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第六二話 眼鏡橋

 観光中、眼鏡橋を訪れた一行は頭痛に苛まれる。そしてここが『思いが交錯する場所』であり、常夜の入口であることを知る。

 弥勒ら六人は、長崎観光を始めた。長崎駅近くの浜町で街ブラをしながら、肉まんやカステラを食べた。

「老舗の肉まんは、老舗と聞くだけで美味しく特別な味に感じわ!」

「渋川ちゃん、それミーハーじゃん」

 厚東のツッコミに、五条と鷲頭が笑うと、渋川はムスッとした。巳代は渋川の肩に手を置き、「和やかだな」といって宥めた。

 巳代は、渋川が他の女子にからかわれたり田舎者扱いをされると、必要以上に腹を立てていると感じていた。

 巳代の言葉の意図を汲み取った渋川は、深呼吸をして、笑顔を作った。渋川は、菜園部でも殆ど一人で、日向分校でも親しい友人は少なかった。そこには緒方や稲葉、伊東という男子が含まれており、女子との人付き合いは、秋月だけだといっても過言ではなかった。

 親友と過ごす時間の居心地が良すぎたせいで、人付き合いというものが気を使う程悩ましいものであるという事実を、知らずにいた。しかし巳代が五条や鷲頭、その他多くの人と卒なく交わる姿を見て、友人関係というものの面倒くささ、特に女子と接することが難しいということを、悟ったのだ。

「ありがとう巳代君。役目もあるし、こんなことで悩んでちゃいけないわ」

「その調子だ、渋川葉月はシティガールになるんだろ。小さなことで悩んでるなんて、らしくないと思うぜ」

 二人が信頼関係を構築している姿を見て、弥勒は嬉しくなった。仲間が増えていくという実感が、より増してきたからだ。

 古風な味わいのカステラを食べながら浜町の坂道を歩く中で、観光気分や好きな味、友人の姿が相まって、その味や匂い、景色は、一生忘れられない特別な思い出になる様な気がした。

 それから六人は、長崎屈指の観光地である眼鏡橋を訪れた。浜町から少し北へ歩くと現れる、大きな橋だ。アーチ状の橋の中心部分から、地面へ柱が伸びる。それが橋の下を流れる川の水面に反射し、まん丸な眼鏡の様な姿が見える橋だ。

 約四百年のあいだ、ずっと市民によって利用されてきた生活に必要な橋だが、その珍しい形から、今や観光地として有名になっている。

 しかしこの橋が特別な場所である理由は、他にもあった。

 六人は、橋に近づいた途端、頭痛に苛まれた。

「なんだろ……今の。熱かった。血の池よりも灼熱で、どこか現実味があった。墓地とは真逆の経験だ……」

「弥勒君、私も感じたわ。そしてやけに喉が乾いた様な不快感もあったわ…」

 二人の問いに、鷲頭も重ねた。

「常夜へ繋がったのかしら……でも、なんとなくだけど、常夜に繋がるならここではなく平和公園の方が適切だと思うけど」

「そうよね杏奈ちゃん。なんやったっちゃろ。こんなの初めて」

 彼らの疑問に答えたのは、厚東だった。

「ここは爆心地の平和公園からも近いし、衣世梨ちゃんが正解に近いわね。ここは……爆心地で火傷を負った人々が暑さや喉の乾きを紛らわせる為に押し寄せた場所よ。体を冷やしたまま息絶えて、正にこの場所で多くの人が亡くなって、その人達の油が溶けだして、川は油まみれになった。でも暑さには耐えられず、小さな女の子も、そんな水を飲んで命を繋ごうとしたんだよ」

 この場所には、大東亜戦争中に原子力爆弾が投下され、果てしない数の一般市民が虐殺された悲しい歴史があった。

 弥勒は思い出した。黄昏時マジックアワーに頼らず常夜へ入るには、思いが交錯する場所が鍵となる。

 苦痛と旅行気分という相反する感情が交錯するこの場所は、正に常夜に繋がるに適した場所であった。

眼鏡橋……(寛永11)1634年に架けられた橋で、長崎市有数の観光名所。水位が下がれば川の中も歩ける造りになっており、ランタンフェスティバルの期間中は、周囲の街がランタンに包まれ、賑やかさが増す。

近くに台車で出店されているチリンチリンアイスもまた個性的な味で長年愛されている。

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