10:すれ違う想い。
叔父様が受けた矢には、毒が塗られていた。
最初から叔父様を狙っていたのか、それともその線上に居た私を狙っていたかは──刺客を取り逃がした今となっては、定かでは無い。
そして、もう一つ、分かったことがある。
お父様の執務室の窓ガラスが割られていたのと同様に、叔父様の執務室の窓も、賊が侵入した際に割られていた。
一番下の引き出しに仕舞われた、王妃陛下の書簡は……その全てが、消失していた。
書簡が消えたと知った瞬間、胸の奥で、何かがぷつりと切れた気がした。
どれだけ足掻いても、運命はまた、私より一歩先を行く。
今となっては、もう叔父様と王妃陛下を結びつける物的証拠は、残されてはいない。
おそらく、それが目的だったのだろう。
お父様とお兄様を亡き者にして、叔父様がウィズダム公爵家の実権を握れるようになれば、それで良し。
万が一にも失敗した場合は──叔父様の口を封じて、証拠となる書簡を回収する。
どちらに転んでも、王妃陛下の名に傷は付かない。
失敗したとしても……公爵家の裏切り者が一人、命を落としただけだ。
一度目のループでは、お父様が亡くなって、叔父様が新公爵の座に就いた。
それまで中立を貫いていたウィズダム家が明確に王妃陛下を支持し、派閥の長となった瞬間でもあった。
王妃陛下は、叔父様という駒を失った。
これは、彼女にとっても痛手ではあるはず。
これ以上、我がウィズダム家への干渉は難しくなるだろうから。
しかし、まだまだ油断は出来ない。
なんと言っても、相手はこの国で一番の権力者なのだから──。
「はぁぁ……」
叔父様の裏切りが発覚してからというもの、お父様は落胆した様子を隠せずに居た。
精神的なショックだけではない、今まで政務を手伝っていた叔父様が居なくなったことで、多忙さに拍車が掛かっている。
今も食事の席でため息を吐いているのは、忙しさも相まって、いまだショックから立ち直れていないに違いない。
「お父様、少しいいですか」
「なんだ、ユージーン」
そんなお父様を見かねてか、お兄様が食後に声を掛けた。
「これからは、僕が補佐を行います。何卒、僕に仕事を任せてはもらえませんか」
「え……」
予想外の言葉だったのだろう、お父様が目を瞬かせた。
お父様にとっては、私は勿論のこと、お兄様だってまだまだ子供。
保護するべき相手。
そんなお兄様から政務の手伝いを申し出られるなんて、思ってもみなかったはずだ。
……でも、お父様が思うより、ずっとお兄様はしっかりしている。
きっと、叔父様以上に頼りになるんじゃないかな。
「そうか……なら、頼むぞ、ユージーン」
「はい!」
ヒギンズ卿のおかげで、公爵邸には少しずつ、かつての使用人達が戻ってきてくれている。
今はまだ大変だけれど、これから少しずつ立て直していけるはず。
──そう思っていた、矢先のことだった。
お兄様から、お茶のお誘い。
今日は公爵家の庭園で、色とりどりの花々が咲き乱れる四阿に席を用意してくれていた。
「おいで、レイ」
「はい」
お兄様に誘われるままに、傍らに立つ。
ぽんぽんと膝を叩いているが……これは、上に座れということなのだろうか。
「ほら」
「わっ」
私が戸惑っていると、お兄様が私を抱きかかえて、膝の上に座らせてしまった。
そのまま侍女に手を振り、彼女達を下がらせる。
広い庭園で、私達兄妹の二人きり。
ゆったりとした風が吹き流れる。
「これでは、お茶が飲みづらくはありませんか?」
「いいんだ、そんなこと」
お兄様の指が、優しく髪を撫でる。
心地よくて、このまま膝の上でうとうとしてしまいそう。
「ねぇ、レイ」
でも、お兄様の言葉は──そんな私の眠気を、一気に覚ますものだった。
「僕は、そんなに信用ならないかい?」
「え……?」
低く抑えた声が、胸の奥を震わせる。
優しい声なのに、どこか痛みを含んでいて──私の心がきゅっと縮んだ。
見上げたお兄様の顔は、どこか悲しげで、儚げで……少しだけ、瞳が揺らいでいる気がした。
「それって、どういう……」
言葉が、詰まる。
ズキズキと、胸が痛む。
ああ、やっぱりお兄様は気付いているんだ。
私が、隠し事をしているって……。
「前にも言ったよね、何かあったら相談してほしいって」
お兄様の言葉に、ゆっくりと頷く。
ああ……だから、悲しんでいるのかな。
自分に相談してくれなかったことを。
お兄様が信用出来ない訳じゃないのに。
きっと……私は、怖かったんだ。
本当のことを話して、変な奴だと思われてしまうのが。
不気味な奴だと思われてしまうのが。
お兄様に否定されてしまったら──きっと、立ち直れないから。
だから、本当のことをひた隠しにして、一人で行動しようとしていた。
それが、お兄様を傷付けることになるなんて、思いもしないで……。
「僕は、そんなに頼りない兄だろうか」
こつんと、お兄様が額を寄せる。
すぐ近くにある、同じ色の瞳。
本当に、お兄様の瞳は大粒の宝石のよう。
「ううん……お兄様は、いつだって最高のお兄様だわ」
そう。
それは、私が一番良く知っている。
お兄様が私を裏切ったことなんて、一度も無いんだから。
「そっか……良かった」
真面目な顔でこちらを覗き込んでいたお兄様が、ふと、表情を和らげた。
……お兄様はお兄様で、怖かったのかしら。
私に、拒まれることが。
「ねぇ……お兄様」
「なんだい、レイ」
呼べば、すぐに優しい声が返ってくる。
お母様が亡くなってから、私の一番傍に居てくれた人。
忙しいお父様に変わって、いつも私を守ってくれていた人。
「お兄様は……私が何を言っても、信じてくださるかしら?」
今度は、私がお兄様の瞳をじっと見上げる。
その顔が、小さく揺れ動いた。









