死へといざなう岸壁のうわさ
まことしやかにささやかれている都市伝説がある。
人を死へと誘いざなうという、恐怖の岸壁についてのうわさだ。
その岸壁は、N県の、海に面した場所にあるのだという。
切り立った断崖絶壁で、その高さから海に落ちれば命はない。
そのため、そこはいわゆる自殺の名所になっている。
身投げしたのちに潮流で運ばれた死体が、近くの海や浜からいくつも発見されるのだという。
しかもその岸壁は、ただ自殺者が多いだけではない。
訪れた生者を、死へといざなうという噂があるのだ……
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その岸壁の手前は林になっている。
林を切り開いた小さな一本道。
岸壁に行くためには、その道を必ず通ることになる。
そこを通る者の目的のほとんどは、自らの人生を終わらせることだ。
それを見越して、自殺防止のための看板が、いくつも立てられている。
『自殺。駄目。絶対』
『大切な命。思いとどまって』
『考え直して。もう一度』
だが命を絶とうとしている者は、岸壁に打ち付けられて余計な苦痛を味わいたくはない。
一気に海に飛び込もうとして、助走をつけるように一本道を走り抜けていく。
だから看板の警告を読むこともない。
そして岸壁から一気に海へと飛び込み、命を絶ってしまう。
ただし、それはごく一部で、大抵の人間は高さの恐怖に勝てない。
ほとんどの者は、岸壁まで行ったところで足が止まる。
そして海を見つめたりしながら、本当に飛び込むかどうかを思い悩む。
今日はやめておこう。
もう少しだけ頑張ってみよう。
そうやって、思いとどまる者がほとんどだ。
だがそこは、生者を死へといざなう岸壁。
例え自殺を思いとどまったとしても、そのまま帰ることはできない。
一本道を通って戻ろうと、岸壁に背を向けて振り返った先。
そこに――。
未読の看板が立っていることに気付く。
『考え直して。もう一度』
「……私、せっかく自殺を思いとどまったのに、これって、考え直してもう一度自殺をやりなおせという意味?」
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(死へといざなう岸壁のうわさ 了)