プロローグ
日が落ち辺りが薄暗くなり出したころ、親方が俺を呼んでお金を手渡してきた。
「ほれ、今月の給金だ」
俺はそれを受け取り、拳を握って喜びを噛み締める。これでようやく目的の金額が貯まる。
俺が孤児院を出てから、ここまで三年の歳月が流れた。
この国では十六歳が成人とされていて、成人すると働き始める。普通の平民の子であれば親の伝手で職に就くため、そこまで苦労せずに働き口が見つかるのだが、孤児の場合はそうではない。これは、親がいる子は成長に合わせて親が子にある程度の技術を教えていくので、店側も最初から教える必要がないのも雇い入れやすい理由になっている。もっとも子供というより親への信頼によるものが大きいと言った方が良いかもしれないが。ただし、逆に言えば子供は親が技術を教えられる職に就くことになるため、子供に職の選択権がないとも言える。
俺の育った孤児院はこの国でも優良な孤児院で、文字の読み書きや算術などの教育も施してくれたし、孤児院の出身者も時折顔を見せてはいろいろなことを教えてくれたのだが、それでも親のような伝手がないため働き口を探すのは難しい。では、孤児院の出身者の伝手を使えば良いではないかと思うかもしれないが、出身者との血の繋がりがなく、出身者が四六時中孤児の面倒を見ているわけでもないため、子供と出身者の繋がりが弱く、それが信用を損なわせている部分が大きい。
このため、孤児院の出身者には冒険者になる者が多い。冒険者であれば伝手など必要なく、資質があり冒険者ギルドに登録さえできればいつでも冒険者になれるのだから、覚悟があれば至って簡単になれる。しかし、簡単になれると言っても最初のギルドへの登録金などに費用がかかるため、すぐに冒険者になれるわけではなく、他の仕事に比べてというだけだ。
冒険者になるためには登録時に召喚石というのを購入し、魔物を召喚することから始める必要がある。これは、冒険者になれるかどうかの資質を測るためでもあると聞いている。もしこの時に魔物が召喚できなければ資質がないと判断されるのだが、そのような者は年に数人いるかいないかなので自分が召喚できなかった場合を考えていても何も始まらない。
冒険者の仕事は多岐に渡る。その中でも人が街から街へ移動する際の護衛、薬草採取で森に入る際の護衛や森から出てきた魔物の討伐なども含まれる。そういった際に魔物を討伐できるだけの技量があるかを測るのが一つの目的となっている。こういった魔物の討伐は冒険者になってから技術を高めていけば良いと思うのだが、冒険者は気性が荒い者や高額報酬に夢を見る者が多く、自身の実力を見誤って冒険者になった直後の死亡率が一番高いらしい。
こういったことを防ぐために召喚石で魔物を召喚し使役することができるかを見定めるのだが、基本的に召喚石で召喚される魔物は、召喚者の技量にあわせた魔物が召喚されるらしい。これにより召喚された魔物の強さやレベルで召喚者の技量を見極めることができる上に、その魔物を討つだけの技量があるのかも同時に見極めることができるために、こういった仕組みが取り入れられている。
もちろん、これをギルドの監視下で行うのだから万が一の際の安全性も担保されているし、その魔物を使役できれば後々の冒険者の仕事にも役立てることができるのだから、冒険者を目指す者からしても文句はない。唯一不満があるとすれば最初に召喚された魔物のレベルによって受けられる仕事が決まってしまう点だが、これも経験を積んで技量を上げれば、その後、何度でも挑戦することが可能だと言われれば、それ以上の文句の言いようもなくなる。
こういった事情もあり、俺は冒険者になる資金を貯めるために、この鍛冶屋の親方に頼み込んで働かせてもらい、
三年間頑張ってきたのだ。
「冒険者の登録は明日だよな」
「はい」
もちろん、親方には俺が冒険者になるお金を貯めるために働きたいといった事情は説明している。この店で働くにあたり、孤児院出身の冒険者の紹介はあったが、それでも先に述べたように親でもない者の紹介であり、さらには数年後に店をやめて冒険者になろうという奴を雇い入れる店は少ない。このため、無理を言って働かせてもらっている関係上、俺の仕事は雑用が主で給金も安く、親がいる子供なら、一年から二年程度で貯まるお金も俺の場合は三年という歳月を要してしまった。
「もうあれから三年か。フェールがいなくなると寂しくなるな」
親方は先程までとは異なり眉尻を落としてそんな言葉を口にした。その言葉は親方が心から言っていることが分かる。働き始めた最初の頃は、ここまで親方と情を交わすとは思ってもいなかったが、三年という歳月はそれなりに心を通わすには充分な時間だったようだ。
「フェールがいなくなったら、俺に雑用が回ってくるのか…」
俺の横で文句を言っているのはガイルだ。彼は俺と同じ時期にこの店に入ったが、彼には両親がいてその伝手でこの店に就職している。
「今までフェールがいたからやらずに済んでただけで、雑用は本来ガイルの仕事だ。文句を言うんじゃなくてフェールに感謝しろ」
親方がガイルを窘める。親方からは怒った感情は感じられず、どちらかと言えばその眼には優しさと呆れが混じっていて、あたかも我が子に言い聞かせているように感じる。こういう親方だから俺を雇ってくれたのだろう。本来であれば最初からガイルに雑用をやらせていれば俺など雇う必要はなかったし俺に払う給金も必要なかったのだ。それなのに、こういう風に言ってくれる親方には感謝しかない。
「分かってますよ。あの…、その…、なんだ…、明日の登録、頑張れよ」
ガイルは頭を掻きながら照れ臭そうに呟いた。類は友を呼ぶというが、この親方にしてこの弟子とでも言うのだろうか、多少文句を言うところはあるが、ガイルも根が善い奴なのだ。
彼は、俺が孤児であることに触れることもなく、蔑むこともせずに接してくれた仕事仲間であり、大切な友でもある。
彼が『頑張れよ』と言ったのは、俺が冒険者になれない可能性が僅かにでもあることを示唆してのものだが、そういう気遣いをしてくれるところも彼が優しいことを物語っている。
俺は優しさに溢れた職場で働けていたんだということを今更ながらに感じてしまい、心の中が寂しさで埋め尽くされてしまった。
「ああ、頑張ってくるよ」
俺はしんみりした暗い空気にならないように努めて明るく返答する。
俺自身は、当然、冒険者になれなかった時のことなど考えてはいない。いや。考えても意味がない。無理を言って働かせてもらった上にここまで情を掛けてもらいながら、最初から決まってたこととはいえ、それを捨てて冒険者になろうという孤児が冒険者になれなかったとしたら、その後は潔くスラム街で暮らす以外の選択肢など存在しないのだから。
いずれにしても俺がもうこの店に戻ってくることがないと思うと、尚更寂しさが増してくる。
この国には王様がいて貴族がいる。その下に平民がいて、さらにその下にスラム街に暮らす下民がいる。
捨てられた孤児は通常下民になるのだが、運が良ければ孤児院に拾われて下民になることを免れる場合がある。とはいえ孤児院に拾われれば平民かといえばそういうわけでもなく、孤児院で育つ孤児というのは平民と下民の間に位置しているといえば伝わるだろうか。
そういう意味で俺は非常に運が良かった。俺は孤児院の軒先に捨てられていたらしい。これが俺が孤児院に拾われる最大の要因となったわけだが、誰だかは知らないが孤児院の軒先に俺を捨ててくれたことに感謝している。もし、そうでなければ俺は下民となって冒険者を目指すこともできなかった。
他の人から見れば孤児というだけで不幸と考えるかもしれないが、俺はそうは思わない。何故ならこの世界で生きていくのはそれなりに過酷なことだからだ。真っ当に頑張って働いていても働いていた店が潰れたり、村や町が魔物に襲われ全滅したり、護衛を雇ったのにもかかわらず魔物に対抗できずに死に至る場合もあれば、貴族の理不尽な命令に逆らえず窮地に追い込まれたりもする。この世界にはそんな理不尽が日常に溢れている。みんなが幸せに楽しく暮らすなど夢のまた夢の世界。もし俺に力があればそんな世界を目指すこともできるのだろうが、そんな力など俺にも王様にもないのだから、この世界で生きている以上、捨てられたことに文句を言っても仕方がない。少なくとも俺はそう思っている。だからといって理不尽を受け入れているわけでもなく、少しでも抗うために冒険者を目指しているというのが俺の本心でもあったりする。この世の中、自分の力でできることとできないことが存在する以上、できないことを嘆くより、できることを頑張り、できることを増やしていくしか道はないのだ。そして、その道が閉ざされれば潔く諦めることも併せて。
「もし、冒険者になれなかったら戻って来い。その時はみっちり仕事を叩き込んでやる」
俺の覚悟を知ってか知らずか、親方は俺の肩を叩きながら明るく笑ってそう告げてきた。
親方のその言葉に俺の目から雫が零れ落ちる。我慢していたのに台無しだ。
俺はその親方の言葉に甘えてはならないと分かっている。俺一人とは言え俺を雇うことが親方の相応の負担になっていることを知っている。俺がそう思っていることを親方も知っていると思う。でも、親方のこの言葉が本心からだと分かるからこそ、俺の眼から涙が零れ落ちてしまう。
「ありがとうございます」
俺は深々と頭を下げて感謝を告げた。今の俺にはこんなことしかできないことがもどかしい。同時に少しでも恩返しができるように頑張ろうという想いが湧いてくる。
この街にいる限り縁が切れるわけではない。冒険者になっても客としてこの店に貢献できる。いや。絶対貢献する。この恩は決して忘れることはないだろう。そんな想いも込めてしばらく頭を下げ続けた。
こうして待ちに待った俺の冒険者登録が明日に迫っていた。まさか、あんな事が起こるとは微塵にも思わずに。
この度は、この小説を読んでいただきありがとうございます。
これから1話当たり4,000~6,000文字で投稿予定ですので、お時間のあるときにでも読んでいただけると幸いです。




