18:交差する視線。
豪奢な金の髪と、同じく澄んだ琥珀色の瞳。
アイヴァン殿下ほどの逞しさはないが、すらりと伸びた長身。
優雅さと教養を感じさせる、気品ある物腰。
本日の主役、第一王子エルトン殿下が真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「君には何度か王家から打診が行っているはずだが、全て断られてしまったな」
「恐縮です」
殿下の言葉に、周囲がざわめく。
それが何の打診であるか……言葉にしなくても、きっと皆分かっているに違いない。
「どうだ、改めて僕の口から言った方がいいか?」
ギラリと、エルトン殿下の瞳が光を帯びる。
腹違いとはいえ、流石に兄弟だ。
瞳の色は、アイヴァン殿下と瓜二つ──だけれど、そこに宿る光は、全く異なるように思えた。
「恐れ多いことにございます、殿下」
再び、深々と頭を垂れる。
「私のような未熟者には、身に余るお言葉でございます。自らの程度、身の程は、自らが最も弁えておりますゆえ」
「……ふんっ」
きっと、今も憎々しげな視線が突き刺さっていることだろう。
だが、ここで頭を上げてはいけない。
彼からの婚約打診を受け入れてしまえば、そこからは破滅フラグまっしぐらだ。
レイチェルとしての一度目の人生と同じ道は辿らずに済むとしても──ろくなことにはならないだろう。
「愚かな女だ……今にきっと、後悔するぞ」
ざっと、踵を返す音。
そこから足跡が遠ざかっていくまで、暫し庭園の芝を見つめ続けていた。
「はぁぁぁ……」
王子が去ると、彼を目当てに来ていた令嬢達も、皆その後を追っていった。
賑わう席から遠く離れた場所に、私とルイザの二人だけがぽつんと取り残されている。
「……良かったのですか?」
「え、何が?」
恐る恐るといった様子で、ルイザが声を掛けてきた。
「第一王子殿下からのお声がけなんて、他の方達ならば喜び勇んで飛びついたでしょうに」
「あぁ……権力とか、後継者争いに巻き込まれるのはごめんだもの」
エルトン殿下が立太子した前世とは異なり、今はまだ、第一王子と第二王子の支持者どちらもが勢力争いを繰り広げている現状。
正妃であり、母方の権力が強い第一王子が当然優位ではあるが、騎士と平民達からの第二王子に対する人気も、無視は出来ない状況だ。
そんな中、中立派で国内最高位の貴族である我がウィズダム家がエルトン殿下に与したなら──一気に、そのバランスが崩れることになるだろう。
そう、前世のように。
「なるほど……身分のある方は、大変なのですね」
自らも男爵令嬢でありながら、ルイザがしみじみと呟く。
その様子に、思わず笑みが零れた。
「ルイザはいいのかしら。他のご令嬢方は、どうにかして殿下の目に留まろうと、必死みたいだけれど」
「うちみたいな貧乏貴族、招待状が届いただけで奇跡みたいなものですよ。不釣り合いな夢は見ない主義なんです」
先日、我が家で「あんな魔道具がほしい」「こんな魔道具も作ってみたい」と目を輝かせていた時とは、まるで別人みたいな表情だ。
王子妃なんて立場は、魔道具作りの時間が減るから面倒くらいに思っていそう。
それもまた、ルイザらしい。
「なるほど、ここは変わり者二人の席というわけか」
背後から響いた、笑みを含んだ声。
振り返ると、そこに予想もしない人物が立っていた。
「アイヴァン殿下──!?」
「久しいな、ウィズダム公爵令嬢」
いつ戦場から戻って来たのだろうか。
漆黒の髪の下、エルトン殿下と同じ琥珀色の瞳が、じっとこちらを見つめている。
彼と会うのは、彼が使者としてウィズダム公爵家を訪れて以来──実に五年ぶりのことだ。
「ご無沙汰しております、アイヴァン殿下」
「いい、楽にしてくれ」
慌てて立ち上がり、頭を下げようとした私を、アイヴァン殿下が制する。
「まさかエルトン殿下主催の午餐会に、アイヴァン殿下がいらっしゃるとは思いませんでした」
「別に招待された訳ではない。ただ少し、気に掛かることがあって様子を見に来ただけだ」
招待されておらずとも、ここは王宮。
王族の一員であるアイヴァン殿下であれば、咎められることなく午餐会が行われている庭園にも足を運ぶことは出来るだろう。
だが、彼の足をここまで運ばせた理由とは、一体何なのだろうか……?
そんなことを考えながら、殿下の顔を見上げていると、ふいと視線が逸らされてしまった。
「君は……なぜ、兄上からの打診を断り続けているんだ?」
「え……?」
アイヴァン殿下からも聞かれるとは思わなかった。
先ほどの口振りからして、私達の会話は聞かれたものだとばかり思っていた。
「決まっているじゃないですか。面倒事に巻き込まれたくないからです」
「面倒と来たか」
不敬と受け取られてもおかしくない言葉だが、幸い近くにはアイヴァン殿下とルイザしか居ない。
端の席で食事に興じている我々だからこそ、殿下も声を掛けてこられたのだろう。
「アイヴァン殿下にとっては、そちらの方が好都合だと思いますが?」
「別に俺は後継者争いに興味は無いんだが……まぁ、そうだな」
彼の面には、苦笑が浮かんでいた。
彼自身が後継者争い──次期王位に興味は無くとも、エルトン殿下が覇権を握ることが決定したら、その治世の障害と成り得るアイヴァン殿下は、排除されることになるだろう。
現に、前世では謀反人として捕らえられていた。
もし穏便にことが運んだとしても、臣籍に下るか、あるいはどこかに軟禁されてその生涯を終えるか……どちらにせよ、彼の自由は奪われることになるだろう。
「どうなるかと思って来てみたが、心配は要らなかったようだ」
アイヴァン殿下が、隣の席にドサリと腰を下ろす。
……ひょっとして、彼は私がエルトン殿下の婚約打診を受け入れるのではないかと気になって、この場にやってきたのだろうか。
自惚れ過ぎかと思う反面、政治的な面を考えても、私とエルトン殿下の動向が気に掛かるのは自然なことだ。
逸る心臓を押さえ、深呼吸して息を整える。
「エルトン殿下ならば、今頃他家の令嬢達を値踏みしていらっしゃる頃でしょう」
「ああ、だろうな」
私の言葉に、アイヴァン殿下が悪戯っぽく笑う。
エルトン殿下がどんな女性を選ぶか、それによって自らの立場も大きく異なってくるだろうに、さして興味は無さそうだ。
「気にはならないのですか?」
「誰を選ぼうと、たいして変わりはしないだろう……君以外は」
そりゃ、最も影響力が強いのは、現在中立派に属する我がウィズダム公爵家でしょうけれど……それ以外にも、高位の貴族のご令嬢達がわんさか揃っているというのに、随分な余裕ですこと。
「レイチェル様は、アイヴァン殿下と懇意でいらしたのですね……」
気付けば、ルイザが私とアイヴァン殿下をどこかキラキラとした瞳で見つめていた。
うん? 懇意って……この子、何か妙な誤解をしてやいないかしら。
「懇意という訳ではないわ。ただ、以前に少し、殿下が我が家に滞在していたことがあるというだけよ」
「そうですか、それ以来の……!」
それ以来の、何だというのだろう。
流石は魔道具作りの天才と言うべきか、彼女の発想は天高くまで飛躍してしまいそうだ。
一度、誤解を解いておく必要があるかしら。
ルイザが熱い瞳で私達を見つめているのと同じように、エルトン殿下と話し終えた令嬢、令息達が、ちらほらとアイヴァン殿下に視線を向けるようになってきた。
彼もまた、エルトン殿下同様に政治的な注目を集める一人。
このままでは、アイヴァン殿下の周囲にも令嬢達の人集りが出来ることになるだろう。
「兄上に見付かる前に、俺はこの辺で退散するとしよう」
そんな空気を察してか、アイヴァン殿下が立ち上がる。
「では……またな」
「ええ、アイヴァン殿下……どうかお達者で」
軽く手を上げる殿下に、声を掛ける。
不思議なものだ。
前世の婚約者より、政敵だった彼の方が、ずっと話をしやすいとは……。
庭園に吹き抜ける風が、花弁を舞い上げる。
その一瞬、背筋を撫でた悪寒に、思わず振り返った。
令嬢達に囲まれた本日の主役──エルトン殿下の琥珀色の瞳が、真っ直ぐにこちらを見据えていた。









