけどな。
俺が頼んだから、準備したとも言えなくないかもだけど、それはやっぱり無理がある気がする。
とはいえ、今更、真実など語れないけど。
「あ、ああ…、ネルビア、泣くな。お前が食べ終わるまで、ずっと横にいるから」
「ええ、そうですよ。私たちも一緒におりますから」
「ああ、そうだな。ゆっくり味わって食べればいいさ」
「あ゛い…」
その後、ネルビアが床に座り丁寧に箱を床においた。
俺たちもネルビアの前に腰を下ろす。
「では、フェール様。いただきますね」
ネルビアは嬉しそうに箱を開けると、その中から串に刺さった肉を取り出し齧り付いた。
「物凄く美味しいです。うふふ。フェール様の愛を感じます」
あ、いや、愛は入っていないぞ。俺はその言葉を咄嗟に吞み込んだ。
危ない危ない。またベルファに頼ることになりそうだった。
それに今は、機嫌良く食べているので、茶々を入れるのは止しておくのが正解だろう。
まぁ、美味しいのは間違いないしな。焼き立てでないのが残念だが、それは次回ということで。
「ネルビアが気に入ってくれて良かったよ」
「はい。嬉しいです」
「ああ」
ネルビアは心の底から嬉しさが溢れ出している。
それを見て、俺も和やかな気分になる。
オルディスもベルファもうんうんと笑顔で頷いているので、彼らもきっと和んでいるに違いない。
その後、俺たちは森であったことをネルビアに伝えながら、ネルビアが食べ終わるまでの時間を過ごした。
今日もいろいろあったが、この後のことを考えるのは明日にして、今日はこの穏やかな気分で眠りたい。
「じゃあ、そろそろ寝るか」
「「「はい。お休みなさいませ」」」
牢屋の小窓からは昇り始めた陽の光が差し込み始めたが、俺はそのままベッドに入った。
どうやら俺は強くなっているようだが、結局、俺の特殊な魔力の器の原因は分からず終いだ。これもいつか分かるのだろうか? 分かればいいな。俺はそんなことを考えながら眠りに就いた。




