表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢、残機3。  作者: 黒猫ている


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/20

3:疑念の芽。

叔父様は、若い頃は王城で働く文官だった。

その頃から王族の皆様とは顔馴染みだったというのは、知っている。


だが、今目の前に表示されているステータス……。


『忠誠心:B(対象:キンバリー・クレイヴン)』


その名前を見た瞬間、背筋を冷たい指でなぞられたような感覚が走った。


お父様ではない。

それは予想付いていた。

せいぜい、彼の忠誠心は低いのだろうな……くらいに思っていたというのに。


そこに表示されていたのは、予想外の名前だった。


キンバリー・クレイヴン──我がクレイヴン王国の王妃陛下だ。

王太子殿下の婚約者であった私は、何度も王妃陛下と顔を合わせる機会があった。


隣国リーコックから嫁いで来られた王妃陛下は、第一王子の母君でもあらせられる。

視野が広く、先見の明に長けた女性であると評判だ。

確かに、彼女の持つ知識は凄い。

凄いが、どうも彼女自身にはそこはかとない冷たさを覚えてしまう。


当然、相手は王妃陛下だ。

おいそれと親しみを感じられる相手ではない。


とはいえ、私は息子の嫁になるはずの相手だったのだ。

そんな私から見ても“底知れない”と感じてしまう王妃陛下の名には、恐ろしささえ付き纏っていた。


そんな王妃陛下に、叔父様が忠誠を誓っている……。

これが、何を意味するのか。

とても判断が付かず、私は動揺をひた隠しにする為に、繋いだままのお兄様の手を強く握りしめた。




私の内心の動揺を他所に、食事会は恙無く終了した。

そそくさと部屋に戻ろうとした私に、お兄様が声を掛けてくる。


「レイ、今日は久しぶりに一緒に寝ようか」


お兄様は、優しく私の髪を撫でてくれた。

巻き戻ってから、泣いている姿をいっぱい見せてしまったからかな。

それとも、叔父様と向き合っている間、ずっとお兄様の手を握りしめていたから?


どちらにせよ、私に断る理由はない。


「はい!」


元気よく返事をしたなら、お兄様の目元が柔らかく綻んだ。




身体が小さくなって、精神年齢も肉体に引っ張られているのだろうか。

以前なら恥ずかしかっただろうお兄様との添い寝も、恥ずかしさは感じない。

それどころか、ずっと会いたかった家族に、再び出会えたのだ。

時間が巻き戻ってからというもの、お兄様にも、お父様にも、甘えてばかりだ。


「レイはこんなに甘えん坊だったかな」


今も二つ並んだ枕の片側を占領したお兄様は、苦笑を浮かべている。


「じゃ、甘えん坊になったんです」

「そうだね、そうかもしれない」


はぐらかすような私の言葉に、お兄様がゆっくりと頷く。


同じ布団。

枕を並べて、向かい合って横たわる。

一人で眠る時よりも布団が暖かくて、心地よい眠気に攫われてしまいそうだ。


「ねぇ、レイ……君に、いったい何があったの?」


そんな微睡みは、お兄様が発した言葉によって、一瞬で吹き飛んだ。


「え……?」


じっとこちらを見つめる、私と同じ色の瞳。

澄んだサファイアの色は、まるで心の中まで覗き込まれているかのようだ。


「悪夢を見たと言って、泣いていたあの日……あの時から、レイがまるで僕の知らないレイのように感じることがある」


ドクンと、心臓が跳ねる。

お兄様に、気付かれていた……?


どうしよう。

どう説明したらいいの。

こんなこと、言っても信じてもらえるかどうか。


「いや、言い方が悪かったな。えぇと、レイのことを疑っている訳ではなくって」


お兄様の口調は、少し慌てたかのようだ。

私は、そんなに酷い顔をしていただろうか。

困惑気味の表情を浮かべながら、布団の中で、お兄様が私を抱きしめる。


「ずっと、何かに怯えていたり、警戒していたり……そんな風に見えて、心配だったんだ」

「おにい、さま……」


……間違ってはいない。

無残な死を遂げて、時間が巻き戻ってからというもの、会う人会う人に警戒ばかり向けてきた。


屋敷の使用人は、お父様よりも叔父様寄りの人達ばかり。

叔父様も、何を考えているのかは分からない。

私が頼れる相手は、お父様とお兄様だけ──。


「もし、何かあったら、僕に相談してほしいんだ」


優しい声が、耳を擽る。

温かな掌が、頬を撫でる。


「僕は、君の兄なんだから」

「……っ」


返事の代わりに、零れたのは嗚咽だった。


お兄様は、気付いていたんだ。

私が一人で、ずっと気を張っていたことを。

悲惨な運命を回避するべく、どう立ち回ったら良いかと、ずっと考えていたことを。


私の小さな異変に気付くほどに……私のことを、ずっと見ていてくれたんだ。


「ああ、ほら、泣かないで。また目が大変なことになっちゃう」


苦笑しながら、指先で涙を拭ってくれる。

優しいお兄様。

もう二度と、貴方を失いたくはない。


「私……嫌なことを聞いてしまったんです」

「嫌なこと?」


どうしたものか。

事実を告げずに、何とかお兄様にも警戒を促したい。

そう考えた結果、私は一部だけをそのまま伝えることにした。


「叔父様が、王妃陛下と、悪い相談をしているって……」


言葉にした瞬間、お兄様の瞳が揺らいだ。

僅かに息を呑み、唇を噛みしめる。


「レイ、いいかい。それは、誰にも言ってはいけないよ」

「はい……」


お兄様は、私の言葉を否定しなかった。

馬鹿にすることもなく、慰めることもなく……ただ“誰にも言ってはいけない”とだけ告げた。


それは、つまり──お兄様にも、何か思うところがあるのだろうか?



◇◆◇◆◇



僕の可愛い妹、レイチェル・ウィズダム。

彼女に変化が訪れたと感じたのは、ある朝のことだった。


僕の顔を見るなり、涙を溢れさせた。

元々、年よりも大人びた少女だった。

だが、あれほどまでにボロボロと泣くような子供だっただろうか。


子供らしく、泣きわめくでなし。

感情に訴えるでなし。

ただ、自らを押し殺して、涙を流す。


目の前で、妹が泣いている。

だというのに、その様は、まるで知らない誰か──大人びた女性が泣いているような気さえした。


人は、あんなにも己の感情を殺せるのだろうか。

どれだけの悲しみを背負ったら、あんな風に静かに泣くのだろう。

その日から、僕の興味の多くは、妹レイチェルが占めていた。




そんなレイチェルが、涙を零しながら告げた言葉。


『叔父様が、王妃陛下と悪い相談をしているって……』


聞いた瞬間、意識のどこかでカチリとピースが嵌まった気がした。


ああ、そうだ。

ずっと、感じていた違和感。


親しい使用人達が、少しずつ消えていく。

昔から居る使用人が姿を消し、いつの間にか、新しい使用人が働いている。


人が入れ替わるのは、当たり前のことだ。

だが、働く顔ぶれが変わっていくうちに、少しずつ屋敷の中の空気も違っていった。


何かが、少しずつ変わっている。

以前は父とよく談笑していたはずの文官が、今では叔父に指示を仰ぐ者ばかりになっている。

父上は気にしていないようだったが、以前からウィズダム家に忠誠を誓ってくれていた者達は、少しずつ姿を見なくなっていった。


レイチェルに言われるまでもない。

この屋敷では、何かが起きている。


気を許してはいけない。

信じられるのは、父上とレイチェルだけだ。

いや、父上でさえ、誰かに丸め込まれている可能性がある。


信じられるのは、自分だけ。

そして、僕は妹を──幼い妹と、父と、家とを守らなければならない。


果たして、僕に何が出来るだろうか。

静かに寝息を立てるレイチェルの髪を指先で玩びながら、そっと目を閉じるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらで公開している短編小説「どうして私が出来損ないだとお思いで?」が、ツギクルブックス様より書籍化されることになりました!

どうして私が出来損ないだとお思いで? 販促用画像


また、現在ピッコマで掲載されている小説

【連載中】二股王太子との婚約を破棄して、子持ち貴族に嫁ぎました

【連載中】捨てられた公爵夫人は、護衛騎士になって溺愛される ~最低夫の腹いせに異国の騎士と一夜を共にした結果~

【完結済】魔族生まれの聖女様!?

こちらもどうぞよろしくお願いします!
どうして私が出来損ないだとお思いで? 表紙画像 二股王太子との婚約を破棄して、子持ち貴族に嫁ぎました 表紙画像 捨てられた公爵夫人は、護衛騎士になって溺愛される ~最低夫の腹いせに異国の騎士と一夜を共にした結果~ 表紙画像 魔族生まれの聖女様!? 表紙画像
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ