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世界の基点にいる平民とは?  作者: 御家 宅
第一章

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【ロイラン視点】難航する調査・後

 フェールの冒険者登録の日から三日目。

 夕方には事務仕事を終えて、馬鹿三人組の家へと向かう。

 彼らはまだ冒険者ギルドに顔を出していないようなので、自宅にいるだろうと踏んでのことだ。


 そして、三人組の一人、ボルフの家の前まで来た。

 彼は貧民街の一画にある複数の世帯が暮らす三階建ての建物の一室を借りていた。

 新人の冒険者なら、部屋が借りられるだけ良い方である。基本的に街の外に出ることが多い冒険者は、野宿をしたり、一泊幾らの安宿に泊まる者の方が多い。その方が経済的だし、何より家賃を払い続けるのも難しい者が多い。

 そう考えれば、それなりの収入は得ていることが窺える。馬鹿ではあるが、怯むことなく魔物に向かっていくだけのことはあると言ったところだろう。


 俺は彼の部屋の扉を叩いて、ボルフを呼び出してみる。

 しかし、中から返事は返ってこず、扉に耳を当てて中の様子を窺ってみるが、物音一つ聞こえてこない。


 外出中か?

 そう思って時間を改めようと踵を返したところに、ボルフの隣の部屋の住人が帰ってきた。


「あんた誰だい?」

「俺は怪しいもんじゃない。冒険者ギルドのもんだ。ボルフに用があって来たんだが、いなかったから出直そうと思ったところだ」


 住人が不審者と勘違いしたのか、怪しい者を見る目で問い掛けてきたので、自分の身分とここへ来た目的を告げる。

 住人は、俺を上から下まで睨み付ける様に見ると、ふっと息をついて、口を開いた。


「その部屋の少年なら、今朝一番に荷物を纏めて出てったよ」

「え?」

「実家に帰るとか言ってたから、もう戻ってこないんじゃないか?」


 俺はそれを聞いて焦りを覚える。


「もしかして、昨日か一昨日に、誰かが彼の家に訪ねてこなかったか?」

「さてね~、……、あ、そう言えば、昨日うちの旦那が仕事から帰ってくるなり、有名な冒険者が来ているとか言って興奮してたね。なんでもこの国一番の冒険者だとかなとか。もしかして、それかね?」


 やられた! 先を越された!

 俺は住人に『助かった』と礼を言うと、急いでネトラの家に向かった。

 しかし、予想通り、ネトラの家も、カミズの家も蛻の殻になっており、二人ともいなくなっていた。


 俺は途方に暮れて、冒険者ギルドに向けて歩き出し、ふともう一人残っていることを思い出した。

 彼女なら、まだ間に合うかもしれない。そう思い、エレナの家に向けて走り出す。


 そして息も切れ切れにエレナの家に辿り着くと、丁度、彼女の家から出てきたメーナに出会した。

 それを見て、安心のあまり、ほっと吐き出す。


「あれ? ギルド長、どうしたんですか?」

「ああ、エレナのことが心配でな。もう三日目だし、気になって来たんだよ」

「ああ~…、そうなんですね…」


 彼女は、俺の言葉を聞いて、神妙な面持ちで寂しそうに顔を伏せた。

 それを見て、俺の心に再び焦りが芽生える。


「私も先程、彼女の家に来たんですけど、これが置いてありました」


 メーナはそう言って、一枚の便箋を俺に差し出してくる。

 俺はそれを受け取ると、恐る恐る目を通す。


『拝啓。ギルド職員の皆さんからも暖かい応援を頂き、一日も早くギルドに復帰したいと考えていたのですが、ギルドに脚を向けると、あの恐怖が蘇り脚が竦んでしまい、ギルドに赴くことができそうにありません。皆さんとまた共に仕事をできる日を楽しみにしておりましたが、このような状態では、ギルドに復帰することも難しいと判断し、誠に勝手ではありますが、この手紙をもって退職とさせていだだきたく存じます。我儘を申し上げているのは重々承知しておりますが、何卒、ご容赦ください。それでは、皆様のこれからのご健勝をお祈り申し上げております。今まで、お世話になりました。エレナ』


 俺はその手紙を読み終えると、便箋を握り潰した。

 もう少し早くエレナを訪ねていれば。もっとエレナに寄り添えていれば。もう少し早くアゼルの証拠を掴めていれば、エレナはここを去らなくて済んだかもしれない。悔しさと後悔と怒りが一度に押し寄せてくる。

 俺の奥歯がギリっと鳴る。


「あの…、ギルド長、大丈夫ですか…?」


 メーナが心配そうに問い掛けてきた。

 俺は『ああ、大丈夫だ』と抑揚のない声で返答すると、そのまま王城へ脚を向けた。

 ああ、脚が重い。


 本来なら六の鐘に合わせて向かうのだが、この状況を少しでも早く共有したかった。

 情報ではなく、俺の感情を聞いて欲しかっただけかもしれない。


 魔法師団長は、指定時間でもないのに俺を快く受け入れてくれた。

 そして、俺を魔法師団長の執務室へ連れてきてくれた魔法師団員に、騎士団長を呼んでくるように告げる。


「何かあったようじゃな。もうすぐアルノルトも来るじゃろうから、それまで茶でも飲んで気持ちを落ち着かせておれ」


 俺は魔法師団長の言葉に倣って、給仕が入れてくれたお茶を口に含む。

 いつもなら美味しいと感じるはずのお茶も、何故だか今日は味がしなかった。

 ただ、それでも仲間が目の前にいるのだと思うと、少しは心が安らいでくる。

 しばらくして、執務室の扉が開かれ入ってきた騎士団長が、俺の顔を見るなり、『何があった?』と心配と訝しさが混ざったような顔で、俺を見つめてきた。


「アルノルト。とりあえず座れ」

「あ、ああ、そうだな…」


 騎士団長は、魔法師団長の勧めに従い、俺の向かい、魔法師団長の隣に腰を下ろした。


「さて、ロイランよ。何があったか教えてくれるか?」


 俺は頷いて、今日あったことを騎士団長と魔法師団長に報告した。三人の新人冒険者の家に行ったが、今朝、実家へ帰ってしまっていたこと。昨晩、ボルフの家にアゼルと思しき冒険者が訪れていたことも忘れずに。

 そして、報告の最後に、俺は一枚の便箋を魔法師団長に差し出した。


「それは、フェールの冒険者登録試験を担当した受付嬢の手紙です。フェールの試験以降、彼女も仕事を休んでいたんですが、本日訪問したところ、その手紙が置いてあり、彼女も今朝、この街を離れて実家に帰ったようです」


 魔法師団長は、その便箋を手に取ると、書かれている内容に目を通す。

 その手紙を読み終えると、魔法師団長は険しい顔をしながら、それを騎士団長に手渡した。

 騎士団長は、その手紙を読み終えると、魔法師団長と同様に険しい顔で口を開いた。


「書いてある内容自体は筋が通っているが、些か性急すぎるな…」

「ふむ。まだ三日目じゃ。恐怖を味わったというのであれば、それほど早く心の傷が癒えることはなかろう。ギルド職員なら、それぐらい分かっているであろうに…」

「ああ、それに、また共に働きたいと思っていたなら、実家へ帰るのが早過ぎるな」

「ええ、私も同じ意見です」


 俺は肩を落とし俯きながら、騎士団長と魔法師団長に同意する。

 その後、全員が目を瞑り顔を伏せると、しばらくの間、沈黙が場を支配した。


「ふむ。仕方あるまい…」


 魔法師団長が囁いた呟きに、俺と騎士団長が視線を向ける。


「アゼルを法廷に掛ける」


 その言葉に、俺と騎士団長は大きく目を見開いた。


「そんなことができるのか? 状況証拠だけでは難しいだろう…」

「ああ、難しかろう。だから、現状調べた内容を書類に認め、陛下に奏上する。陛下の口添えがあれば、法廷に掛けることもできよう」

「確かにそれであれば、可能だとは思うが、それでも罪には問えんだろう?」

「ああ、しかし、それで充分じゃ。アゼルに嫌疑が掛かれば、こやつに冒険者の勲章が与えられることもない」


 確かに魔法師団長の策も有効だとは思うが、あまりにも背水の陣に思えてならない。


「しかし、それでは民衆の反感を買うことになりませんか?」


 俺の言葉に魔法師団長が口の端を持ち上げ、にやりと嗤う。


「ロイランよ、それは諦めよ。それにじゃ。其方はここまで虚仮にされて腹が立たんのか? 儂はどうにも腸が煮え滾って仕方がないのじゃがな。民衆の反感など、それに比べれば、どうということもないわ」

「ああ~、確かにそうですね。俺も煮え滾ってます」


 俺も魔法師団長に誘われるように笑みを浮かべた。


「アルノルトはどうじゃ?」

「ここまで来て、俺を除け者にするな」


 騎士団長も不敵な笑みを浮かべて嗤っている。


「ふむ。それではこれからの流れじゃが、明日、儂の方で報告書と意見書を取り纏めて、陛下へ謁見を申し出る。恐らく謁見は早くとも明々後日になるじゃろうが、謁見で陛下の口添えが得られれば、その足で法廷に申請するつもりじゃ」

「うむ。それまでに民衆が騒ぎ出したら、どうする?」

「それなら、『国家の存続に関わる魔物について、民衆を扇動する者がいると情報を得た。これは扇動罪および国家反逆罪に値する行為だ。至急調査せよ』とでも言って騎士団を煽って市井を巡回させておけ。もし、これで民衆が騒ぎ出したら、それこそ、それを罪状にアゼルを捕えることもできよう」

「あーはっはっはっ。それは愉快よな。少しは意趣返しもできそうだ。良かろう!承った!」


 騎士団長は快活に笑うと、魔法師団長に了承の意を返した。

 ここまで来たら、俺も腹を括るしかない。いや、疾うの昔に括り終えている。

 俺も愉快な気分になってきた。


「ふむ。あとはフェールじゃが、明後日にでも会いに行くかの」

「陛下に謁見した後じゃないのか?」


 魔法師団長が、顎に手を当て考えながら呟いた一言に、騎士団長が疑問を呈す。


「いや、アゼルを完全に罪に問えない以上、国民からフェールの魔物たちの脅威を完全に取り除くことはできん。それに、フェールから魔物たちを引き離すこともできんのだ。彼には冒険者を続けてもらわねばならん。そのためには、今後の彼の意向も事前に確認して、陛下にもお知らせしておく必要があるであろう」

「確かにな。必要に応じては、フェールへの支援も必要になるかもしれんな」

「ああ、その通りじゃ」


 俺の頭の中に、フェールとの事情聴取で出た話が蘇る。

 確かに、国からの支援もなしに、この状況で冒険者を続けるのは難しい。

 証拠を掴めず、フェールの魔物たちの脅威を取り除くことができなかった上に、こちらの事情で冒険者を続けろと命じるのは人道に反する。


「なら、俺もフェールとの面会に参加させてもらえませんか?」

「そうじゃな。今後、フェールに冒険者を続けてもらうなら、其方の力添えも必要じゃからな」

「助かります」


 こうして俺たちの数日に渡る調査は、良好な結果には至らず、相打ちを狙うという策を取ることになった。

 そして、翌日から市井には騎士団がピリピリとした張り詰めた空気を漂わせたことで、民衆は口を慎み、アゼルが再び俺の執務室を訪ねてくることもなく、フェールとの面会の日が訪れた。実にフェールの冒険者登録試験から五日目のことである。


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