9:血生臭い夜。──これで、残機2です
酷く、瞼が重い。
どうにか薄目を開けると、早朝にも関わらず、ウィズダム公爵邸は喧噪に包まれ、どこか浮き足立っていた。
「今日は誰とお祭りに行くの?」
「家族に決まっているでしょ。恋人なんて居ないんだから」
「またまたぁ!」
廊下を歩く侍女達の、かしましい声。
あの日のように、起き上がって姿見を探す。
──同じ、十歳の頃のままだ。
どうやら、私は祭り当日の朝に巻き戻ってしまったらしい。
耳の奥が、じんじんと痛む。
外からは、笑い声と祭りの準備の音。
──知っている。全部、知っている音だ。
でも、あの時よりも空気が重く感じるのは、私自身が異物に他ならないからだろうか。
無言のまま、自分のステータスを確認する。
……やはり、残機が2になっている。
本当に、残機が減っていくシステムだったなんて……。
あと2回も死ねると思うべきなのか、もう2回しかチャンスがないと思うべきなのか……。
今も、腹に焼けるような痛みが残っている気がする。
お父様の代わりに刺されたことに、後悔はない。
それでも──もっとやりようがあったのではないかと、思ってしまう。
「今度は、やられはしない……」
拳を握りしめ、静かに決意を漲らせる。
私も、お兄様も、お父様も、誰一人欠けることなくこの夜を乗り越えてみせる。
その為に、私が一番最初にしたことは──大事な時に眠ってしまわぬよう、仮眠を取っておくことだった。
眠っている間に襲撃のほとんどが終わっていた前の夜とは違い、この夜は、屋敷の外で襲撃者達と騎士達が刃を交える音も、彼等の怒号さえも、全てが生々しく耳に響いた。
膝の上でお兄様の服を握りしめる私を安心させるように、お兄様が優しく声を掛けてくれる。
「大丈夫だよ、レイ」
無言のままで頷き、窓の外、中空に輝く月をみあげる。
ヒギンズ卿は、この月明かりの中、得体の知れぬ襲撃者達と戦っているのだろうか。
どこかで、窓ガラスの割れる音がした。
ビクリと身を竦めた私を、お兄様が庇うように抱きしめる。
そうして、全ての音が静まり返り……あの時と同じように、ヒギンズ卿が私達の部屋へとやってきた。
「侵入者は、全て捕らえました」
「ご苦労様」
あの時も聞いた、同じ会話。
このまま同じ時間を過ごしていては、意味がない。
「ヒギンズ卿は、この後お父様の元へ?」
「ええ、そのつもりです」
私の言葉に、ヒギンズ卿が頷く。
「それより前に、一つ、お願いを聞いてはいただけませんか?」
「お願い?」
お兄様が、首を傾げる。
ヒギンズ卿は小さく頷き、その場に膝を付いた。
「何なりとお申し付けください、お嬢様」
「これから先も、何か起きないとは限らないわ。屋敷の警戒を強めてちょうだい。特に刃物を所持していたり、武装している者は、たとえ誰であろうと屋敷には入れずに、一度お父様の指示を仰ぐように」
指示を出すと、ヒギンズ卿が一瞬、驚いたように目を瞬かせた。
「……承知しました。お嬢様の仰せのままに」
本当は、お父様の指示ではなく、私かお兄様の指示が良いのだけれど……流石にそう言ったところで、聞いては貰えないだろう。
今は、これでいい。
少なくとも、叔父様が配下の騎士を伴って屋敷にやってくるという事態は、免れるはず。
「私も、お父様のところに行きます」
これから後は──二度目の、直接対決だ。
外の廊下が一瞬、静まり返った。
風が止み、燭台の炎が細く揺れる。
次の瞬間──怒鳴り声が、屋敷を震わせた。
最初の夜とは異なり、今度は叔父様が現れるより先に、彼の苛立った声が部屋の外から響いてきた。
「私の部下を足止めさせるとは、何事だ!!」
「万が一の為でございます」
応対するヒギンズ卿が冷静な分、叔父様のヒステリックな声が際立っている。
二人の声と、足音は、私達が居るお父様の執務室前で止まった。
「兄さん、大丈夫でしたか!?」
あの夜と同じ、扉が開いた先に、張り付いた笑顔が佇んでいた。
「賊が現れたと聞いて、心配で心配で……」
「ああ、サイラス。大丈夫──」
無防備に近付こうとするお父様を制し、二人の間に立つ。
ヒギンズ卿に目配せをすれば、彼が私を庇うように叔父様の前に立ちはだかってくれた。
「ど、どうしたんだ、レイ」
戸惑いの声を上げたのは、叔父様ではなくお父様だ。
叔父様は目を見開き、こちらを凝視している。
「今、チラリと見えてしまったのですが……叔父様が衣服の下に忍ばせているもの、それは──ナイフでしょうか?」
「な──!?」
叔父様の声には、隠しきれない動揺が滲んでいた。
「ヒギンズ卿」
「ハッ」
お兄様の指示で、ヒギンズ卿が叔父様の上着に手を掛ける。
「や、やめろ、私を誰だと思っている!?」
彼が声を荒らげたのも束の間、鈍く光る刃物が懐から零れ、床に落ちて大きな音を立てた。
ジャケットの下に隠せる程度の、大ぶりなナイフ。
あの夜──私の腹を深々と抉った刃だ。
「サイラス……う、嘘だろう……?」
この期に及んでも、お父様はまだ叔父様を信じたいようだった。
そんなお父様と私を庇うように立ちながら、お兄様がヒギンズ卿に指示を出す。
「その者を拘束しろ」
「ぐっ……」
なおも抵抗しようとする叔父様を、ヒギンズ卿が後ろ手に捻り上げ、拘束する。
まだ、気は抜けない……そう思いながらも、実際に叔父様が身体の自由を失った様を目にすると、安堵がこみ上げてきた。
「レイ、大丈夫?」
「は、はい……」
足元がふらつくのは、一気に緊張から解き放たれたせいだろうか。
割れた窓から吹き込む風が、頬を冷たく癒やしてくれる。
……襲撃者による痕跡は、こんなところにも残っていたんだ。
お父様にも、お兄様にも、怪我がなくて良かった……。
そう思って、息を吐いた、その瞬間だった。
「──レイ、危ない!!」
窓から吹き込む夜風が、髪を巻き上げる。
その風の中に──ほんの一瞬、何かが走った気がした。
「え……?」
お兄様が、私の身体を引き倒す。
私が立っていた、そのすぐ脇を、鋭い羽音が引き裂いた。
「──がはっっ」
いや、狙いは私ではない。
窓の外と、私との延長線上に居る──叔父様を狙ったものだ。
今まさにヒギンズ卿に拘束されている叔父めがけて、外から矢が放たれたのだ。
「くそっ、まだ残党が外に居るのか!?」
ヒギンズ卿が剣を手に、私とお兄様の前に立ち塞がる。
窓の外、闇に紛れて人影が身を翻す様子が、視界の端に映った。
「あ……」
たった一本の矢。
その矢を受けて、叔父様は執務室の床に倒れ伏し、ピクピクとその身を震わせていた。
「見るんじゃない、レイ」
お兄様が、私の目を塞ぐ。
お父様も、お兄様も、私も無事だったけれど──結局、この夜は悪夢ばかりだ。









