14:門出の春。
一度目のループとは異なり、月日は穏やかに流れた。
十五歳の春を迎え、私はアカデミーに通う為に、領都で政務に励むお父様を残して、王都に向かうことになった。
王都には、一足先にアカデミーを卒業したお兄様が居る。
領都を発った馬車から見える景色は、刻一刻と変化していく。
のどかな田園風景から、次第に都会の街並みへ。
大きなお城のお膝元、王都ケアードに入れば、目指すウィズダム公爵邸はもうすぐだ。
「お兄様!!」
馬車の窓から、門前に立つ背の高い姿が見えてくる。
馬車を降りるなり、私は勢いよく彼──ユージーンお兄様に飛びついた。
「レイ、久しぶりだな」
「お兄様、元気してた? また背が伸びたんじゃない?」
私と同じく、お兄様は十五歳でアカデミーに入学する為に、王都に向かった。
長期休みには顔を出してはくれたものの、会えない時間は長かった。
いつの間にか、美少年だったお兄様が、こんなに高身長で逞しい男性に成長してしまった。
というのも、剣の師であるヒギンズ卿がウィズダム家に戻ってきてくれたことが大きい。
お兄様は政の勉強だけではなく剣の修行にも再び精を出し、アカデミーでは文武両道、どちらも良い成績を収めたと聞いている。
お兄様の名に恥じぬよう、私も頑張らなくっちゃね。
「今度、ゆっくり王都の街を案内しよう。アカデミーの近くには、色んな店があるぞ」
「楽しみです」
お兄様は卒業した今も、アカデミーの学術院に席を置いている。
二十一世紀の地球で言うところの、大学院生のような立場だ。
慣れない王都での暮らし、お兄様が居てくれるのは有難い。
お兄様もそれを分かっていて、アカデミーに残ってくれているのかもしれない。
以前の私は、この頃には既に第一王子であるエルトン殿下の婚約者だった。
今の人生では、何度か王家から打診があったようだが、その度に全てお父様がお断りしてくれている。
……お父様が居てくださって、良かった。
きっと、自分一人では断り切れなかっただろう。
エルトン殿下も、アイヴァン殿下も、未だ婚約者を定めぬまま。
互いによりよい婚約者を狙っているのだろう。
アイヴァン殿下は、今も戦場を渡り歩いていると聞く。
社交界に顔を出せない彼は、貴族の支持は少ない。
政治には関われない分、前線に立つ騎士達と平民からの人気はかなり高いと聞いている。
彼は、今世でも覇権を巡ってエルトン殿下と争うのだろうか──。
……まぁ、私には関係のない話だ。
私に残された残機は、あと二つ。
今の私は政治の表舞台に立つこともなく、公爵令嬢として、平和に暮らしている。
このままエルトン殿下にもアイヴァン殿下にも近付かなければ、陰謀に巻き込まれることもなく、処刑を回避出来るだろう──と、そう信じていた。
いよいよ迎えた、アカデミー入学の日。
「いいか、何かあったらすぐ僕に相談するんだぞ」
「お兄様は、心配しすぎです」
朝食の席で、朝からお兄様は何度も同じ言葉を繰り返していた。
はて、ここまで心配症な人だっただろうか。
王都と領地、離れて暮らしている間に磨きが掛かってしまったみたい。
「殿下にちょっかい出されるようなことはないだろうが、他の令息達も……」
「だから、大丈夫ですって」
まったくもう、お兄様ったら。
この分だと、アカデミーでもこっそり私の様子を見に来かねない。
いまだ学術院に席を置くお兄様なら、それが出来てしまうのだから、困ったものだ。
アイヴァン殿下は、お兄様と同じで現在十九歳。
エルトン殿下は、それより一つ年上の二十歳。
アカデミーに通う間は、お二人と接点を持つことは、ほとんど無い。
死亡フラグとはほど遠い、ある意味では安全な場所なのだ。
「何かあれば、すぐお兄様に報告しますから。ね?」
「当たり前だ」
そう約束して、ようやく落ち着いたみたい。
残機がある分、普通の人よりも危険に晒されても平気だと思うのだけれど……どうしてそこまで心配になるのかしらね。
それが肉親の情と言われれば、それまでだ。
そんな温かさが嬉しくもあり、くすぐったくもある。
初日だからと、講堂まで一緒に行こうと言い出した時には──さすがに焦った。
まさかこの年で、保護者同伴だなんて。
一人で大丈夫だからと何度も口を酸っぱくして、ようやく解放して貰えた。
まったく、過保護すぎる兄を持つのも、困ったものね……。
無事に入学式を終え、教室に向かう私に、一人の女生徒が声を掛けてきた。
「失礼ですが……ウィズダム公爵令嬢ですよね?」
「はい」
返事をして振り返った先に居たのは──艶やかな金色の巻き毛。
大きな栗色の瞳、薄桃色に染まった頬。
年頃の男性ならば、誰もが一度は目を留めるであろう美貌──セシリア・エフィンジャー侯爵令嬢だ。
「あの、私、一度ご令嬢とお話してみたくて……」
じっとこちらを見上げる、つぶらな瞳。
声を掛けた相手がにべもない態度に出ることなんて、予想すらしていないだろう。
「そうですか。では、話しましたのでこれで失礼」
「あっ」
そんな彼女を置いて、スタスタと歩き出す。
まさか、私がそんな態度に出るとは思わなかったのだろう。
慌てて声を上擦らせ、エフィンジャー侯爵令嬢が後を付いてくる。
「待ってください、是非、私とお友達に……」
「もし馬が合うようならば、自然と距離も近付くことでしょう」
追いすがる彼女を振り払うように、足早に歩を進める。
彼女がどう言おうと、私には、彼女と親しくするつもりはない。
一度目の人生、彼女はエルトン殿下の婚約者である私に近付いてきた。
友人面しながら私を裏切り、裏では二人──通じ合っていたのだ。
そんな彼女が、私に一体どんな話があって近付いてこようと言うのか。
今の私は、殿下の婚約者ですらないというのに。
まさか公爵家の令嬢だから親しくなりたいとか、そんな感じなのかしら?
まったく、面倒なものね。
「お待ちください~」
鼻に掛かる、甘ったるい声。
もう、この仕草にも声にも、騙されはしない。
厄介な人物とは、距離を置く。
死亡フラグには、近付かない。
今度こそ──後悔のないように、生き抜いてみせるのだから。









