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香師リオラの王宮事件簿

作者: なみゆき
掲載日:2025/11/24

 リオラは、名もない地方の香師見習いだった。

幼い頃から香を扱うことに長けていたが、王宮の香師として名を馳せるなど夢のまた夢だった。


ある日、町で噂を耳にした。

「王妃アメリア様が香師を求めている」と。


直感で、これはただの噂ではないと感じたリオラは、王宮への旅に出る決意を固めた。


王宮に到着したリオラは、荘厳な石造りの回廊や、黄金に輝くシャンデリアに圧倒されながらも、心を落ち着けるために香を手で撫でた。

香の匂いが彼女を守るような気がした。



数日後、王妃アメリアの前で行われた香の試験で、リオラは特別な技術を見せた。

ほんの微かな香の違いを瞬時に見抜き、しかも香の組み合わせで一瞬にして心を落ち着ける香を作り上げたのだ。


王妃は静かにその香を嗅ぎ、微笑んだ。


「正式な香師として王宮に残ることも考えてみては?」


リオラは少し緊張しながらも控えめに答える。


「……王宮に残ることができましたら、最高の誉れです」


そのひとことで、彼女の王宮香師としての第一歩が始まったのだった。



王宮に残ることになり、王宮で開かれた晩餐会に参加したリオラ。

そこは、静かな嵐の前触れに過ぎなかった。

煌びやかな宴の中、貴族たちは笑い、王様も穏やかに杯を傾ける。

だが、リオラだけは気づいた。

微かに、異質な香が混じっている。

普通の料理や香水の匂いではない。これは、誰かが意図的に仕込んだものだ。


彼女の嗅覚は、ただの香りの違和感ではなく、誰かの命を狙う危険を告げていた。

目を凝らすと、笑顔の裏に潜む貴族たちの視線が意味ありげに彷徨う。

リオラには、まだ、全貌は見えない。


混乱の中、王様が突然倒れる。

宴は騒然となり、貴族たちは悲鳴を上げる。

リオラだけは冷静だった。香の痕跡を追い、誰も気づかぬ危険の兆しを見抜く。


リオラの背後から確かな視線が近づく。


「君……先ほど何を見ていた?」


振り向くと、王宮警備のカディアンが立っていた。

目は鋭く、言葉は少ない。

だが、彼の視線は明らかに、リオラを疑っている。


「私は……ただ、異変に気づいただけです」


リオラは警戒しつつも、冷静さを保とうと努める。


カディアンは微かに口元を緩め、しかし視線は鋭いままだった。


「ふむ……その衣装。香師のようだが、君……見たことがないな」



「先日の試験で合格したため、見習いとして、今夜の晩餐会に初めて参加させていただいております」



微かに香が漂い、二人の間に言葉にならない緊張が走る。

まだ互いを理解しているわけではない。

しかし、この出会いが、王宮の暗闇に潜む陰謀へと導く道の第一歩になることは間違いなかった。




***


晩餐会から一夜明け、リオラは王宮の自室で香の小瓶を並べていた。

今朝も、あの宴の香の匂いが頭から離れない。

王宮の香りに混じる、焦げた匂い、花の香、それらがひとつの不自然な結びつきを感じさせた。


「やっぱり、何かがある」


リオラは慎重に鼻をひくつけ、微かな香を嗅ぎ分けていく。それは焦げた匂いとは言い難く、むしろ――


「……毒のような香り」


その瞬間、背後から低く響く声がした。


「こんなにじっくり調べているとは、ずいぶん好奇心が強いようだな」


振り向くと、王宮警備のカディアンが静かに立っていた。瞳は鋭く、警戒心を隠さず、リオラを見つめている。


「……どうして、あなたがここに?」


リオラは驚きとともに問い返すも、カディアンの表情は変わらなかった。

彼は歩みを進め、リオラの手元に並べられた香瓶に目をやった。


「香の匂いに敏感すぎる気もするが……それとも、何かに気づいたのか?」


リオラは一瞬言葉を濁す。だが、すぐに冷静さを取り戻し、答える。


「私は……ただ、匂いの違和感を感じただけです」


カディアンはその言葉に疑念の眼差しを向けながらも、リオラに近づいた。


「ふむ……君、何か隠しているようだな」


リオラは少し警戒しながらも、香の瓶を手に取る。彼の言葉に違和感を覚えながらも、彼がただの王宮の警備に過ぎないことを思い出し、冷静に対処することにした。だが、その目は鋭く、何かを突き止めようとするような熱意を感じさせた。


「隠している? それはどういう意味ですか?」


カディアンは微かに口元を引き締めた。


「君は、晩餐会の最中に異変に気づいた。だが、何も報告をしていない。香の中に不自然なものを感じたようだが?」


その瞬間、リオラはふと気づいた。

彼の言葉に込められた意味。

単に「香に気づいた」というのではなく、カディアンはリオラが事件に関わっている。もしくは、背後に関わる何かを掴んでいると見ているのだ。


彼女の心臓が少しだけ早鐘を打つ。

その時、カディアンが再度口を開く。


「その香、昨夜の宴のものだろう? 何か見つけたのか?」


その言葉に、リオラは振り返りながら心の中で一つの仮説を立てる。

あの晩、香の匂いが何か不自然だったこと、そしてそれが、目の前のカディアンにまで繋がっているのではないか。


「私は、単に香の調和の異変を感じたまでです。異常があったとしたら……その先に何かがあるのではないかと」



その時、リオラの手が一瓶の香を掴み、その中に微かな異物の存在を感じ取る。

それはまるで、意図的に混ぜられたもの――毒のような、化学的な成分が絡み合っているような香りだった。



「これ……まさか」



リオラは瓶を見つめ、その中に何かの兆候を見つけた。

彼女の記憶の中で、あの晩の香りと一致する。特定の化学的成分、毒のような成分。

もしこれが本当に毒香であれば、それは王様の命を狙うための仕掛けかもしれない。



「……もしかして、これが晩餐会で?」


カディアンは、リオラの言葉に何も言わず、ただ彼女を見守っていた。

彼はこの一瞬の間に、リオラが何かに気づいていることを確信したのだろう。

だが、彼の瞳の奥には、リオラに対する警戒心も色濃く漂っていた。



「この香、誰が仕込んだものかは分からないが、王宮にとって重大な意味を持つはず」


リオラは香瓶を慎重に片手で持ち、もう一度香を確かめる。


それに、彼女は確信を持った。


「この香……誰かを狙う計画が進行していたのかもしれない」



カディアンは微かに首を傾げ、その考えに慎重に答えた。


「君が言う通りなら、この香が手がかりになるだろう。しかし、今はまだ確証がない」



リオラはうなずく。


「だからこそ、調べる必要があります。王宮の中で何かが動いていることは間違いない」



二人の間に、重い沈黙が流れた。

しかし、それが互いにとって新たな一歩であることは確かだった。

王宮の闇にひそむ陰謀は、今まさに浮かび上がろうとしていた。





***


リオラが香の成分を調べ、さらにその背後に潜む陰謀を感じ取りながら王宮内を歩いていると、再びあの冷徹な視線を感じた。

振り向くと、王宮警備のカディアンが静かに立っている。



「……また何か見つけたのか?」



カディアンの声は穏やかだったが、どこか鋭いものが含まれている。

リオラはその視線に一瞬警戒し、言葉を選んで答えた。


「私は……ただ、気になるのです」



カディアンはじっと彼女を見つめたまま、しばらく黙っている。

リオラはその沈黙に耐えながら、自分の考えを整理する。彼に何かを隠しているわけではない。

しかし、今は全てを話すつもりはなかった。



「ふむ。」


カディアンは軽く頷くと、やや歩みを進めて、リオラの前に立つ。



「どうやら単独で動いているようだが、何か計画があるのか?」



その目は一切の隠し事を許さぬように鋭く、リオラを観察していた。



リオラは少し息をつきながら答える。


「王宮内には、多くの力が働いています。誰がかかわっているのかわからない状況なため、それを調べているのです」



言葉を濁しつつも、彼女の口から出るのはほんの少しの情報だった。



カディアンは視線を彼女の顔から外さず、さらに一歩踏み込んだ。



「君が感じ取った『異変』、それが一体何か、具体的に話してくれないか?」



リオラはその問いに少し戸惑った。自分の直感と調査が結びつき始めている感覚がある。

しかし、それを誰かに話すことで、すべてが崩れ落ちるのではないかという恐れも感じていた。



「それについては、今すぐには言えません」



リオラは冷静に答えたが、その口調にはやや強さがこもっていた。



カディアンはしばらく沈黙し、彼女の言葉を受け止めた後、静かに言った。


「君一人で、王宮内を調べるのは危険だ」



その言葉にリオラは思わず顔を上げた。


「私の手助けがしたいのですか?」



「そうだ」


カディアンは真剣な顔で答える。



「君が掴んだ情報が重要であるなら、何か大きな陰謀が隠れている可能性もある」



リオラはしばらく考え、そしてゆっくりと頷いた。


「わかりました。ご協力をお願いします」



その瞬間、二人の間に静かな連帯感が芽生えた。

まだ完全には信頼していない部分もあったが、カディアンの言葉の裏に隠された誠実さを感じ取ることができたからだ。





***


リオラは香壺を閉じ、深く息を吐いた。


「この香は王を殺すためではなく、王を弱らせるために使われている……。判断力を鈍らせ、意識を曖昧にして、周囲から信頼を失わせるためのものです」



カディアンは眉をひそめ、しばし黙り込んだ後、低い声で口を開いた。


「……俺は王宮に呼ばれた時、兵士たちの間で妙な噂を耳にしたことがある。」



リオラが目を細める。


「噂?」


「王には弟がいるらしい。双子は不吉とされ、赤子の頃に殺されるはずだったが、前王と前王妃が密かに育てていた、と。兵士たちはその弟を“無香の男”と呼んでいた」



カディアンは記憶を辿るように続ける。



「彼は公には存在を隠され、影のように扱われてきた。だが兵士たちは囁いていた――『無香の男はいずれ兄王や貴族を排除して王位を奪うだろう』と」




リオラは驚きに息を呑み、香壺を見つめ直した。


「つまり、この香は……王を排除したい何者かが使っている可能性が高いということですね」



カディアンは拳を握りしめ、低く答えた。


「そうだ。王を思いのまま操ろうとしている。王妃アメリア様は、王様のご兄弟のその存在を知らないはずだが……真実を知れば、王に対する不信感を抱くだろう」



リオラは深く頷き、決意を込めて言った。


「この陰謀を暴かなければ、王国は影に飲み込まれてしまう」





***


王妃アメリアは、リオラとカディアンの報告を静かに聞いていた。

香壺に仕込まれた成分の説明、そして兵士たちの間で囁かれていた

噂――「無香の男」の存在。



「……王の弟?」


アメリアは思わず声を震わせた。


「そんな人物がいるなんて、私は一度も聞かされていません」



カディアンは深く頷き、低い声で続けた。


「王族に双子は不吉とされ、王弟は赤子の頃に殺されるはずでした」


「だが、前王様と前王妃様は、実子である彼を殺すことができず、密かに育てていたという噂です」


「王様が即位してからは、影武者として危険な任務に就かれていたようです。それまでは、存在を隠されてきたと聞いております」


「兵士たちは彼を“ヴァルター様”と呼んでいました」



アメリアは信じられないというように夫の名を口にした。



「……王……アルヴェリオ王は、ずっとそのような重大なこと……弟の存在を、私に隠していたということなの?」



リオラは静かに頷いた。


「はい。王妃様が知らされていなかったのは、双子の禁忌を覆い隠すためでしょう。ですが、この香の異常な使用と王の体調不良が重なっている以上、ヴァルター様が王位を狙っている可能性は高いと考えられます」



アメリアはしばらく沈黙した。

その瞳には怒りと悲しみが入り混じり、夫への信頼が揺らいでいくのが見て取れた。


「……真実を暴いて」


王妃は強い声で言った。



「王国を守るためにも、そして、私自身のためにも。私は、この陰謀を見過ごすわけにはいきません」



リオラとカディアンは深く頷き、王妃の決意を胸に捜査をさらに進めることを誓った。





***


王宮の広間には重臣たちが集められ、リオラとカディアンの捜査によって明らかになった真実が告げられた。

香による王の体調不良、そしてその背後に潜む存在――王の弟、ヴァルター。



「……ヴァルター」


アルヴェリオ王は険しい表情で弟の名を呼んだ。



「お前がこの国を乱す陰謀を企てていたとは」


広間にざわめきが走る。

長らく噂として囁かれていた存在が、ついに公の場に姿を現したのだ。



ヴァルターは静かに笑みを浮かべた。


「影武者として使い潰され、日陰のまま生きるくらいなら……自ら光を奪うしかなかった」



その声には憎しみと諦めが入り混じっていた。


重臣たちは一斉に声を上げた。


「この男を処刑せよ!」

「王位を狙う逆賊を生かしてはならぬ!」



その時、王妃アメリアが立ち上がった。


「待ってください!」



広間に響いた彼女の声に、皆の視線が集まる。


「私は、アルヴェリオ王より弟の存在を知らされていませんでした。夫は、私に真実を隠していたのです」



アメリアの瞳には怒りと悲しみが宿っていた。


「確かにヴァルター様は、陰謀を企てました。しかし、それは長年、日陰に追いやられ、存在を否定され続けた結果です。処刑するのではなく、彼に新たな人生を与えるべきです」



広間は再びざわめきに包まれた。

王と貴族たちは反発したが、王妃の強い意志に押され、最終的にヴァルターは、処刑を免れることとなった。



「ヴァルター、お前には、今日より辺境伯として新たな地を治めてもらう。今日中に出立するように!」


アルヴェリオ王の声は重く響いた。



ヴァルターはしばし沈黙し、やがて深く頭を垂れた。


「……影に生きるよりは、ましだろう」



こうして、王国を揺るがした陰謀は終息し、ヴァルターは辺境伯として新たな人生を歩むことになった。




***


事件が終息し、広間の喧騒が去った後、王妃アメリアは静まり返った玉座の間に残り、夫アルヴェリオ王と向き合った。

夫アルヴェリオ王の横顔を見つめながら、その胸には複雑な思いが渦巻いていた。



「……あなたは、私に弟の存在を隠していた」


アメリアの声は震えていたが、瞳には強い非難の言葉が宿っていた。 アルヴェリオ王は答えず、ただ目を伏せる。



「私は王妃として、王国を支える者として、真実を知る権利があったはずです」



アルヴェリオ王は沈黙したまま、視線を逸らした。 その姿に、アメリアの胸に積もっていた不信が決定的なものとなる。



「ヴァルター様は確かに間違いを犯しました。しかし、彼を影に追いやり、追い詰め続けたのは、あなた方です」



アメリアは一歩踏み出し、夫を見据えた。



「私はもう、あなたを以前のように信じることはできません」



その言葉は冷たくも、揺るぎない決意を帯びていた。 アルヴェリオ王は深く息を吐き、玉座に沈み込む。


アメリアは振り返らずに歩み去りながら、静かに呟いた。



「私は王妃として王国を守るわ。でも、妻としてあなたを支える心は……もう失われた。そして二度と信頼関係は戻らない」


その背中は、王妃としての威厳を保ちながらも、ひとりの女性としての痛みを抱えていた。 王妃アメリアの決断は、王国の未来に新たな影を落とすこととなった。




***


王妃アメリアが玉座の間を去った後、王宮の廊下には静けさが戻っていた。 リオラとカディアンは、互いに言葉を交わすことなく並んで歩く。


二人は歩みを止め、王宮の窓から外を見やった。

遠くには、新たな地へ向かうヴァルター様の一行が見える。

その背中は、長い影を引きながらも、確かに新しい道へと進んでいた。


「王国の信頼を守るために弟を隠していたはずが、逆に王妃からの信頼を失った」


リオラは深い溜息をつく。



カディアンは頷き、拳を握りしめた。


「だが、ヴァルター様が処刑されずに済んだのは王妃様の決断だ。彼女は、夫に裏切られたと感じながらも、弟であるヴァルター様をかばった。あの勇気がなければ、血で血を洗う結末になっていた」



リオラは静かに言葉を続ける。


「王国は救われたけれど、王妃様の心は深く傷ついたはず。これから彼女がどう動くか……それが王国の未来を左右するでしょう」



二人は歩みを止め、互いに視線を交わした。 その瞳には、王国の未来を案じる不安と、真実を暴いた者としての責任が宿っていた。


やがてリオラは小さく微笑んだ。


「私たちの役目は終わった。でも、人生はまだ続いていく。」


カディアンは深く頷き、二人は静かに王宮を後にした。

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