【ロイラン視点】フェールの事情聴取・後
この時、俺以外の全員が思考の沼に嵌っていたのだろう。静寂の中に響く『あ』という小さな呟きですら聞き逃さずに俺の耳が拾った。
俺はこの声を発した主に視線を向ける。
彼は、最初、しどろもどろになっていたが、俺たちの視線に居た堪れなくなったのか、口を開きだした。
「いや、可能性の話なんですが…、いいですか?」
この状況で可能性と言えば、それを示す先は一つしかない。アゼルが何故、嘘を吐いたのかだ。
俺は無言で頷いた。騎士団長も魔法師団長も無言で頷いている。
しかし、そこからフェールが投げ掛けてきた幾つかの質問は、その内容がアゼルのこととは全く関係がないことばかりで、しかも、ころころと質問の内容が変わることに、彼の質問の意図が分からなくなってくる。
フェールは何を知りたいんだ? これが何の可能性に結びつくというんだ?
質問を聞く限り、彼がこれから冒険者になれるのか、なれなければ、彼の魔物たちがどうなるのか、そんなフェールの自分自身たちへの心配事ばかりが繰り返される。なんだかフェールには翻弄させられっぱなしな気がする。
俺が彼の質問から、彼がアゼルの嘘について何か思い付いたのではなく、自分たちのこれからを心配しているのか、と思い至った時、フェールから最後の質問をされた。
「では、最後の質問ですが、ギルド預かりになった魔物はどうなりますか?」
「それは適切な冒険者を見極めて、その冒険者に譲渡…」
俺は、彼の最後の質問も、彼の心配事を解消するための質問だろうと、返答を口にし出した途端、蒼褪めた。
余りにも衝撃的な事実を突き付けられて、無意識に『そんな…、まさか…』と心の声が口を突いて出てしまう。
フェールは自分の心配をしていたのではなく、最初からアゼルの嘘について質問していたのだ。
いや、自分の心配もしているのだろうが、今、考えるのはそこではない。
「冒険者の勲章か…」
「うむ。充分あり得る話じゃ…」
俺の予想を肯定するかの様に、騎士団長と魔法師団長から言葉が漏れる。
クソッ! あり得るどころの話じゃない!
英雄級一歩手前のアゼルが、『悪魔や幽鬼や死霊といった希少種の、しかも覇気を発する凶悪な者たち』を従えたという勲章を手に入れれば、彼は間違いなく英雄級になる。いや、せざるを得ない。
本来は、英雄級というのは、偉業を成し遂げて、ある特殊な力を得た者に与えられる階級だ。その点からいけば、アゼルを英雄級にすることはできない。しかし、覇気を発する魔物を従えたという出来事は、民衆から偉業として称賛されるだろう。例え、特殊な力を得ていなくとも、民衆から湧き上がる熱狂的な訴えを無碍にすることもできず、政治的な側面から、アゼルを英雄級に認定せざるを得なくなる。
もし、彼が英雄級になれば、世界三人目の英雄級の誕生となる。国は大いに盛り上がり、アゼルには褒章として爵位が与えられる。それも男爵や子爵と言った下位のものではなく、いきなり伯爵位が、だ。
英雄級とはそれほどの価値があるのだ。そんなもの誰だって欲しい。冒険者なら何を捨てても得たい地位だ。
だが、他人を貶めてまで手に入れようとするのは間違っている。これは明らかに犯罪だ。そしてもし、彼を英雄級にしたのなら、世界各国の冒険者ギルドから、我が国の冒険者ギルドは嘲笑され蔑まれることになる。
そんなことは絶対に許されない。なんとしても必ず阻止しなければならない。
自然と顔が歪む。それなのにフェールはここでも意味不明な言葉を口走ってきた。
「あの…、これはあくまでも可能性の話です…。俺はまだアゼルさんが見間違えた可能性も残っていると思っていますし、何より証拠もありませんから」
本当に何を言っているんだ? アゼルはお前を陥れた元凶だろう!?
フェールの意図が全く理解できない。
誰かこいつの口を塞いでくれ!
というか、俺は今、それどころじゃないんだ! 頼むから黙っていろ!
俺が心の中を掻き毟っていると、数度、扉が叩かれて騎士が入ってきた。
その騎士が何やら騎士団長に耳打ちした後、騎士団長から追い払われるように退室していく。
「ああ、フェールの従えた魔物たちが、収容施設の檻の中で、フェールの話で盛り上がってるみたいでな。他の魔物たちが落ち着かないので、静かにするように言ったそうだが、完全に無視されたらしい。預かっている魔物なので、騎士たちも手を出すのが躊躇われるということで、フェールに静かにするように命じてもらえるよう頼みに来たようだ」
騎士団長から、騎士が届けた報告を聞いて、全員が笑い出す。
その報告内容の当事者であるフェールは恥ずかしそうにしているが、俺はそれを見て、何故だかやり返した気分になって嬉しくなった。溜飲が下がるとは、正にこのことだろう。
これによって冷静さを取り戻した俺たちは、魔法師団長の先導により、今後の対応を検討していく。
本来はフェールがいる場で行うことではないが、魔法師団長たちには何か思惑があるのだろう。
その疑問も、騎士団長がフェールに言った言葉で直ぐに解消される。フェールには、アゼルの調査が終わるまで、しばらく牢の中にいてもらう必要がある。そのために、彼にも今後の流れを知っておいてもらった方が良いという意図から、そうしたようだ。
ただ、彼と魔物たちを一緒に牢に入れるというのは驚いたが、それも意図あってのことだろうと口を慎んだ。
そして最後に、魔法師団長がフェールに問い掛けた。
それは俺たち全員の気持ちを代弁してくれているように思える。魔法師団長も俺と同じ気持ちだったのだろう。
「それにしても、フェールは何故、アゼルを庇うような事を言うたのじゃ? 其方からすればアゼルは加害者であろう?」
ああ、それだ! 何故、彼は翻弄するようなことばかり言うのか、心の底から理解できない。
俺はこの事情聴取の間中、感情が大波に晒されているような気分だった。
しかし、フェールは、魔法師団長の質問に不思議そうに首を傾げた。
「何故と言われても困りますが、敢えて言うなら、俺は楽しく笑って生きていきたいんです。それを妨げる理不尽が嫌いだからでしょうか。するのもされるのも。それって、楽しくないじゃないですか?」
俺はこの答えを聞いて、目が点になる。
ああ、そうだ。俺は今日一日、本当に楽しくない。人生初と言っていいほど、楽しくない。
でも、フェールは自分が苦境に立たされているのに、そんなことはお構いなしに、理不尽をするのは楽しくないからと言い切った。
その言葉で、俺も胸の中に痞えていたものが、すとんと落ちる。
フェールは最初から、何が正しいのか、そこに理不尽はないのか、最終的に楽しくいられるのか、皆が笑っていられる結果はないのか、それだけを求めていたのだ。
アゼルの言葉を信じ、フェールの魔物たちに怯え、答えを先に決めつけてから先入観を持ってこの事情聴取に臨んでいた俺たちには、彼の言葉が理解できる筈もなかったのだ。
なんとも恥ずかしい気持ちにさせられる。大の大人たちが、こんな少年に大事なことを教わるとは思いもしなかった。
「ほっほっほっ。なるほど。実に愉快な答えじゃ」
ええ、本当に愉快な答えです。
自分の置かれている立場を嘆くよりも、最終的に皆が笑っていられる未来を目指す。
簡単なようで実に難しいことを、この少年は事も無げにやろうとしている。それが恰も当然だとでも言うように、何の疑問も抱かずに。言葉だけではなく、自らの身を以て実証しようとしている。
こんなものを見せられて、羨望の念を抱かぬ者などいないだろう。
俺はこの少年の未来に期待を寄せて、魔法師団長の言葉に大きく頷いた。
しかし、この時の俺は気付いていなかった。
彼が言う、理不尽という言葉が示すその範囲に。彼が『俺は楽しく生きていきたい』と言った言葉の意味を深く考えずに。俺がそれを知るのは遥か先になるのだが…
こうして俺たちは、フェールと魔物たちを牢屋まで送ると、再度、魔法師団長の執務室のソファーに腰を下ろした。
これから、今後についての詳細を詰めなければならない。
「騎士団長、フェールと魔物たちを一緒にして良かったんですか?」
俺は開口一番、騎士団長に質問する。
詳細を詰める前に、騎士団長の意図を聞いておきたかった。
「ああ、ロイランよ。其方はフェールの話をどう思った?」
「正直に言うと、アゼルよりフェールの方が正しいことを言っていると思ってますよ」
俺は正直な気持ちを口にする。
俺は、あのフェールの言葉を聞いて、彼の姿を見て、自分の保身を先に考えようとは思わない。そこまで自分が腐っている積もりはないのだ。
「ああ、それであれば一緒にしても問題はなかろう。それに途中で騎士が報告してきたように、魔物たちがフェールの話で盛り上がっていたのも事実だ。もし、あの魔物たちが魔王級だとしたら、フェールと離しておくのも危険だと判断したのだ」
騎士団長が、魔物たちがフェールに会わせろと暴れる危険性があることを示唆する。
なるほど。と、騎士団長の話を聞いて納得する。
「そうじゃな。まだ、アゼルの証拠を掴んだわけではないからな。安全を心掛けておいて損はない。とはいえ、儂もロイランと同じように、アゼルが怪しいとは考えておるがの」
騎士団長が魔法師団長の言葉に頷いている。
この場にいる全員が同じ気持ちであることを確認し、俺も静かに頷いて同意を示す。
「それでロイランよ。訓練場は今どうなっておる?」
「ここに来る前に、誰も使用しないよう封鎖しておくように、と命じてます」
俺はすかさず返答を口にする。
こういう事態が発生した場合の現場保存は鉄則だ。当然対処している。
「うむ。では、明日の朝一で、訓練場に行くので待っていてくれ。アルノルトも同伴してくれるか?」
「ああ、もちろんだ。俺も行く」
「はい。準備してお待ちしています」
既に陽が落ちているので、調べるのも難しい。
蝋燭を灯せばと思うだろうが、魔法陣のような緻密な文様が描かれたものを、蝋燭の灯りだけで調べるのは無理がある。
「とりあえず、今後の話は、その調査が終わってからにしよう。今日は疲れ過ぎたわ」
魔法師団長の言葉に、くすりと笑いが込み上げる。
その言葉には大いに賛同する。俺も疲れ過ぎた。
いずれにしろ、魔法陣を確認すれば、アゼルかフェールのどちらが嘘を吐いているのか、粗方予想ができる。
魔法陣が正常に機能していれば、フェールが正しく、そうでなければ、アゼルが正しいことになる。
その予想を元に行動を決めた方が、無駄がなくて良いだろう。
騎士団長も俺も、魔法師団長に同意して、今日は店終いとばかりに全員が帰路に就いた。
まさか、あんなことが待ち受けているとも思わずに…




