驚きの結果
ベルファは、オルディスの言葉を受けると、灰色狼の方に向かって歩いていく。
俺が何をするつもりなのか考えながらその様子を眺めていると、灰色狼が一斉にベルファに向かって飛び掛かった。
「え?」
俺が驚いたのは灰色狼がベルファに飛び掛かったことではなく、ベルファが微動だにしなかったことだ。
そう。ベルファは灰色狼に襲われることに身を任せているのだ。
「フェール様、ベルファをよく見ておいてください」
「ああ」
微動だにしないベルファに灰色狼たちが幾度となく、襲い掛かっている。
しかし、ベルファには傷一つ付いていない。
噛みつかれても体に牙が食い込むこともなく、爪で斬りつけられても、その全てを弾き返している。
「オルディス、そろそろ良いですか?」
ベルファは、灰色狼たちに襲われているにも関わらず、それを意に介していないように、こちらを振り向いて問い掛けてきた。
「フェール様。これからベルファが、あの中の一匹をフェール様に向かって投げるので、それを思いっきり殴ってください」
「あ、ああ」
オルディスの笑顔に思わず了承してしまう。
俺に灰色狼の相手ができるとは思えないが、これも俺の強さの検証のためだと覚悟を決めるしかない。
もし、俺が負けそうなら、こいつらも助けに入ってくれるだろう。
ベルファには灰色狼の攻撃が通じないようだし、なんとかなると信じよう。
俺は腰を落として、拳を握る。
「それじゃあ、ベルファ、頼む」
「はい。了解いたしました」
そう言うと、ベルファは襲ってきた灰色狼の首を徐に掴むと、その灰色狼を俺に向かって投げ付けた。
その灰色狼はかなりの速さでこちらに飛んでくるが、それでも、こいつらの動きに比べれば遅い。
灰色狼も突然のことに驚いているのか、体勢も無防備となっているので、殴るだけなら余裕で問題なさそうだ。
俺はぐっと腰を落として、丁度良い瞬間を見計らい、灰色狼めがけて拳を突き出した。
俺の拳は狙い違わず、灰色狼の体側部を捉える。
俺は拳に灰色狼の筋肉の感触を感じながら、さらに体を捻って拳を突き出した。
その途端、『ぼふっ』という音と共に、俺の拳を中心に灰色狼の体側部に大きな穴が開き、灰色狼が弾け飛んだ。
「え?」
俺はそれを見て、驚きと共に放心状態になる。
なんで? 殴っただけだぞ?
「さすがフェール様。お見事です」
俺が灰色狼を弾け飛ばしたのを見て、ベルファが笑顔で手を叩きながら近付いてくる。
いつの間にか、他の灰色狼の姿が見えなくなっている。逃げたのか?
「どうでしたか? フェール様」
オルディスが感想を聞いてくるが、正直、驚き過ぎて混乱状態だ。
とはいえ、オルディスとベルファが何をしたかったのかは理解した。
俺がベルファの腕を殴って弾き飛ばしたのは、俺が強いからだということを証明するためだろう。
まず、冒険者登録前の俺の強さに比べて、灰色狼の方が強い。その灰色狼がベルファに傷一つ付けられず、その灰色狼の胴体に俺が穴をあけて弾き飛ばしたとなると、間違いなく俺は強くなっているということだ。
ただ、これだけでは俺が魔王級より強くなっているということにはならないが、少なくとも以前より強くなっている以上、俺の考えより、こいつらの話の方が信憑性が高いと言える。
う~ん、腹を括るか。
実際に魔王級と闘うこともできないので、信憑性が高い方を信じるしかないしな。
「俺が強くなってるというのは、本当みたいだな」
「ご理解いただけたようで良かったです」
オルディスとベルファも満面の笑みを浮かべている。
この笑顔を見ると、なんだか負けたような気分になる。 まぁ、実際にこいつらの言い分の方が正しいので仕方ないのだが。
「では、フェール様の強さも確認できましたので、戻りますか?」
そうだな…。戻っていいのだが、昼間に寝たのでまだ眠くはない。
それに強さの確認はできたが、まだ実感を得るとこまでは至ってないんだよな。
「いや。もう少し、狩ってみるか…」
「それも良いかもしれませんね」
「ええ、フェール様のお望みのままに」
オルディスとベルファも和やかに微笑んでいる。
「あ、そう言えば、オルディスかベルファのどっちでもいいんだけど、魔物の解体ってできるか?」
「ふふ。解体ですか? なんの問題もございません」
ベルファが自信満々で答えてきた。
確かにベルファの武器なら解体はしやすいかもしれない。ただ、不安もある。
「細切れにするんじゃないんだぞ? 大丈夫か?」
「もちろんでございます。しかし、解体などして、どうなさる御積もりですか?」
「ああ、ちょっと腹が減ったので、焼いて食べたいなと思って…。塩がないから美味くはないかもだけどな」
俺は解体する目的を、苦笑しながら返答した。
塩はなくても食べることはできるので、腹は満たすことはできる。
それに、久しく肉を口にしていない気がするので、森で魔物を狩れるなら食べたい。
「塩ですか…」
俺が説明を聞いたベルファが顎に手を当てて、何やらぶつぶつ呟きながら考え込んでいる。
しばらくして、ベルファが顔を上げると、『了解いたしました。しばらくお待ちください』と言って、突然その場から姿を消した。
「え?」
何? もしかして転移したのか? 何処へ行ったんだ?
俺は、ベルファが消えたことに不安を感じ、オルディスに視線を向ける。
「さあ? すぐに戻ってくるでしょう」
オルディスも肩を窄めて、首を振っている。
何も問題を起こさないといいけど、今の俺たちの立場をちゃんと理解しているだろうか?
何処へ行くのか、ちゃんと確認してからにして欲しかった。
これは、帰ってきたら報・連・相をしっかりと教えないとだな。
ベルファが戻るまではここを動けないかと思っていたが、ベルファはそれほど時間をおかずに戻ってきた。
突然現れたベルファに『おぅ』っと少し驚いてしまう。
転移って心臓に悪いな。予兆なしに突然消えたり現れたりするから、驚くなと言う方が無理だ。
これは人気のないところで使わないと、騒ぎになりそう。
「フェール様、こちらをどうぞ」
戻ってきたベルファは、俺に近付いてくると、優雅にお辞儀しながら何かが入った袋を差し出した。
「これって何?」
「塩でございます」
俺は袋の口を開いて中を確かめる。
その袋の中には、確かに白い粉が入っていた。
袋に人差指を入れて、指についた白い粉を舐めてみると塩で間違いない。
「お前これ何処から持ってきたんだ?」
俺は、ベルファを訝し気な目で見る。
こいつ、街の何処から盗んできたんじゃないだろうな。
「我が城から拝借してきましたが、それが、どうかされましたか?」
「我が城?」
ベルファは俺に不思議そうな視線を向けながら、問い返してきた。
我が城ってなんだよ? まさか、牢屋がある騎士団長庁舎から盗んできたのか?
「はい。冥界にある我が城からでございます。誰かに見られると少々厄介でしたので、見つからずに持ってくるのは骨が折れましたが、私に掛かれば、何の問題もございません」
俺はベルファの説明を聞いて、驚きの余り目を瞬かせる。
「え~っと、お前って、冥界に戻れるの?」
「はい。私の居城ですからね」
ベルファは俺の質問に首を傾げながら、当然の如く答えてくる。
俺がオルディスに視線を向けると、オルディスは顔を手で覆って天を見上げていた。
「なぁ、オルディス。お前も戻れるのか?」
「ええ、戻れますよ」
何故かオルディスは『はぁ』と溜息をついた後、諦めたように返答してくる。
「もしかして、ネルビアも?」
「ええ、そうですね」
オルディスは、俺の問い掛けに答えながら、ベルファを睨んでいる。
あれ? じゃあ、もしかして諸々の問題が全て解決するんじゃない?
俺が思考の海に沈みそうになった時、ベルファがそれを遮ってくる。
「それより、フェール様。塩も持って参りましたので、魔物を狩りましょう」
「あ、ああ、そうだな」
俺はベルファの声に現実に引き戻される。
とりあえず今は、ベルファの言う通り、腹を満たす方が先だな。
それから俺は再びオルディスに抱きかかえられると、上空に向かって飛翔する。
上空から東の方を見ると、仄かに明るく見えるのは王都だろう。
そして、西の方に視線を向けると、北の大地と南の大地を唯一繋ぐ山脈が小さく見えるが、その麓に広がる森は果てしなく続いている。
この大森林に三つの大国が隣接しているのだから、果てが見えないのも当然だろう。
この森に、どれだけの魔物がいるのだろう?
「フェール様。丁度、良さそうな魔物がいますので、降下しますね」
「ああ、頼む」
オルディスの言葉に了承を示すと、オルディスが降下し始めた。
今度、先程とは違い、開けた場所ではなく、森の木々の間を抜けていく。
オルディスは器用に俺に枝が当たらないように避けながら地面に降り立った。
俺がオルディスから降ろしてもらう、上から見ていたのは違って、木々の間にはそれなりの隙間がある。
その瞬間、草叢からガサガサという物音と、オルディスの『来ますよ』という声が重なって聞こえた。
俺は咄嗟に物音がした方向に体を向けると身構える。
草叢から飛び出てきたのは、赤髪猪だ。
赤髪猪は、灰色狼同様、薬の採取の天敵なので、広く知れ渡っている。体全体が剣を通しにくい赤い体毛で覆われていて、頭に深紅の鶏冠のような毛が生えている。口には獰猛で鋭い牙があり、これで相手を付き殺すらしい。
攻撃は突進と牙らしいので、剣さえ通せれば倒すのは難しくないらしいが、突進を避けながら剣を通すのも、あの赤い体毛を貫通させるのも初級冒険者では難しく、灰色狼同様、倒すには中級冒険者以上が数名必要とされている。
その赤髪猪が、俺が一番弱いと思ったのか、俺めがけて突進してきた。
四つ足と言えど、体高が俺の身長ほどあるので、かなりの迫力がある。
俺は、その迫力にめげず赤髪猪をギリギリまで引き付けて、その牙が俺に触れる寸前で、横に飛びながら左の拳を赤髪猪の頬めがけて横に振り抜く。
当然、拳とは逆方向に飛びながらなので、威力は落ちるが、灰色狼の時のことを考えれば丁度良い気がする。
体ごと吹き飛ばしたら、食べるところがなくなるしね。
そう思っての作戦だったのだが、なんと赤髪猪の頭部が見事に弾け飛び、赤髪猪は突進の勢いのまま数歩進んで、どさりと横たわった。頭部が無くなった赤髪猪の首からは、赤い血が流れ出ていた。
「え?」
おかしい。灰色狼の時とは違い、最後の捻りも加えていないし、反対方向に飛びながらなので威力が落ちているはずなのに、頭部が綺麗になくなっている。
う~ん。これはかなり力加減が難しい。
というか、この力は想定外過ぎる。でも、ベルファたちが魔王級なら、その肩を弾き飛ばしたことを考えれば、こんなものなのか? 良く分からなくなってきた。
「フェール様。首だけを弾き飛ばすとは、さすがです」
「いや、弾き飛ばすつもりはなかったんだけどな…」
ベルファが先程と同じように手を叩きながら褒めてくれる。
褒められてること自体は嬉しいんだが、心境はどうにも複雑なものになっている。
今のところ、戦闘時以外は支障をきたしていないが、早く力加減に慣れないと、困ったことになりそうだ。
「って、あれ? でも、なんで日常生活に問題ないんだ?」
「何がですか?」
「いや、この力さ。今まで日常生活には問題なかっただろ?」
「ああ、それは、戦闘時とそれ以外で、頭が切り替わるからですね。恐らく、フェール様は今までの経験上、御自分が弱いと思われているので、その意識のまま戦闘されるためですよ。そのうち慣れると思いますよ」
オルディスが俺の疑問に丁寧に説明してくれる。
なるほど。意識の問題か。
確かに日常生活での力加減は産まれてからずーっと続いているので、良く分かっている。対して戦闘はというと、自分が弱いという意識で力を込めるから、結果的に過剰な力になっているということだろう。
これは慣れというより、先ず意思の改善をしないと、このままな気がする。
でもなぁ。俺が魔王級より強いとか思えと言われても、『ああ、そうですか』とはならないんだよな。
早く現実を受け入れないと。
「フェール様。ここでは狭くて解体に不向きですので、最初の場所に移動したく存じますが、如何でしょうか?」
俺が力の制御について考えていると、ベルファが解体のための提案をしていた。
確かに木々の隙間程度の広さでは、この巨体の赤髪猪を解体するのは難しそうだ。
「ああ、そうした方が良さそうだな」
俺の返事を受けて、オルディスが『では、失礼します』と一声掛けてから、俺を抱きかかえた。
さすがに三回目ともなると、恥ずかしさも抜けてきて、慣れたものだ。




