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悪役令嬢、残機3。  作者: 黒猫ている


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9/20

9:血生臭い夜。──これで、残機2です

酷く、瞼が重い。

どうにか薄目を開けると、早朝にも関わらず、ウィズダム公爵邸は喧噪に包まれ、どこか浮き足立っていた。


「今日は誰とお祭りに行くの?」

「家族に決まっているでしょ。恋人なんて居ないんだから」

「またまたぁ!」


廊下を歩く侍女達の、かしましい声。

あの日のように、起き上がって姿見を探す。

──同じ、十歳の頃のままだ。

どうやら、私は祭り当日の朝に巻き戻ってしまったらしい。


耳の奥が、じんじんと痛む。

外からは、笑い声と祭りの準備の音。

──知っている。全部、知っている音だ。

でも、あの時よりも空気が重く感じるのは、私自身が異物に他ならないからだろうか。


無言のまま、自分のステータスを確認する。

……やはり、残機が2になっている。


本当に、残機が減っていくシステムだったなんて……。

あと2回も死ねると思うべきなのか、もう2回しかチャンスがないと思うべきなのか……。


今も、腹に焼けるような痛みが残っている気がする。

お父様の代わりに刺されたことに、後悔はない。

それでも──もっとやりようがあったのではないかと、思ってしまう。


「今度は、やられはしない……」


拳を握りしめ、静かに決意を漲らせる。

私も、お兄様も、お父様も、誰一人欠けることなくこの夜を乗り越えてみせる。

その為に、私が一番最初にしたことは──大事な時に眠ってしまわぬよう、仮眠を取っておくことだった。




眠っている間に襲撃のほとんどが終わっていた前の夜とは違い、この夜は、屋敷の外で襲撃者達と騎士達が刃を交える音も、彼等の怒号さえも、全てが生々しく耳に響いた。

膝の上でお兄様の服を握りしめる私を安心させるように、お兄様が優しく声を掛けてくれる。


「大丈夫だよ、レイ」


無言のままで頷き、窓の外、中空に輝く月をみあげる。

ヒギンズ卿は、この月明かりの中、得体の知れぬ襲撃者達と戦っているのだろうか。


どこかで、窓ガラスの割れる音がした。

ビクリと身を竦めた私を、お兄様が庇うように抱きしめる。


そうして、全ての音が静まり返り……あの時と同じように、ヒギンズ卿が私達の部屋へとやってきた。


「侵入者は、全て捕らえました」

「ご苦労様」


あの時も聞いた、同じ会話。

このまま同じ時間を過ごしていては、意味がない。


「ヒギンズ卿は、この後お父様の元へ?」

「ええ、そのつもりです」


私の言葉に、ヒギンズ卿が頷く。


「それより前に、一つ、お願いを聞いてはいただけませんか?」

「お願い?」


お兄様が、首を傾げる。

ヒギンズ卿は小さく頷き、その場に膝を付いた。


「何なりとお申し付けください、お嬢様」

「これから先も、何か起きないとは限らないわ。屋敷の警戒を強めてちょうだい。特に刃物を所持していたり、武装している者は、たとえ誰であろうと屋敷には入れずに、一度お父様の指示を仰ぐように」


指示を出すと、ヒギンズ卿が一瞬、驚いたように目を瞬かせた。


「……承知しました。お嬢様の仰せのままに」


本当は、お父様の指示ではなく、私かお兄様の指示が良いのだけれど……流石にそう言ったところで、聞いては貰えないだろう。

今は、これでいい。

少なくとも、叔父様が配下の騎士を伴って屋敷にやってくるという事態は、免れるはず。


「私も、お父様のところに行きます」


これから後は──二度目の、直接対決だ。




外の廊下が一瞬、静まり返った。

風が止み、燭台の炎が細く揺れる。

次の瞬間──怒鳴り声が、屋敷を震わせた。

最初の夜とは異なり、今度は叔父様が現れるより先に、彼の苛立った声が部屋の外から響いてきた。


「私の部下を足止めさせるとは、何事だ!!」

「万が一の為でございます」


応対するヒギンズ卿が冷静な分、叔父様のヒステリックな声が際立っている。

二人の声と、足音は、私達が居るお父様の執務室前で止まった。


「兄さん、大丈夫でしたか!?」


あの夜と同じ、扉が開いた先に、張り付いた笑顔が佇んでいた。


「賊が現れたと聞いて、心配で心配で……」

「ああ、サイラス。大丈夫──」


無防備に近付こうとするお父様を制し、二人の間に立つ。

ヒギンズ卿に目配せをすれば、彼が私を庇うように叔父様の前に立ちはだかってくれた。


「ど、どうしたんだ、レイ」


戸惑いの声を上げたのは、叔父様ではなくお父様だ。

叔父様は目を見開き、こちらを凝視している。


「今、チラリと見えてしまったのですが……叔父様が衣服の下に忍ばせているもの、それは──ナイフでしょうか?」

「な──!?」


叔父様の声には、隠しきれない動揺が滲んでいた。


「ヒギンズ卿」

「ハッ」


お兄様の指示で、ヒギンズ卿が叔父様の上着に手を掛ける。


「や、やめろ、私を誰だと思っている!?」


彼が声を荒らげたのも束の間、鈍く光る刃物が懐から零れ、床に落ちて大きな音を立てた。


ジャケットの下に隠せる程度の、大ぶりなナイフ。

あの夜──私の腹を深々と抉った刃だ。


「サイラス……う、嘘だろう……?」


この期に及んでも、お父様はまだ叔父様を信じたいようだった。

そんなお父様と私を庇うように立ちながら、お兄様がヒギンズ卿に指示を出す。


「その者を拘束しろ」

「ぐっ……」


なおも抵抗しようとする叔父様を、ヒギンズ卿が後ろ手に捻り上げ、拘束する。

まだ、気は抜けない……そう思いながらも、実際に叔父様が身体の自由を失った様を目にすると、安堵がこみ上げてきた。


「レイ、大丈夫?」

「は、はい……」


足元がふらつくのは、一気に緊張から解き放たれたせいだろうか。

割れた窓から吹き込む風が、頬を冷たく癒やしてくれる。

……襲撃者による痕跡は、こんなところにも残っていたんだ。


お父様にも、お兄様にも、怪我がなくて良かった……。

そう思って、息を吐いた、その瞬間だった。


「──レイ、危ない!!」


窓から吹き込む夜風が、髪を巻き上げる。

その風の中に──ほんの一瞬、何かが走った気がした。


「え……?」


お兄様が、私の身体を引き倒す。

私が立っていた、そのすぐ脇を、鋭い羽音が引き裂いた。


「──がはっっ」


いや、狙いは私ではない。

窓の外と、私との延長線上に居る──叔父様を狙ったものだ。

今まさにヒギンズ卿に拘束されている叔父めがけて、外から矢が放たれたのだ。


「くそっ、まだ残党が外に居るのか!?」


ヒギンズ卿が剣を手に、私とお兄様の前に立ち塞がる。

窓の外、闇に紛れて人影が身を翻す様子が、視界の端に映った。


「あ……」


たった一本の矢。

その矢を受けて、叔父様は執務室の床に倒れ伏し、ピクピクとその身を震わせていた。


「見るんじゃない、レイ」


お兄様が、私の目を塞ぐ。

お父様も、お兄様も、私も無事だったけれど──結局、この夜は悪夢ばかりだ。


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