17:昼下がりの戦場。
王家主催の午餐会とあって、王城の庭園は大勢の貴族子弟で賑わっていた。
花の香り、煌めく宝石、陽光を跳ね返す銀器──庭園は、まるで舞台のような眩しさで溢れていた。
中でも、若い令嬢達が目立つ。
この時期に令嬢達を集めることの目的を、その場に居る誰もが理解していた。
女性達は皆どこか浮き足だって、メイクの確認に余念がない。
互いに見交わす視線は、ライバルを見定めるもの。
そんな戦場にあって、私は一人、本来の“午餐会”としての目的に終始していた。
「せっかく美味しい料理が用意されているというのに、皆目の色を変えすぎなのよ」
「そうですねぇ」
私の隣には、私と同じく本来の午餐会──つまりは昼食会としての目的でやってきた、ルイザ・ブライトン男爵令嬢が座っている。
王城の庭園。
花々が咲き誇る場に、幾つも置かれたテーブル。
しかし、席についている令嬢は、おそらく私とルイザだけだ。
他には令息達がちらほら……いや、令息達も女性目当てに声を掛けている連中が多いわね。
どの令嬢も、今日は特に気合いを入れてめかし込んでいるから。
第一王子エルトン殿下の婚約者選びの場ではあるけれど、いまだ婚約者の居ない令息達にとっては、丁度良い出会いの場なのだろう。
一方の令嬢達はと言えば、とても殿下以外の令息の相手をしている余裕なんてないみたい。
皆が皆、きついコルセットを目一杯に絞めて、自分を綺麗に見せようと飾り立てている。
そりゃ、食事なんて喉を通るはずがない。
午餐会という名目なのに、よくもまぁ食べる気がない格好で来るものだわ……。
「ごきげんよう、ウィズダム公爵令嬢」
声を掛けられ、振り返ると、私達の席近くにセシリアが立っていた。
私に散々冷たくあしらわれて相当腹に据えかねているだろうに、表向きは何事もなかったかのように、いつもと寸分違わぬ笑みを浮かべて、にこやかに近付いてくる。
そして、さも当然のように私の隣に座るブライトン男爵令嬢を、ジロリと一瞥した。
「ごきげんよう、エフィンジャー侯爵令嬢」
セシリアもまた、コルセットで細いウエストを際立たせるデザインのドレスを纏っていた。
本当、世のご令嬢達は大変だわ……。
細い女性が美しいなんて価値観、誰が作り上げたのかしら。
迷惑なこと、この上無いのだけれど。
「……で。どうして、またその女がいますの?」
セシリアは、私の隣にルイザが居るのが気に食わないようだ。
前は制服を渡すだけと話していたものね。
それが今も私の隣に居るときたものだ。
しかも彼女が纏っているドレスは、貧乏貴族ではとても手の届かないような高級品。
当然よ、彼女も貴族家の一員として招待されていると知って、私が用意したドレスなんだもの。
この際だから、ハッキリさせておきましょうか。
「エフィンジャー侯爵令嬢も、彼女が優秀な成績でアカデミーに入学したことは、ご存知でしょう?」
そう。ルイザは、一、二を争う上位成績を収めて、アカデミーに入学した。
きっとそれも、彼女がいじめられる原因の一つなのだろう。
「ですから、我がウィズダム家で彼女を後援することにいたしましたの」
「はあぁ!?」
私の言葉に、セシリアが令嬢らしからぬ声を上げる。
ふふっ、驚いている、驚いている。
そう言われては、おいそれとルイザに手を出せなくなってしまうものね。
「な、なんでウィズダム公爵家が……」
「彼女は優秀な人材だもの、眠らせておくのは勿体ないわ。お兄様にも許可をいただきましたのよ」
私の言葉に、セシリアだけでなく、周囲に居た令嬢令息達までもが息を呑んだ。
次期ウィズダム公爵であるユージーンお兄様が認めた……それがどれほどの意味を持つか、誰もが理解したことだろう。
これで、ルイザに対して妙なちょっかいを掛ける輩が少しでも減れば良いのだけれど。
彼女の貴重な時間を、雑事で患わせたくはない。
素敵な魔道具を、いっぱい作ってもらわなきゃいけないからね!!
「貴女……本当に、ウィズダム小公爵様にお会いしましたの……?」
俯いたままのセシリアが、震える声でルイザに問いかけた。
「え? あ、はい……」
ルイザは困惑気味に、こちらに視線を投げかけている。
大丈夫、もし変なことを言い出したなら、私が何とかしてみせるから……そう思って身構えていたところに、予想外の言葉が返ってきた。
「う……うらやましい……!」
「……は?」
セシリアの言葉に賛同するように、周囲の令嬢達が皆頷き、ため息を漏らしている。
あれ、ひょっとして我が家の後援を受けたことよりも、お兄様にお会いしたことの方が、羨望を集めているのかしら……?
「ユージーン様に直接お会いする機会なんて、滅多にありませんもの」
「ああ、なんて幸運なことなのかしら」
「一度でいいわ、直接お声を聞けたなら……!」
……どうやら、年頃の令嬢達の中では、お兄様は絶大な人気を誇っているらしい。
そりゃ、ね。
確かにお兄様は頭脳明晰、見目も整っていて、今では剣技まで得意と来た。
しかも家族思いで優しくて、礼儀も常識も全て弁えている。
……あれ?
確かに完璧だな。
妹の私が言うのも何だけれど……結婚相手として、これ以上ない逸材じゃない。
しかも今ではアカデミーに毎日通うこともなくなり、ウィズダム公爵邸で政務と勉強三昧。
出歩く機会はすっかり減ってしまった。
滅多に会えない超絶クラスのレアキャラなのだ。
少しでもルイザへの風当たりが収まればと思って、我が家とお兄様の名前を出したのだけれど……余計に注目される結果になってしまったみたい。
とはいえ、悪い雰囲気ではない。
お兄様目当ての令嬢達は、どうにかルイザに取り入って、お兄様を紹介してもらおうと考えているようだけれど……ま、お兄様がそういったご令嬢達を相手にするとは思えないしね。
令嬢達から取り囲まれて、ルイザがこちらに助けを求めるような視線を向けている気がするけど……ま、悪いことじゃないから、良いんじゃない?
困惑気味のルイザに笑顔を見せて、一人のんびりとティーカップを持ち上げた──ところで、にわかに令嬢達の歓声が上がった。
「盛り上がっているようだな」
背後から響いた声に、心臓が鷲掴みにされた気がした。
鼓動が一瞬止まり、ドッと冷や汗が噴き出してくる。
全ての音が遠くなり、背後に立つ男の足音だけが、やけに大きく鼓膜を震わせる。
声を掛けられれば、無視する訳にはいかない。
席を立ち、ドレスの裾を持ち上げて、一礼する。
「ずっと会いたいと思っていたんだ、ウィズダム公爵令嬢」
顔を上げ、彼の笑みを目にした瞬間、全身の血液が凍りついた。
処刑台に押さえつけられ、冷たい刃が落ちてくる感覚が蘇る。
目の前の庭園が、晴れ渡る空の下で血の匂いを孕んだ幻に変わった。
……第一王子、エルトン・クレイヴン。
私を殺した男が、再び目の前に現れたのだ。









