【ロイラン視点】難航する調査・中下
大宴会の翌日は、情報を得たというのに副ギルド長から解放されることなく執務漬けの一日を過ごした。
その夜の報告会でも、覇気を見たかもしれない冒険者がいるという情報を共有しただけで終わる。
騎士団長も魔法師団長も新たな情報はないままで、焦りを抱えたまま一日が過ぎてしまった。
勿論、副ギルド長に『明日は任せろ』と言った昨日の自分を後悔したのは言うまでもない。
そして、その翌日。
夕方に漸く全ての書類を片付けた俺は、馬鹿三人組に接触しようと執務室の椅子から腰を上げようとした。
その時、それを見計らうように執務室の扉が叩かれた。
なんと間が悪い、と思いながらも椅子に腰を落とし、『入れ』と扉を叩いた主に入室を許可する。
入ってきたのは、受付嬢のメーナ。いつも凛とした顔で、あまり笑ったところを見たことがない。容姿も良く美人なのだが、彼女の人を寄せ付けない雰囲気に浮かれた話も耳にしたことがない。仕事はできるのだが、もっと愛想が良ければなと思ってしまう。
「『蒼の龍』の方々がギルド長に面会したいそうですが、如何しますか?」
今も無表情で、淡々と用件だけを伝えてくる。
俺は、メーナが口にした名前を聞いて、肩に力が入るのを無理やりに押さえつける。
彼らから俺に接触してくるとは、嫌な予感しかしない。それでも、会わないわけにはいかないだろう。
「丁度今、仕事が一段落したところだ。ここに連れてきてくれ」
「分かりました。では、呼んでまいります」
メーナはそう言うと恭しく頭を下げて出て行った。
それからしばらくして、『蒼の龍』の面々が執務室に入ってくる。全員揃っているようだな。
俺は彼らにソファーに座る様に促す。副ギルド長がさっとソファーの端に移動すると、空いた席とその向かいのソファーに彼らが腰を下ろした。俺は執務机の椅子に座ったままだ。
俺から見て、右側のソファーに、アゼル、レイグ、副ギルド長。左側のソファーにアイル、ベイゼ、フォルフが順に座っている。
「で、今日はどうしたんだ?」
「どうしたじゃないわよ! 一昨日の魔物の件はどうなったのよ! 私たちに何の連絡もなんだけど!」
「おいおい、アイル。落ち着かないか」
俺が彼らに訪問の理由を尋ねると、アイルが机に手を突いて勢いよく上半身を乗り出して問い質してきた。
アゼルはそれを苦笑しながら宥めているが、抑え付けようとはしていない。
俺はこのやり取りだけで、彼らの来た目的を理解した。
まさか向こうからやってくるとは思わなかったが、今はまだ無難に対応するしかないだろう。
「すまんが、俺のところにも進展の報告はきてないな」
「そんな筈ないでしょ! ギルド長が昨日の夜も王城に行ったの知ってるんだからね!」
俺はその言葉に少々驚いて、副ギルド長に視線を向ける。
俺が言いたいことを察したのか、副ギルド長は、彼らに教えたのは自分ではないと必死に首を振っている。
どこから情報を得たのかを知りたいが、今は彼らに、これ以上、こちらの情報を与えないように切り抜ける方が先決だろう。
「ああ、行ったのは確かだが、まだ騎士団でも調査中らしい。それにもし知っていても、覇気を放つような強力な魔物の情報を、いくらお前たちでも簡単に喋れるわけないだろう」
俺も一応は冒険者を纏めるギルド長だ。彼らの勢いに怯んだりしない。
逆に威圧して怯ませるぐらいのことはできるのだ。
アイルは、俺の顔を見て『うっ』と呻いて仰け反った。
「ギルド長も落ち着いてください。アイルも悪気はないんです。彼女も心配なんですよ」
アゼルが俺を宥めるように仲裁してくる。
日頃なら俺も、その言葉を真に受けただろう。しかし、今の状況下でそれを素直に受け取ることなどできない。
「ああ、それは分かるが、心配してるのは俺も一緒だ。少しはお前たちも冷静に話すことを覚えろ。それにお前たちが騒げば周りの冒険者たちも不安になるだろうが。自分たちの立場を考えて行動しろ」
「すみません…」
俺が釘を刺すと、アイルがしゅんとして謝罪の言葉を口にした。
この謝罪が本心からかは分からないが、これで少しでも彼らの行動を抑止できればと思ってしまう。
「でもさ…、覇気を放つ魔物を、冒険者にもなっていないような素人が従えたままなんて不安じゃん。私としては早くアゼルに従えて欲しいわけよ…」
「ああ、そうだな。俺もアゼルが従えてくれるなら安心できる」
「アゼルなら魔物を暴走させることないだろうし、あんな強力な魔物を従えられるのはアゼルしかいないしな」
アイルの不安に他の面々も思い思いに同意の言葉を被せてくる。
当のアゼルは苦笑いを浮かべているが、満更でもない様子だ。
が、それを聞いた俺は、怒りを抑えるのに必至になる。
気を抜けば、今にも『ふざけるな! アゼルに魔物たちを渡せるか! そもそも覇気なんて放ってねえだろうが!』と大声で怒鳴ってしまいそうな程だ。
「お前たちの気持ちは分かるが、覇気を放つ魔物ともなれば国の管轄だ。冒険者ギルドとしても手出しできんし、一介の冒険者の出る幕じゃない。それぐらいは分かるだろう。下手に騒げばお前たちが罪に問われるぞ。気を付けろ」
俺はもう一度、彼らを諭すように釘を刺す。
諭すというより寧ろ脅しだが、彼らがここに、アゼルに魔物たちを譲ることを懇願してきたというのなら、悠長なことは言っていられない。
「ええ、それは分かってるんですけどね。でも、今やアゼルより強くて誠実な人間など、騎士団や魔法師団にもいないでしょう。俺たちとしても国の管轄と言われても不安なんですよ。だから、できればギルド長から騎士団や魔法師団に、その辺を進言してもらえないかと思って、今日はここへ来たんですよ」
アイルから一転、レイグが纏めるように、ここへ来た目的を告げてくる。
レイグは『蒼の龍』の中では一番の年配者で、彼らの調整役としても、他者との交渉役としても動いている。
アイルで煽ってレイグが心情に訴えてくるというのは、彼ら常套手段だ。意図しているかは別としてだが。
レイグには言葉以外の思惑もあると考えて、返す言葉を選ぶ。
「ああ、分かった。お前たちの気持ちも分かるし、俺も同じ意見だ。進言はしてみよう。ただし、あまり期待はするなよ。強調し過ぎると、騎士団や魔法師団から情報が流れてこなくなっても困るからな」
俺は彼らの側の人間だと主張して、彼らの警戒心を解きつつ、時間稼ぎも同時にする。
フェールには翻弄されっぱなしだったが、俺もギルド長として交渉事は苦手じゃない。
「ええ、分かってますよ。ギルド長には期待してますので、宜しくお願いします」
「ああ、何か進展があったら、こちらから連絡する」
「はい。お待ちしています」
こうして彼らが帰った後、俺は椅子に背中を預けて、天井を見上げる。
まさか、こんなに早く彼らから先制されるとは思わなかった。しかも、これほど直接的な手段を使うなど、考えもしていなかった。そのおかげで彼らの目的も知れたのだが、うまく乗り切れただろうか?
やはり彼らの目的は、アゼルに冒険者の勲章を与えることと考えて間違いないだろう。
しかも、冒頭にアイルが言っていたが、俺が彼らに監視されているという情報も得られた。
これを、まだ疑われていないと受け取るか、牽制と受け取るか微妙なところだ。
今日は、馬鹿三人組に会いに行く予定だったが、騎士団長と魔法師団長に相談してからの方が良いかもしれない。
少々、後手に回る気もするが、釘も刺しておいたので、慎重さを優先した方がいいだろう。
「そういえば、エレナはまだ休んでるのか?」
俺は天井から前に視線を戻すと、俺は執務室に残っていた副ギルド長に問い掛けた。
「ええ、メーナが昨日様子を見に行ったようですが、エレナもかなり怯えているらしく、しばらくは復帰するのは無理そうですね」
エレナとは、フェールの冒険者登録を担当した受付嬢だ。
馬鹿三人組から話を聞けないのならば、彼女から聞きたいと思ったのだが、まだ仕事に来れていないようだ。
「そうか、じゃあ、エレナが復帰したら教えてくれ。俺も心配だからな」
「ええ、分かりました」
俺は気持ちを切り替えて、明日に予定していた書類を手に取った。
明日の分を片付けておけば、明日は少しでも動き易くなるだろう、そう思ってのことだ。
そうして俺は明日の分の事務仕事をできるだけ処理して、六の鐘に魔法師団長の執務室を訪れた。
◇ ◆ ◇
俺は王城に着くと、魔法師団員に連れられて、魔法師団長の執務室に訪れた。
執務室に入ると、既に騎士団長と魔法師団長はソファーに腰掛けている。
ただ、その様子はいつも違い、顔つきが険しい。
「何かあったんですか?」
俺はソファーに腰を下ろすなり、そう問うた。
「ああ、今日、騎士団の中にフェールの命を狙う輩が現れた」
「えっ!?」
何かありそうだなとは思っていたが、予想外の返答に、俺は思わず絶句する。
「フェールは無事なんですか? その輩は誰なんですか? 目的は?」
「フェールは無事だ。目的は分からんが、誰かは分かっている。デルアックだ」
俺は驚きのあまり、立て続けに質問を口にしてしまったが、騎士団長はそれに嫌な顔をせず、全てに答えを返してくれる。
そして、騎士団長の口から紡がれた名称に、再び驚きが襲ってきた。
「デルアック様と言えば副騎士団長ですよね。なんで、そんな大物が…。捕えたんですか?」
「いいや。相手が相手だ。簡単には捕えられん。とりあえずは、信用できる者を貼り付けてはいるがな」
騎士団長は首を横に振りながら、苦々しそうな表情を浮かべている。
副騎士団長は侯爵家の三男坊で、実力ではなく、彼の家の権力によって副騎士団長の職を得た、所謂、世間知らずの坊ちゃんだ。
彼の背景を考えれば、確かに捕え難い。
「副騎士団長がアゼルの仲間ということは…?」
俺は想像したくもないことを口にした。それでも確認しなければならないという想いが口を開かせる。
「それも分からん。もちろん調べるがな。ただ、それも想定して対処するべきだと考えてはおる」
最悪の事態だ。いくらアゼルに釘を刺して時間を稼いだとて、フェールが殺されれば事態は急速に動き出す。
どうすればいいんだ?
「ロイランよ。こちらはこちらで対処する。フェールの命は絶対に害させはせん。それより、其方の方の進捗はどうなんだ?」
騎士団長の顔には絶対に守り切るという決意が漲っていた。
騎士団の中で起こっていることに、俺が焦っても何もできないのも確かだ。
俺は心を落ち着かせ、騎士団長の問いに答える。
「今日の夕方―――」
今日、俺の執務室にアゼルが訪れた際の会話や彼らの態度などを事細かに説明した。
俺の説明に、騎士団長と魔法師団長が厳めしい顔をして、何事かを考え始める。
「デルアックがフェールを狙った直後に、アゼルの訪問か…。出来過ぎているな…」
「ふむ。連動しておりそうじゃな…」
その言葉を聞いて、背筋がゾッとした。
冒険者にギルド職員と、副騎士団長に侯爵家、周りを敵に包囲されている気分になる。
「ふむ。これ以上、後手には回りたくないの。こちらの動きは知られたくはないが、そうも言ってられんか…。ロイランよ。明日、そのアゼルと一緒に訓練場から出てきたという新人冒険者に会って話を聞いてくれるか」
「ああ、そうだな。俺の方ではデルアックとアゼルが接触しないか見張っておく。あとは、レイベド侯爵を牽制しておきたいが…」
「ふむ。そちらの方は、儂が何とかしよう」
レイベド侯爵というのは、副騎士団長の父親に当たる侯爵様だ。
そして、魔法師団長は、今は家督を息子に譲っておられるとはいえ、元侯爵様なのでその力を使われるということだろう。
こうなってくると、俺の手足として動く者がいないことがもどかしい。
仲間を信じていたと言えば聞こえはいいが、もっと忠実な部下を育てておくべきだった。
「ロイランよ。頼むぞ」
「はい。分かりました」
こうして交わされた情報は、これから急激に動くであろう情勢を如実に示唆していた。




