第九三話 価値のない物語
厚東は兄貴分である足利が傾倒する強きリーダー思想を否定し、人生の本質を見出す。
巳代は、大分で稲葉がいっていた言葉の意味を理解した。巳代が卓球が下手くそだった伊東に対し、『フォームを固定しなくては戦えないなど、ただのスポーツじゃないか』といった折り、『ただのスポーツマンじゃ、この九州で流鏑馬の天才とは呼ばれないぜ』と、稲葉は答えていた。
「有馬巳代、お前は知らないようだけど、冬季演習は生易しいものでは無いわよ。だから……私はその点で、その厚東陽菜を尊敬している。足利翔太もまた、彼女と同じく、凄まじい活躍を見せる強い人だった」
「ありがとう鷲頭さん」
「そして、足利を友達や下らない兄弟ごっこのお兄ちゃん扱いはせず、切磋琢磨する仲間として扱っているその姿勢にも、敬意を表するわ」
シビアな鷲頭でさえ生易しくないと語る冬季演習。その冬季演習で活躍を見せたという足利翔太は、確かに並外れた素早さと剣技を持っていた。
その足利翔太が、帝や惟神学園に敵対してでも同じ分校の生徒の命を狙おうとした理由。強きリーダー思想と呼ばれる、薩隅分校発の思想について、知らなければならないと、巳代は改めて思った。
「それで陽菜、足利が語る強きリーダー思想ってやつの概要は……なんなんだ?」
「うちも足利君から聞いただけだから詳しくは理解していないんだけど……一人一人が英雄の様に強く、賢く勇敢になれば……無駄な血は流れず、不条理は正されていくという思想よ。そこだけを聞けばよくある漠然とした教育論だけど、その手段が問題で、うちはその思想に理解を示せなかった」
「どういう手段なんだ?」
「質実剛健で、暴力や他者からの搾取、憎悪といった人間の負の側面も、正しさの為ならば利用する。綺麗事だけではなく、目的の為ならば、家族や友人、自分の命でさえも駒として利用する……過激さを持っているわ」
「苛烈な性質が好きじゃなかったか……お前?」
「でも……命あってこそじゃない……!」
「そうはいうが……戦は命を駒として成り立つものだろう……?」
「違うよ巳代、それは結果論。命は、失われなければ失われないだけ良いものだよ。荒れ狂う鎌倉時代以前の武士や、暴力団なんて、武士じゃない。室町、安土桃山時代の武士の様な、民を守る為にのみ戦い、不要ならば敵の命をも守り、時に助け合う。その矜恃がなければ、無限の怨嗟で、血が流れ続けるだけじゃない。皆が強きリーダーになるなんて、弱肉強食の社会を作るだけよ……人が生涯を通して心の柱にする物は同じじゃないんだから、求めるものが対立する度に、その過激さで殺し合うなんて、ただの野蛮よ」
厚東は知っていた。誰もが自分の様に、家が名家であることに拘っている訳では無いことをである。
そして、自分が他のなによりも厚東家の栄華を取り戻そうとすることは、ほとんどの人にとって興味もないことを、知っていた。皆が異なる目的の為に、自分や家族、友人など大切な人の命さえも駒とする様な過激さを持てば、この世は瞬く間に地獄と化す。
「皆、冷静に話すことが出来て、今漸くわかった。強きリーダー思想なんてものは、特定の人やなにかを頂点として、それを守り、栄えさせるという共通認識がないと成り立たない。まるで洗脳よ……皆大切な物は違うのに、人生の核を、心の柱を、皆と同じ様にしなくちゃなんて、そんなの人生の乗っ取りじゃない」
厚東は立ち上がり、覚悟を決めた。足利の洗脳を解き、元に戻す必要があると思ったのだ。
「うちの人生は他の誰かにとって、なんの価値もない物語、だからこそどんな海よりも深く、どんな花やどんな星空よりも、美しくなるの。うちは盲目的に、帝や日本を守りたい訳では無い。うちがうちになることができたこの故郷の為に、日本と帝を守りたい。故郷を守って、厚東家をもう一度名家にする時、足利君には側にいてほしいから……うちは必ず、足利君の洗脳を解いてみせる……!」
冬季演習……惟神学園にて行われる、怪異や敵対組織との戦闘を想定した全校生徒参加の訓練。




