16:新たな絆。
天才の名を欲しいままにした魔道具開発者、ルイザ・ブライトン。
そんな彼女に、まさかアカデミーで出会えるなんて、思わなかった。
思えば一度目の人生、私はエルトン殿下の婚約者で、他生徒達からは一目置かれた存在だった。
セシリアが常に私の傍に居て、友人には困らなかったから、誰かと交流を求めたこともない。
後の天才ルイザ・ブライトンがまさか同級生だったなんて、今世で入学して、初めて知ったくらいだ。
ああ、なんと勿体ない人生だったのだろう。
あのルイザ・ブライトンが身近に居たのなら、日本で暮らした頃の記憶を生かし、様々なアイデアを提案出来ただろうに。
放課後、私達は約束通り一緒にウィズダム公爵邸へと向かうことにした。
公爵家の馬車に乗り込んだブライトン男爵令嬢は、可哀想に恐縮してすっかり小さくなっている。
「その、申し訳ございません。本来ならば、自分で用意しなければいけないところを……」
「あら、気にしないで。“もう成長も止まっているのに”って思っていたところだから」
彼女が才能を開花させる前のブライトン男爵家は、かなり財政が厳しかったと聞く。
なんでも数年前に亡くなった先代が無茶な投資をしたせいで、男爵家には莫大な借金が残されたんだとか。
……どこかで聞いたような話だ。
別に、最初から恩を売るつもりで声を掛けた訳ではない。
ただ……苦しげな彼女を、放ってはおけなかった。
私もまた、あのセシリアに苦しめられた一人だから。
「……本当は」
俯いたままのブライトン男爵令嬢が、小さく唇を開く。
「家族のことを思えば、アカデミー入学……辞退しようかと悩んだんです」
「まぁ……」
資金繰りが厳しいのなら、学費が高く、また王都での滞在費も掛かるアカデミー入学は、断るのも一つの手だ。
ただ、アカデミーに通わないということは、すなわち社交界での繋がりを完全に断たれることを意味する。
今後、他家との良好な縁談は望めなくなるだろう。
それを真剣に考えるとは……私が思う以上に、ブライトン家は大変な状況のようだ。
「でも、どうしても夢を諦めきれなくて……」
「夢?」
「私の叔父が、王宮の研究所に通っていまして……おじさんみたいな魔道具開発者になるのが夢なんです!」
なるほど。
彼女が魔道具開発を志したのは、親類に影響を受けてのことだったのね。
長い前髪の下、目をキラキラさせた彼女は、今まで見せたどんな表情よりも生き生きとして見えた。
よっぽどおじさんに憧れていたんでしょうねぇ。
……我が家の叔父とは、大違いだ。
「そう、素敵な夢じゃない」
「ありがとうございます。今も趣味で、魔道具作りに精を出してはいるのですが……なかなか、個人でやるには限度があって。だから、どうしてもアカデミーに入りたかったんです」
そう言って笑う令嬢の顔は、とても晴れやかだった。
私は、彼女が招来魔道具開発で大成することを知っている。
でも……そうでなくとも、こんな風に言われたら、応援したくなるというものだわ。
「良ければ、その夢……私にもお手伝いさせてはもらえないかしら」
「え?」
私の申し出に、ブライトン男爵令嬢がキョトンと首を傾げる。
きっと、これからも今日のセシリアのように、彼女を虐げる輩は現れるのでしょう。
貴重な才能を、そんな奴等に邪魔させたくはない。
何より──夢を追いかける彼女を、誰にも馬鹿になんてさせないんだから。
「今も趣味で研究しているのでしょう? その研究、我がウィズダム家で支援させてもらうわ」
「え……えええぇぇ!?」
車体を揺らすほどに、馬車中に令嬢の声が響き渡った。
という訳で、公爵邸に到着するなり、私はユージーンお兄様にブライトン男爵令嬢を引き合わせた。
「彼女が行っている魔道具制作の研究を、我が家で支援したいと考えているの」
「ほほう」
私の申し出に、お兄様は興味を惹かれたようだった。
聡明なお兄様のことだ、私が言い出した時点で、既に彼女の研究には投資するだけの価値があると気付いているのだろう。
「いいだろう、レイがそう言うのなら、僕としても助力は惜しまないよ」
「ほ、本当ですか……!?」
「ああ、レイが言うのなら、間違いは無いからね。我がウィズダム家が全力で支援することを約束しよう」
ブライトン男爵令嬢は、感謝も忘れて唖然とした表情を見せていた。
信じられないのも、無理はない。
制服さえ用意出来ないような、資金繰りの苦しい男爵家の令嬢が、突然公爵家の令嬢と知り合って、国内最有力貴族からの支援を約束されたのだ。
しかも、次期当主のお墨付き。
人生確変どころではない、何事かと思っていることだろう。
「わ、私には、何も御礼出来るものがありませんが……」
「御礼なんて別に構わないわ。どちらかというと、貴女がどんな魔道具を作り出すのか、それに興味があるの」
素直な気持ちを伝えると、令嬢の瞳にゆっくりと喜色が広がっていった。
私はただ、未来を知っているだけなんだけれど……そんなに喜ばれると、こっちまで嬉しくなってしまうわ。
「覚えておいて、私は貴女の顧客第一号になるんだから。それに、もし欲しい魔道具や作ってほしい魔道具があれば、相談に行くからね」
「はい、いつでも大歓迎です!!」
やった、これで未来の天才とのパイプが出来たわ!
前の人生でも、きっと学生時代は不遇だったことだろう。
それでも、彼女は天才の名を欲しいままにするほどの成果を上げたのだ。
我がウィズダム家が後ろ盾となって、進める研究……どれだけの魔道具が生み出されるのか、今から楽しみで仕方が無い。
「レイは、何か欲しい魔道具があるのかい?」
「え? そうねぇ」
お兄様の問いに、暫し考え込む。
魔道具のアイデアならば色々あるけれど、一番欲しいもの……と言えば、やはりこれだろう。
「離れた相手ともやりとり出来る魔道具があれば、便利だと思うの」
イメージしたのは、日本ではお馴染みの電話だ。
現在、お父様は王都から遠く離れたウィズダム領で領主としての仕事に精を出している。
もし電話があれば、お父様といつでも話が出来るのに……と、思わずには居られない。
「離れた相手とのやりとりですか。そうですね、相手の魔力を測定して、その対象を探し出すように……その場合、かなり範囲を広げることにはなりますが……」
ブライトン令嬢が、何やら口の中でぶつぶつと呟く。
「それだと、決まった相手としか話せないわよね。それ以外にも、例えば決まった場所、決まった器材同士でやりとり出来るようにならないかしら?」
「なるほど、個人ではなく物ですね。その場合は……」
腕を組んで、暫し考え込むブライトン男爵令嬢。
その後一つ頷いてから、彼女はにんまり笑顔で顔を上げた。
「多分、出来ると思います」
「本当!?」
自分でも、かなり無茶なことを言った自覚はある。
だというのに、令嬢はそれをまるで気にしていない……むしろ、あれこれ模作する彼女は、アカデミーで見たいじめられっ子とは思えないほどに生き生きとした表情を浮かべていた。
「凄いな。じゃ、例えばこんなのは作れるだろうか」
お兄様は、すぐ彼女の才能に気が付いたみたいだ。
自分でも欲しい魔道具を提案しては、令嬢とあーでもない、こーでもないと詰めている。
彼女の溢れんばかりの才能を前に、私の口添えなんて、必要なかったかもしれない。
とはいえ、彼女は研究の為の資金繰りが出来るし、我が家は素晴らしい魔道具を手に入れることが出来て、これぞ正に一石二鳥! な~んて暢気に考えていたのですが。
「どうか、私のことはルイザとお呼びください」
「あ、ありがとう……では、私のことも、レイチェルと」
「はいっっ」
ふと気付いたら、ブライトン男爵令嬢もとい、ルイザのステータス……。
『忠誠心:A(対象:レイチェル・ウィズダム)』
なんだか予想外なことになっているのだけれど……これって、見間違えではない……よね?
その後も魔道具制作について案を出し合い、三人でついうっかり話し込んでしまった。
とても有意義な時間を過ごし、気持ち良く就寝したは良いものの……翌朝、起床して報告を受けた後、気分は急降下してしまった。
幸福の余韻を打ち砕くように、王城から届けられた、一通の招待状。
──エルトン殿下の婚約者選びが、本格的に始まったのだ。









