【ロイラン視点】フェールの事情聴取・前
俺は席を少し横に移動し、騎士団長と魔法師団長の向かいに腰掛ける。
今し方まで、アゼルとニールと俺の三人で一つのソファーに座っていたが二人が帰ったため、今はこのソファーには俺一人だけとなっている。
場所は魔法師団長の執務室。
執務机の前にある応接用のソファーで、先程まで、アゼルとニールから事情聴取を行っていた。
俺も事情聴取を受ける側だが、同時に冒険者を総括する立場としても参加していたため、引き続き俺だけここに残されている。
「さて、ロイランよ。其方はどう思う」
「おかしなところは見当たらなかったと思います」
「アルノルトも同じ意見で良いかの?」
「ああ、そう考えるのが一番しっくりくるな」
先程まで行われていたアゼルからの事情聴取では、フェールがどのように魔王級の魔物を従えたかが焦点となっていた。
ニールによれば、フェールはニールよりも弱いとのことなので、魔王級の魔物たちと闘ったとは思えない。
であれば、どうしたか?
最も考えられることとして、闘う前に魔法陣に組み込まれた服従術式が発動したのだろうという結論に落ち着いた。
俺もそれだと、いや、それしかないと思う。
騎士団長も、それに同意するということだろう。
「ふむ。そうなると、フェールとかいう少年の従えた魔物は魔王級ということになるの」
「ええ、まだ冒険者登録を終えていないような素人が従えた魔物が魔王級だなんて、考えたくもありませんがね」
冒険者未満の魔物の扱いを知らない素人が魔王級を従えたなど、いつ暴走するか分かったものじゃない。
考えるだけで、胃が痛い。
「ふむ。では、これからそのフェールに事情聴取を行うわけだが、困ったものじゃな」
「ああ、下手に刺激すると暴走しかねんからな」
「ええ」
今は、フェールと魔物たちを離してはいるため、魔物を暴れさせることはないと思うが、フェールが事情聴取の最中に暴走すれば、犯罪者として扱わなければならなくなる。そうなれば、彼の身分や立場から極刑は免れない。
そんなことになれば、残されるのは、主を失い手綱の切れた魔王級の魔物たち。それも三体。
一体ですら国を滅ぼせる存在が三体とか、怖すぎて今すぐ逃げ出したい気分だ。立場上、そうもいかないが。
「とりあえず、彼を刺激するのは、可能な限り避けるしかないの。其方らもその積もりで同席してくれ」
「ああ、分かった」
「ええ、分かりました」
こうして、俺たちはフェールの事情聴取に臨むことになった。
が、初手から俺は怒気を上げることになる。
部屋に入って早々、フェールが俺の同席を拒んできたからだ。
確かに彼の言い分にも一理はあるが、それでもだ。
こちらが最大限気を遣っているというのに、それを逆撫でしてくる様な真似をするか? あり得んだろう!?
なんだ、こいつは! 暴走したいのか!?
しかし、荒ぶった俺を、騎士団長と魔法師団長が窘めてくる。
分かってますよ。二人の言葉に、何とか憤慨を抑えて席に座り直す。まだ事情聴取が始まっていないと思うと気分が滅入ってくる。
そして、いよいよ事情聴取が始まったわけだが、俺が経過の説明を終えた途端、フェールが意味不明なことを言い出した。
「いや、俺は、魔物たちを召喚してから服従させるまでの間、その黒い覇気というのを見てないんです」
俺はフェールのその言葉に目を丸くする。
魔物たちが対面したこいつが覇気を見ていないなんてことはあり得ない。無理があり過ぎるだろ。
嘘を吐くにも、これはあまりに酷過ぎる。
しかし、フェールはこの噓を押し通す気でいるのか、その根拠を語りだした。
「その覇気を放つ魔物って、魔王級なんですよね? そんな魔物を俺が倒して服従させるなんて不可能です。それに俺がその覇気を見ていたら間違いなく恐慌状態になってますし、闘いどころの話じゃなくなります」
え? こいつは今、何と言った?
魔王級の魔物たちと闘ったとでも言いたいのか?
いやしかし、確かに覇気を目の前で発せられとしたら、闘っていずとも恐慌状態になっている。特にフェールは魔物と対峙するのは初めてで、経験不足も加味すると、恐慌状態になっていない方がおかしい。
うん? 何かが引っ掛かる。俺の頭の中に小さな棘が刺さったような、そんな気分だ。
俺がその原因を求めて、思考を巡らせていると、横からフェールの話を肯定する言葉が耳に飛び込んできた。
俺は思わず、その言葉に反射的に反応し、立ち上がって大きな声をあげてしまう。
「ちょっと待ってください! それじゃあ、アゼルが嘘を吐いていると言うんですか!」
俺は即座に『しまった』と思ったが、時すでに遅し。
騎士団長と魔法師団長が、再度俺を冷たい眼で窘めてくる。俺は二人からの言葉に焦りを覚えた。
俺は心の中で深く反省し、『フェールを刺激してはならない』と何度も繰り返して、心を落ち着かせる。
それにしても、こいつは他人を逆撫でする天才か!? こんな奴に魔王級の魔物の組合せとか危険過ぎるだろ。
そんな想いで漸く心を落ち着けた俺に、魔法師団長が再度、俺に問い掛けてきた。
「うむ。それではもう一度問おう。其方はフェールの話を聞いて、どう思う?」
もう答えを間違えるわけにはいかない。
「俺も騎士団長や魔法師団長の言うことに同意します。…もし仮に、彼が殺される前に服従術式が発動したのだとしても、覇気を浴びた後では怖くて魔物に命令なんてできないでしょう」
ただ、この時、自分が発した言葉に自分でも驚いた。
それは、自分の答えが的を射ていたからだ。
あれ? もしかしてフェールは嘘を吐いていない?
俺はその動揺を顔に出さずに、再度、彼の言葉を吟味する。
アゼルが嘘を吐いている? 何のために?
それとも、フェールが魔物たちを守るために嘘を吐いている? それこそあり得ない。
国を滅ぼす程の魔物を従えたら、誰しもがその権力を最大限に使おうとする。わざわざ自分を弱く見せようとは思わない。
だとすれば、ここに連れてこられたことへのアゼルへの復讐か? アゼルの言葉が間違っていたと思わせて、彼を貶めるつもりとかか? ああ、それなら充分あり得そうだ。
もし、そうだとすれば、フェールを刺激しないためにも、ここは便乗した方が良いのだろうか?
騎士団長と魔法師団長も俺と同じ考えなのか、便乗し始めたので俺もそれに倣っておくことにする。もう二度と失敗できないので、冷静さを心掛けて。あ、いや、既に二回失敗しているので、三度と失敗できない、だな。
そんな風に思っていられたのも、ここまで。フェールの次の言葉でまた混乱が訪れた。
「もしかしてですけど、アゼルさんが覇気を見間違えたとかないですか?」
はぁ? こいつはアゼルを貶めたいんじゃないのか!?
いったい、こいつは何がしたいんだ!?
俺たちを翻弄するのが目的か!?
フェールがアゼルを庇う理由が全くもって分からず、俺は暗い闇に落とされた気分になる。
ただ、これ以上失敗できない俺は、努めて冷静に、先程までの想定に便乗し続けることを徹する。
「アゼルは高位の冒険者だ。これまで多くの魔物に対峙してきている。その都度、冷静さを求められる彼が見間違うことなどないだろう。それこそ、彼が嘘を吐いていると言う方が信じられる…」
誰かこの状況を説明してくれ! 俺は、どこへ向かえばいいんだ!?
そんな俺の想いをぶった切る様に、魔法師団長が話題を変えてくれる。感謝だ。
「うむ。とりあえず、その判断を行う前に、フェールが魔物を従えるまでの話を聞かせてもらえるか?」
それに応じて語られた、フェールが魔物たちを従えるまでの話を聞いていくうちに、俺の中で再び冷静さが失われていく。それは、先程までのフェールへの怒りではなく、事の真相への疑心から来るものだ。
フェールが語った内容が、余りにも理路整然としていて、彼が召喚した魔物たちの闘い方にも矛盾がなかった。それは、実際に闘った者か、或いは、彼が召喚した魔物たちの知識を持っている者にしか語ることのできない内容で、魔物の知識がないフェールには不可能だと思われた。
もしかして、フェールは本当に魔物たちと闘ったのか?
万が一、ニールが魔物たちの情報をフェールに教えていたという可能性もあるが、それはギルド規約に反するため、ニールの性格を考えれば可能性は低そうに思える。それに、冒険者ギルドでは、悪魔や幽鬼や死霊を見たら闘わずに逃げろと教えている。中には弱い個体もいるが、凡そ人間が敵う相手はないので、闘うだけ無駄死にする可能性の方が高い。そんな魔物の情報を、冒険者を目指しているとはいえ、規約に背いてまで闘うことがない一般市民に教えたとも思えない。
ただ、だからといって、フェールの言葉に疑問がないわけでもないが。
「ええ、剣が斬られたということにも驚きましたが、安価で貧弱な剣だったようですし、あり得ない話ではないですね。ただ、気になるとすれば、殴った程度で体が弾け飛んだということぐらいでしょうか…」
流石に、殴ったら魔物の身体が弾け飛んだというのは信じられない。
しかし、フェールから返ってきた言葉に、俺は頭を殴られた様な衝撃を受ける。
「俺も最初は、体が弾け飛んだのを不思議に思ったんですが、今は、召喚される魔物の技量が召喚者だと同等だと考えれば納得できるかな、と思ってます。でなければ、速さにしても連携にしても魔法にしても、全てにおいて魔物たちの方が上でしたからね。殴って弾けるぐらいでないと負けていたのは俺の方だったと思うんで…」
すっかり頭の中から抜け落ちていたが、魔物召喚の魔法陣には、『召喚者と同等の技量を持つ魔物を召喚する』という術式が組み込まれている。それがある以上、フェールが魔王級の魔物を召喚することはあり得ないのだ。
もしかして、本当にフェールは覇気を見ていないのではないだろうか。
フェールは本当に魔物たちと闘って従えたのではないだろうか。
フェールが最初から話したことを冷静に思い返してみるが、考えれば考える程、通常の冒険者登録試験との違いが見当たらないという答えに至ってしまう。
俺の背中に冷たいものが流れていく。




