11:信じる心。
果たして、何から話したものか。
我ながら、荒唐無稽過ぎる話だと思う。
そもそも、私──レイチェル・ウィズダムは前世を覚えていて、文明が発達した前世では、ゲームという遊戯があって……なんて、こんなところから説明したところで、そこまで文明が発達していないこの世界の人間には、到底理解が及ぶ話ではないだろう。
「私は……元々、不思議な記憶を持って生まれていたの」
真実を明かすことで、お兄様がどんな反応をするか。
恐る恐る言葉を選んだつもりだったのに──、
「ああ、うん。そうだよね」
お兄様は、すんなりと頷いていた。
「……え?」
「今よりもっと小さい頃は、僕も知らないような言葉を口走ることがあったから……」
……ひょっとして、お兄様はそもそも私が転生者だったということに、気付いていたの?
それも、今よりもっと小さい頃から?
ずっと悩んで、誰にも言えずに秘密を抱えていた、私の人生は……一体なんだったのか。
あまりにあっけらかんとしたお兄様の態度に、ドッと気が抜けてしまう。
「なんだったかな……“この世界、まるでげぇむみたい”だっけ? そんなようなことを、口にしていたのを覚えているよ」
わぁ……私、そんなことを口走っていたんだ……。
聞かれたのが、お兄様で良かった。
世界の在り方そのものに言及するなんて、神殿関係者にでも知られたら、背教者と思われかねないもの。
過去の自分のうっかりは反省材料にするとして、今はとにかく、話を続けよう。
とはいえ、これから先のことは、どう話してみたものか……正直、全てが手探りだ。
「その“ゲーム”に出てくる概念なんだけれど……どうやら、私、三度までなら死んでも生き返ることが出来るみたいなの。いや、一度死んで残り三だったから、全部で四回ってことになるのかしら?」
私の言葉に、流石のお兄様も、目を丸く見開いた。
サファイア色の瞳が数度瞬きをする。
「それで、今までに二度死んでいるから、残り回数は二回なんだけれど……」
「ちょっと待って」
お兄様が、突然私の肩を両手で握りしめる。
その勢いに、こちらがビクッと身を竦める羽目になってしまった。
「今までに二度死んでいるって……どういうこと?」
「それは、えぇと……」
私は言葉を選びながらも、ぽつぽつと、お兄様にこれまでの出来事を語っていった。
一度目の人生、お父様とお兄様は賊の襲撃に遭った際に亡くなり、公爵家は叔父様が引き継いだこと。
私は第一王子殿下の婚約者となり、王城で暮らしていたこと。
後継者争いで敗れた第二王子は謀反人として裁かれることになり、私は彼と通じていたという冤罪を掛けられて、処刑されたこと。
そうして、一度目のループを終えて、幼少期に時間が巻き戻ったこと。
二度目の人生、賊の襲撃は王妃陛下の命を受けた叔父様の手引きによるものだとまでは突き止めたものの、叔父様が隠し持っていたナイフによって命を落としてしまったこと。
三度目の人生で、ようやくウィズダム家から叔父様の影響を拭い去ることが出来たのだ──と。
「それで、叔父上をあんなに警戒していたし、ナイフを所持していたことも知っていたのか……」
お兄様は低く唸り、何やら考え込んでいるようだった。
その様子に、思わずこちらが驚きの声を上げてしまう。
「お兄様、私の言うことを信じてくださるんですか……?」
「え、当たり前だろう」
一拍の沈黙。庭の木々が風に揺れ、葉擦れの音が響く。
その穏やかな音が、胸の奥のわだかまりを攫ってくれたようだった。
「確かに、にわかには信じがたい話だけれど……そうだと仮定したら、これまで僕達の身に起きたことも、レイの態度にも、全て合点が行くからね」
私を安心させるような、お兄様の笑み。
じんわりと、その温かさが胸に染みていく。
これまで、一人でどうにかしなければと藻掻いてきたけれど……初めて、私の全てを理解してくれる人が出来たんだ。
「おにい、さま……」
見上げるお兄様の顔が、涙で霞んでしまう。
お兄様は苦笑しながら、私を抱きしめ、優しく撫でてくれた。
「大丈夫、大丈夫だよ、レイ。もうこれからは、一人で戦わなくていいんだ」
背を撫でる手の温もりと、耳に響く優しい声。
ずっと、その言葉を聞きたかった……誰かに、助けてほしかった。
ようやく、この苦しみを分かち合える人に出会えたのだ。
「僕が今こうして生きているのも、レイが頑張ってくれたおかげだと言うのなら……僕も、レイを助ける為に頑張らないとね」
「お兄様ぁ!!」
胸に飛び込んだ瞬間、懐かしい香りが鼻を掠めた。
声にならない嗚咽が、堰を切ったように零れ落ちる。
そんな私を、お兄様は優しく受け止めてくれた。
「大丈夫。もうこれからは、一人じゃない」
その一言が心に染みて、堪えようとしても、次々に涙が溢れ出てしまう。
気付けば、私は時間が巻き戻ったあの日以来の大号泣で、再び目をパンパンに腫らしてしまったのでした。
「そっか。あの時あんなに泣いたのは、久しぶりに僕に会ったからなんだ」
悪夢を見たと言って泣いていたあの日の真実を知って、お兄様が目を細める。
「だって、凄く嬉しかったんです……またお兄様とお父様に会えるなんて、思ってもみなかったから」
「そうだろうなぁ。僕だって、もし同じ立場だったとしたら、思いっきり泣いてしまいそうだ」
優しく撫でてくれる掌が、心地よい。
静かに目を閉じれば、指先が目元を擽った。
「またお父様に笑われてしまうよ」
「いいんです、別に」
笑われるくらい、どうってことはない。
お父様が元気に生きている証拠だって、思えるから。
お父様とお兄様を一度に失って、叔父夫婦に支配された公爵邸で暮らしていた生活の、なんと息苦しかったことか。
あの頃を思えば、今の生活は天国だ。
「でもね、レイ」
そんな中、お兄様の声が少しだけ低く翳った気がした。
どうしたのだろうと顔を上げれば、じっとこちらを見つめる瞳と交差する。
「もし、本当にあと二回、やり直せるのだとしても……命を粗末にしてはいけないよ。僕にとっては、レイの命が何よりも大事なのだから」
「お兄様……」
お兄様の瞳は、真剣そのものだ。
「たとえやり直せるのだとしても、レイが傷付くなんて、耐えられない……」
優しい中にも、どこか厳しさを孕んだ目。
サファイア色の輝きには、隠しきれない怒りが滲んでいた。
「やり直せるのが、僕だったら良かったのに……」
お兄様の悔しげな声は、紛れもない本音なのだろう。
私が、二度命を落とした。
そのことが、お兄様を何より苦しめている。
自分が死んだと聞かされた時より、私が命を落としたと言われた時の方が、驚愕していた。
そんなお兄様だから……私は、全てを打ち明けても大丈夫だと思えたのだ。
「お兄様と一緒になら、きっと、より良い未来を掴めると思うんです」
「レイ……」
いまだ悔しげなお兄様に、甘えるように頬をすり寄せる。
どんな困難が訪れようとも、きっとやっていける。
そう覚悟を決めたはずだったが──、
その平穏は、長くは続かなかった。
数日後、玄関先で響いた声。
「王城より、使者が到着されました!」
この一言で、再びウィズダム家が緊張に包まれた。









