認識の祖語
俺はベッドから起き上がると、顔を洗って、再度、ベッドに腰掛けた。
その間、俺の後ろをネルビアが付いて回るが、確か産まれたばかりの鳥の雛にこういう習性があった様な気がする。昨日、突然出会ったわけだし、あながち間違いでもないのか? 魔物のことは良く知らんけど。
オルディスとベルファは俺の前に座っているが、何故かネルビアは俺の横に腰掛けている。
半眼でネルビアの方に視線を向けるが、ネルビアは華やいだ顔で物凄く嬉しそうだ。
「それで、フェール様、昨日のお話ですが、今後、どのようになされる御積もりなのですか?」
俺が落ち着いたのを見計らって、オルディスが昨日保留にしていた問いを投げ掛けてきた。
オルディスもネルビアには触れない気でいるらしい。
「ああ、そうだな。その前に、昨日の事情聴取での話をするか―――」
俺は昨日の事情聴取を思い出しながら、簡潔に彼らに説明してく。
アゼルという冒険者が、お前たちが覇気を発したと言っていること。それによって、俺たち以外の人たちが、お前たちを魔王級だと勘違いしていたこと。俺がそれに対して間違いを指摘したこと。俺の説明に、騎士団長、魔法師団長、ギルド長が納得して、もう一度、一から調査することになったこと。アゼルが冒険者の勲章を狙っているかもしれないこと。調査にはそれなりの期間が掛かること。その間、俺たちはこの牢屋で過ごすことになること、などを漏れなく説明した。
「ということで、真実が分かるまで、しばらくこの牢屋で過ごすことになる」
俺は最後の締め括りに、ここでしばらく過ごすことを告げる。
俺にも、その後どうなるかは分からないので、ここまでしか語ることもできない。
しかし、俺の話を聞いて、オルディスが首を傾げている。
「フェール様、何故、彼らに俺たちのことを勘違いだと思わせたんですか?」
オルディスが問い掛けてきた言葉に引っ掛かるものを覚え、俺も首を傾げる。
勘違いだと思わせたんじゃなくて、勘違いなのだが、勘違いさせたままの方が良かったってことか?
「オルディス。貴様は浅はかですね。フェール様には我らが及びもつかぬ策謀があるのですよ」
「ないぞ」
ベルファが意味不明なことを言い出したので、何の感慨もなく即座に否定する。
ネルビアとベルファは放っておくと、遥か彼方に飛んでいきそうなので、手綱は極力短くしておくに限る。
ベルファが俺の即答に汗を流しながら固まってしまっているが、自業自得だ。
それにしても、魔素で出来た体でも汗を搔くんだな。
「俺は素直に勘違いを正しただけだが、勘違いさせたままの方が良かったのか?」
「いえ、そういうことではないのですが、そうですか…」
俺は、ベルファを無視して、オルディスに話の続きを問い掛ける。
しかし、俺が先程思った疑問を口にするも、オルディスは違うと言って、何やら意識を思考に集中しだした。
俺の方からの説明は済んでいるので、オルディスの返答を待たずに、これで終わっても良いのだが、オルディスが考えていることが気になって、オルディスが口を開くのをじっと待つことにした。
「もしかして、フェール様はご自身が弱いと思っておられませんか?」
思考の海から戻ってきたオルディスの言葉に俺は、肩透かしを喰らった気分になる。
ベルファは、オルディスの言葉に険悪な表情で何かを言いかけたが、途中で何かを思い出したように声を発することなく固まっている。恐らく、先程俺に即座に否定されたことでも思い出したのだろう。
俺の隣では、ネルビアが『フェール様のお言葉は全て正しいのですから、口を挟まずに結果だけを聞けば良いのです』と、完全に考えることを放棄し、終始楽しそうに俺の方を見ている。
いや、考えろよ! てか、そろそろ飽きろよ!
「思ってるも何も、実際弱いし、そこ、疑問に思うところか?」
「なるほど、やはりそうですか…」
オルディスは俺の返答を受けて、背筋を伸ばすと、真剣な顔で脚を揃えて座り直した。
オルディスの只ならぬ雰囲気を察して、俺もベッドから立ち上がるとオルディスの前に正座する。
ベルファとネルビアも、俺に倣い正座している。
冷たい床に全員が正座して向かい合っているという、なんとも異様な光景が出来上がった。
「え~っと、まず、フェール様は弱くはないです。寧ろ、世界でフェール様に勝てる者はいないと思われます」
「へ? お前、何を言ってるの?」
なんの冗談を言ってるんだと思ったが、オルディスのあまりの真剣さに、俺は若干怯んで疑問の言葉で返してしまった。
ベルファもネルビアも、オルディスの言葉にうんうんと満足気に頷いている。
「そうですね…。フェール様の強さについて説明をする前に、俺たちについて知ってもらった方が良いですね」
「あ、ああ、分かった」
オルディスの提案には賛成だ。俺も彼らのことを知りたいと思っていたので否はない。
その話の中で、オルディスが何を勘違いしているか見定めれば、俺の弱さも納得してくれるだろう。
「それではまず、忠誠を誓う際にも述べましたが、俺たちは冥界の王です」
「ああ、それなら知っているぞ。俺たち人間の言うところの商会の主だろ」
オルディスの説明に食い気味に返答する。ある程度、俺も把握していることを伝える必要がある。
しかし、オルディスは顔を手で塞いで、『そこも勘違いされておられたのかぁ~』と天を見上げている。
ベルファは俺の言葉の意味を必死に理解しようとしているのか、悩ましそうに顔を歪めている。
ネルビアは…、相変わらずだな。うん。無視しておこう。
「フェール様、冥界とは商会ではなく、言葉通り、この生界とは異なる世界のことです」
「へ?」
別の世界? え? どういうこと?
オルディスの説明によると、生界が人間を含む生物が住んでいる世界で、オルディスたちがいたのが冥界。そして、他にも天界など、この世界と異なる別次元の世界があるらしい。
俺の知らない世界観が出てきたことで、俺の頭が理解を放棄しそうになる。
「簡単に言いますと、冥界は、この生界で死んだ悪意ある者の魂が送られる世界です」
オルディスは、俺の疑問を汲んだのか、立て続けに説明してくれる。
ここで漸く俺にも記憶の片隅に思い当たることが浮かんでくる。
「それって、教会とかで教えられる、地獄とかいうところか?」
「ええ、厳密には異なりますが、そう理解してもらって大丈夫です。で、冥界ですが―――」
ここから冥界の詳細について、オルディスが語って聞かせてくれた。
それによると、冥界とは、悪意ある者の魂が冥界に送られる際に、魂が持つ記憶と力のうち、悪意と欲を除いて全てが失われるそうだ。そして、冥界に送られた魂は悪魔や幽鬼や死霊に生まれ変わるらしい。
産まれたばかりの悪魔や幽鬼や死霊は、力が失われているために弱者となるが、悪意と欲望だけは残っているため、その思念に忠実に従い強者に挑むそうだが、当然のことながら返り討ちに合い殺される。そして再び、悪魔や幽鬼や死霊として生まれ変わる。これを延々と繰り返すうちに、心が折れ、己の行いを反省し、悪意と欲望を捨てた者だけが浄化され、清らかな魂として生物に生まれ変わることが許されるらしい。
ただし、この中で当然、生き残る者が現れる。そういった者は、今度は強者として弱者の心を折る役目が与えられ、冥界の維持の一部として組み込まれるとのことだ。とはいえ、強者同士での争いもあるようなので、安泰とは言えないようだが。
ちなみに、悪魔は人の心に囁きかけ、幽鬼は生命力を霧散させ、そして死霊は魂を弄ぶことに長けているらしい。
「で、冥界での悪魔の王がベルファ。幽鬼の王がネルビア。死霊の王が俺です」
「ふ~ん。怖い世界の王なんだね…」
思考を放棄したような返答になったが、これも仕方ないのだ。
だって、オルディスが語った内容は理解できても、俺がその冥界の王を降したという、あまりにも現実と乖離し過ぎた内容に、あ~、そうですか。としか言いようがないのである。
「でもね、オルディス君。俺は実際に中級冒険者にも勝ったことがないのだよ。そんな俺がどうやって冥界の王を倒して従えられるというのかね?」
少々、教師じみた口調になってしまったが、とりあえず、崩しようのない絶対的な事実だけは主張しておく。
これを崩せるようなら、少しは耳を傾けてもいい。
しかし、オルディスは分からないとばかりに首を横に振る。
「分かりません。俺たちからしたら、フェール様が中級冒険者に負けたことの方が信じられませんから…」
「うふふ。フェール様は覚醒されたのですね!」
俺とオルディスの会話をぶった切る様にネルビアが目をキラキラさせて声を上げた。
「覚醒ってなんだよ! 人間がそんなに突然強くなってたまるかよ!」
俺は、明らかに考えもせずに思い付いたことを口走るネルビアに、思わず突っ込んでしまう。
ところが、オルディスが顎に手を当て、何か思い当たることがあるのか、ネルビアを支持する発言をする。
「あ、いや、あり得なくもないかもしれません…。覚醒とは違いますが、配下を新たに服従させるだけでいきなり強くなる者もいましたからね…」
これに対して、ベルファとネルビアが明白に嫌な顔をしている。
「あの羽虫のことを言っているのですか? それはフェール様に不敬でしょう?」
「ええ、あの羽虫とフェール様を一緒にするなど、万死に値します」
ベルファとネルビアがオルディスに対し敵意を剝き出しにして責め立て始めた。
オルディスはネルビアを支持したのに、逆にネルビアに睨まれるとか、オルディスが可哀相になる。
「いや、俺は羽虫とフェール様が同じといってるわけじゃなくて、そういう事例があると言ってるだけだが?」
オルディスも二人に対して、不機嫌さを露わにして応戦しだした。
完全に一触即発という雰囲気になっている。
「ちょっと待て!」
俺は慌てて止めに入る。
こんなところで殺傷沙汰とか勘弁してほしい。しかも理由が実にくだらなさ過ぎる。
俺が止めに入ったことで、状況を理解したのか、彼らも『申し訳ありませんでした』と矛を収めた。
「ベルファとネルビアは少し黙っていろ。で、オルディス。その羽虫というか、事例ってどんなのだ? 新たな配下を服従させたら、その服従させた者の魔力の半分が服従させた主に上乗せされるのは知ってるけど、それとは違うのか?」
もし、本当にそんな事例があるのなら、聞いておくべきだし、俺の持論が崩れる可能性だってある。放置はできない。
俺に怒られたと思ったのか、ベルファとネルビアが悄としている。
この二人を横目にオルディスが口を開く。
「ええ、配下の魔力の半分が上乗せされるのは、そうなんですけど、それはいきなり全てが服従主の力になるんじゃなくて、徐々に取り込まれていくんですよ。まぁ、人間の場合、そもそもの魔力が小さいので、服従させた時点で恩恵を受けたように感じているだけですね」
「え? そうなの?」
魔力量の違いで、上乗せされる魔力が身につく期間が変わるとは知らなかった。
まぁ、俺も人間だしね。人間の認識できることしか知らないのも当然かもしれない。
「はい。具体的に言うと―――」
そう言うと、オルディスが床に何やら図を描きだした。




