5:糸の先に。
叔父様の元に届く、王妃陛下からの書簡。
ウィズダム公爵家に対する文ならば、叔父様ではなくお父様の元に届けられることだろう。
……嫌な予感がする。
王妃陛下の縁戚であるブレアム侯爵家への出資の話をお断りしたのは、記憶に新しい。
叔父様と王妃陛下が繋がっていることは、もはや疑う余地はない。
どうにかして、その企みを知りたいところだが……なかなかどうして、叔父様はガードが堅い。
ウィズダム公爵邸内にも、叔父様の執務室がある。
公爵家の要人として政務にも関わっているから、それ自体はおかしなことではない。
慎重派な叔父様は、執務室を与えられるなり、自ら鍵を手配した。
扉だけではない、窓にも内側からしっかり施錠されて、侵入の余地はない。
ここまで防御を固められてしまうと、つい侵入を試みたくなるというものだ。
幸いにして、こちらは子供。
特に叔父様は、とかく私を子供扱いしがちだ。
そちらがそのつもりならば、私も子供であることを最大限利用させてもらおう。
叔父様の執務室前。
ノックして、中から扉が開かれるのを待つ。
「なんだ?」
暫くして、神経質そうな声が返ってきた。
扉が開いた瞬間、勢いよく身を滑り込ませる。
「叔父様、少しかくまってくださいませ~!」
「……は?」
案の定、叔父様は目を丸く見開いていた。
「お兄様とかくれんぼをしている最中なんです。ここが一番、見付かりそうにないなと思って」
「か、かくれんぼ……だと?」
予想通り、叔父様の口元が引き攣っている。
でも、私は彼にとって実の姪。
元々子供が好きではない叔父様も、雑には扱えないはずだ。
前の人生、お父様が亡くなった後の叔父様は、私に対し全ての興味を失っていた。
酷い虐待をされた訳ではない。
言うなれば、無関心──叔父様の視界に、私は入っていないかのようだった。
でも、今は違う。
お父様が居る中で、私をぞんざいに扱うことは出来ない。
今の彼は“優しい叔父”を装わなければならないのだ。
「お願いです、決して邪魔はいたしませんから……少しだけ、かくまっていただけませんか?」
「ん、んむぅ……仕方ない、大人しくしているのだぞ」
渋々といった様子で頷きながらも、叔父様の顔は苦渋に満ちていた。
本心では、ガキがふざけるな! とでも言って、追い出したいんだろうなぁ。
ごめんなさいね、お仕事の邪魔をするつもりはないのだけれど……とはいえ、それは叔父様がまともな仕事をしているならばの話。
「かくれんぼとやらが終わったら、ちゃんと出て行くのだぞ」
「はぁい」
そう言いながら、叔父様は机の上にあった書面を机の一番下の引き出しに閉まった。
ふむ。どうやらそこに重要な物が仕舞われていそうね。
当たりを付けつつ、叔父様の執務室を見回す。
壁一面に並んだ本棚。
戸棚には、書類の山。
これだけ見れば、ごく普通の執務室だ。
ただ、そこに何が眠っているかは分からない。
どうにかして、王妃陛下からの書簡を調べられれば良いのだけれど……そんなもの、大人しく見せてくれるはずもない。
調べるとしたら、叔父様が不在の時間しかチャンスはない。
であれば、どうにかしてこの部屋に忍び込む方法を考えなくてはいけない。
チラリと、執務机に目を向ける。
叔父様はまた新たな書類を取りだしては、目を通している。
「叔父様、お仕事大変そうですね。ちゃんと休憩もしてくださいね」
「あ、あぁ」
気遣う言葉を投げかければ、曖昧な言葉が返ってきた。
どうあしらったものかと、いまだ悩んでいるのだろうか。
叔父様は夜になれば、自分の屋敷に帰っていく。
いわば、公爵邸には通いの状態だ。
彼が居ない時間が、彼の部屋を捜索するチャンス。
その為にも、どうにか鍵の掛かったこの部屋に出入りする方法を考えなくてはならない。
「叔父様、御本を読んでもいいですか?」
壁際に並んだ本棚に駆け寄り、執務机の叔父を振り返る。
「別に構わないが、子供が読むような本は無いぞ」
やっぱり、叔父様は私を子供扱いしている。
もっとも、そう思ってくれていた方が、今は良いのだけれど。
「見てみなければ、分かりませ~ん」
わざと脳天気な声を上げ、少し背伸びをしながら、本棚に手を伸ばす。
危なっかしい動作は、全て織り込み済みのこと。
「あっ」
「お、おい!!」
無理に本を引き抜こうとして、棚にあった本がドサドサと崩れ落ちてくる。
私の足元には、落ちた本がこんもりと山を作っていた。
一段丸々空になった棚を見上げる。
私が背伸びをして、めいっぱい手を伸ばしたところで、やっと届くくらいの高さ。
私一人で片付けるのは無理だろうと、一目で分かるはず。
「……仕方ない。そこをどきなさい」
「ごめんなさい、叔父様」
ため息混じりに、叔父様が本の山の前にしゃがみ込む。
黙々と片付けてくれる様子を見ると、少し良心が痛む……が、ここで引く訳にはいかない。
「少し埃っぽくなってしまいましたね」
そう言いながら、今度は窓へと向かう。
鍵に手を伸ばしながら、チラリと叔父様の様子を窺う。
……大丈夫。
彼は黙々と本を元の棚に戻している。
「あっ」
窓を開けた瞬間、執務室を風が吹き抜けた。
執務机に置かれていた書類が、軽やかに宙を舞う。
慌てて窓を閉めたが、もう遅い。
ひらり、ひらりと、書類が床に散らばっていく。
恐る恐る叔父様の方へと目を向けると……、
「……レイチェル。かくれんぼは、もうお終いだ」
彼の額には、見事な青筋が浮いていた。
「明日からは、人の居ないところで遊ぶようにしなさい。ただでさえ領都の祭り前で、忙しいんだ」
「はぁい」
すっかり叔父様の機嫌を損ねてしまった。
でも、大丈夫。
疑われてはいないみたい。
ホッと胸を撫で降ろし、促されるままに、大人しく叔父様の執務室を出る。
私が廊下に出た瞬間、カチャリと施錠の音が響いた。
相変わらず、厳重なことで。
叔父様の部屋の鍵は、叔父様だけが持ち歩いている。
掃除に入る時も、いつも叔父様が一緒。
叔父様以外、自由にこの部屋に立ち入れる人は居ないくらいだ。
……それだけ、この部屋には厳重な秘密が眠っているということなのだろう。
その秘密、暴かせていただきます。
深夜、屋敷中が静まり返った頃、一人部屋を抜け出して中庭を歩く。
目指すは、叔父様の部屋。
窓の下に立ち、鍵のあたりを指で探ってみる。
「……あった」
ほつれた糸の端を掴んで引くと、“カチャリ”と小気味よい音が響いた。
「よしっ」
昼間の、叔父様の執務室での一幕。
ただ仕事の邪魔をしていたり、かくれんぼで遊んでいた訳ではない。
窓の内側には小さな掛け金があり、外側から細い糸を引けば引っかかりが外れる──叔父様が本を片付けている隙に、そこに糸を通しておいたのだ。
「さて、と」
誰にも見付からないように、静かに執務室に忍び込む。
目指すは、執務机の一番下の棚。
目星を付けておいた通り、そこには王妃陛下からの文が束ねて入れられていた。
その中の何枚かに、軽く目を通していく。
最も優先するべきは、一番新しい指示。
ブレアム侯爵家から来た出資の話を断った以上は、王妃陛下も苛立っているのではないかと思っていたけれど……。
「これは──」
探し当てた、王妃陛下からの書簡。
封筒に仕舞われた便箋を、静かに開く。
そこに書かれた文を目にした瞬間、体が凍りついた。
鼓動が耳鳴りに変わる。
指先が震え、便箋が微かに音を立てた。
『長兄とその嫡男を処理せよ』
視界が滲むのを押さえ込み、私は息を整えた。
何も見なかったかのように、書簡を再び一番下の引き出しに仕舞い込む。
しかし、そこに書かれていた言葉は一言一句違えることなく、脳裏に焼き付いていた。
長兄とその嫡男──叔父様が次男である以上、長兄はお父様に他ならない。
“処理”と記されたその言葉の意味は、あまりに明白だった。
お父様とお兄様は──王妃陛下の命を受けた叔父様によって、命を奪われたのだ。









