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悪役令嬢、残機3。  作者: 黒猫ている


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2/15

2:再会と決意。

ステータス画面によると、私は十歳の頃まで巻き戻っているらしい。

十歳の頃といえば、我がウィズダム家を悲劇が襲った年だ。


あれは、領都でお祭りが行われていた日。

騎士達が見回りで出払った隙に、祭りに乗じて領地に潜入した野盗が公爵邸に押し入ったのだ。

応戦虚しく、お父様は戦死。

お兄様は私をクローゼットに押し込めて一人部屋に残り、荒くれ者達に無残に切り刻まれてしまった。


──幼い私は、クローゼットの中で震えていることしか出来なかった。

あれほど自分の無力さを痛感したことはない。

公爵令嬢と持て囃され、何一つ不自由なく暮らしていた。

そんな私が、一気に絶望の底へと叩き落とされた瞬間だった。


果たして、巻き戻った今があの日の前なのか、それとも後なのか。

それによって、私の人生は大きく異なってくる。


逸る気持ちを抑えて、部屋を出る。

懐かしの公爵邸。

向かうは、小さな頃は何度も訪れていた部屋──お兄様の部屋だ。


扉を見上げ、ゴクリと唾を飲み込む。

真実を確かめるのが、怖い。

せっかく十歳の頃に巻き戻ったのに、再び、お父様とお兄様の居ない世界を生きるのだとしたら……?

世界は、神は、なんと残酷なのだろう。

惨たらしく処刑された私は、未だ神を信じられずに居る。


ゆっくりと息を整え、扉を押し開く。

その向こうに──懐かしい、少年がこちらを振り返った。


「……レイ?」


──お兄様だ。

懐かしい、大好きだった、ユージーンお兄様だ。


私と同じ、銀色の髪。

サファイアを思わせる、深い青色の瞳。

私よりも四つ年上だから、この頃は十四歳だ。

幼いながらに整った顔立ちで、使用人達だけでなく、貴族のご令嬢方からも人気だった。


間違いない、本物のお兄様だ。


「なんだよいきなり、せめてノックくらい──」


苦言を呈しようとしたお兄様の表情が、私の顔を見た瞬間に強張る。


気付けば、私の頬を熱いものが伝っていた。

ボロボロと、両の瞳から雫が流れ落ちてくる。

落ち着こう、お兄様にちゃんとご挨拶をしよう、そう思うのに、涙が止まらない。


「レイ!? いや、そこまで怒っている訳じゃないんだけど……まいったな」


お兄様は困り果てた表情のまま、入り口に突っ立っている私の手を引いて、部屋の中へと招き入れてくれた。

いまだ涙を流し続ける私の髪を、お兄様が撫でる。


「怖い……夢を見たの」


──そう。

あれが夢だったなら、どれほど良かったことか。


でも、夢ではない。

目覚めた時、私は確かに首に残る痛みを感じていたし……何より、ステータス画面に刻まれた“残機”の文字。

それらが、あの悍ましい記憶が現実だったということを、この身に刻み込んでいる。


「夢……夢か。そうかぁ」


夢と聞いて、お兄様が安堵の表情を浮かべる。


「大きくなったと思っていたけれど……レイはまだまだ泣き虫だなぁ」


レイとは、レイチェル──私の幼い頃の呼び名だ。

私をこの名前で呼ぶのは、お父様とお兄様しか居ない。

懐かしい声に、再び涙がこみ上げてくる。


「ああ、そんなに泣いたら目が腫れてしまうぞ」


お兄様が慌てた声を上げて、指先で私の目元を拭う。


「そんなに怖い夢を見たのか?」

「怖くて、悲しくて……どうしようもない夢です」


夢ではない。

あれは、紛れもない現実。

過去を思えば、胸が締め付けられそうになる。


もう半年もしないうちに、優しいお兄様とお父様は亡くなり、ウィズダム公爵家は叔父様が管理することになる。

そうして屋敷で孤立した私は、王城へと嫁いでいくのだ。


「大丈夫だよ、僕が居るから」


お兄様が私を抱きしめ、背を優しく叩いてくれる。

その一言で、どれだけ救われることか。

この温もりを、失いたくはない──。


気付けば、私はお兄様の腕の中で泣きじゃくっていた。




「レイ、どうしたんだその顔は!?」

「えぇと……」


お昼の食堂。

私は我儘を言って、政務中のお父様とお兄様と一緒に、昼食を採ることにした。

お兄様との再会ですっかり号泣してしまった私は、お父様に会う前から、目がパンパンに腫れていた。


重い瞼で見上げる、久しぶりに見るお父様の顔は……どこか心配そうな、優しい笑顔が浮かんでいた。


「怖い夢を見たんですって」

「ははぁ、それで一緒にご飯を食べたがっていたのか」


お兄様の言葉に、お父様が声を上げて笑う。

お父様の中では、私は幼い子供──十歳のままなのだ。

今は、私もそれに甘えてしまおう。


「あの、お父様……」

「ん? なんだい、レイ」


声を掛ければ、優しい眼差しが返ってくる。

私を慈しんでくれる瞳。

ダメだ、また涙が零れそうになってしまう。


「お膝にお邪魔しても、いいですか?」


私が見上げると、お父様は一瞬だけ目を瞬かせた後に、表情を蕩けさせた。


「おいで」


ひょいと抱え上げられ、一瞬でお父様の膝の上に収まる。

私が落ちないよう、逞しい腕で、しっかりと支えてくれている。


こんな気遣い、幼い頃以来、感じた覚えはない。

家族から得られる、無償の愛。

それがどれだけ尊いものなのか、以前の私は知らずに過ごしていた。


「う……」


再び、涙が零れ始めた。

そんな私をお父様はぎゅっと抱きしめ、優しく撫でてくれる。


……あたたかい。

この温もりを、失いたくはない。

私自身は勿論のこと、優しい家族だって、あんな目に遭わせたくはない。


せっかく、やり直せたんだ。

限りある残機、有効に使ってみせる。

お兄様も、お父様も、死なせはしないんだから……!




自身のステータス画面が見られるようになって、一つ、気付いたことがある。

そこに書かれていた『スキル:鑑定、加護』の文字。

加護の方は良く分からないけれど、鑑定の方は、色々試してみることでだいたい使い方が分かってきた。


要は、これもステータス画面と同じ。

対象に向かって念じることで、相手のステータスを見ることが出来る。

私にこんな能力があるなんて、前の人生では気付けなかった。

知っていたら、もっと有利に立ち回れていただろうに。


というのも、表示されるステータスに『忠誠心』という項目があるのだ。

文字通り、相手の忠誠心を数値化したもの。

忠誠心の高さ以外に、その人物が“誰に対し”忠誠を誓っているかを見ることが出来る。


例えば、執務室でお父様の隣に立っている執事のアリスター。

幼い頃から有能な執事というイメージだったが、私はどうも彼が苦手だった。


彼に意識を向けて、心の中で念じてみる。

ぼんやりと、私の視界に半透明のステータス画面が現れた。

名前、年齢、能力と様々なステータスが表示されているが、その中でも特に注目すべき部分──。


『忠誠心:A(対象:サイラス・ウィズダム)』


……目にした瞬間、背筋に冷たい物が走った。

そう。彼が内心で最も従うべきと考えている相手は、当主であるお父様ではなく、叔父様なのだ。


私は数日かけて、屋敷の使用人達のステータスをこっそり確認してみた。

彼等の多くが、特に忠誠心を持っていないか、あるいはお父様よりも叔父様に忠誠を抱いている。


思えば、もっと幼い頃には、邸内の雰囲気は違っていた。

使用人達も明るく接してくれて、屋敷は笑顔で溢れていた。

それが、いつからだろう。

余所余所しい態度が目立つようになったのは。


昔から居た使用人達は、一人、また一人と辞めていった。

気付けば、礼儀正しいが事務的な態度の使用人ばかりになっていた。


お父様は、政務で領地と王都を行き来している。

公爵であるお父様が留守の間は、叔父様が領地を預かっている。


いつの間にか、屋敷の使用人達は叔父様にとって都合の良い者達に入れ替えられていた……?

ぞわりと、背筋が震える。

考えたくはない、考えたくはないけれど……そう考えると、一番しっくり来る。




今日は週に一度、叔父一家を招いての食事会が行われる日だ。

久しぶりに見る、叔父の顔。

と言っても、お父様やお兄様ほどの懐かしさは感じない。

私を王城に送り出してからは、ろくに顔も見ていなかった……ただそれだけ。


「こんばんは、叔父様」

「こんばんは、レイチェル」


余所余所しい挨拶。

私は兄の手を握りしめたままで叔父を見上げ、意識を集中させた。

そこに表示されたステータス──叔父が忠誠を誓う相手は、父ではない。


王都に住まう、王妃陛下の名前がそこにあった。

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